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21/42

気が向いたから人助け?する

前回は割と綺麗寄りの話だったと思います。

でも今回は汚いです。多分全話の中で今回が一番汚いかもしれません。

温泉の湯気はいつの間にか遠くなっていた。

あの静かな夜も、柔らかな灯りも、心をほどくような時間も――

すべては、ほんの少し前の出来事のはずなのに。


再びエンジンが唸りを上げた瞬間から、

世界はまた、現実の色を取り戻していく。


そして――

カロン達が辿り着いた次の街は、

その“現実”を、露骨なまでに見せつけてくる場所だった。


石畳は荒れ、壁には無数の落書き

通りを行き交う人々の視線は鋭くどこか余裕がない


活気はある、だがそれは

“健全な賑わい”とは、少し違う種類のものだった


――この街は、どこか歪んでいる

沙耶は一歩踏み出し周囲を見渡す

「……品の無い街でござる」


率直だった

エマは顔色を悪くしながら、額を押さえている。

「治安……悪そうですね……ヴッ……」

完全に二日酔い


リリーナが呆れ半分で覗き込む。

「大丈夫?」


エマはゆっくりと顔を上げ――

「だから帰ろ……ヴッ!!……って言ったんで……ヴッ!!」

会話が成立していない


沙耶がため息を吐く

「飲み過ぎでござる」


リリーナは悪びれもせず、腕を組んだ。

「だって仕方ないじゃない、あんなの飲まずにいられる?」


その一方で。

カロンは、周囲をゆっくりと見渡していた。

楽しそうでもなく

退屈そうでもなく

ただ、“観察する目”で


「……面白そうな街だな」

ぽつりと呟く。

その声には、少しだけ興味が混じっていた。

危険と混沌

秩序の崩れかけた場所


――そういう場所ほど、何かが起きる。

そして。

何かが起きる場所には、必ず“物語”がある

人が多く集まる場所には、必ず光がある

だが同時に――

影もまた、濃くなる


その“影”に、彼らは出会うことになる。


街の中心へ向かうほどに空気は濁っていく

笑い声はあるのに、どこか乾いていて

視線は多いのに、どれも値踏みするよう


カロンはポケットに手を突っ込みながら、何気なく隣を歩くレオンに視線を向ける。

「……レオン、気をつけろよ?」

軽い口調、だがその目はほんの少しだけ鋭かった


レオンは眉をひそめる。

「何がだよ?」

カロンは肩をすくめて、わざとらしく笑う。

「リバティーナから離れんなよ?」

少しだけ顎で示す


前を歩くリバティーの背中

「こんなヤバそうな奴らが多い場所でさ」

冗談めいている

けれど、その中に含まれる“本気”は、レオンにも分かっていた。


レオンは視線をそちらへ向ける。

「リバティーは……」

言いかけて少し言葉に詰まる。

守りたい、でも、どう守ればいいのか――

まだ少し分からない


カロンはそんな様子を見て、口元を歪める。

「まあ、悪い虫も寄ってくるかもな」

軽く笑って、わざとらしく続ける。

「てかさ」

少しだけ声を落として。

「純情なヒロインが嫌がりながら汚されていくのって最高だよな」


最低だった。

レオンは即座に顔をしかめる

「何言ってんだお前?」


カロンはくくっと笑うだけで、否定もしない。

ただ――

その視線は、もう別の方向を見ていた

人混みの奥、薄暗い路地

何かを探すように


この街には、きっと“そういう物語”が転がっている。

誰かが壊れて、誰かが踏みにじられる。

そして――

それを面白がる者も、また存在する。

カロンは、ほんの少しだけ笑った。

まるで。

“次に起こる何か”を、楽しみにしているみたいに。


人の流れからほんの少し外れた路地裏

陽はまだ落ちきっていないのにそこだけが妙に薄暗い

足を踏み入れる者も少なく

街の喧騒はまるで別の場所の出来事のように遠くなる


「……あ?」

カロンだけが、足を止める。

何かが引っかかった


レオンが振り返る

「どうした?」

カロンは答えない。


――その中で。

一人の少年が、壁にもたれかかるように座り込んでいた。

服は汚れ、所々が裂けている。

頬には乾いた血の跡。

それだけなら、この街では珍しくない。

むしろ、日常の一部と言っていい光景だった


カロンはただ、じっとその少年を見ていた

呼吸が浅い

視線が定まっていない

肩が、小刻みに震えている


――これは、ただの怪我じゃない。

軽いパニック状態。

何かに追い詰められた人間の典型的な反応だった

カロンはゆっくりと歩み寄る

無遠慮に、だが不思議と威圧はない。

「おい」

低く、短く声をかける

「大丈夫か?」


少年の肩がビクッと跳ねる。

顔を上げる、その目は焦点が合っていない。

何かを探しているようで、

何も見えていないような目だった。

言葉が出ない。


ただ、息だけが荒い。

リバティーが思わず一歩前に出る。

「この人……」

だが、カロンは手で制した


視線は、ずっと少年のまま。

「……落ち着け」

静かに言う。

「誰もお前を襲わねぇよ」

その声は妙に現実的だった

優しさというより――

“状況を断ち切る言葉”


少年は数秒、カロンを見つめて

やがてわずかに呼吸が整い始める。

それでも。


その目の奥には、まだ“何か”が残っていた。

人が壊れる瞬間は、音を立てない。

気づいた時にはもう、

元の形を保っていない事も多い。

カロンはしゃがみ込み、少年と目線を合わせる。

「こんな所で倒れてたら危ねえだれ?名前は?」


やがて、かすれた声が漏れる。

「……ロイ……」

それが、全ての始まりだった。

カロンは小さく頷く。

「ロイか」

そして、ほんの少しだけ笑った


退屈しのぎを見つけたような

あるいは――何か面白いものを見つけたような目で

それは、ただの気まぐれだった


けれどその気まぐれが、この後

一人の男の人生を変える事になる。


路地裏の空気を引きずるようにして

カロン達はロイを連れ、近くの宿へと入った

古びた木造の部屋

窓を開ければ、街のざわめきが遠くに聞こえる。

さっきまでの張り詰めた空気とは違う、

ほんの少しだけ“人のいる場所”の安心感があった。

ロイは布団の端に座り、ゆっくりと呼吸を整えている


まだ完全には落ち着いていないが、

先ほどのような混乱は収まっていた


エマが様子を覗き込む

「落ち着きましたか……?……ウ゛ォエッ」


「お前は寝てろ」

即座に布団へ押し戻した、今日は完全に戦力外


スタオンヌがそっと膝をつき、優しく声をかける

「大丈夫ですか?お水、飲みます?」

差し出されたコップ


その仕草は、いつも通り穏やかで丁寧だった。

だが――

ロイの肩が、ぴくりと震える

ほんのわずかに、身を引く


無意識だった、女性に対する拒絶反応。

スタオンヌは一瞬だけ目を細めるが何も言わずにそっと距離を取る


カロンがその様子を横目で見て、小さく口を開く。

「スタオンヌ、いい」

軽く手を上げる

「俺が話す」


スタオンヌは静かに頷いた。

カロンはロイの前にしゃがみ込むみ目線を合わせる

だが、圧はかけない。


あくまで“同じ高さ”で。

「で……ロイだっけ?お前、あんな所で何してたんだ?」


ロイは少しだけ視線を落とす。

言うべきか、言わないべきか

迷いが、そのまま表情に出ていた


カロンは肩をすくめる。

「気にすんなよ、俺達は旅の途中だ」

少しだけ笑う。

「数日したら、この街からいなくなる、別にお前の人生どうこうするつもりもねぇよ」

突き放すようでいて。


どこか安心させる言い方だった。

“ここで話しても、何も奪われない”

そう思わせる距離感。

ロイはしばらく黙ったまま。

やがて――少しだけ、口を開く


人は時に、優しさよりも。

“関わりすぎない距離”に、救われる事がある。


部屋の空気が、ほんの少しだけ落ち着いた頃。

ロイは、膝の上で手を握りしめながら、ゆっくりと顔を上げた。

「……アンタ達なら」

少しだけ不安そうに。

「話しても……大丈夫……かな?」


カロンは特に気にした様子もなく、軽く頷く。

「好きにしろよ」

レオンも腕を組んだまま、真面目な顔で頷いた


ロイは、小さく息を吸って――話し始める

なぜあんな捨猫のように震えていたのか、そしてカロンが感じた危険な香り


「実は……幼馴染がいて……」

視線が揺れ、少しだけ言いにくそうにしながらも、続ける

「恋人……なんだけど……ここ数日、連絡が取れなくなって……ずっと探してたんだ……」


リバティーが不安そうに眉を寄せる。

「それで……?」


ロイは、ポケットから一通の封筒を取り出した。

少しだけ、手が震えている。

「……でも……これが……届いて……」

中身を取り出し見せる


一枚の手紙。

そして――写真。

そこに書かれているのは、明らかに悪意ある文章


『お前の彼女最高だな!』


「最初は嫌がってたけど色々仕込んだら思ったよりハマっちゃってさ」


『先に開発しといたわ!奪っちゃってごめんな〜?』


「ま、俺は扱い慣れてるから安心しろよ」


『探しても無駄だぜ?』


とにかく最低だった、この手紙の送り主から計り知れない悪意が込められている


レオンの表情が一瞬で変わる。

「これは……」

怒りとも、呆れともつかない声。


その横で

カロンはこの怪文書とも取れる手紙と写真をじっとそれを見つめていた。

数秒の沈黙あと…

「………おぉ……」

なぜかちょっとテンション上がってた


レオンが制止するようにツッコむ

「そそられんな!!」


「痛って」

頭を叩かれる


リリーナが引き気味に呟く。

「え、なにこの人……この手紙…」

しかし顔はちょっと楽しそうだった。


ロイは、そんなやり取りを呆然と見ていたが――

やがて、少しだけ肩の力が抜ける


重い話のはずなのに

なぜか、この集団だけは――妙に軽かった


絶望の中でも人はほんの少しの“どうでもよさ”に救われる事がある


そしてカロンは、改めてロイを見る。

口元に、わずかな笑み。

「で?それでお前、どうしたい?」

軽く首を傾ける



ロイはしばらく黙ったまま、手元の封筒を見つめていた


握りしめた指先が、わずかに震えている。

言葉を探している

いや――自分の中にある“答え”を、無理やり引きずり出そうとしていた

「俺、その変な手紙に数日踊らされてたんだよ…かっこ悪いよな………変な話だけどさ…俺も彼女と…フレンと…したかった…」

かすれた声。


正直だった。

格好つける余裕なんて、もうどこにもない。

それでも顔を上げる

目だけは、逃げていなかった。

「でも…こんな、惨めな…思いしてまで…追いかける必要あるかな…?」


一度、息を吸って吐く

「逃げたくない……馬鹿にされたままじゃ……嫌だ」

その言葉は、弱くて

でも確かに――前を向いていた。

カロンはそれを聞いて一瞬だけ無言になる。

そして口元を歪めた、これがカロンの望んだ展開、面白そうな馬鹿げた話し

「よし!気に入った!」

軽く手を叩くき、ニヤリと笑う。

「俺達に任せな!」


その瞬間――

さっきまで死んでいたはずのエマが、ガバッと起き上がる

「ロンくん!!いい事思い付いた!!」

テンションが違う。

エマはそのまま、カロンの耳元へ顔を寄せ何かを囁く


カロンの口角が、ゆっくりと上がっていく。

「……いいな、それで行こう!」


完全に決まった

リバティーナは、そのやり取りを見て少し引いたように呟く。

「エマさん……切り替え早くないですか……?」

さっきまで二日酔いで死んでた人とは思えない


レオンは苦笑しながら肩をすくめる。

「エグいモン考えたからワクワクしてんだろ……」


「駄犬を躾てやりましょう♡」

清々しい。


ロイは、そんな空気に少しだけ戸惑いながらも――

どこか、さっきより呼吸が楽になっている事に気づく。

人は、強い言葉に救われるとは限らない。

時には――

無責任な自信の方が、前を向かせる事もある。

カロンは立ち上がり、軽く伸びして振り返る。

その目は、完全に“狩る側”だった…


しかしその前に…

「あとこの写真貰っていい?」


「傷を抉るな!!」

鋭いレオンの手刀がカロンに打ち付けられた


「痛ってえぇ!!」


部屋の空気が、わずかに変わる。

さっきまでの雑談めいた空気は消えて、

代わりに“仕事の空気”が流れ始めていた。

カロンは、ロイから受け取った手紙と写真をひらひらと振る。

「……雑にやるのは簡単だけどな」

少しだけ目を細める。



「せっかくなら、面白い方がいいだろ?」

その言い方は軽いが、やる事は一貫していた

そして、すぐに指示を飛ばす

「スタオンヌ」


スタオンヌは一歩前に出る。

「はい、カロン様♡」

カロンは手紙を差し出す

「指紋、取れる?」

スタオンヌは受け取り、軽く目を通す

紙質、インク、触れられた痕跡

一瞬で“分析モード”に入る。

「写真と手紙から、調べてみます」

声は穏やかだが、やる事はガチだった。

すでに小型の器具を取り出し、鑑識を始めている。


カロンは次に視線を移す。

「エマ」

「はーい」


さっきまで死んでいたとは思えない返事

完全にスイッチが入っている

カロンは懐から無造作に札束を取り出し、放る

「500万預ける」

エマは重さも確認せずにそれを受け取る


「この街の写真屋、全部当たって来い、こんな写真を現像するのはまともな店じゃねぇ」

カロンは写真を顎で示す

「逆に言えば、限られる」


「なるほどね、すぐ見つけてくるよ」

その目は、完全に“仕事人”だった。

リバティーナが少しだけ引き気味に呟く。

「お金の使い方が雑すぎません……?」


エマが即答する。

「雑じゃないです、必要経費ですよ♡面白そうな物見れますから…♡」

同類だった。


ニヤリと笑い、リボルバーを懐に納めると

軽く手を振る。

「行ってきまーす」

そして、そのまま街の雑踏へと消えていった

部屋には、静かな音だけが残る


スタオンヌが淡々と作業を続ける音

紙をなぞる指先。

微かな薬品の匂い。

ロイは、その様子を呆然と見ていた。

ついさっきまで、どうしようもなかった状況が。

まるで“作業の一部”みたいに処理されていく。

世界は、理不尽に壊れる事もある。

けれど――

壊されたものを“取り返す術”を持つ者も、確かに存在する。

カロンは窓の外を見ながら、小さく呟く。

「さて……」


夕方、街の空気は昼よりも一段濃くなっていた。

人は増え、声は大きくなり、

その分だけ――“裏の気配”もはっきりと

輪郭を持ち始める


宿の一室の扉が開くと同時にエマが軽く手を振った。

「ただいまー」

さっきまでの気だるさはどこにもない。


完全に“仕事帰りの顔”だった。

レオンが振り向く

「どうだった?」


エマは肩をすくめる

「聞き出してきたよ、名前はエリオル、この街の半グレ」

ポケットからメモを取り出し、ひらひらさせる。

「見た目はこんな感じ……」

特徴を伝える。

髪型、体格、癖。

カロンはそれを聞きながら、小さく頷く。

「よし、完璧だ」

そして、ロイの方へ視線を向ける

「ロイ…コイツに見覚えは?」

写真を軽く見せる仕草。


ロイは少しだけ考えて、首を振る。

「直接会った事は無いけど……名前は有名だよ…」


その答えを聞いて、カロンは口元を歪めた

「そっか」

軽く立ち上がる。

「じゃあ俺も行くか」

その一言だけで、空気が変わる


レオンが少しだけ眉をひそめる

「一人でか?」

カロンは振り返りもせず、手をひらひらと振る。

「下見だよ、下見」

軽い、だが目的ははっきりしていた。

――裏を取る

カロンはそのまま、街へと消えていく。

 

それから数時間後。

夜に近づいた路地裏。

人の気配はあるのに、視線は合わない場所

カロンは壁にもたれながら、ゆっくりと辺りを見ていた


エマから聞いた特徴を頭の中でなぞる。

そして――

見つけた。

「あいつか」


雑に笑いながら歩く男。

仕草、雰囲気、目つき。

すべてが一致する。

カロンは、何事もない顔で距離を詰め、視線を外す


そして――

一瞬、すれ違いざまに指先がわずかに動く


それだけだった。

男は気づかない。

財布が、消えた事に。

カロンはそのまま歩き続ける。

振り返らない。

足を止めない。

ただ、ポケットに入れた“成果”を確認する。

「……ビンゴだな」

小さく呟く。

 

宿に戻ると、カロンは何も言わずに財布をスタオンヌへ放った。

スタオンヌはそれを受け取り、すぐに状況を理解する。

「照合しますね」

静かな声。

すぐに器具を取り出し、作業を開始する

財布の表面、内側から指紋を採取


そして――

写真と手紙の指紋と重ねる。


リバティーナが息を呑む。

ロイは、無意識に拳を握っていた

やがてスタオンヌが顔を上げる

「……一致しました」

その一言ですべてが、繋がった


それは“確定した現実”だった

カロンは壁にもたれながら、ゆっくりと笑う。

「よし、狩るぞ」


部屋の空気が静かに張り詰めていた。

証拠は揃った場所も、相手も、すべて分かっている。


あとは――動くだけ。

その直前。

カロンは、ふとロイの方を見た。

「……その前に、ロイ」

呼びかけは軽い。

だがその一言には“区切り”の意味があった


ロイは顔を上げる

「なに?」

カロンはポケットから、一通の封筒を取り出す。

無地の紙

何の装飾もない

だが、それが何を意味するかはすぐに分かるものだった

「止めるなら、いまだ」

淡々と告げる、選択肢を与える声。

「ここで終わりにして、忘れるのもアリだ」




その封筒を、ロイへ差し出す。

「実行するなら――これ、フレンの家に送れ」


短い言葉

だが、その中身は重かった。

“さよなら”だけの手紙。

それ以上も、それ以下もない。

過去を断ち切る為の最後の一通


ロイは、それを受け取る

手の中で紙の軽さがやけに重く感じる。

視線が落ちる

少しだけ震え、思い出が頭をよぎる

笑った顔。

怒った顔。

何でもない日常。

――全部、そこにあった


失う事は終わりじゃない。

それでも

“終わらせる覚悟”は、誰かに与えられるものじゃない。

ロイは、ゆっくりと息を吐きそして顔を上げる。

その目は、もう迷っていなかった。

「……わかった」

短い一言、けれどそれは――

“過去を手放す”という決断だった


カロンはそれを見て、何も言わない。

ただ小さく頷く、それで十分だった。


人は、奪われた瞬間に壊れるんじゃない。

“手放すと決めた瞬間”に――

変わり始める。

カロンは、ゆっくりと立ち上がる。

「よし」

その声は、いつも通り軽い。

だが、その奥にあるものは――少しだけ違っていた。

「じゃあ、行くか」


夜は、静かに始まる。

だがこの街では――

静かなものほど、長くは続かない




一日目。

エリオルは、何も知らなかった。

夜の町中に響く派手な笑い声、フレンもいた…

「ハハッ!最高だな、お前!で?あのザコとはあれからなんか連絡きたの?」


「ううん…何日かしたら来なくなったよ…」


「寂しいか?ま!忘れさせてやるよ、今日も行こうぜ!」(こっそり写真送ったのが効いたな、ざまあw)


(はぁ…ホント最低…こんな奴に夢中になってるアタシも最低……♡ロイならもっと大事にしてくれた…)


フレンの心は既に狂っていた

(でも…今更ロイとなんて無理…絶対物足りないもん…♡)


高笑いが響く。

奪ったものを誇り、

手に入れたものを見せびらかし、

自分が“上”だと疑わない。

――それが、エリオルという男だった。


すれ違いざまにそれを見ていた

「フレンさん、完全に黒ですね…」

エマは一瞬だけ軽蔑の目を向けた後、

すぐさま嗜虐に満ちた表情へと変わる


「あぁ…早くその、下品な発情顔を…全て失った

絶望と虚無の表情に変えてあげたい……♡」


奪う事に慣れた者は、いつか“奪われる側”になる事を、想像しない。


なお、カロンやエマにもロイの無念を晴らしてやりたい気持ちは確かにある、しかし一番の想いは――


玩具発見♡



二日目。

空気が、変わり始める。

最初は、些細な違和感だった。

視線。

背後。

振り返る。

――誰もいない。

「……チッ」

気のせいだと吐き捨てる

だが路地に入るとまた感じる

店に入っても…感じる

女と話していても…感じる


見られている

確実に複数人に見られている

エリオルは苛立ち始める。

「誰だよ……」

だが、答えはどこにもない。

 

その頃。

別の場所で淡々と情報が集められていた。

エリオルの行動

関係者

癖

金の流れ


そして――

“中身”。

エマが軽くメモを閉じる。

「……うわ、最低」


興味半分、呆れ半分

カロンは壁にもたれながら、鼻で笑う。

「まあ予想通りだな」

 

調べれば調べるほど、見えてくる。

エリオルの本質


勝ち誇りたい

見せびらかしたい

支配したい

――そして


“好き”なんて感情は、どこにもない

今回の件もただ一つ、歪んだ理由だけがあった。

「ロイみたいな男が幸せなのが気に入らなかった」

「なんでこんな地味な男に、良い女がいるんだ……」

それだけだった。

 

欲しかったんじゃない

“壊したかった”だけだ。



三日目。

違和感はもう無視できないものになる

フレンが不安そうに顔を覗き込む

「どうしたの?最近、変だよ?」

エリオルは答えない

いや、答えられない

「………」

苛立ちだけが、増えていく

目つきが荒くなる

呼吸が浅くなる

何をしても落ち着かない

 

――見られている

常に、どこにいても

 

その正体は。

リリーナが動かした“目”だった

金で繋がれた情報屋達の集団

街の至る所に何人も…

気配を消し、視線だけを残す

逃げ場はない



エマが概算を出す

「見張りと嫌がらせの人件費、1週間100人で1200万ダストですね」


リリーナが不敵に笑う

「あら〜…お安いのね」

エリオルに休まる場所もない

それが――数日、続いた

 

そして。

ついに、限界が近づく。

エリオルは人気のない路地で、足を止める。

振り返るが誰もいない

それでも、いる。

「クソ……」

拳を握る

「誰だよ……あの連中……!!」

その声は、少しだけ震えていた。

 

支配する側だったはずの男は、

気づかぬうちに――

“見られる側”へと変わっていた。

その変化に、まだ気づいていない

“狩られている”事に


目に見えないものほど、

人の心を深く削っていく

――視線。

ただそれだけ、触れられもしない

声もない、だが確かに“いる”。

それが、逃げ場なく続く。

 

部屋の中。

カーテンは閉じられ、灯りも落とされている。

それでもエリオルは落ち着けなかった。

呼吸が荒い

目は泳ぎ、何度も何度も周囲を確認する。

「……いる……」

誰もいない空間に向かって、呟く。

「いるんだよ……」

 

フレンが、恐る恐る近づく。

「ねえ……エリオル……最近してなかったし…あたしがんばるよ…♡気分転換に……ね?…今夜…♡」


その声は優しい。

だが――次の瞬間

「うわぁぁぁぁぁ!!!!!」

絶叫し、エリオルが飛び退く

「近寄るな!!来るなぁぁぁ!!やめろぉぉぉ!!!」

完全に、壊れかけていた。


フレンは驚き、手を伸ばす。

「大丈夫だよ!誰もいないよ!?」

必死に言う

だがその言葉は、もう届かない


エリオルにとっての“現実”は、別の場所にあった。

「嘘だ!!見てる!!全部見てる!!」

壁を指差し、窓を睨む、天井を仰ぐ

どこにもいない“何か”に追われている。

 

――その頃。

通りを挟んだ向かいの建物。

暗がりの中。

ひとつの窓から、静かにその様子を眺める影があった。


エマは双眼鏡を下ろし、口元がゆっくりと歪む

「……そうそう」

小さく呟く

「その悲鳴が聞きたかった♡」

その声は、どこか楽しげで…どこか冷たかった。


隣でリリーナがワイングラスを傾ける。

「いい感じに仕上がってきたわね♡」

軽い調子、

だがやっている事は、完全に外道だった。

 

見られる恐怖

逃げられない現実

それはやがて――人を壊す


カロンやエマがやりたかった“遊び”が着実に進行する

 

そして。

その“壊れかけた心”に――

次の一手が、叩き込まれる。


夜の街は、ざわついていた。

何も知らない人間からすれば、ただの喧騒。

だが――その奥では、確実に“仕掛けられている”。

 

翌日、とあるビルの屋上、遂にその時はやって来た

冷たい風が吹き抜ける中、レオンは伏せるように構えていた。


手には狙撃銃。

視線はスコープの先。

標的はまだ姿を現していない


その隣でエマが双眼鏡を覗いている。

静かに状況を読み取る“目”


宿を出る直前――

カロンの言葉が、頭に残っていた。

『レオン、絶対殺すなよ?頭も足にも当てるな、狙うのは1ヶ所だけだ』


レオンは、舌打ちを堪える。

「……カロンめ…なんつう事やらせんだよ……」

精度を求められる射撃。


だが今回は、ただ当てればいいわけじゃない。

“意味のある一発”を撃てと言われている


エマが、くすっと笑う

「レオくんの腕を信用してるからだよ」

軽い調子

だが、完全に本気だった。

「外さないでね?」

プレッシャーだけは一流だった。

 

その頃――

ストリート…ネオンと影が入り混じる通り

カロンと沙耶は、あえて目立つように歩いていた。

隠れる気など、最初からない。

それどころか――“呼び寄せる”。

「おい」

案の定、声がかかる

数人のギャングが、道を塞ぐ

「誰の許可で歩いてんだよ?」

典型的なやつだった。

縄張り、プライド

どうでもいい理由で噛みついてくる。


カロンはその瞬間を待っていたとばかりに

にやりと笑った、完全に狙い通り

「悪いな」

軽く肩を回す

「許可取るの忘れてたわ」


一歩、踏み込む。

「――で?」

その目が、変わる。

「どうする?」


次の瞬間。

喧嘩が始まった。

 

「やっちまえ!!」

ギャングが一斉に襲いかかる。

だが。

「遅いでござる」

沙耶の刀が閃く

峰打ち、だがその一撃は正確に急所を外し動きを止める。


沙耶が声を上げる。

「殿!奴が来るまでなんとか持ち堪えるでござる!!」

カロンは笑う。

「おう!」


街中で、小さな抗争が起きる

人が集まり、視線が集まり、ざわめきが広がる

 

そして――

その中へ

ゆっくりと、一人の男が歩いてくる

虚ろな目、焦点の合っていない視線

ふらつく足取り、エリオルだった。

 

彼は、騒ぎを見ているようで――

何も見ていない。

ただ、何かに引き寄せられるように近づいてくる

 

屋上

エマが双眼鏡越しに、その姿を捉える。

「……来たよエリオル、現着」

静かに呟く


レオンの指がわずかに引き金へ


スコープの中、エリオルの姿がはっきりと映る。

 

仕掛けられた舞台は整った

壊れかけた男と

壊される側へ回った男


そして――

その中心に立つ者。

カロンはエリオルに気づいていた。

視線が交わる。

その瞬間。

ほんの少しだけ、笑った。

 

「……来たな」

 

レオンの呼吸が、止まる。

引き金にかけた指が――静かに、動いた。


ざわめきが、ひとつの頂点へと集束する。

喧嘩の怒号

倒れる音

靴が石畳を打つ音

そのすべての上に――

たった一つの“瞬間”が重なる。

 

「……!!」

引き金が引かれる。

 

乾いた音。

それは、街中の騒音に紛れて――

誰にも気づかれない。

 

――ぶちゃ。

 

何かが、確かに起きた。

だが。

それが何かを、理解できる者はいない。

 

エマは双眼鏡を覗いたまま、肩を震わせる。

「命中♡……はぁはぁ♡」

声が少しだけ弾んでいる、寸分の狂いもない結果にドーパミンが大量放出されたように、完全に楽しんでいた


レオンはすぐに立ち上がる。

「いいから逃げるぞ!」

余韻に浸る暇はない。

二人はそのまま、影の中へ消えていく。

 

その頃――

ストリート。

カロンは、ほんの一瞬だけ“変化”を確認していた。

口元が歪む。

「……上手くいったな」

軽く拳を鳴らす。


「沙耶!」

沙耶は既に動いている。

「居眠り斬り!」

カチッ――

カチッ――

カチッ――

納刀音だけが、静かに響く。

次の瞬間。

ギャング達が、まとめて崩れ落ちる。

抵抗すら許されない。

完全制圧、カロンは振り返りもせず手を振る。

「撤収ー!」

笑いながら

「はーはっはっは!!!」

場違いなほど軽い声


だが、その裏で――すべては計算通りだった。

沙耶もその後に続く。

二人は人混みに紛れ、そのまま姿を消す。

 

残されたのは。

混乱と倒れたギャング達

それに紛れるエリオル

 

一発の弾丸で、全てが終わる…

それを撃った者は、もうそこにはいない。


一週間後。

街の空気は、何事もなかったかのように流れている。


病院の前。

車椅子の軋む音だけが、静かに響く。

エリオルはそこにいた。

焦点の合わない目。

言葉にならない声。

以前にも増して生気のない姿

「……あ……あ……」

医者が、淡々と告げる。

「命だけは助かってよかったですが……」

その言葉の続きを、誰も聞こうとはしなかった。

 

その背後。

フレンが、車椅子を押していた

顔は俯き、どこか疲れ切っている。

「……エリオル……」

かける言葉も、もう見つからない。

 

その時だった。

ブロロロ……と、乾いたエンジン音。

病院の前に、一台のバイクが停まる。

視線が、そちらへ向く。

ハンドルを握るのは――カロン。

その後ろに、乗っているのは――ロイ。

 

フレンの目が、大きく見開かれる。

「ロイ……!?」

思わず名前を呼ぶ。

だが、ロイは…一瞬もそちらを見なかった

 

カロンはその様子を見て、にやりと笑った

「ロイ、言ってやれよ」

軽く顎で示す。



ロイは、一瞬だけ息を詰まらせる。

胸の奥に残っていた何かが、最後に引っかかる。

だが――

それも、もういらない。

 

顔を上げる。

そして。

吹っ切れたように、声を張った。

「よーう!!」

口元に、少しだけ笑みを浮かべる。

「エリ子ちゃん!!」

 

その言葉が――

突き刺さる。

 

エリオルの目が、カッと見開かれる。

壊れたはずの感情が、一瞬だけ戻る。

「お……お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」

絶叫、だが、その声にはもう“力”がなかった。

 

カロンは腹を抱えて笑う。

「はーはっはは!!遺伝子根絶してやんのーー!!」

遠慮もなく

「ギャハハハハハハハハ!!!!」


カロンも今回の結果に満足していた、「流石はエマ、芸術点満点だ!」と言わんばかりに

 

エンジンが唸る

バイクが勢いよく走り出す

風を切って

過去を置き去りにして

壊れたものは、元には戻らない



取り戻せないものは確かにある

けれど手放した者は、

次へ進む事を許される

 

ロイは、もう振り返らなかった。

その先にあるものだけを、見ていた。


バイクの音は、あっという間に遠ざかっていく。

フレンは、無意識に

車椅子から手を離していた。


――気づいた時には、もう走り出していた。

「ロイ!!待って……!!」

声が震える。

足がもつれる。

それでも、止まらない。

 

だが相手はバイクだ。

追いつけるはずもない。

距離は一瞬で開いていく。

それでも――

「待って……!!」

何度も叫ぶ

呼び止めれば、振り向いてくれる気がした。

まだ間に合うと、どこかで思っていた。

 

――でも

 

そんな根拠なんてどこにもない

そんな物は自分に都合良く解釈した逃げ道だ。

 


足がもつれ

石畳に躓き転ぶ

膝を擦る

手のひらが裂ける。

痛みが走る

それでも、立ち上がる。

走る

また転ぶ。

 

それでも――

距離は、縮まらない。

 

やがて。

バイクの音は完全に消えた。

 

フレンは、その場で立ち尽くす。

呼吸が荒く視界も滲む。

 

もう

追いつけない

 

手放したものは、

取り戻そうとした時には――

もう、届かない場所にある。

 

その夜

フレンは、ふらつく足取りで家に戻る

扉を開け、見慣れた部屋

何も変わっていないはずなのに。

すべてが違って見える。

 

そして。

机の上に、一通の封筒

見覚えのある、字

数日前に届いていたものだった

――気づいていなかった

 

震える手で、それを開く。

中身は、一枚。

たった一行。

 

『さよなら』

 

それだけだった。

 

何も責めていないし

何も問い詰めていない

何も残していない

 

――だからこそ。

重かった。

 

フレンの手から、紙が滑り落ちる。

膝が崩れる。

そのまま、床に座り込む。

 

「……あ……」

声にならない。

 

そして

 

涙が、溢れた。

 

「……ロイ……」


ロイは、とっくに気づいていたんだ


やっぱりそうだった、助けてくれるかもしれない…そんな僅かな希望がこれで消えた

快楽に耽り、全てに置き去りにされていたのは自分自身だったんだ…

 

全てが遅かった



 

フレンは、その場で泣き崩れる。

涙を止めてくれる存在はもう何もない。

 

後悔は過去を変えない。

ただ――

その重さだけを残していく。

 

一方で。

エリオルの件は静かに処理されていた。

ギャング同士の抗争。

その中で起きた“流れ弾”

それが公式の結論だった。

 

真実を知る者はほとんどいない。

そして知る必要も、なかった。

なんか、1話を書き始める前からこう言うネタやりたいって言うのが何個か有ったんですが今回はその内の一つです。

エマは魔族より人間の苦悶の表情が好き

因みにエマのモデル終末のワルキューレのジャック・ザ・リッパーです


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