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ランキング最下位の俺だけが、世界の本当の順位を見られる件――カースト底辺の陰キャ、万象ランキングで人生を逆転する――  作者: ビッグサム


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第7話 春乃の証言

『じゃあ、最初って何?』


 酉宮秋人のその一文が、画面の中で止まっていた。


 短い。


 ただ、それだけの文。


 でも、そこには嫌な余裕があった。


 言えるなら言ってみろ。

 出せるなら出してみろ。

 どうせお前には何もない。


 そう言われている気がした。


 俺の指は、スマホの画面の上で止まっていた。


 録音はある。


 昨日の音は、残っている。


 春乃の告白。

 直後の笑い。

 午堂の声。

 酉宮の「撮れてる」という声。


 出せば、空気は変わるかもしれない。


 でも、今じゃない。


 さっきのランキングが、まだ頭に残っている。


【今すぐ録音データを公開した場合の危険】

第1位 証拠の全体性を確認される前に論点をずらされる

第2位 卯月春乃の投稿が“零司側の反撃材料”として扱われる

第3位 酉宮秋人が別の保存先へ移す

第4位 午堂夏樹が“盗み録り”として騒ぐ

第5位 四季零司が感情的な対抗投稿をしたと見られる


 出したい。


 今すぐ出したい。


 この画面の向こうで薄く笑っている酉宮に、叩きつけたい。


 お前の声も入っている。

 お前が撮っていたことも分かっている。

 昨日の空気が、全部冗談ではなかったことも。


 でも、出せば勝てるとは限らない。


 勝てる札を、勝てない形で出したら終わりだ。


 俺は唇を噛んだ。


 血の味がした。


「出さないんだよね」


 春乃が小さく言った。


 俺は顔を上げる。


 春乃は青い顔のまま、俺を見ていた。


 さっきまでより、少しだけ目が据わっている。


 怖がっている。

 でも、逃げてはいない。


「まだ出さない」


 俺は言った。


「今出したら、たぶん潰される」


「うん」


 春乃は短く頷いた。


 それから、自分のスマホを見下ろした。


 クラスのグループには、酉宮の投稿が残っている。


『じゃあ、最初って何?』


 その下には、まだ誰も返していない。


 沈黙が伸びている。


 画面の向こうで、クラス全員がこちらを見ている気がした。


 見えている動画。

 見えていない最初。

 見えていない昨日。


 どれを信じるか。


 誰も、まだ決めきっていない。


 いや。


 決めたくないだけかもしれない。


 分かりやすい方に乗れば楽だから。


 四季が怖い。

 春乃がかわいそう。

 酉宮は心配しているだけ。

 午堂は空気を読んでいるだけ。


 そういう形にすれば、誰も自分を見なくて済む。


 その時、春乃が息を吸った。


「私が言う」


 俺は思わず春乃を見た。


「何を」


「最初」


 春乃の指が、スマホの画面を握るように動いた。


「動画の最初に、私が謝ったこと。自分で謝りに行ったこと。四季くんに言われて謝ったんじゃないこと」


 声は震えていた。


 でも、昨日の罰ゲーム告白の時とは違う。


 誰かの台詞をなぞっている声じゃない。


 自分の言葉を探している声だった。


「待って」


 俺は言った。


 春乃の指が止まる。


 また止めている。


 春乃が逃げないと言うたびに、俺は止めている。


 自分でも嫌になる。


 でも、止めなければいけない気がした。


「俺に言われたから、じゃ駄目だ」


「分かってる」


「俺のために、でもたぶん駄目だ」


 春乃は少しだけ唇を噛んだ。


「……分かってる」


「本当に?」


 言ってから、きつい言い方だと思った。


 でも、飲み込めなかった。


「分かってるって言って、昨日は断れなかったんだろ」


 春乃の顔が、はっきり痛んだ。


 俺の胸も痛んだ。


 言いすぎた。


 そう思った。


 でも、嘘ではなかった。


 春乃は逃げなかった。


 目を逸らさずに、小さく頷いた。


「うん」


 その一音が、逆にきつかった。


「断れなかった。止められなかった。怖かった。だから、今も怖い」


 春乃はスマホを握りしめる。


「でも、怖いからってまた黙ったら、昨日と同じになる」


 俺は何も言えなかった。


 真冬が、少し離れた場所から見ている。


 口は挟まない。


 ただ、見ている。


 助ける気があるのか。

 ないのか。


 分からない。


 でも、今はその距離がよかった。


 春乃が、俺の指示ではなく、自分の言葉で立とうとしている。


 ここで真冬が正解を言えば、たぶんまた春乃の言葉ではなくなる。


 ここで俺が文面を作れば、もっと駄目だ。


 だから、俺は黙るしかなかった。


 何もしないことが、こんなに怖いとは思わなかった。


 春乃は画面に文字を打ち始めた。


 何度も消す。


 また打つ。


 指が震えて、誤字が出る。


 それを消す。


 また止まる。


 俺は見ないようにした。


 でも、視界の端で見えてしまう。


 春乃は、一文打っては消していた。


 たぶん、うまく書こうとしている。


 誰にも責められない文にしようとしている。


 でも、そんな文はない。


 誰かを傷つけたことを、誰にも責められない形で言うなんて、たぶん無理だ。


「春乃さん」


 俺は言った。


「何」


「綺麗に書かなくていいと思う」


 春乃が顔を上げる。


 俺は続けた。


「綺麗にすると、たぶんまた逃げる」


 春乃の目が揺れた。


 自分で言って、自分にも刺さった。


 俺もそうだ。


 綺麗な言葉にすれば、楽になる。


 観察。

 記録。

 証拠。

 反撃。


 そう言えば、少し賢くなった気になれる。


 でも本当は、まだ怖い。


 まだ悔しい。


 まだ、笑い声を聞くと足が震える。


 春乃は、ゆっくり頷いた。


「うん」


 そして、また打ち始めた。


 今度は消さなかった。


 しばらくして、スマホが震えた。


 クラスのグループ。


 春乃の投稿だった。


『最初は、私が四季くんに謝ったところです。四季くんに言われて謝ったんじゃないです。私が、昨日のことを謝りたくて話しかけました。動画はそのあとからです。四季くんが私を責めてるように見えるかもしれないけど、私が先に謝りました』


 短い文だった。


 少し重複している。


 少し不格好だ。


 でも、春乃の言葉だった。


 数秒、誰も返さない。


 嫌な沈黙が落ちる。


 画面の向こうで、全員が空気を読んでいる。


 誰が先に笑うのか。

 誰が先に否定するのか。

 誰が先に逃げるのか。


 その沈黙を破ったのは、午堂だった。


『いや、でも四季がきつく言ってたのは事実じゃん』


 来ると思っていた。


 分かっていた。


 なのに、胸が冷える。


 次に辰巳。


『春乃がそう言うならそうなんだろうけど、動画の四季は普通に怖い』


 申橋。


『てか春乃がそこまで謝る必要ある?』


 そして酉宮。


『春乃、無理してない? 四季に何か言われてない?』


 心配しているふり。


 まただ。


 また、酉宮は心配している側に立とうとしている。


 春乃が唇を噛んだ。


 俺は何も打たなかった。


 今、俺が打てば、また「四季が言わせてる」に戻る。


 それは分かる。


 分かるのに、黙っているのがつらい。


 視界に文字が浮かぶ。


【今、四季零司が発言した場合の危険】

第1位 卯月春乃の証言が四季零司の誘導に見える

第2位 酉宮秋人が“ほら出てきた”と空気を作る

第3位 午堂夏樹が感情論に変える

第4位 未原沙耶が発言しづらくなる

第5位 春乃の自分で選んだ言葉が薄まる


 未原沙耶。


 第4位に、その名前があった。


 俺は息を止める。


 未原が、発言しづらくなる。


 ということは。


 未原は、何か言える可能性がある。


 でも、俺が先に出ると、その可能性が潰れる。


 黙るしかない。


 黙ることが、今の最善。


 またかよ。


 怒りが喉まで上がってきた。


 正しい行動が、また沈黙なのか。


 黙って傷つけられてきた俺に、また黙れと言うのか。


 ふざけるな。


 そう思った。


 でも、送信欄には何も打たなかった。


 手だけが震えていた。


 春乃も、次を打てずにいる。


 真冬は黙っている。


 それぞれが息を止めている中で、次の投稿が流れた。


 未原沙耶。


『春乃は無理してるようには見えない』


 俺は画面を見た。


 春乃も見ていた。


 さらに未原の投稿が続く。


『昨日、私もいた。止めなよって言ったけど、止めきれなかった。午堂くんたちが笑ってたのも、酉宮くんがスマホ持ってたのも見た』


 空気が止まった。


 たぶん、画面の向こうでも止まった。


 未原。


 録音の中の声。


『やめなよ、ほんとに』


 あの声の主。


 彼女もまた、止めきれなかった一人だ。


 完全な味方じゃない。


 でも、同じでもない。


 俺はスマホを握ったまま、息を吐けなかった。


 午堂の返信が少し遅れた。


『いや、沙耶まで何?』


 酉宮は、もっと遅れた。


 さっきよりも、さらに。


 その数秒が、やけに長い。


 春乃の言葉。

 未原の言葉。

 俺の一文。


 まだ弱い。


 細い。


 すぐ切れそうだ。


 でも、一本じゃない。


 複数になった。


 酉宮の返信が来た。


『いや、スマホ持ってたから何? 普通にみんな撮るっしょ』


 開き直った。


 俺は画面を睨む。


 普通にみんな撮る。


 そんなわけがない。


 人を罰ゲームで告白させて、信じた顔を撮って、笑って、投稿して。


 それを普通にするな。


 指が動きそうになる。


 送信欄に言葉が浮かぶ。


 普通じゃない。

 お前が撮ってたんだろ。

 ふざけるな。


 でも、まだ押さない。


 未原が出た。


 春乃が出た。


 今、俺が感情で出れば、その線を潰すかもしれない。


 その時、春乃が一歩だけ前へ出た。


 物理的には、廊下でただスマホを握っているだけだ。


 でも、俺にはそう見えた。


 彼女は画面に文字を打った。


 今度は、俺を見なかった。


 真冬も見なかった。


 自分の画面だけを見ていた。


『普通じゃないです。私は、普通にしていいことだと思いたくないです』


 春乃の投稿。


 すぐに既読が増える。


 続けて、もう一文。


『私がやったことも、普通じゃないです』


 俺はその文を見つめた。


 春乃は、自分を逃がしていない。


 酉宮だけを責めていない。


 自分のしたことも、普通じゃないと言った。


 その瞬間、さっきまで白くなっていた春乃の指が、少しだけ力を取り戻したように見えた。


 視界に文字が浮かぶ。


【現在、卯月春乃の証言として最も価値があるもの】

第1位 自分の責任も認めていること


 なるほど、と思った。


 春乃が自分だけを被害者にすれば、酉宮はそこを突く。


 春乃が俺に言わされているように見せれば、酉宮はそこを使う。


 でも、春乃が自分の責任も認めたうえで、普通じゃないと言ったなら。


 それは、酉宮の「ノリだった」という逃げ道を少しだけ塞ぐ。


 午堂の返信は来ない。


 辰巳も、申橋も止まっている。


 酉宮だけが、数秒遅れて返した。


『重』


 たった一文字。


 逃げた。


 俺は思った。


 いや、まだ逃げ切ってはいない。


 でも、酉宮は今、笑いに戻そうとしている。


 重い。

 面倒。

 空気読めない。


 そういう形へ戻そうとしている。


 俺はスマホを握ったまま、考える。


 ここで何を出すべきか。


 録音ではない。


 まだ違う。


 録音を出すなら、もっと逃げ道を狭めてからだ。


 今出すものは、問いだ。


 俺は送信欄に文字を打った。


『じゃあ、どこから撮った?』


 指が止まる。


 これは、直接攻撃だ。


 酉宮に向けた問い。


 でも、感情ではない。


 動画を撮った場所を聞くだけ。


 その答えで、さっきの春乃との会話をどこから見ていたかが分かる。


 どこから撮ったのか。

 いつから撮ったのか。

 なぜそこを撮ったのか。


 逃げ道はある。


 たまたま。

 見えただけ。

 心配だった。


 でも、問いを置けば、酉宮は答えなければならない。


 俺は送信した。


『じゃあ、どこから撮った?』


 既読が増える。


 午堂がすぐに反応した。


『そこ重要?』


 俺は打たない。


 打たない。


 酉宮の返事を待つ。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 四秒。


 酉宮の返信が来ない。


 その沈黙が、さっきまでの沈黙と違って見えた。


 嫌な沈黙じゃない。


 少しだけ、相手の息が詰まっている沈黙。


 未原が投稿した。


『廊下側からじゃない? 春乃の顔、ほとんど映ってないし』


 俺は息を止めた。


 未原が、見ている。


 ちゃんと見始めている。


 その次に、真冬がスマホを操作した。


 グループに投稿するのかと思った。


 違った。


 真冬は俺の方へ画面を見せた。


 何も言わない。


 そこには、学校の廊下の見取り図のようなものが、簡単にメモされていた。


 教室入口。

 春乃が立っていた位置。

 俺の位置。

 酉宮がいたらしい位置。


 矢印が一本。


 廊下側。


 真冬は口だけで言った。


「角度」


 声には出さない。


 俺は頷かなかった。


 でも、見た。


 この人は、また見ている。


 便利すぎる。


 少し腹が立つ。


 でも今は、使えるものは使うしかない。


 俺は送信欄に打った。


『廊下側からだと、春乃さんが先に謝ったところは映らない』


 送信。


 すぐに、酉宮が返した。


『だから何? 音は入ってるけど?』


 音。


 俺は画面を見る。


 自分の呼吸が浅くなった。


 酉宮は、音が入っていると言った。


 つまり、動画の音声には、俺の声だけではなく、少なくともその周辺の音がある。


 だが、春乃が最初に謝った部分は出していない。


 それは、撮れていなかったのか。

 撮れていたけれど、切ったのか。


 視界に文字が浮かぶ。


【酉宮秋人の発言で今もっとも重要な矛盾】

第1位 音が入っているのに“最初”を出していないこと


 俺の指が、止まった。


 見えた。


 小さい。


 でも、穴だ。


 俺は打つ。


『音が入ってるなら、最初から出せるよな』


 送信。


 今度は、午堂も反応しなかった。


 辰巳も。

 申橋も。


 画面の中で、ほんの少しだけ空気が止まる。


 酉宮の返信は、来ない。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 長い。


 長い。


 やがて、酉宮が送ってきた。


『めんど』


 それだけだった。


 俺は画面を見つめた。


 勝ったわけじゃない。


 まだ何も終わっていない。


 でも、酉宮は説明しなかった。


 「最初」を出さなかった。


 「音が入っている」と言ったくせに、出せなかった。


 それは小さな沈黙だった。


 でも、俺には分かった。


 さっきまでの沈黙とは違う。


 これは、酉宮の沈黙だ。


 視界に、文字が浮かんだ。


【現在、酉宮秋人の主張が失ったもの】

第1位 動画だけで成立する説得力


 手が震えた。


 今度は、少しだけ違う震えだった。


 怖い。


 まだ怖い。


 でも、それだけじゃない。


 俺は、見えた穴に指をかけた。


 まだ開けきっていない。


 でも、確かに。


 穴はあった。


 その時、スマホに別の通知が来た。


 クラスのグループじゃない。


 学校の連絡アプリだった。


 担任からの個別メッセージ。


『クラス内でトラブルが起きていると聞きました。関係者は明日朝、職員室に来なさい』


 画面を見た瞬間、胸が沈んだ。


 誰かが、担任に送った。


 誰かが、このやり取りを大人に見せた。


 それが誰なのかは分からない。


 未原かもしれない。

 辰巳かもしれない。

 午堂かもしれない。

 酉宮かもしれない。


 あるいは、ただ傍観していた誰かかもしれない。


 来た。


 学校。


 大人。


 処理。


 そして、たぶん。


 揉み消し。


 視界に、次のランキングが浮かぶ。


【明日、最も警戒すべき相手】

第1位 担任

第2位 酉宮秋人

第3位 午堂夏樹

第4位 学年主任

第5位 卯月春乃


 担任。


 酉宮より上。


 俺はスマホを握ったまま、息を呑んだ。


 教室の中だけの話では、もうなくなった。


 でも、だからといって安心できるわけでもない。


 明日。


 大人が、この件に名前をつけに来る。


 悪ふざけ。

 行き違い。

 誤解。

 生徒間トラブル。


 どの名前をつけられるかで、また全部が変わる。


 俺は奥歯を噛んだ。


 見えているものだけが全部じゃない。


 でも、見せるものを間違えれば。


 全部、向こうの形になる。

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