表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランキング最下位の俺だけが、世界の本当の順位を見られる件――カースト底辺の陰キャ、万象ランキングで人生を逆転する――  作者: ビッグサム


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/17

第6話 裏アカを探す

 再生ボタンを押すまでに、こんなに勇気がいるとは思わなかった。


 画面の中には、止まったままの俺がいる。


 頭を下げる春乃。

 その前に立つ俺。

 硬い顔。

 強い声を出したあとの顔。


 音はまだ出ていない。


 動画はまだ動いていない。


 それなのに、もう嫌だった。


 サムネイル一枚で、昨日から今日までの全部が、別のものに変えられている。


 俺は春乃を責めた。

 春乃は追い詰められた。

 俺は許さない嫌なやつだ。


 そんなふうに見える。


 いや、見えるように作られている。


 酉宮秋人の投稿は、クラスのグループの中で止まっていた。


『昨日の件、ノリだったのに重くなりすぎじゃね? てかさっき春乃、四季に詰められてたけど大丈夫?』


 その下に、動画。


 さらにその下に、午堂の投稿。


『いや、これは四季もやりすぎじゃね?』


 画面の中で、俺の形が少しずつ変えられていく。


 四季零司。


 昨日までは笑っていいやつ。


 今は、謝っている女子を責める面倒なやつ。


 どっちにしても、下だ。


 真冬が言った。


「見るなら、保存してから」


「……分かってる」


「分かってない人は、すぐ押す」


 嫌な言い方だった。


 でも、指は止まった。


 俺は動画を保存した。


 それからスクリーンショットを撮った。

 投稿時間を写した。

 酉宮の名前が入るようにもう一枚撮った。

 午堂の返信も撮った。

 未原、辰巳、申橋の反応も撮った。


 保存するたびに、胸の奥が削れる。


 俺を傷つけたものを、自分の手で丁寧に残している。


 馬鹿みたいだ。


 でも、残さなければ、また消される。


 なかったことにされる。


 ノリだった。

 冗談だった。

 切り取りじゃない。

 お前が大げさに受け取っただけ。


 そう言われる。


 だから残す。


 吐きそうでも残す。


 春乃は、俺の少し後ろで立っていた。


 顔色が悪い。


 さっき自分で投稿したばかりなのに、もう別の空気に飲まれかけている。


 スマホを握る手が震えていた。


「私のせいで……」


「違う」


 反射で言った。


 春乃が顔を上げる。


 違うのか。


 本当に違うのか。


 春乃が昨日やったことは、消えない。

 逃げたことも、断れなかったことも、俺を傷つけたことも。


 でも、今これをやっているのは春乃じゃない。


 酉宮だ。


「今これを作ってるのは、春乃さんじゃない」


 俺は言った。


「酉宮だ」


 春乃の目が揺れた。


 真冬は何も言わなかった。


 ただ、俺のスマホ画面を見ている。


 その視線が少し嫌だった。


 見られている。


 俺がどこで怒るか。

 どこで間違えるか。

 どこで酉宮と同じように相手を使うか。


 そんなところまで見られている気がした。


 俺は息を吸って、動画を再生した。


 音が出た。


『俺にだけ謝って終わりにしないで』


 いきなり、俺の声だった。


 最初が抜けている。


 春乃が謝った部分がない。

 俺が頭を上げてと言った部分もない。

 春乃が「怖かった」と言った部分もない。


 俺の声から始まっている。


『謝るなら、あの場で笑ってた連中の前で言って』


 画面の中の俺は、思っていたより冷たい顔をしていた。


 春乃は俯いている。

 肩が小さく震えている。


 そこだけ見れば、俺が春乃を責めているようにしか見えない。


『自分が何をしたのか、あの空気の中で言って』


 動画はそこで少し揺れた。


 誰かの指が画面に触れたようなブレ。


 そして、春乃の小さな声。


『怖かった』


 その直後で、動画は切れていた。


 止まった画面。


 泣きそうな春乃。

 硬い顔の俺。


 終わり。


「……最悪」


 春乃が呟いた。


 その声は、自分を責めているのか、酉宮を責めているのか分からなかった。


 俺は画面を見つめたまま、動けなかった。


 分かっていた。


 切り取られると分かっていた。


 それでも、実際に見ると別だった。


 自分の言葉が、他人の手で別の刃物に変えられている。


 言ったのは俺だ。


 でも、意味が違う。


 違うのに、動画の中では俺の声がはっきり残っている。


 逃げられない。


 視界に文字が浮かんだ。


【この動画で最も切り取られているもの】

第1位 卯月春乃が自分から謝った事実

第2位 四季零司が許したふりをしなかった理由

第3位 卯月春乃が逃げないと決めた経緯

第4位 酉宮秋人が撮影していた事実

第5位 周囲の空気


 見れば分かる。


 いや、見えなくても分かる。


 でも、ランキングにされると、余計に腹が立った。


 こんなふうに並べられなければ、俺は怒りの形すら掴めなかったのか。


 それも嫌だった。


 真冬が言った。


「最初がない」


「見れば分かる」


「分かる人だけ分かっても、意味がない」


 返す言葉がなかった。


 真冬は続けた。


「この動画だけ見た人は、あなたが卯月さんを詰めたと思う」


「分かってる」


「卯月さんが自分で謝った投稿がある。でも、酉宮くんは動画で上書きしている」


 上書き。


 嫌な言葉だった。


 春乃の投稿。

 春乃の謝罪。

 春乃の逃げない選択。


 その上から、酉宮が別の意味を被せている。


 まるで、ペンで黒く塗りつぶすみたいに。


 俺は自分のスマホを握った。


 俺には、昨日の音がある。


 午堂の声。

 酉宮の「撮れてる」という声。

 教室の笑い。


 それを出せば、少なくとも昨日の件が「ノリ」で済む話ではないと示せる。


 でも。


 今出していいのか。


 酉宮の動画に対して、こちらも記録を出す。


 それは正しい反撃なのか。

 それとも、また別の切り取り合いになるのか。


 分からない。


 視界に文字が浮かぶ。


【今すぐ録音データを公開した場合の危険】

第1位 証拠の全体性を確認される前に論点をずらされる

第2位 卯月春乃の投稿が“零司側の反撃材料”として扱われる

第3位 酉宮秋人が別の保存先へ移す

第4位 午堂夏樹が“盗み録り”として騒ぐ

第5位 四季零司が感情的な対抗投稿をしたと見られる


 やっぱり。


 今じゃない。


 喉の奥が苦くなった。


 持っているのに使えない。


 証拠があるのに、今出すと不利になる。


 何なんだよ、それ。


 勝てる札を持っているはずなのに、出せば負けるかもしれない。


 現実が、面倒くさすぎる。


「出さない方がいい?」


 真冬が聞いた。


 俺は顔を上げた。


 まさか、ランキングが見えたわけじゃない。


 真冬は俺の表情を見ていただけだ。


 俺がスマホを握りしめて、何かを出そうとして、やめた。


 それだけで、察したのだと思う。


「……まだ」


 俺は言った。


「今出したら、たぶん向こうの形に乗る」


 真冬は少しだけ目を細めた。


「分かってるならいい」


「分かってるかは分からない」


「それでいい」


 短い。


 褒めてもいない。

 慰めてもいない。


 でも、少しだけ息がしやすくなった。


 春乃が小さく言った。


「じゃあ、どうするの」


 俺は動画の投稿を見た。


 酉宮のアカウント。


 クラスのグループでは本名だ。


 でも、最初に俺を晒した投稿は別だった。


『告白された陰キャ、ガチで信じてて草』


 知らないアカウント。


 名前は出していなかった。

 でも、分かる人には分かる内容。


 あれは、たぶん裏アカだ。


 酉宮本人か。

 酉宮の近いやつか。

 少なくとも、酉宮が関わっている可能性は高い。


 そこを見つけなければいけない。


 今の動画だけを相手にしても、酉宮は逃げる。


 たまたま撮った。

 心配だった。

 四季が怖かった。

 春乃を守ろうとした。


 そう言える。


 でも、昨日から続いている投稿なら。


 罰ゲーム告白の前後から、同じ言葉で笑っている場所があるなら。


 話は変わる。


 俺はスマホを持ち直した。


「裏アカを探す」


 春乃が瞬きをした。


「裏アカ……?」


「昨日、最初に投稿されてた。名前は出てない。でも俺のことだって分かるやつ」


 春乃の顔が歪んだ。


 たぶん、見たのだろう。


 あるいは、見ていなくても想像できたのだろう。


 真冬が言った。


「酉宮くんの?」


「たぶん」


「たぶんで探すのは、広い」


「分かってる」


「分かってる人は――」


「分かってないって言うんだろ」


 真冬は何も言わなかった。


 俺は少しだけ息を吐く。


 ランキングが浮かぶ。


【酉宮秋人の裏アカを見つけるために有効な手段】

第1位 クラス内で使われている隠語を調べる

第2位 昨日の動画を見た人物を確認する

第3位 酉宮が反応する投稿時間を調べる

第4位 午堂周辺の友人アカウントを追う

第5位 直接問い詰める


 第5位。


 直接問い詰める。


 俺は乾いた笑いを漏らしそうになった。


 それが一番やりたい。


 今すぐ酉宮のところへ行って、スマホを見せろと言いたい。


 昨日の動画を出せ。

 裏アカを消すな。

 何を投稿したか全部見せろ。


 そう言いたい。


 でも、第5位。


 低い。


 つまり、やるなということだ。


 酉宮に詰め寄っても、笑われるだけ。

 スマホを伏せられるだけ。

 こっちが感情的になった場面だけ、また残されるだけ。


 俺は自分の手を見た。


 震えている。


 怒りで。

 怖さで。

 悔しさで。


 この手のまま詰め寄ったら、たぶん負ける。


「クラス内で使われてる言葉を探す」


 俺は言った。


 真冬が俺を見る。


「どういう意味?」


「昨日の投稿にあった言葉。今日のグループの言葉。酉宮や午堂の周りが使う言い方」


 ランキングのことは言わない。


 だから、別の理屈に変える。


「同じ言葉を使ってるアカウントを探す。投稿時間も見る。午堂の周りのアカウントも追う」


 真冬は数秒黙った。


「悪くない」


 たったそれだけ。


 でも、少しだけ腹が立った。


 採点するな。


 そう思った。


 言わなかった。


 春乃がスマホを見下ろした。


「私……昨日のあと、見たかもしれない」


 俺と真冬が同時に春乃を見る。


 春乃は顔を伏せた。


「怖くて、ちゃんと見なかった。でも、友達のストーリーで……それっぽいのが流れてきた。笑ってるスタンプがついてて」


 胸の奥が冷える。


「誰の?」


「未原さんの知り合い。たぶん、隣のクラスの人」


 未原沙耶。


 第2話の録音で、止めようとしていた声。


『やめなよ、ほんとに』


 彼女の周辺にも広がっている。


 笑いに乗ったやつ。

 止めようとして、止めきれなかったやつ。

 目を逸らしたやつ。


 線が、広がっていく。


「そのストーリー、まだ残ってる?」


 俺が聞くと、春乃は首を振った。


「分からない。二十四時間で消えるやつかも」


「見せて」


 春乃はスマホを操作した。


 指が震えている。


 検索履歴。

 友人のアカウント。

 ストーリー欄。


 消えていた。


 春乃の顔が曇る。


「ごめん」


「謝らなくていい」


 言ってから、自分でも驚く。


 謝らなくていい。


 さっきまで、謝るなら終わらせるなと言っていたのに。


 今は、違う。


 必要なのは謝罪じゃない。


 情報だ。


「覚えてる言葉は?」


 春乃は目を閉じた。


「たぶん……『信じた陰』とか、『春乃チャレンジ』とか」


 春乃チャレンジ。


 その言葉で、胃が縮んだ。


 俺の屈辱に、名前がついている。


 遊びの名前みたいに。


 チャレンジ。


 挑戦。


 誰かがやって、誰かが笑う。


 俺は、そのための道具だった。


 視界が少しにじんだ。


 でも、泣きたくはなかった。


 泣いたら、またあいつらの形になる気がした。


 俺は検索欄に打ち込む。


『春乃チャレンジ』


 関係ない投稿ばかりが出た。


 春のイベント。

 知らない学校の動画。

 ふざけたダンス。

 何の関係もない笑い。


 違う。


 次。


『信じた陰』


 いくつか出た。


 でも、違う。

 古い投稿。

 別の学校。

 知らない誰かへの悪口。


 見れば見るほど、気持ち悪くなる。


 俺と関係ないところでも、同じような言葉で誰かが笑われている。


 俺だけじゃない。


 そう思って、少しも楽にならなかった。


 次。


『ガチで信じてて草』


 検索結果が並ぶ。


 似たような投稿。

 関係ない晒し。

 冗談みたいな悪意。


 その中に、一つだけ、昨日の教室に近い言葉があった。


 指が止まる。


 知らないアカウント。


 アイコンは黒地に白い線。

 名前は意味のない英数字。

 プロフィールには何もない。


 投稿は短かった。


『告白された陰キャ、ガチで信じてて草』


 昨日見た文章。


 その下に、笑っている顔文字。

 引用のような形で、誰かが反応している。


 午堂夏樹の公開アカウントではない。


 でも、午堂らしき別アカウントが、笑うスタンプだけを返していた。


 さらに下。


 見覚えのある言葉。


『撮れてるなら出せ』


 投稿時間は、昨日の放課後のすぐあと。


 俺の手が止まった。


 画面がにじむ。


 教室で笑われた時より、きつかった。


 あの場の笑いは、一瞬だった。


 でも投稿は残る。


 俺の恥が、何度でも再生できる形で置かれている。


 知らない誰かが、あとから笑える形で。


 俺が一瞬だけ本気にしたことが。


 俺が恥ずかしくて、悔しくて、気持ち悪くなったことが。


 短い文章とスタンプにされている。


 気持ち悪い。


 消したい。


 見たくない。


 でも、消せない。


 消したら、残せない。


 俺はスクリーンショットを撮った。


 一枚。


 投稿本文。


 二枚。


 投稿時間。


 三枚。


 反応したアカウント。


 四枚。


 午堂らしきアカウントのスタンプ。


 五枚。


『撮れてるなら出せ』


 保存するたびに、指先が冷たくなった。


 春乃が息を呑んだ。


「これ……」


「見ない方がいい」


 俺は言った。


 でも、春乃は見ていた。


 見て、顔を青くしていた。


 真冬が短く言う。


「URL」


「分かってる」


「投稿時間」


「撮った」


「反応した人」


「撮った」


 答えながら、少しだけ苛立った。


 言われなくてもやっている。


 でも、言われなければ抜けていたかもしれない。


 それも分かるから、余計に苛立つ。


 真冬は気にした様子もなく、画面を見る。


「卯月さんは反応していない」


 その一言で、俺は止まった。


 春乃を見る。


 春乃は小さく首を振った。


「してない。見たけど……怖くて、閉じた」


 反応していない。


 午堂周辺は反応している。

 誰かは笑っている。

 誰かは煽っている。


 でも、春乃は反応していない。


 それで許されるわけじゃない。


 でも、同じでもない。


 第3話で考えたことが、また胸に戻ってくる。


 全部同じじゃない。


 けれど、安全でもない。


 俺は画面を見た。


 裏アカの投稿はまだ残っている。


 消される前に、残せた。


 でも、それだけでは足りない。


 このアカウントが酉宮のものだと示すものが必要だ。


 あるいは、少なくとも酉宮とつながっていることを示すものが。


 視界に文字が浮かぶ。


【この裏アカと酉宮秋人を結びつけるために見るべきもの】

第1位 投稿直後に反応した人物

第2位 酉宮秋人の投稿時間との一致

第3位 使用している言葉の癖

第4位 動画投稿までの時間差

第5位 午堂夏樹との反応順


 俺はノートを開いた。


 スマホの画面を見ながら、書く。


『裏アカ 昨日放課後直後』

『文言:ガチで信じてて草』

『反応:午堂系?』

『撮れてるなら出せ』

『春乃反応なし』

『酉宮グループ投稿:今日放課後』


 字が汚い。


 でも、前よりは迷いが少なかった。


 これは傷を広げる作業じゃない。


 傷を、なかったことにさせない作業だ。


 そう思わないと、続けられなかった。


 その時、スマホが震えた。


 クラスのグループ。


 酉宮の投稿に、さらに返信がついている。


 辰巳蓮。


『動画見たけど、普通に四季こわ』


 申橋亮。


『春乃かわいそ』


 未原沙耶。


『全部見てから言った方がよくない?』


 その投稿のあと、一瞬だけ空気が止まったように見えた。


 未原。


 録音の中で、止めようとしていた声の主。


 完全な味方ではない。

 でも、全部同じでもない。


 画面の中で、教室の形がまた少し変わる。


 その直後、酉宮が返信した。


『全部って何? 見えてるとこが全部じゃね?』


 俺は息を止めた。


 見えてるとこが全部。


 その言葉が、胸に刺さった。


 違う。


 見えているものだけが全部じゃない。


 切り取られた動画が全部じゃない。


 ランキングが見せる順位も、たぶん全部じゃない。


 でも、酉宮はそれを使う。


 見えているものだけで、人を決める。


 分かりやすい形にして、笑わせる。


 俺はスマホを握った。


 このままだと、負ける。


 見えている部分だけで、俺の形が決まる。


 真冬が言った。


「今、出すものは決めた方がいい」


「録音はまだ出さない」


 俺はすぐに言った。


 言ってから、息が止まった。


 しまった。


 口が滑った。


 春乃の目が揺れる。


「録音……?」


 真冬は何も言わない。


 俺は奥歯を噛んだ。


 能力のことではない。


 でも、証拠の一つを言ってしまった。


 今さら、完全には隠せない。


「昨日の音が、少し残ってる」


 俺は言った。


 春乃は息を呑んだ。


 責める顔ではなかった。


 怖がっている顔だった。


 自分の声も入っているかもしれないと、分かったのだろう。


「私の声も?」


「たぶん」


 春乃は、少しだけ俯いた。


 数秒、何も言わなかった。


 その沈黙が怖かった。


 言うな。


 誰にも言うな。


 そう言いたかった。


 でも、言えなかった。


 言ったらまた、春乃を支配するみたいになる気がした。


 春乃は小さく息を吸った。


「誰にも言わない」


 俺は顔を上げた。


 春乃の声は震えていた。


「それがあるって、私からは言わない」


 俺は頷かなかった。


 信じた、と言うには早すぎる。


 でも、否定もしなかった。


「……まだ出さない」


 俺は言った。


「今出したら、酉宮の形に乗る。盗み録りとか、俺が準備してたとか、たぶんそういう話にされる」


 春乃は小さく頷いた。


 少し青い顔のまま。


 それでも、逃げなかった。


「じゃあ、何を出すの」


 俺はグループ画面を見た。


 酉宮の動画。

 春乃の投稿。

 裏アカの投稿。

 未原の「全部見てから」。


 今、出せるもの。


 録音ではない。

 感情でもない。

 怒りでもない。


 まずは、切り取られているという事実。


 俺は文字を打ち始めた。


 指が震える。


 でも、打った。


『その動画、最初が切れてる』


 それだけ。


 送信ボタンの前で、指が止まる。


 怖い。


 これを送れば、俺は初めてグループの中で反撃することになる。


 笑われるかもしれない。


 さらに煽られるかもしれない。


 また切り取られるかもしれない。


 でも、黙っていれば、酉宮の動画が全部になる。


 俺は送信した。


 画面に、自分の投稿が流れる。


『その動画、最初が切れてる』


 すぐに既読が増えた。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 午堂が反応した。


『は?』


 酉宮の返信は、少し遅れた。


 その数秒が、やけに長かった。


 そして。


『じゃあ、最初って何?』


 俺は画面を見つめた。


 酉宮は、まだ笑っている。


 でも。


 今、ほんの少しだけ。


 あいつは、確認を求めた。


 俺が何を持っているのかを。


 視界に、短いランキングが浮かぶ。


【酉宮秋人が今、最も警戒し始めたもの】

第1位 四季零司が持っている未公開の記録


 息が止まった。


 初めて、酉宮の順位が少し揺れた気がした。


 まだ勝っていない。


 何もひっくり返っていない。


 でも。


 あいつは今、俺が何かを持っている可能性を考えた。


 俺はスマホを握り直した。


 だったら、ここからだ。


 見えているものだけが全部じゃない。


 それを、今度はこっちが証明する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ