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ランキング最下位の俺だけが、世界の本当の順位を見られる件――カースト底辺の陰キャ、万象ランキングで人生を逆転する――  作者: ビッグサム


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第4話 謝罪を受け取ってはいけない理由

 その日の授業は、ほとんど頭に入らなかった。


 黒板の文字は見えている。

 先生の声も聞こえている。

 ノートも取っている。


 でも、意識はずっと別のところにあった。


 午堂の声。

 酉宮のスマホ。

 春乃の伏せた目。

 真冬の、感情の読めない顔。


 教室は、昨日と同じ形をしている。


 机が並んでいる。

 窓がある。

 黒板がある。

 人がいる。


 でも、もう同じには見えなかった。


 誰が笑うのか。

 誰が乗るのか。

 誰が目を逸らすのか。

 誰が残すのか。


 見ようとすれば、教室は気持ち悪いくらい細かく割れていく。


 昨日まで、俺はそれを全部まとめて「嫌な場所」と呼んでいた。


 でも違う。


 嫌な場所は、誰か一人でできているわけじゃない。


 声を上げるやつ。

 笑うやつ。

 黙るやつ。

 見なかったことにするやつ。


 それぞれが少しずつ、逃げ道を塞いでいる。


 そんなことに気づいたところで、楽にはならない。


 むしろ、余計に息苦しかった。


 昼休み。


 俺は購買にも行かず、弁当も出さず、机に向かったままノートを開いていた。


 朝、午堂に言った「弁当あるから」は嘘だ。


 何も持ってきていない。


 腹は減っている。

 でも、食べる気にならない。


 ノートの端には、今日だけで増えたメモが並んでいた。


『酉宮 右手 机下』

『消してない』

『午堂 早くしろ』

『真冬 見ている場所が変』

『ひとつだけだと弱い』


 そこまで書いて、ペンが止まった。


 最後の一行が嫌だった。


 ひとつだけだと弱い。


 真冬の言葉は冷たかった。


 でも、間違ってはいない。


 昨日の音は、俺にとっては十分すぎるほど痛かった。


 思い出すだけで吐きそうになる。

 何度も保存するたび、また笑われている気がする。


 それでも、他人にとっては違うのかもしれない。


 悪ふざけ。

 ノリ。

 仲間内の冗談。

 ちょっと行き過ぎただけ。


 そう言われた瞬間、俺の傷はまた薄められる。


 だから、足りない。


 痛いのに、足りない。


 そんなの、ふざけている。


 ペンを置いた時、前の方で椅子が小さく鳴った。


 顔を上げる。


 卯月春乃が立っていた。


 友達と話しているふりをしている。

 でも、目は何度もこちらへ来ていた。


 すぐに逸らす。

 また見る。

 また逸らす。


 その繰り返し。


 昨日までなら、気づかなかったかもしれない。


 いや、気づいても「自分とは関係ない」と思っていた。


 今は違う。


 春乃は、俺に話したがっている。


 たぶん、謝りたいのだと思う。


 その予想だけで、胃が重くなった。


 謝られたら、どうすればいい。


 怒鳴るのか。

 黙るのか。

 許すのか。


 許す?


 その言葉が浮かんだだけで、奥歯に力が入った。


 何を許すんだ。


 昨日の声か。

 笑いか。

 自分が一瞬だけ喜んだことか。

 それとも、今も残っている投稿か。


 どれも消えていない。


 放課後になった。


 チャイムが鳴ると、教室の空気が少し緩む。


 帰る支度をする音。

 椅子を引く音。

 スマホの通知音。

 部活の話。

 寄り道の話。


 いつもの放課後。


 俺は鞄にノートを入れた。


 帰ろうとした。


「四季くん」


 背中に声が落ちた。


 分かっていたのに、体が固まった。


 振り返る。


 春乃が立っていた。


 昨日、俺に告白した場所とほとんど同じ位置。


 同じ教室。

 同じ放課後。

 同じ卯月春乃。


 でも、昨日とは違う。


 春乃は笑っていなかった。


 顔色が悪い。

 唇を噛んだ跡がある。

 指先が、鞄の持ち手を強く握っている。


 教室には、まだ何人か残っていた。


 午堂はいない。

 酉宮も見当たらない。


 でも、完全に二人きりではない。


 それが、少し嫌だった。


 そして少し、助かった。


「……何」


 声が硬くなった。


 春乃は一度だけ息を吸った。


「昨日は、ごめんなさい」


 その瞬間、視界に文字が浮かんだ。


【卯月春乃の謝罪の本気度ランキング】

第1位 本気


 ああ。


 やっぱり。


 本気だ。


 それは分かった。


 春乃は、本気で謝っている。


 目の動き。

 声の震え。

 頭を下げる角度。

 そして、ランキング。


 全部が同じことを言っている。


 本気だ。


 でも。


 だから何だ。


 胸の奥に、冷たいものが落ちた。


 本気で謝られたら、俺は楽になるのか。


 春乃が本気で後悔していたら、昨日の笑いは消えるのか。


 俺が階段の前で立ち止まった夜も。

 母さんに「別に」としか言えなかったことも。

 あの声を思い出すだけで吐きそうになる朝も。


 全部、本気の謝罪で片づくのか。


 違う。


 違うだろ。


 春乃は頭を下げたまま言った。


「私、止めなきゃいけなかった。あんなの、断ればよかった。なのに……」


 言葉が詰まる。


「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」


 視界の文字が変わる。


【今、謝罪を受け入れた場合の危険ランキング】

第1位 周囲に“許された”と扱われる

第2位 午堂たちが問題を軽くする

第3位 卯月春乃だけが楽になる

第4位 四季零司の怒りが行き場を失う

第5位 証言者としての価値が曖昧になる


 嫌なランキングだった。


 見たくなかった。


 謝っている相手を前にして、こんな順位を見せるなよ。


 そう思った。


 でも、目を逸らせなかった。


 春乃は本気で謝っている。


 それは真実だ。


 でも、謝罪を受け取れば終わる。


 そういう空気も、真実だった。


 春乃は謝った。

 俺は許した。

 だからこの話は終わり。


 周りはきっと、そう扱う。


 午堂なら笑う。


 よかったじゃん。

 春乃も謝ったんだし。

 いつまで引きずってんの。


 酉宮なら、もっと薄く笑う。


 俺が許したことまで、都合よく残すかもしれない。


 俺は、春乃を見た。


 春乃はまだ頭を下げている。


 肩が小さく震えていた。


 かわいそうだと思った。


 思ってしまった。


 そのことにも、腹が立った。


 俺の方が傷ついたはずなのに。

 どうして俺が、謝っている相手の心配をしなければならない。


「頭、上げて」


 俺が言うと、春乃はゆっくり顔を上げた。


 目が赤かった。


 泣きそうな顔。


 それを見て、また胸が痛くなる。


 やめろ。


 そういう顔をするな。


 許したくなるだろ。


 許したら、楽になるのはどっちだ。


 俺は手のひらを握った。


 爪が食い込む。


「春乃さん」


 自分で言って、声が震えているのが分かった。


 情けない。


 でも、引けない。


「俺にだけ謝って終わりにしないで」


 春乃の表情が止まった。


「……え?」


「俺に謝れば、それで終わったことになる。それは嫌だ」


「そんなつもりじゃ――」


「分かってる」


 思ったより強い声が出た。


 春乃が息を呑む。


 俺自身も少し驚いた。


「分かってるよ。今の謝罪が本気なのは」


 ランキングで見たから。


 とは言えない。


 だから別の言葉にする。


「顔見れば、分かる」


 春乃の目が揺れた。


「でも、本気なら受け取らなきゃいけないわけじゃない」


 教室の空気が、少し止まった気がした。


 残っていた数人が、こちらを見ている。


 声を落とすべきか迷った。


 でも、ここで小さくすると、また飲み込まれる気がした。


「謝るなら、あの場で笑ってた連中の前で言って」


 春乃の顔から、さらに色が引いた。


「私が……?」


「うん」


 喉が痛い。


 心臓がうるさい。


 こんな言い方をしたことはない。

 誰かを追い詰めるような言葉を、自分の口から出したことなんてなかった。


 でも、止めなかった。


「俺がいないところで、あれはひどかったって言って。罰ゲームだったって言って。四季くんに謝ったからもう終わり、じゃなくて」


 息を吸う。


「自分が何をしたのか、あの空気の中で言って」


 春乃は何も言えなかった。


 目だけが揺れている。


 責められている。

 そう感じているのだと思う。


 実際、責めている。


 でも、これでもまだ足りないと思う自分もいる。


 もっと言いたい。


 何でやったんだ。

 何で止めなかったんだ。

 俺の顔を見て、どう思ったんだ。

 笑っていなかったから何だ。

 だったら、なぜその場で言わなかった。


 言葉が喉の奥に溜まっていく。


 出したら止まらなくなりそうで、俺は唇を噛んだ。


 春乃が震えた声で言った。


「怖かった」


 その一言で、胸の奥が変なふうに軋んだ。


「午堂くんたちに、変な空気にされるのが怖かった。断ったら、次は自分が何か言われるかもって思った。だから……」


 春乃は両手を握りしめた。


「最低だった」


 怖くて逃げた。


 春乃は、自分でそれを言った。


 そうか。

 言えるのか。


 俺は思ってしまった。


 それなら、昨日言えよ。


 昨日、その場で言えよ。


 その言葉が喉まで出かかって、止まった。


 言えば、春乃はもっと傷つく。


 でも、言わなかった俺の傷はどうなる。


 分からない。


 こういう時、正しい言葉なんてどこにもない。


「怖かったんだ」


 俺は言った。


 自分の声が、思ったより冷たかった。


「うん」


「俺も怖かったよ」


 春乃が顔を上げた。


 俺は続けた。


「昨日も。今日も。明日学校に来るのも怖い。あの声を思い出すのも怖い。廊下歩くのも、教室のドア開けるのも怖かった」


 言いながら、手が震える。


 今さらだ。


 今さら、こんなことを言って何になる。


 でも、止まらなかった。


「でも、俺が怖がってる間も、あいつらは笑ってる」


 春乃は何も言えない。


「だから、春乃さんが怖かったことだけで終わらせたくない」


 春乃の目に涙が溜まった。


 泣かないでくれ。


 そう思った。


 泣かれると、俺が悪いみたいになる。


 いや、そんなふうに考える自分も嫌だった。


 春乃は悪い。


 でも、泣いている人間を見ると、責めている自分の方が悪いような気がしてくる。


 だから今まで、俺は何も言えなかった。


 相手を困らせないために。

 場の空気を悪くしないために。

 自分さえ飲み込めば済むと思って。


 それで、どこまで沈んだ?


 階段の前までだ。


 俺は奥歯を噛んだ。


「謝るなとは言わない」


 声が少し掠れた。


「でも、俺にだけ謝って終わりにはしないで」


 春乃は涙を落とさなかった。


 ぎりぎりで堪えていた。


 その顔が、昨日よりずっと人間に見えた。


 クラスの中心にいる女子じゃなくて。

 明るくて、誰にでも笑える完璧な人じゃなくて。


 怖くて、逃げて、誰かを傷つけた人間。


 俺はその人間を、まだ許せない。


 でも、見ないふりはできなかった。


「……分かった」


 春乃が言った。


 声は小さかった。


「すぐには、できないかもしれない」


「うん」


「でも、言う。ちゃんと。あの場にいた人たちに」


 俺は頷かなかった。


 頷けば、それが約束を受け入れたみたいになる気がした。


 ただ、聞いていた。


 春乃はもう一度、頭を下げた。


「ごめんなさい」


 今度の謝罪には、俺は何も返さなかった。


 受け取ったとも。

 許したとも。

 大丈夫だとも。


 何も言わなかった。


 沈黙が落ちる。


 いつもなら、その沈黙に耐えられなくて、俺の方から何か言っていたと思う。


 いいよ。

 気にしてない。

 もう大丈夫。


 嘘でも、そう言っていた。


 でも、今日は言わなかった。


 気にしている。

 大丈夫じゃない。

 何も終わっていない。


 それが本当だから。


 春乃はゆっくり顔を上げた。


「四季くん」


「何」


「許してって、言う資格ないと思う」


 俺は少しだけ目を見開いた。


 春乃は、震えたまま続けた。


「でも、逃げないようにする」


 それを聞いた瞬間、視界の端に文字が浮かんだ。


【卯月春乃が今、初めて選んだもの】

第1位 逃げないこと


 俺は息を止めた。


 ランキングは、それを褒めているわけじゃない。


 許せと言っているわけでもない。


 ただ、表示しているだけだ。


 春乃が今、初めてそう選んだ。


 それだけ。


 それだけなのに、胸の奥が少しだけ痛んだ。


 怒りとは違う痛みだった。


 春乃は小さく頭を下げて、教室を出ていった。


 その背中は、昨日までの春乃より少し小さく見えた。


 俺はその場に立ち尽くした。


 手が震えていた。


 ひどいことを言ったのかもしれない。


 でも、言わなければ、また自分を殺していた。


 どっちが正しいのか分からない。


 ただ、昨日の俺なら絶対に言えなかった。


 それだけは分かった。


 廊下側から、微かな視線を感じた。


 振り向く。


 少し離れた場所で、子日真冬がこちらを見ていた。


 真冬は何も言わない。


 表情も変えない。


 ただ、俺と春乃がいた場所を見ていた。


 まるで、さっきの会話の形を測るみたいに。


 俺は思わず視線を逸らした。


 その瞬間、教室の入口のさらに奥で、誰かがスマホを下げるのが見えた。


 酉宮秋人。


 目が合った。


 酉宮は、ほんの少しだけ笑った。


 視界に文字が浮かぶ。


【今の会話を最も利用する可能性がある人物】

第1位 酉宮秋人


 喉の奥が冷えた。


 春乃は、逃げないと言った。


 俺も、許したふりをしなかった。


 それなのに。


 あいつはもう、次に使えるものを探している。


 謝罪も。

 後悔も。

 沈黙も。


 全部、笑いに変えるために。


 俺は拳を握った。


 まだ終わっていない。


 むしろ、今ので始まったのかもしれない。

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