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ランキング最下位の俺だけが、世界の本当の順位を見られる件――カースト底辺の陰キャ、万象ランキングで人生を逆転する――  作者: ビッグサム


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第3話 敵意の見分け方

 見るべき相手を、俺は間違えていた。


 その言葉が、頭の中に残っていた。


 午堂夏樹は分かりやすい。


 声が大きい。

 笑いの中心にいる。

 誰かを下げることで、自分の周りを明るくする。


 だから、ずっと午堂ばかり見ていた。


 でも、違う。


 あいつは火をつけるやつだ。


 火を遠くまで運ぶやつは、別にいる。


 酉宮秋人。


 俺は移動教室の席に座りながら、黒板ではなく、少し斜め前の背中を見ていた。


 酉宮は、何もしていない顔で授業を受けている。


 背筋を少し丸めて、片肘をついて、先生の話を聞いているように見せている。


 でも、右手は机の下にある。


 スマホだ。


 たぶん。


 俺がそう決めつけただけかもしれない。

 でも、昨日までなら見逃していた動きが、今日は妙に目につく。


 先生が板書を始める。


 教室の視線が黒板に集まる。


 その瞬間、酉宮の右肩がほんの少し下がった。


 机の下を見る角度。


 短い操作。


 すぐ戻す。


 うまい。


 いや、うまいと思っているだけだ。


 少なくとも、俺には見えている。


 視界の端に、文字が浮かぶ。


【この授業中、最も隠し事をしている人物】

第1位 酉宮秋人


 胃の奥が冷えた。


 また出た。


 でも、これだけでは何もできない。


 隠し事をしている。


 だから何だ。


 そう言われたら終わりだ。


 俺はノートの端に、小さく書いた。


『右手。机下。先生板書時』


 それだけ。


 誰かに見られても意味が分からない程度に。


 でも、俺には分かる。


 今の俺に必要なのは、怒鳴ることじゃない。


 見ることだ。


 記録することだ。


 そう思った瞬間、自分で少し嫌になった。


 昨日まで何も見ていなかったくせに。

 急に観察者みたいな顔をするな。


 でも、嫌でもやるしかない。


 授業が終わると、酉宮はすぐに席を立った。


 トイレへ行くふり。


 いや、本当にトイレかもしれない。


 俺は動かなかった。


 追えば怪しまれる。


 追わなければ、見失う。


 どうする。


 迷っているうちに、酉宮は廊下へ出ていった。


 その背中を見送った瞬間、視界に文字が走る。


【今、追った場合に失うもの】

第1位 警戒されていない状態


 俺は立ち上がりかけた足を止めた。


 警戒されていない状態。


 なるほど。


 今の酉宮は、俺が何もできないと思っている。

 昨日みたいに、言われれば黙るだけのやつだと思っている。


 それは、腹が立つ。


 でも、利用できる。


 自分でそう考えた瞬間、少しだけ気持ち悪くなった。


 人を利用するとか、駆け引きとか。

 そういう言葉は、上の人間が使うものだと思っていた。


 俺みたいな下の人間は、ただ流されるだけだと。


 でも、下にいるからこそ、見えるものもあるのかもしれない。


 踏まれる側は、踏む側の足元を見ている。


 午堂の声が廊下から聞こえた。


「秋人、あれどうなった?」


 俺は顔を上げた。


 声は廊下側だ。


 教室の中にいた数人が、ちらっとそちらを見る。


 酉宮の声は小さい。


「まだ消してない」


 消してない。


 何を。


 動画か。


 投稿か。


 俺の喉が勝手に動いた。


 立ち上がるな。

 顔に出すな。


 午堂が笑った。


「早くしろよ。変に残るとめんどいだろ」


「分かってるって」


 分かってる。


 じゃあ、やっぱりある。


 俺はペンを握った。


 ノートの端に書く。


『消してない』

『午堂:早くしろ』

『酉宮:分かってる』


 字が歪んだ。


 手が震えていた。


 でも、書いた。


 それだけで、昨日とは違う。


 何もできないわけじゃない。


 少なくとも、残せる。


 ふと、教室を見た。


 昨日は全員が敵に見えた。


 でも、たぶん違う。


 笑わせるやつ。

 笑いに乗ったやつ。

 止めようとして、止めきれなかったやつ。

 目を逸らしたやつ。

 何も知らないふりをしているやつ。


 全部、同じじゃない。


 けれど、安全でもない。


 同じじゃないからこそ、見分けなければいけない。


 そう思うのに、胸の奥はまだぐちゃぐちゃだった。


 そんなに冷静になれるわけがない。


「四季」


 突然、名前を呼ばれた。


 心臓が跳ねる。


 見ると、午堂が教室の入口に立っていた。


 隣には酉宮。


 さっきの会話が聞こえていたと気づかれたのか。


 いや、違う。


 午堂はいつもの顔だった。


 余裕があって、軽くて、誰かをからかう前の顔。


「昼、購買行く?」


「……行かない」


「だよな。お前、昼なに食ってんの?」


 何の話だ。


 分からない。


 でも、分からないまま答えるのが一番危ない気がした。


「別に」


「別にばっかじゃん」


 午堂が笑う。


 周りも少し笑う。


 その空気は昨日と似ていた。


 嫌な似方だった。


 酉宮は黙っている。


 でも、目は笑っていない。


 見ている。


 俺がどう反応するかを見ている。


 急に、背中が冷えた。


 こいつらは、謝る気なんてない。


 反省していない。


 俺がどう壊れるかを、まだ確認している。


 視界に、文字が浮かんだ。


【現在、あなたの反応を記録しようとしている人物】

第1位 酉宮秋人


 やっぱり。


 俺は息を吸った。


 怒鳴るな。

 睨むな。

 机を叩くな。


 全部、あいつらが欲しい反応だ。


「購買は行かない」


 できるだけ普通に言った。


「弁当あるから」


 嘘だ。


 弁当なんてない。

 朝、食欲がなくて何も持ってきていない。


 でも、どうでもいい。


 午堂は少しつまらなそうに眉を上げた。


「ふーん」


 酉宮の指が、スマホの側面を撫でる。


 録っているのか。

 録っていないのか。


 分からない。


 分からないまま、俺は席を立った。


「トイレ」


 言って、教室を出た。


 逃げた。


 そう思われるかもしれない。


 でも、今はそれでいい。


 廊下に出ると、足が少し震えた。


 情けない。


 でも、昨日よりはましだ。


 昨日は何をされたのかも分からないまま逃げた。


 今日は、何をされそうだったのか分かって逃げた。


 違う。


 たぶん、違う。


 廊下の角を曲がったところで、壁に手をついた。


 息を吐く。


 心臓がうるさい。


 ポケットの中のスマホが重い。


 録音データ。

 昨日の音。

 さっきの会話。


 さっきの会話は、録っていない。


 しまった。


 そう思った瞬間、嫌な汗が出た。


 まただ。


 また、残せなかった。


 でもすぐに、別の考えが浮かんだ。


 全部を録る必要はない。


 全部を残そうとすると、たぶん失敗する。


 見たことを積む。

 聞いたことを積む。

 一つで倒せないなら、崩れるまで積む。


 それしかない。


「四季くん」


 背後から声がした。


 体が固まる。


 春乃かと思った。


 違った。


 子日真冬だった。


 廊下の少し離れた場所に、彼女が立っていた。


 白い肌。

 整った横顔。

 長い髪を低い位置で結んでいる。


 制服の着方はきちんとしていて、なのにどこか人を寄せつけない。


 成績上位。


 いつも一人。


 誰かを笑う輪にも、笑われる側にもいない女子。


 第1話の夜、表示に出た名前。


【四季零司が明日、生きて最初に取るべき行動ランキング】

第5位 子日真冬を見る


 今、その本人が目の前にいる。


「……何」


 声が硬くなった。


 真冬は近づいてこなかった。


 距離を保ったまま、俺を見ている。


 その距離が、少しだけ助かった。


「さっきの教室」


 真冬は淡々と言った。


「あなた、午堂くんじゃなくて、酉宮くんを見ていた」


 息が止まった。


 なぜ分かった。


 そう言いそうになって、飲み込む。


「別に」


「別に、ではないと思う」


 真冬は表情を変えない。


 責めている声ではなかった。


 でも、慰めている声でもない。


 ただ、見たことをそのまま言っている声。


 それが、少し怖かった。


「何が言いたいの」


「昨日の件」


 真冬は一拍置いた。


「まだ残っているものがある?」


 心臓が跳ねた。


 動画、とも。

 録音、とも。


 彼女は言わなかった。


 でも、かなり近いところに触れてきた。


 俺はすぐに答えなかった。


 答えたら、何かが変わる気がした。


 この人を信じていいのか。

 利用されるのか。

 からかわれるのか。

 それとも、ただの好奇心なのか。


 真冬の顔を見ても、何も読めなかった。


 同情しているようには見えない。

 怒っているようにも見えない。

 面白がっているようにも見えない。


 ただ、確認している。


 俺の反応を。

 昨日の空気を。

 酉宮の動きを。


 それが少しだけ、ましに感じた。


「あるかもしれない」


 俺は言った。


 全部は言わない。


 録音のことも言わない。

 ランキングのことなんて、絶対に言わない。


 でも、ゼロでも答えない。


「酉宮くん?」


 真冬が聞いた。


 俺は黙った。


 真冬は、それを答えとして受け取ったようだった。


「やっぱり」


「やっぱり?」


「昨日、彼だけ笑うタイミングが少し遅かった」


 俺は眉を寄せた。


「遅かった?」


「午堂くんは、その場で笑っていた。周りもそれにつられて笑っていた。でも酉宮くんは、一拍遅れて笑った」


「それが何」


「画面を見ていた」


 俺は言葉を失った。


 そこまで見ていたのか。


 俺が春乃の声に固まっていた時。

 午堂の笑いに刺されていた時。


 真冬は、酉宮を見ていた。


 俺と同じものを見ていたわけじゃない。


 俺よりも、違う場所を見ていた。


「何でそんなこと見てたの」


「気持ち悪かったから」


 真冬は、少しも迷わず言った。


 それ以上は説明しなかった。


 たぶん、説明する気もなかった。


 でも、少しだけ分かった気がした。


 この人は、誰かを助けたいから見ていたわけじゃない。


 正義感で動いているわけでもない。


 ただ、違和感を放っておけない。


 たぶん、そういう人間だ。


「もし何か残っているなら」


 真冬が言った。


「今は出さない方がいい」


「何で」


「酉宮くんは、消す」


 同じことを、俺も考えていた。


 でも、人の口から聞くと、少しだけ重さが変わった。


「それに」


 真冬は教室の方を見た。


「午堂くんは騒ぐ人」


 そこで一度切る。


「酉宮くんは残す人」


 また、短く切る。


「同じじゃない」


 その言葉に、背筋が冷えた。


 俺が昨日から考えていたことと近い。


 でも、真冬はランキングを見ていない。


 ただ見ただけで、そこへ届いている。


 この人は、危ない。


 味方なら心強い。

 敵なら面倒だ。


 そして今は、どちらでもない。


 真冬は俺を見た。


「あなたも、見ている場所が変」


「……何それ」


「普通、あの状況なら午堂くんを見る。声が大きいから。でもあなたは、途中から酉宮くんを見ていた」


 心臓が、また跳ねた。


 見られていた。


 俺が見ていることを、見られていた。


 能力がバレたわけじゃない。


 そんなはずはない。


 でも、近い場所に指をかけられた気がした。


「別に。昨日、スマホ持ってたから」


 俺はできるだけ普通に言った。


 普通に言えたかは分からない。


 真冬は数秒、黙った。


 その沈黙が嫌だった。


 疑っているのか。

 考えているのか。

 それとも、もう何か分かっているのか。


 やがて、真冬は言った。


「それなら、いい」


「何が」


「見ている理由があるなら」


 その言い方が引っかかった。


 見ている理由。


 たしかに、理由はある。


 でも、俺が本当に見ているものを、彼女は知らない。


 知られてはいけない。


 チャイムが鳴った。


 昼休み前の短い休憩が終わる。


 真冬は教室へ戻ろうとして、途中で一度だけ振り返った。


「四季くん」


「何」


「ひとつだけだと弱い」


 喉が詰まった。


「……何が」


「何でも」


 真冬は表情を変えなかった。


「音でも、画面でも、誰かの証言でも。ひとつだけなら、ふざけていただけと言われる」


 それだけ言って、真冬は教室へ戻っていった。


 俺は、その場に立ったまま動けなかった。


 録音があるとは言っていない。


 でも、真冬は録音とは言わなかった。


 音。

 画面。

 証言。


 複数の可能性として並べただけだ。


 たぶん、そうだ。


 それでも、近い。


 近すぎる。


 子日真冬は、ただの成績上位者じゃない。


 あの教室で、俺と同じくらい、いや、俺より冷静に状況を見ている。


 視界に、短いランキングが浮かんだ。


【現在、この状況で最も敵に回してはいけない人物】

第1位 子日真冬


 思わず、息を呑んだ。


 味方にすべき人物、ではない。


 敵に回してはいけない人物。


 その違いが、嫌なくらい分かった。


 でも。


 今、俺が一番見なければいけないのは、真冬じゃない。


 教室の扉を見る。


 中には午堂がいる。

 酉宮がいる。

 春乃がいる。

 真冬もいる。


 昨日まで、教室はただの嫌な場所だった。


 でも今は違う。


 誰が笑っているか。

 誰が黙っているか。

 誰が見ているか。

 誰が記録しているか。


 順位の見え方ひとつで、教室の形が変わっていく。


 俺は、まだ何も知らない。


 午堂のことも。

 春乃のことも。

 真冬のことも。


 そして、酉宮秋人のことも。


 あいつは、まだ何かを残している。


 そして、消そうとしている。


 扉に手をかける。


 戻りたくない。


 でも、戻る。


 見なければいけない。


 俺がずっと見ないふりをしてきた、この教室の本当の形を。


 その中心で、声を上げるやつじゃない。


 声を残すやつを。

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