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ランキング最下位の俺だけが、世界の本当の順位を見られる件――カースト底辺の陰キャ、万象ランキングで人生を逆転する――  作者: ビッグサム


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第14話 証拠は感情を守るためにある

 加瀬凌太のメッセージは、画面の中で妙に軽かった。


『盗み聞きまでして被害者ぶるのやめた方がいいよ』


『あんまり騒ぐと、そっちも困ると思うけど』


 たった二行。


 でも、その二行で教室の空気がまた変わった。


 裏アカじゃない。


 匿名でもない。


 加瀬本人の名前が出ている。


 春乃はスマホを両手で持ったまま、画面から目を逸らさなかった。


「これも、記録する」


 声は震えていた。


 でも、消そうとはしていなかった。


 未原が隣で小さく頷く。


「私も見る。送られてきた時間も残そ」


 真冬は窓際から机へ近づいた。


「スクショだけじゃなくて、画面録画も」


 春乃が顔を上げる。


「画面録画?」


「メッセージ画面を開いて、相手の名前、時刻、本文が続いて見えるように残す。スクショだけだと切り取りだと言われるかもしれない」


 春乃の顔が少し強張った。


 また切り取り。


 この数日で、俺たちはその言葉に何度も刺されている。


 真冬は淡々と続けた。


「ただし、返信はしない。今は残すだけ」


 春乃は頷いた。


「分かった」


 その返事は、前より少しだけ強かった。


 俺はノートを開く。


 手がまだ少し震えていた。


 未原を行かせたこと。

 加瀬が失言したこと。

 録音を取り損ねたこと。

 加瀬が春乃へ直接メッセージを送ったこと。


 全部が頭の中で混ざっている。


 でも、混ざったままでは出せない。


 混ざったまま出せば、また「感情的」と言われる。


 だから分ける。


 何が起きたか。

 誰が見たか。

 何が残っているか。

 何が残っていないか。

 何を断定できないか。


 視界に文字が浮かんだ。


【今、提出資料で最も重要な項目】

第1位 確認できる事実と推測の分離


 分かってる。


 俺は心の中でそう返した。


 真冬に見えないように、表情は動かさない。


「表にする」


 俺は言った。


 春乃と未原がこちらを見る。


「感情じゃなくて、まず事実だけを並べる。感情は別に書く」


 春乃が少しだけ眉を寄せた。


「感情は……別?」


 その声には、かすかな痛みがあった。


 自分の怖さや悔しさを後回しにされたように聞こえたのかもしれない。


 俺も言いながら、少し嫌だった。


 また、春乃に我慢をさせている気がした。


 真冬が短く言う。


「消すわけじゃない」


 春乃が真冬を見る。


「感情を消すんじゃない。感情を“気のせい”にされないために、事実を先に置く」


 教室の空気が、少し止まった。


 俺は真冬を見た。


 今の言葉は、刺さった。


 冷たい整理ではない。


 むしろ逆だ。


 証拠は、感情を潰すためにあるんじゃない。


 守るためにある。


 俺はノートの上に、強く線を引いた。


『提出用整理表』


 一、番号。

 二、日時。

 三、場所。

 四、発言者・投稿者。

 五、内容。

 六、証拠種別。

 七、保存者。

 八、確認者。

 九、推測。

 十、断定できないこと。


 春乃がそれを見つめる。


「私の謝罪文は?」


「入れる」


 俺は言った。


「でも、謝罪文だけだと弱い」


 春乃の顔がわずかに痛んだ。


 言い方を間違えた。


 そう思った時には、もう遅かった。


 未原も少しだけ目を伏せる。


 俺は息を吸い直す。


「弱いっていうのは、意味がないってことじゃない。春乃さんが何を思ったかは大事だ。でも、学校に出す時は、それだけだと“反省文”として処理される」


 春乃は黙っていた。


 真冬が言う。


「だから、別にする」


「別に?」


「謝罪文。事実メモ。被害メモ」


 春乃はゆっくり瞬きをした。


 真冬は机に紙を三枚並べる。


「謝罪文は、卯月さんが自分の責任を書くもの。事実メモは、見たこと、聞いたこと、されたことを書くもの。被害メモは、それで自分がどうなったかを書くもの」


 春乃は、しばらく紙を見ていた。


「……怖いって書いてもいいの?」


「被害メモなら」


 真冬は即答した。


「でも、事実メモには『怖かった』じゃなくて、『誰に何を言われた』『どの投稿を見た』『その後どうなった』を書く」


 春乃は小さく息を吸った。


「分かった」


 それから、ペンを持った。


 最初の紙に、震える字で書き始める。


『私は、罰ゲームだと分かっていて、四季くんに告白しました』


 ペンが止まる。


 春乃の指が白くなる。


 未原が隣で見ている。


 俺は画面を伏せた。


 急がせない。


 ここで急がせたら、また俺が春乃の言葉を奪う。


 春乃は続けた。


『断ればよかったのに、断れませんでした』


 前にも見た言葉だ。


 でも、今回はクラスグループへ流すための言葉ではない。


 学校に出すためでもある。


 自分が逃げないための言葉でもある。


 次の紙。


 事実メモ。


『放課後、午堂くんたちが周りにいました』

『酉宮くんがスマホを持っていました』

『告白後、笑い声がありました』

『その後、私が四季くんに謝りました』

『謝った場面の途中から動画が出されました』


 書くほど、春乃の顔色が悪くなる。


 それでも、ペンを置かない。


 未原が横で言う。


「私も書く」


 未原は別の紙に書き始めた。


『私は、その場にいました』

『止めなよと言いました』

『でも止めきれませんでした』

『午堂くんたちが笑っていました』

『酉宮くんがスマホを持っているのを見ました』


 そこまで書いて、未原の手が止まった。


「これ、私も悪いってことになるよね」


 誰もすぐには答えなかった。


 未原は小さく笑った。


 笑いではなかった。


「分かってる。悪くないって言ってほしいわけじゃない」


 春乃が顔を上げた。


「未原さんは、止めようとしてくれた」


「でも、止められなかった」


「うん」


 春乃は頷いた。


「だから、それも書く。でも、笑った人と同じじゃない」


 未原の目が少しだけ揺れた。


 その言葉は、春乃自身にも返っているように聞こえた。


 断れなかった春乃。


 止めきれなかった未原。


 笑った午堂。


 撮った酉宮。


 煽った加瀬。


 全部同じじゃない。


 でも、誰も完全に安全ではない。


 俺はそのやり取りをノートには書かなかった。


 書いてしまうと、何かを削ってしまう気がした。


 その代わり、表に戻る。


『加瀬凌太本人からのメッセージ』

『日時:本日放課後』

『内容:盗み聞きまでして被害者ぶるのやめた方がいいよ/あんまり騒ぐと、そっちも困ると思うけど』

『証拠種別:本人名義の個別メッセージ画面録画・スクリーンショット』

『保存者:卯月春乃』

『確認者:卯月春乃、未原沙耶、四季零司、子日真冬』

『推測:証拠提出前の牽制の可能性』

『断定できないこと:酉宮秋人の指示の有無』


 断定できないこと。


 この項目を書くたびに、悔しさが残る。


 酉宮が絡んでいる。


 そう見えている。


 でも、現実の形にはまだ足りない。


 足りないものを、足りないと書く。


 それは負けではない。


 たぶん。


 俺はそう思おうとした。


    ◇


 放課後の終わり、俺たちは担任へ資料を出した。


 春乃と未原が前に立つ。


 俺は半歩下がった。


 真冬はさらに少し後ろ。


 担任は資料を受け取ると、最初に枚数を見た。


 表情が少しだけ硬くなる。


「随分、細かくまとめたね」


 その言い方だけで分かった。


 歓迎されていない。


 でも、突き返されてもいない。


 春乃が言った。


「確認できないって言われたので、確認できるものをまとめました」


 声は震えていた。


 でも、最後まで言った。


 未原も続ける。


「私が見たことも書いてます。断定できないところも、分けています」


 担任は表をめくる。


 加瀬のメッセージのところで、手が止まった。


「これは、加瀬くん本人から?」


「はい」


 春乃が答える。


「画面録画もあります」


 担任は少し黙った。


 その沈黙で、俺の背中に汗がにじむ。


 どう処理する。


 また確認できないと言うのか。

 生徒間の言い合いにするのか。

 感情的になっていると言うのか。


 視界に文字が浮かぶ。


【担任が今、最も選びやすい処理】

第1位 加瀬凌太への個別確認

第2位 関係生徒全員への聞き取り

第3位 学年主任への報告

第4位 資料を預かって保留

第5位 双方注意で終える


 第5位ではない。


 俺は少しだけ息を吸った。


 まだ、完全に悪い順位ではない。


 担任は顔を上げた。


「これは、学年主任にも共有します」


 春乃の肩がわずかに動いた。


 未原も息を止めたようだった。


 俺は何も言わなかった。


 ここで喜ぶな。


 まだ分からない。


 担任は続ける。


「ただし、君たちだけで調べ回るのはやめなさい。危ないし、相手を刺激する」


 正しい。


 それは正しい。


 でも、それだけ言われると、またこちらが悪いようにも聞こえる。


 未原の顔が少し下がった。


 俺は口を開きかけた。


 すると、春乃が先に言った。


「はい。でも、消されて確認できなくなる前に、残す必要があると思いました」


 担任が春乃を見る。


 春乃は目を逸らさなかった。


「私たちが勝手に犯人を決めたいわけじゃありません。なかったことにされたくないだけです」


 その言葉に、俺は胸の奥を掴まれたような気がした。


 俺が言いたかったことだった。


 でも、今は春乃が言った。


 自分の言葉で。


 担任は、少しだけ表情を変えた。


「分かりました。資料は預かります。ただ、念のためコピーを取って、原本は持っていてください」


 原本。


 その言葉に、真冬が小さく頷いた。


 担任がそこを言ったことは、悪くない。


 少なくとも、消させるつもりだけではない。


 俺たちは職員室を出た。


 廊下に出た瞬間、未原が深く息を吐いた。


「怖かった」


「うん」


 春乃も小さく頷く。


「でも、出せた」


 俺は二人を見た。


 何か言うべきか迷った。


 よくやった、なんて言える立場ではない。


 ありがとう、も少し違う。


 だから、短く言った。


「残った」


 春乃がこちらを見る。


「うん」


 未原も頷いた。


「残った」


 それだけだった。


 でも、それだけで十分な気がした。


 その時、廊下の先に午堂がいた。


 腕を組んで壁に寄りかかっている。


 隣には、申橋と辰巳。


 酉宮はいない。


 加瀬もいない。


 午堂は俺を見ると、口元を歪めた。


「最近、調子乗ってね?」


 空気が、また変わった。


 春乃が固まる。


 未原も息を止める。


 俺は午堂を見た。


 いつもの声。


 いつもの顔。


 でも、少し違う。


 今の午堂は、笑わせたいだけじゃない。


 俺の反応を見たい。


 俺が怒るか。


 俺が春乃たちの前で崩れるか。


 それを試している。


 視界に文字が浮かんだ。


【午堂夏樹への反撃方法】

第1位 挑発に乗らない

第2位 録音を意識させる

第3位 目撃者の多い廊下に留まる

第4位 短く返す

第5位 怒鳴る


 俺はスマホを持っていない手をゆっくり下ろした。


 録音はしていない。


 でも、それを午堂は知らない。


 いや。


 しているかもしれないと思わせればいい。


 俺は午堂を見たまま、言った。


「それ、録音されて困らない?」


 午堂の顔から、笑いが少しだけ消えた。


 ほんの一秒。


 でも、消えた。


 申橋がスマホを見る手を止める。


 辰巳が笑いかけて、やめる。


 廊下の空気が、軽く固まった。


 視界に文字が浮かぶ。


【午堂夏樹が今、最も恐れているもの】

第1位 録音


 俺はそれを口にしなかった。


 ただ、午堂の反応を見た。


 小さな勝ちだった。


 倒したわけじゃない。


 でも、笑いは起きなかった。


 午堂は舌打ちして、視線を逸らす。


「だる」


 それだけ言って、歩き出した。


 その背中を見ながら、俺は息を吐いた。


 証拠は、人を殴るためだけのものじゃない。


 今みたいに。


 笑いを一秒止めるためにもある。


 誰かの感情を、気のせいにされないためにもある。


 俺は、少しだけそう思えた。


 その時、スマホが震えた。


 担任からだった。


『明日の放課後、学年主任を交えて話をします。四季くんも来てください』


 学年主任。


 とうとう、そこまで上がった。


 でも、同時に。


 逃げ場も少しずつなくなっていく。


 視界に文字が浮かぶ。


【明日、最も重要になるもの】

第1位 届く形に整えた証拠


 俺はスマホを握った。


 感情は、まだぐちゃぐちゃだ。


 怖い。

 腹が立つ。

 逃げたい。

 それでも進みたい。


 だからこそ。


 崩れない形にする必要がある。

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