37、社交パーティ
「さて、会場へ向かおうではないか」
手を差し出されて馬車から降りた私は、公爵様の腕を取りゆっくりと歩く。
ここから私はお披露目があるまで、声を出してはならない。私が暗にエスペランサであることを公表する前に、王国信仰の者たちを炙り出す必要があるのだから。
戦場の前の静けさを破るかのように響く私たちの足音。それはまるで私を鼓舞しているかのように力強く聞こえる。
私たちは広間の扉の前に立つ。皇帝の権威を示すようにあちらこちらに繊細な金の装飾が施されている扉を見て、私は気を引き締めた。そして――。
「レオネル・エドワード・ガメス公爵閣下と、その婚約者様……ブレンダ・ホイートストン様のご入場です」
その言葉を合図に、立ちはだかっていた扉が重々しく開いた。
騒々しかった広間は、私たちの登場により一瞬で静寂に支配される。ほぼ全員が私と公爵様の歩く姿を見て、息を呑むように見つめていた。
彼らは察したのだ。公爵家が代替わりしたことに。
ディロン伯爵卿もそのことを知らなかったのか、驚愕の表情を浮かべている。しかし通り過ぎる前に意識を取り戻したらしく、私に向けて意味ありげな笑みを向けた。
彼はきっと薔薇色の未来を思い描いているのだろう。口元に浮かべているニヤついた笑みは隠せていない。私は彼に応えることなく、所定の場所へと歩いていった。
その後皇族の皆様が入場し、陛下が開会のお言葉を述べる。
盛り上がりが最高潮に達した時……陛下は右手を挙げた。その瞬間、一瞬で会場が静寂に包まれる。
「皆の者、平穏無事にこの場に集えたこと、深く感謝する。このたび、ついに皆へ国宝鏡のお披露目が可能となった」
陛下の言葉に、周囲から歓声が上がる。国宝鏡のお披露目は前代未聞である。初代皇帝が隠していたお宝に、貴族全員の目が釘付けだ。陛下が後ろを一瞥すると、ワゴンに載った国宝鏡が現れる。鏡には布がかけられており、全員が今か今かとその時を待ち侘びていた。
鏡が陛下の前にあるテーブルの上へと置かれる。従者が階段を降りてしばらくしてから、彼は声を上げた。
「さて、我が国の国宝をこの目でとくとご覧あれ」
その言葉と同時に陛下は布を持ち上げる。すると、そこには側から見たら少し古ぼけた鏡が置かれていた……まあ、偽鏡ですが。陛下は意気揚々とその鏡を持ち上げる。するとその瞬間、鏡が淡い光を放ち始めた。
「あれが……!」
「何と美しい……!」
「神々しいわね……」
次々に貴族たちの声が上がる中、陛下は鏡をテーブルに置いてから、手を左から右へと動かした。その瞬間、貴族たちは一斉に口を閉じる。
「この鏡は我が祖母である太皇太后の予言によって判明した国宝だ。太皇太后の予言によると、この鏡は初代皇帝の血筋に反応するようだ。我が国は建国して三百年ほどではあるが、初代皇帝の血筋がここまで受け継がれている。そしてそれを支えたのは、言わずもがな我が臣下である皆の存在があったからだ! 余は皆に感謝を述べよう!」
何度目の盛り上がりだろうか。
今までにないほど大きい歓声が広間内に響き渡る。ほぼ全ての貴族たちが両手を挙げて喜んでいる中、幾人かは喜んでいる振りのように見える者たちが何人かいる。その中にはもちろん、ディロン伯爵卿もいた。
私で分かるくらいだ。壇上にいる皇族の皆様なら、把握できるだろう。
皇帝陛下は微笑みながら周囲を見回している。目は笑っているように見えるが、奥底に隠されている眼光は鋭い。
ここで何人が帝国の敵と見做されるのか……私にはわからなかった。
私と公爵様の二人で皇族の皆様に挨拶をしてから、公爵様のお知り合いの方々へと挨拶をしていく。
皆様私の声が出ないことをご存知なのか、反応は人それぞれだ。気遣ってくれる方々がいる一方で、薄ら笑いを浮かべるような方々もいる。ある貴族などは、自分の娘を愛人に……と笑いながら提案してきた者もいた。公爵様はいなしていたが。
挨拶回りが終わると、公爵様から踊りに誘われた。
私は侮られることがないようにと練習した笑みで誘いを受ける。周囲を確認すると、私の顔を見て瞳を見開いている者ばかり。努力が実ったと自信を付けた私は公爵様に手を取られ、踊り場へと歩いていく。
踊りは本当に楽しい。
公爵様との時間が合わず、一度もダンスを合わせていなかったのだけれど……何度も踊ったことがあるかのように、踊りやすかったわ。ここまで異性に触れられたのは人生で初めてだし、今後も触れるのは彼だけだろうと思う。
周囲から私たちに視線が送られているのも感じていた。感嘆、羨望、そして嫉妬……これは公爵様の婚約者である私に対してでしょうね。
二曲踊り終えて私たちは、他の貴族たちに場所を譲ることにした。二人で食事の置かれているスペースへと向かっている時、他の者に比べて私を氷刃で射抜くような強い視線を送る者と目が合う。そう、ディロン伯爵家の末娘……エルシーだ。
彼女の視線は憎悪をたたえている。まるで『公爵様の隣は私のものよ』と言わんばかりに。彼女を筆頭に、後ろに何人かこちらを睨みつける者達がいた。多分……エルシーの取り巻きでしょうね。
私は彼女達の視線に取り合うことなく、前を向く。そして公爵様と軽食を取りに向かったのだった。
しばらくゆっくりとしていた私たちだったが、公爵様がユーイン殿下に呼び出される。謝罪する公爵様に私は口角を上げて送り出した。
公爵様がユーイン殿下の元へ辿り着き、会話をし始める。私は二人を見つめていたその時――。
「ちょっとよろしいでしょうか? ブレンダ様」
後ろに現れたのは、エルシーだ。後ろを向くと、そこには嘲笑を浮かべ、私を値踏みするような視線を送る令嬢達。彼女達の視線に怯むことなく、私は微笑む。
「あら、そうでしたわね。ブレンダ様は声が出せないのでしたね? それで公爵様をお支えできるのかしら?」
含み笑いを浮かべてエルシーは、周囲の令嬢達に同意を求める。彼女達もエルシーの言葉に同意し、手を変え口を変え私に嫌味を浴びせてくるが……私からすれば、小鳥の囀りにしか聞こえない悪口。
例えれば、彼女達の言葉は小さな棘の痛み。王国での言葉は刃物で刺されるような痛みだったかしら。
私は微笑みを貼り付けて佇む。表情すら変えない私に痺れを切らしたのか、エルシーは私に近づき言い放った。
「早く公爵様を私に渡しなさいよ。あんたは素敵なお家があるのだから、帰ればいいじゃない!」
あらあら、可愛い挑発だこと。でも残念ながら、あなたの言葉では私の心を逆撫ですることなどできないわ。だって、私はエスペランサだもの。
私が更に深く微笑むと、エルシーは自分が煽られたように感じたらしい。扇子を持つ手が震えている。
後ろの令嬢達はエルシーを宥めているらしく、私に構っている余裕はないようだ。
私は軽く礼を執ってから、歩き出そうとした。その時――。
目の前にいたディロン伯爵卿と視線が交わった。彼はニタリと悪どい笑みを浮かべている。
……なるほど、彼は決行するらしい。その先には牢が待っていることを知らずに。
私に背を見せた伯爵卿は見せつけるようにゆっくりと歩く。彼は高座から見ることのできない扉から外へ出ていった。私は手に持っていた果実水を全て飲み干し、給仕に空のグラスを渡す。
そして高座にいる公爵様へ視線を送ると、偶然彼もこちらを見ていたらしく視線が合う。遠くからで見えるかは分からないが、私は彼に向けて微笑んだ後、扉へ向けて歩き出した。




