36、当日
そして、ついに社交パーティ当日が訪れる。
私と公爵様は朝からパーティの準備に追われていた。今日のドレスは『黒髪にも金髪にも……そして私の青い瞳にも美しく映える深いネイビーのドレス』だと、マルセナに言われている。
髪型とドレスの準備が終わると、扉をノックする音が聞こえた。マルセナが扉を開けると、そこにいたのは公爵様だ。
私は立ち上がると、公爵様へと顔を向ける。
すると、そのお姿に目を奪われてしまった。
今回は公爵家の代替わりを公表する意味も含めているので、国境を守護する者として軍服を着用している。黒地に金の装飾が、光に反射して煌びやかに輝いている。胸にはいくつかの勲章が付けられ、髪も侍女によって丁寧になでつけられている。
普段とは違う凛々しい公爵様のお姿に、私はしばらくの間見惚れてしまった。
一方、公爵様も私を見て固まっていた。
目を見開いて、口も少し開けっ放しになっている彼の姿を見て、私は正気を取り戻す。そして動揺を隠すように、一礼した。
「本日はよろしくお願いいたします」
そう私が声をかけると、公爵様も我に返ったのか、「ああ」と返事が来る。その瞬間、後ろから突き刺すような視線を感じた。思わず私が振り返ると、そこには穏やかな表情で微笑むマルセナの姿。
……気のせいかしら? そう思ったのも束の間、公爵様からお声がかかる。
「ああ、こちらこそ……そのドレス、よく似合っている。金の髪に映える姿も美しいが……もし黒髪であったなら、きっと君の美しさに夜そのものが嫉妬するだろうな」
「……!?」
私は狼狽える。これほどまでに衝撃的な言葉など、今まであっただろうか……いやない。私の頬は今までにないほど、熱が集まってくる。赤くなる頬を見せたくなくて俯いていると、ちらりと後ろにいたマルセナの姿が見える。
よく言った、と言わんばかりに満面の笑みをたたえている彼女を見て、私は恥ずかしさから更に小さくなった。
ただ、公爵様はそんな私に気が付かなかったようだ。近づいてくると、私の目の前に手を差し出した。そこには首飾りが乗っている。
「これは……お母様の……!」
公爵様が来る前に支度は終わっていたのだが、首飾りだけが無かったのだ。マルセナに聞いても「後でわかります」と告げるだけで、教えてもらえなかった。驚きから公爵様を見つめていると、彼は優しく微笑んで私の後ろに回った。
どうやら首飾りを着けてくれるらしい。
「そうだ。これは皇帝陛下の計らいだとユーイン殿下が仰っていた。バレンティナ皇女殿下が君の首飾りに使用していた魔宝石は、別名『双子石』と呼ばれていたらしい。発掘の時、同じ大きさの魔宝石が同時に出てきたからそう名前を付けられたと言われている。
それを気に入った皇女殿下を見た陛下が贈り物として渡したものだそうだ。双子石のひとつが残っていたからな。陛下が職人に依頼して石を取り付けてくれたらしい」
「そのような大切な石をいただくわけにはいきません……!」
いわゆる母の形見。そんな大事なものを貰うなんて、気が引けた。慌てて首から取ろうとした私を止めたのは、公爵様だ。
「陛下も貰ってほしい、と言っていた。この石は昔、皇女殿下が『将来生まれた子どものために使うのよ』と言って嬉しそうにしていたらしい。それを受け取る権利はエスペランサ嬢にある、と――」
「……ありがとうございます」
ここまで気を回してくださった陛下のためにも、私はこの首飾りを受け取るべきだと感じた。太陽の光を浴びて輝く金色の宝石。魔法で変えた私の髪色と同じだ。
「黒髪に戻した時、その胸元の魔宝石がいっそう際立つだろうな……まるで闇夜に浮かぶ月のように」
公爵様の呟いた言葉が耳に届く。私が目を見開いて公爵様を見るけれど、当の本人は言葉を紡いだことに気づいていないらしい。心が乱れる自分を叱責してから、私は社交パーティについて話をした。
**
「陛下、よろしかったのですか?」
ユーインにエスペランサへ渡す首飾りを託した後、声をかけてきたのは宰相であるコーディだった。魔宝石は妹であるバレンティナの形見だ。それを知っているからこそ、彼は案じる様子でローランドへ訊ねたのだろう。
「ああ、妹の頼みだからな」
あれは条約締結の数年前だったか。ローランドは誕生日を迎えるバレンティナに何が欲しいか質問をした。その時、『魔宝石がふたつほしいのです』と言われたのだ。彼がどんな魔宝石が良いのだろうか、と考えているところに、後に双子石と呼ばれる魔宝石が発掘されたとの知らせが届く。ローランドはこれ幸いに、と双子石をバレンティナに贈ったのだが……。
――今でも覚えている。双子石を贈られた時のバレンティナの言葉を。
『想像通りでしたわ! 魔宝石をありがとうございます! お兄様』
『喜んでもらえて良かったよ。ちなみに興味半分で聞くんだが……それは何に使うんだい?』
彼女は首を傾げて少し悩んでから、柔らかく微笑んだ。
『将来、生まれた子どものために使うのよ。とびっきりの贈り物を残しておくためにね!』
その時は笑って話を終えたのだが、ふと立ち止まって考えてみると……最後の言葉に疑問を覚えたのだ。生まれた子どものために、という言葉に。
すぐにコーディから仕事の話を振られたこともあり忘れていたが、次にそのことを思い出したのは、彼女が予言の巫女として覚醒する数ヶ月前の話だ。
『ねえ、お兄様。こちら、預かっていてくださる?』
その時に渡されたのが、双子石のひとつだった。どうやらひとつは首飾りに加工し、もうひとつは魔宝石の状態のままだ。
『それは良いのだが……子どものために取っておくのではなかったか?』
そう話せば、バレンティナは虚を突かれたような表情をする。
『お兄様、よく覚えているわね』
『ああ。印象深かったからな』
自らの研究のための贈り物を欲していたバレンティナが初めて『子どものため』という理由で魔宝石を欲したのだ。印象に残らないはずがない、と肩をすくめて話せば、彼女は『確かにそうね』と笑った。
『将来私の子どもが無事にお兄様と会えたら、渡してくれる?』
『……ああ』
今までの違和感が全て繋がった。彼女は未来が見えているような言い方をしていたのだ。
ふたつあるのにひとつしか使用しない魔宝石、まるで子どもが一人しか生まれないと言わんばかりの話し方――。
それを証明するかのように、それから数ヶ月後……バレンティナは予言の巫女となった。




