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虐げられた私の身代わり婚約、そして見つけた幸せ  作者: 柚木(ゆき)ゆきこ@書籍発売中


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33、あなたの役に……

「それは駄目だ」


 私の言葉に反対したのは公爵様だった。


「君に危険な役を任せるわけにはいかない」


 きっぱりと言い切られた私は愕然とする。公爵様の中で私は役に立たない女だと思われているのかもしれない……彼に認めてもらうためには、私はもっと頑張らなくてはいけないのだろう。

 そんな悲壮感が顔に現れていたようだ。うなだれる私の耳にヘンリーの声が入ってくる。


「坊ちゃん、その言い方だとエスペランサ様も勘違いされてしまうではありませんか。きちんと理由を述べなければ」


 坊ちゃん呼びに驚いて顔を上げると、そこにはあえて厳しい表情を浮かべ、公爵様を見ているヘンリーがいた。

 冷ややかな視線に気づいた公爵様は、頭を掻く。その後、私に向き直り……私の目を直視して告げた。


「私はエスペランサ嬢に危険なことをしてほしくないんだ。今まで王国で頑張ったであろう君には、こちらで自由にのんびりと生活してほしいと思っている。だから、厄介払いは私に任せてほしい」

「……!」

 

 真摯な視線に射抜かれ、私は彼の言葉が心からのものだと察した。公爵様は私を守ろうとしてくれていたのだ、と改めて理解する。


「エスペランサ嬢はこちらに来てよくやってくれている。その中でも、殿下から頼まれた件に関しては一番の功労者だ。あれは楽しそうに取り組んでくれているから、私は止めなかったが……今回の件はそれとは違う。最悪、命の危険に晒される可能性があるからな」


 公爵様は一気に喋り倒した後、一呼吸置いた。優しい瞳に見つめられて、固まっている私に、公爵様の手が伸びる。彼は私の頬にそっと触れた。


「エスペランサ嬢は私の婚約者だ。私の我欲ではあるが……君には笑って隣で過ごしてほしいと思っている。だから危険な目に合わせる役を任せるわけにはいかない」


 頬を優しく撫でられる。段々と眉尻が下がっていく姿に、私は目を奪われた。

 公爵様は私を大切に思ってくれているのだろう、ということが言葉の端々から理解できる。こんなに私を気にかけてくれるなんて。きちんと言葉で示してくれたのは、彼が初めてかもしれない。

 

 私は頬の手の温かさを感じた。とても心地が良い。

 ジオドリックが手を伸ばしてきたら、私はこんなに落ち着いていられないだろう。そもそも殴られると考えて、身体が硬直するに違いない。

 そう考えると私はどれだけ公爵様に気を許しているのか。だからこそ、私は――。


「ありがとうございます、公爵様」


 私の言葉に彼の口角がわずかに上がる。私が公爵様の言葉を理解して引いてくれたのだろうと思ったのか。残念、私は一度決めたことをひっくり返すことはないの。


「ですが、公爵様。私はあなた様のお役に立ちたいのです。囮役、させていただきますわ」


 そう微笑んで言い切れば、椅子に座っていた公爵様は机を大きな音で叩くのと同時に立ち上がった。


「わざわざ君が苦しむ必要はないんだ! 俺は君に辛い思いをさせたくない――」

 

 その言葉が部屋の空気を震わせる。私もヘンリーも、息を呑むしかなかった。

 彼も無意識に出た言葉だったのか、すぐに口をつぐんで椅子へと座る。公爵様はきっと私のことを慮ってくださっているのだ。後ろでヘンリーの肩が小さく跳ねたのを見て、きっとここまで感情を表に出すのは珍しいことなのだろうと思う。

 だからこそ、こんなに私のことを大切にしてくれる貴方だからこそ……私も役に立ちたいの。


「ヘンリー、私情を抜きにして考えてほしいの。私が伯爵様と連絡を取り合えば、他の王国信者を炙り出せると思うのだけれど。あなたはどう思う?」


 ヘンリーなら正しい答えを出してくれるはず。そう思って彼へ顔を向ければ、ヘンリーは私の意図を理解したらしい。普段と変わらぬ表情で静かに告げた。


「はい、エスペランサ様の仰る通りでございます」

「ヘンリー……!」

「公爵様」

 

 私が呼ぶと、彼は口を閉じ恨めしそうな表情でヘンリーを睨みつける。彼は慣れたものなのか、飄々と受け流していた。でも、事実そうなのだ。夢が叶うと希望を見せれば、心は逸るはず。敵方の油断が、内情に迫る足掛かりになるだろう。


「私は貴方様に守られる女でいるつもりはありません。私自身も貴方様をお守りしたいのです」


 好意的に受け入れてくれた公爵家に報いたい、そう私は強く思っていた。

 今までは自分が認められたい、そんな気持ちが大半を占めていたけれど、今は違う。彼のために、公爵家のために……最終的には受け入れてくれた帝国のために、私は生きていきたいと思っている。

 確固たる決意のためか、眉間に皺ができるほど私は目に力を入れていたらしい。この時の私は『歴戦の猛者』のような表情を浮かべていたと、後からヘンリーに聞いた。


 私の意思が変わらないことを察した公爵様は、ひとつため息をついた後……頭を掻いた。

 

「エスペランサ嬢。本当にいいのか?」

「はい」


 私は笑みをたたえながら、公爵様の目をまっすぐに見る。私はこの意見をひっくり返すつもりはない、と意思表示をして。

 何を考えているのか分からない公爵様の表情。けれども、今の私なら分かる。公爵様が案じてくださっていることを。


「申し訳ないが、君に協力をお願いしよう」

「ありがとうございます」


 ――貴方のために、私は囮になる。


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