27、歴史的大発見
「あっ」
誰の言葉だっただろうか。その声で我に返った私が魔宝石をみると、目の前で描いていた魔法陣が割れて光となって消えていく。魔法陣を失敗したのだ。失敗すると光になって消えてしまう上に、新たな魔法陣は受け付けなくなってしまう。
私は消えていく魔法陣の残滓を呆然と見つめる。正直集中していて、魔法陣を何個書いたかなんて覚えていなかった。自分のできる限りの力をもって、魔法陣を描き込んだつもりだ。
しかし残念だ。後一個くらいは魔法陣を込められそうだな、と思っていた私はふと周囲の視線に気がついた。
周りは目の前にある魔宝石に釘付けだ。しかも無表情で見ている。表情だけでは私の案が成功したのかどうか、分からなかった。
それならばと、魔宝石を直接確認するのが良いだろう、とそれを手に取ろうとした。その時――
「歴史的大発見ですぞ!」
私の左横からそんな叫び声が聞こえた。その声の主は所長だ。
「私達は一面ずつと教わりますからね。そもそもその方法を変えるなど、思いつきもしませんでした……やってみるとできるものなのですね」
シュゼットが紙に何かを書きつけながら話す。それを機に周囲で見ていた者たちもあれやこれやと話し始めた。
私が首を傾げていると、セヴァルが目を丸くして私に声をかけてくる。
「おや、お嬢様。どうされました?」
「あの……私、結局いくつ魔法陣を込める事ができましたか?」
その言葉に議論を始めていた周囲の研究員たちが静かになり、一斉に私を見る。まるで信じられない者を見たような……そんな表情だった。
「集中されておりましたからね! それも仕方ないと思いますよ! ちなみにエスペランサ様は七つの魔法陣の作成に成功しましたぞ!」
所長に言われて、私は目を丸くする。思った以上に私は魔法陣を込める事ができていたようだ。七つは成功している、つまり私は八つ目で失敗したという事。もう少し練習すれば、八つ目の魔法陣も描けるだろう。
「後は、この魔法陣が使えるかどうかですねぇ〜」
「それに関しては私たちで確認しましょう。エスペランサ様、お部屋でゆっくりお休みください。顔色があまり良くありませんので……」
シュゼットに言われて、首を傾げる。そういえば、少し頭が重いような気が……。
私は椅子から立ちあがろうとして、目の前が暗くなった。めまいだ。慌てて見えない中、左手で椅子の背もたれを掴もうと動かすが、なかなか見つからず……その間に私はバランスを崩して倒れそうになった。
「危ない!」
聞き覚えのある声が聞こえたと思ったら、私は何か温かいものに包まれる。めまいが治まり顔を上げると、ここには居ないはずの公爵様がいた。
「エスペランサ嬢、大丈夫か?!」
「あ、え、はい。立ち上がったらめまいがしただけです……」
「長時間座っていた状態で急に立ち上がりましたから、めまいを起こしたのかもしれません。公爵様、エスペランサ様は魔力も相当量消耗しておりますので、このまま部屋へとお連れするのがよろしいかと」
シュゼットの言葉に公爵様は頷いた。それと同時に私の足が地面から離れたような気がした。
「えっ?」
何が起きたのか分からない私。左を向くと、自分の身体が地面から浮いていた。そして右を向くと――。
「公爵様?」
やけに公爵様が近くにいるわね、と疑問に思っていた私だったが、背中と膝下に手を回されて抱き上げられた事に気がつく。そして思わず声を上げていた。
「公爵様! 私、重いですから……歩きますわ!」
「これでも私は鍛えているからな。問題ない。むしろエスペランサ嬢を歩かせたら、心配で仕方がない。無茶をしすぎだ」
「エスペランサ様、大人しく旦那様に従った方がいいと思いますよ?」
後ろから聞こえるリーナの言葉と、目の前で眉間に皺を寄せている……気のせいかもしれないけれど、泣きそうな公爵様の表情を見て、私は少しでも負担にならないよう縮こまる。
「公爵様! この度エスペランサ様のお陰で偽鏡の件は進展するでしょう! 吾輩たちも、歴史的大発見だからとエスペランサ様を止められなかった責任がございます! 彼女だけを責めることのないよう、お願いいたします!」
そう告げて頭を下げた所長。それに倣って研究員全員が頭を下げる。その様子を見た公爵様は、ひとつため息をついてから話し始めた。
「今回の件は故意ではない事は理解している。次からは彼女だけでなく、研究員全員が無茶をしないよう気をつけるように。お前たちも一旦休んだらどうだ? 目の下に隈があるぞ」
公爵様の言葉に、全員が顔を見合わせる。確かに各々うっすら目の下が暗いような……?
「偽鏡のために、寝る間も惜しんで研究をしていたみたいだな。今日は命令だ。以後の研究は禁止、食べて、寝て明日から再開すること」
「ええ〜! お嬢様の魔宝石の魔法陣の起動実験は……?」
「明日からだ」
セヴァルはこの世の終わりのような表情で、公爵様を見ていた。けれども、彼はセヴァルの様子を機にすることなく、首を左右に振る。
シュゼットはそんなセヴァルの首根っこを押さえて一礼した。
「承知いたしました」
「研究所にヘンリーを向かわせる。何かあればヘンリーに伝えるように」
ヘンリーの名前を聞いて、研究員全員の顔が青褪める。あのセヴァルまでも、口角が引きつっていた。これなら皆も休むだろう。
公爵様は私を抱えたまま踵を返す。絶望の空気が満ちている部屋を後にした。
「研究員がすまない」
歩きながら公爵様は申し訳なさそうに私へと告げた。私はその言葉を聞いて、迷いなく首を振る。
「私も思いついて張り切ってしまいましたから……お役に立てるかなと思って」
最後の言葉は無意識に呟いてしまっていた。そうか、私は公爵家で自分が有用である事を示したかったのかもしれない。きっと嬉しかったのだ。認めてもらったみたいで。
王国ではずっと私は「して当たり前」が続いていた。穢れた血である格下のお前がやるのが、当たり前だと。きっと自分の落ち着ける居場所が欲しかったのかもしれない。
そのために、私の価値を上げたかったのだ。私が何かしら助けになれば、捨てられないはずだ……と。
公爵様はそんな人ではないだろう、と思っている一方で、捨てられるのではないか、という思いもある。そんな醜い自分の心を嫌悪した。
幸い、私は俯いていたので公爵様に顔は見られていない。けれども、そんな醜い心を隠すかのように、私は揺れに任せて彼の胸元に顔を寄せた。
公爵様も私も声を出さない。彼の足音だけが響いている。その音が心地よい。
そういえば、以前ブレンダがジオドリックに抱き上げられていた事があった。その時ブレンダは、これがお姫様抱っこというものだ、と話していたわね。
あの時ブレンダはこうも言っていた。「お姫様抱っこは好きな人にするものなのよ!」と――。
つまり、ブレンダは……ジオドリックが好きなのは、ブレンダであるという事実を私に見せつけたかったのだろう。まぁ……私はその時「そうなの」としか思わなかったけれど。
それよりも書類が溜まっていたから終わらせたかったのよね。
あ、後こうも言っていたかしら。「好きな人にされたら嬉しいわよね」とも――。
「嬉しい……?」
「エスペランサ嬢、何か言ったか?」
「あ、いえ。何でもありませんわ」
今、私は公爵様にお姫様抱っことやらをされている。あり得ないとは思うけれど、ジオドリックがもし「お姫様抱っこをしてやろう」と私に言ってきたら……きっと逃げたわね。
公爵様は成り行きでこうなってしまったのだけれど……嫌じゃないわ。きっと好意は持っているのね。当たり前ね。今まで良くしてもらったのだもの。婚約者だから――。
そう思った時、私の胸が少し痛んだ気がしたのだけれど、きっと気のせいだろうと思う。




