28、先代公爵閣下
あの後公爵様に部屋まで運んでいただいた。手をこまねいて待っていたマルセナに有無を言わさず浴槽に入れられ、軽食を摂ってベッドへと入る。疲れていたためかすぐ寝てしまい、起きたら朝。
眉間に皺を寄せているマルセナを連れて研究室に向かうと、目の下に隈のなくなった研究員たちが、元気に仕事をしていた。
研究の結果、重ねてしまうと魔法陣が干渉し合ってしまうらしい。そのため、魔力で宝石の側面へと移動させれば良いのでは、という案が出てきたそうな。
もう既にセヴァルが実験しており、それならば問題なく魔法陣が動いたのだとか。
私はそれを数日訓練した後、偽鏡の魔宝石に施した。一報を聞いた翌日ユーイン殿下が訪れ、彼が触れるとほんのりと光る。成功したのだ。公爵様も含めた研究員全員と健闘を讃えあう。これは皆の力がなければ成功しなかった。そこに関われた事が嬉しい。
ユーイン殿下は大層喜んだ。そして私に、ひとつ頼み事をしてから王宮へと帰っていった。
その後、研究所は数日の騒々しさが嘘のように静かになる。緊張の糸が切れたのか……研究対象を失ったからなのか……。元気付けようと思った矢先、セヴァルが楽しげに歩いてくる。研究員全員が生気のない表情で彼を見ている。セヴァルは肩をすくめてから、大声で叫んだ。
「皆さん! これから魔法陣を解読しますよ!」
その言葉で研究員たちの目に輝きが戻る。
「この魔法陣を解読して、魔力量を増やそうではありませんか! お嬢様のように!」
研究員たちが一斉に騒々しくなる。次の研究対象が現れ、そちらに興味が移ったらしい。
「おお、面白そうですな! 吾輩も混ぜてもらっても?」
「ぼ……僕もいいですか?」
普段は死んだような魚の目をしているヒュー。けれども今日だけは違った。目が爛々と輝いている。
所長もその様子を不思議そうに見ていた。
「おや、君の魔力量はそこそこ多いと思っていたのですが……」
その言葉に、ヒューは鼻をふんす、と鳴らす。
「確かに、多い方だと思います。けれど、今の僕の魔力では足りません。もっと魔力があれば、所長を魔法で捕まえられるじゃないですか!」
鼻息荒く言う彼を見て、シュゼットが可哀想な者を見るかのように、ヒューを見る。その言葉だけで彼の苦労が手に取るように理解できた。研究所にはまた新たな笑い声、奇声、怒声が響くようになっていく……。
そして数日後。
無事に任務を終え、一旦休憩している私の元にマルセナがやってくる。どうやら先代公爵様が夕方頃に屋敷へとたどり着くらしい。私は二人に手伝ってもらい、身支度をする。
そして陽が地平線に沈む頃、私たちは玄関前へと整列する。道の両側には槍を持った衛兵たちが並び、私と公爵様は一番奥……道の真ん中に立った。
普段は身軽なシャツとズボンだけを着ている公爵様だったが、今日は正装に身を包んでいる。後でマルセナに確認したところ、着ている服は公爵家私軍の軍服らしい。
黒地に金の装飾が施されている事もあり、夕日の光を浴びて輝いているように見えた。軍服にマントを着こなした公爵様は、普段以上に凛々しい。私が隣でいいのかしら、そう思い慌てて自分の服装を確認する。すると頭上から声が聞こえてきた。
「今日の服装も似合っている」
思わず顔を上げると、公爵様はすでに前を向かれていた。
馬の集団が公爵家の前に現れた。聞き間違いか、と思って私を前を向いた時……彼の耳がほんのり赤くなっているのが見える。きっと私を元気付けてくれたのだろう……と心の中で感謝を述べていると、門が開いた。
全員に緊張感が走る。改めて姿勢を正すと、遠くから馬のひずめの音が聞こえてきた。バラバラに聞こえるその音は段々大きくなったと思えば、少しずつ小さくなっていく。そしてひづめの音が聞こえなくなったその時――
「先代公爵デイモン閣下のご入場です!」
その声と同時に、ひづめの音を響かせながら騎乗した人々が門内へと入ってくる。そして最後に入ってきたお方……他の者よりも大きく黒い馬に乗っている壮年の男性が、きっと先代公爵様なのだろう。
彼は騎乗したままこちらへ歩いてくる。騎乗した者たちの先頭に先代様が到達すると、彼は馬から降りて背負っていた大鎌を手に持つ。そして大鎌の先で地面を叩きつけ、大きな音を出した。
それに合わせて騎乗していた者たち全員が馬から降り、先代様のように槍を構えて一度音を出す。ずいぶん大きな音なので、馬が怯えるかと思ったのだが、訓練されているのか暴れる様子もない。
先代様と先頭の二人を残して、残りの者は馬と共に厩舎へと向かっているようだ。先代様は私たちを一周見回した後、再度地面を鳴らした。
「この地に戻ってまいった! ガメス公爵領の守りは儂に任せるが良い!」
その言葉と同時に先代様が大鎌を天へと掲げる。それを合図に全員が大声を上げた。
私は彼らの様子を静かに見守る。きっとこれが公爵家特有のしきたりなのだろうと。マルセナから「静かに見守っていただければ問題ありません」と言われていたが、確かに私が何をする、という事もないだろう。
それが終わると、先代様が奥にいる私たちの元へと歩いてくる。目の前で立ち止まられたのを見て、私は頭を下げた。
「息子よ、ここは儂に任せてお前は帝都を頼む」
「承知した」
先代様は公爵様の肩をポンと叩いた後、こちらに身体を向けたようだ。
「顔を上げてくださいませ」
その言葉を聞き、私は姿勢を正す。私と視線が合った瞬間、先代様は信じられないものを見たかのように目を見開く。
そして目頭に力を入れた先代様は、言葉を紡いだ。
「遠くから遥々きていただき、ありがとうございました」
「こちらこそ、受け入れていただきありがとうございます」
私の礼を見つめていた先代様の瞳には、うっすら涙が溜まっていた。




