23、偽鏡
ユーイン殿下の依頼を受けた後、私たちは偽鏡を持ってシュゼットたちのいる研究室へと向かった。
国宝鏡は特殊な仕掛けが施されている。それは、皇族が触れると中心にある透明な宝石が淡く光り輝くのである。今回本物だと証明するためにも、魔術を利用して仕組みを再現してほしいとの事だった。
それを公爵様がシュゼットたち一同に告げると、研究員たちは奇声を上げ始める。セヴァルにおいては、両手を上げて子どものように飛び跳ねているではないか。シュゼットも身体が少し揺れているので、よほどこの研究が楽しみらしい。
早速研究に向かおうとする研究員たちを止めたのは公爵様だった。
「この件は一旦止めていてくれ。ユーイン殿下の采配により現在、魔術研究所の研究員の二人がこちらに向かっているようだ。一人は国宝を手に取って見た事がある者らしい」
「それでしたら、一から作らなくて良い、という事ですね!」
「ああ。ついでと言ってはなんだが……王宮の魔術研究と公爵家の研鑽とを照らし合わせる事となった。今回は社交の時期と重なるから、と理由をつけて早めてもらった形になる。そこはシュゼット、任せたぞ」
「承知いたしました」
研究員は話しが終わったと言わんばかりに、公爵様に頭を下げて各自の部屋に戻っていく。その様子を見て、シュゼットがため息をついた後に公爵様へと謝罪をした。研究員はいつもこのような感じらしく、公爵様は気にしていないようだが。
私たちは彼女の見送りで、本邸に戻ろうと背を向けた。すると先程一番に研究所へ入っていったセヴァルがこちらへと戻ってきたのだ。そしてなぜか私に声をかけてきた。
「お嬢様、この後お時間はありますかぁ? もしよろしければ本日は私が講師をさせていただきますが〜」
そういえば、シュゼット以外の研究員にも講師をしてもらった事があるけれど、セヴァルには一度も話を聞いた事がなかったな、と思う。私はこの後予定がないので問題ないけれど……これは一応公爵様に許可をいただいた方がいいのだろうか。
公爵様を一瞥すると、彼も困惑した表情でセヴァルを見ている。この申し出に公爵様自体が驚いているみたい。
「セヴァル、良いのですか?」
「勿論ですよぉ、私も講師はできますから〜」
その言葉に公爵様が目を細めている。まるで本当に可能なのか疑っているよう。一方で私は少し浮き足立っていた。魔法講座も好きなのだけれど、私個人としては魔術の方に興味がある。魔法陣を綺麗に美しく描けた時の達成感、そしてそれが思い通りに発動する時の感動……あれは忘れられないわ。
案じるような目を向ける公爵様に私は微笑んでから、セヴァルへ顔を向ける。
「セヴァル、今日はよろしくお願いしますね」
「こちらこそぉ」
不安げな表情でこちらを見ている公爵様を背に、私はセヴァルの後ろについて研究所へと入っていった。
「……怒涛の一日だったわ……」
セヴァルの講義を中断し、夕食後私は部屋で身体を揉みほぐされていた。ユーイン殿下の件もあったけれど、それ以上にセヴァルの講義が非常に濃いものだったのだ。シュゼットが選んだ者たちは、私が初心者である事を踏まえて魔術を教えてくれていた。
けれども、セヴァルに関してはそんな事など関係ないと言わんばかりに、話を進めていくのだ。時には知らない用語が出てくるため、理解ができない単語がある時にはセヴァルに必ず確認するのだが、彼は非常に分かりやすく教えてくれる。
それがあったから今回の話は理解できたけれど……もし私の質問を無視して話されていたら、理解不能だっただろう。
今日の話をまとめると、ひとつの魔宝石に何個の魔術を込められるかという議題だった。お母様の形見であったあの魔宝石を思い出す。あの魔宝石には最低五もの魔法陣が組み込まれていたらしい。
「今回の偽鏡もどう作成するか分かりませんけどねぇ。魔法陣を複数個描く必要があるかと思うんですよ〜。私でも三個が限界ですからねぇ……確か王宮魔術研究員も最大で三個が限界だったと思いますよぉ?」
セヴァル曰く、私の魔力量とお母様とよく似た美しい(らしい)魔法陣。今回の儀鏡にはそれが必要になる可能性があると話を聞いて考えていたそうだ。だから、今のうちに私を鍛える必要がある、と。
勿論セヴァルも最大記録更新を目指しているらしいのだけれど、どうしても魔力が足りないのだとか。
「本当にすぐ魔力が回復すれば良いんですけどねぇ。病気を治す薬のように魔力が回復する薬なんてあれば良いんですけど、まだ作れていないんですよねぇ。そうしたらそれを飲んで永遠と実験できるじゃないですか〜」
ぶつくさと呟くセヴァル。ま、まぁ……彼ならいつか作れそうだけどね。セヴァル自身も今研究の途中だ、と言っていたし。
でも本当に、そんな薬があったら魔道具作成の幅が広がるとは思う。魔道具や魔宝石に魔法陣を込める際に時間を置いてしまうと、魔宝石に込められた魔法陣の魔力が宝石に合わせて変質してしまうのだとか。
魔力が変化すると、込められた魔法陣が固定されてしまい、いつでも発動できる状態になっているらしい。ただそこに新たな魔法陣を加えようとしても、弾かれてしまうと彼は言っていた。
実験と称して、授業の最初に作成した魔道具へと再度魔法陣を込めてみたのだけれど、説明の通り魔力は弾かれたもの。
だから魔力量が多い人は重宝されるのよ。
実際説明していたセヴァルも、満面の笑みで私に話していたわ。
「ですから、お嬢様には最低でも六個は魔法陣を込められるようになっていただいてぇ」
今日やっと二つ目の魔法陣を込める事ができたのに、これを後六個だなんて……本当にできるかしら。そんな事を思いながら、思わず遠い目をしていた私にセヴァルは嬉々として答えたわ。
「魔術の学習を始めて三週間でふたつの魔法陣を込められるのは、素晴らしい速度です! この調子で明日三つ目を込められるようにしましょうねぇ!」
「……そうね、頑張るわ」
セヴァルとのやり取りを思い出してため息をつく。マルセナが声をかけてくれたので、「大丈夫」と返した。
確かに先の見えない話に疲れてはいたけれど、王国の時とは気持ちの持ちようが違ったわ。だって、ある程度目標が見えているもの。王国の時はいつ終わるかわからない仕事の量、これが永遠と増えていくだけだったから。死ぬまでこのままかと思って、最後は何も感じていなかったわ。
でも、今は違う。
セヴァルの講師と聞いて公爵様も心配な表情はしていたけれど、私が二個目の魔法陣を込める事ができたと聞いて驚きながらも期待をしてくれていた。私はここにいても良いんだ、って実感ができたの。
私を受け入れてくれた公爵家の皆さん……公爵様に恩返しができるよう、私は精一杯できる事をするわ。




