22、国宝
王城で姿を見せないと怪しまれるから、とその日に転移陣で帰られたユーイン殿下がまた姿を見せたのは、二週間後の事だ。
この間、私は魔法と魔術だけでなく礼儀作法などの勉強も続けていた。講師はマルセナだ。と言っても、礼儀作法に関しては王国と似通っている部分が多いからか、ある程度学んだところでマルセナから「問題ない」とお墨付きをもらった。
そのため、最近は魔術や魔法に時間をかけている。
特に私は魔術の適性が高かったらしく、魔法の授業に比べて魔術の授業は数歩先を行っている。
まあ、魔法は仕方ないのかもしれない。以前の結果を見せてもらったところ、私は得意属性というモノがなかったのだ。
と言っても、全ての魔法が使えないのではなく……同程度に使えてしまうのだ。そのような人の事を『均衡の術者』と呼ばれているのだとか。そのため、私は魔法の実践練習に入った時点で、ジャイルズ以外の魔導士からも手解きを受けているために、魔法の習得に時間がかかっていた。
今回は魔術の授業中にユーイン殿下の訪れを知った。魔術の授業も現在では研究室で行なっているため、私は研究室から駆けつけた形になる。
「いやあ、今回もごめんね?」
今回も先触れがなかった事を言っているのだろう。お忍びで来ているのだから、仕方ない。私と同様に公爵様もそう考えたらしく、首を横に振って答えた。
「いえ、こちらはいつでも問題ございませんので」
「さすがレオネル! いつも助かるよ。じゃあ、今日は時間がないから巻きで。まずはこれを見てもらおうかな」
そう言って出されたのは、木箱だった。大きさは私の顔二個分……いや三個分くらいだろうか。
木箱は最近作られたものなのか、汚れなどは見当たらない。この中に何が入っているのか見当も付かない私は、公爵様の表情を窺った。けれども、公爵様も思い当たる節はないようだ。
「今回国賊を炙り出すって話をしただろう? エスペランサ嬢の件だけだと、いささか迫力に欠けるかもしれないと思ってね。これも囮にしようと話をしている」
木箱の蓋が取られると、そこに置かれていたのは……繊細な彫りが施されている丸い何かであった。なんだろうと首を傾げていると、隣から息を呑む音が聞こえる。公爵様の目は見開かれ、口も半開きの状態で固まっていた。
「で……殿下、こちらは初代皇帝陛下の所持していた宝物ではありませんか……?」
レオネルの言葉に私は耳を疑った。それは国宝に値するのではないだろうか。
戦々恐々とする私たちにユーイン殿下はなんて事ないように言う。
「ああ、偽物だから大丈夫!」
本物は王城のある場所に保管されているとの事。最初見た時は何か分からなかったけれど、ユーイン殿下曰くこれは鏡らしい。
初代皇帝陛下の霊廟内に保管されており、何故かその事実を知っている者は誰もいなかったのだとか。ちなみにこの鏡を見つけたのは、予言の巫女である高祖母だったそう。
ユーイン殿下の言葉に安堵したレオネルは姿勢を正し、殿下へ訊ねた。
「その国宝の偽物が何故ここに?」
ユーイン殿下はよくぞ聞いてくれた、と言わんばかりの表情で言葉を返す。
「これを本当の国宝にして欲しいんだ」
彼の話はこうだ。
王家主催の社交パーティは毎年社交時期の最後に行われているのだが、その時に国賊を炙り出そうと考えているらしい。王国も丁度その時期は社交期間であり、諜報員からも「帝国を攻撃する予定はない」と報告があるため、この時期に公爵様が移動しても問題ないだろう、という判断だ。
今の所公爵様は、先代公爵様に守りを依頼する予定だという。元々数年前……先代公爵様が体調不良を訴えたために公爵位を譲渡されたそうだ。けれども、現在は療養によってすっかり治り、療養先で元気に走り回っているとの事だ。
公爵様曰く、面倒な領主業務がなくなったから元気になったのでは、と言われているらしい。
話を元に戻すと、最初は私の正体を該当貴族に聞かせ、それを王国に報告させる前に捕縛……という手を考えていたのだが、それだと生温いと皇太子殿下――ユーイン殿下のお兄様――は考えたそうな。
そのため、もうひとつの罠として国宝の鏡――国宝鏡を利用しようと思い至ったそう。
「で、これは我が国の憶測ではあるんだけどさ……王国はこの鏡を狙って戦争を起こしたのではないか、と考えられている」
「小国を属国にした帝国への嫌がらせとして、攻め入ったのではないのですか……?」
思わず言葉にしてしまった私を怒鳴る事なく、ユーイン殿下は疑問に答えてくれた。
「まあ表向きの理由はそうだと思うよ。王国が帝国を気に食わないのは確かだろうね〜。今や領土はデヴァイン大帝国の半分以下、一方でソラル帝国は順調に小国を属国にして領土を増やしている。東の王国にある伝承の一句に、井の中の蛙、大海を知らずって言葉があるけれど……今の王国に当てはまる言葉だと思うな」
ユーイン殿下は鼻で笑う。
井の中の蛙、大海を知らず……東の王国には、井戸と呼ばれる水を汲むための場所があるらしい。その中にいる蛙は、その場所しか知らず外の世界を知らない。つまり、自分の狭い世界しか知らないのに、それが全てだと思い込んでいる人を例えた言葉なのだとか。
確かにあの王国に相応しい格言だと思った。
私は、伝統を大事にする事は非常に良い事だと思っている。ただ、あの国はそれが行きすぎているのだ。大帝国の血統を受け継いだ国として自分たちのみが優秀で、他国を見下す王侯貴族たちは、常に過去の栄光に囚われている。
彼らは胡座をかいて、自分の立ち位置、国力を把握しようとしない。周辺国は現在を歩いているというのに、王国だけは過去に戻ろうと足掻いている。帝国に来てから改めて考えると、彼らの在り方はどこか滑稽で哀れにすら思えてきた。
私がそのような思考になったのも、公爵家で過ごしたからだろう。
「鏡を狙っていると考えられる点はふたつ。ひとつは今まで静観していた王国が、鏡の存在が発覚してから積極的にこちらに関わってくるようになった事。もうひとつは、休戦条約締結後に何通か鏡について探る手紙が届いている事かな……けれど、実際確信は持てなくてね。もし今回の件に叛王派……ああ、私たちは王国と繋がっている者たちをそう呼んでいるのだけれど、彼らが食いついてくれたら御の字かなって思ってる」
「もし囮に掛からなくても、私の件で引っ張る事もできますし」
「そう。その時はちょっと強引になるかもしれないけど。二重罠を仕掛けておこうってことさ。まずはさっきも話たけれど、この鏡を国宝にしてほしい。任せたよ」
ユーイン殿下は悪ふざけを企んでいるような表情でニヤリと笑った。




