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【架空歴史短編小説】バロックの永遠なる調べ ―コレッリとバッハ、響きあう魂―  作者: 霧崎薫


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●第5章:円熟期(1689-1700 / 1723-1735)

【バッハの視点】


 1723年、私はライプツィヒのトーマス教会カントルとして、新たな人生を始めていた。アンナ・マグダレーナとの再婚も、私に新たな活力を与えてくれた。


「ヨハン、あなたの音楽は神の栄光を讃えています」


 彼女の言葉は、私の心の支えとなった。トーマス教会での職務は多忙を極めたが、それは同時に、創造の源泉ともなった。


 週ごとの教会カンタータの作曲、聖歌隊の指導、オルガン演奏。その傍ら、「マタイ受難曲」や「ロ短調ミサ曲」といった大作の作曲も進めていった。


【コレッリの視点】


 1700年、私は最高傑作となる作品5「ヴァイオリン・ソナタ集」を出版した。この作品には、私の音楽理念のすべてが込められている。


「音楽は、魂の言葉でなければならない」


 その信念は、この作品において最も純粋な形で実現された。特に最後の「ラ・フォリア」には、私の音楽家としての集大成が表現されている。


 しかし、この成功は同時に、私に新たな迷いをもたらした。


「これ以上、何を表現することができるだろうか」


【バッハの視点】


 ライプツィヒでの生活は、決して楽ではなかった。教会当局との軋轢、不十分な給与、理解の乏しい聴衆。しかし、そのような逆境の中でこそ、私の音楽は深みを増していった。


「この音楽は難しすぎる。会衆には理解できないのではないか」


 評議会からの批判は相変わらず続いていた。しかし、私にはもはや迷いはなかった。


「音楽は神への捧げ物です。その表現に妥協はできません」


 1729年、私はコレギウム・ムジクムの指導者となる。この市民音楽団体での活動は、教会音楽の制約から解放された自由な創造の場となった。


 子供たちの成長も、私の大きな喜びとなっていた。長男のヴィルヘルム・フリーデマン、次男のカール・フィリップ・エマヌエルは、すでに優れた音楽家として認められつつあった。


【コレッリの視点】


 1708年、私は公の音楽活動からの引退を宣言した。55歳という比較的若い年齢での決断だった。


「なぜ、まだ演奏できるはずなのに……」


 多くの人々が不思議がった。しかし、私には確信があった。音楽家は、自らの限界を知らなければならない。


 オットボーニ枢機卿の邸宅での静かな晩年。私は若い音楽家たちの指導に時間を費やした。


「マエストロ、どうすれば完璧な音楽が作れるのでしょうか?」


「完璧な音楽など存在しない。ただ、魂の声に忠実であることだ」


 そう答えながら、私は自分の人生を振り返っていた。


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