74 つかない既読
事件は、突然起きた。
その日の午後、俺は白松さんと一緒に図書館にいた。受験を意識して、参考書を見に来たのだ。静かな図書館の中、二人で本棚の前を歩く。ページをめくる音。隣で本を選ぶ白松さんの気配。穏やかな時間が、流れていた。
「この問題集、良さそうだね」
白松さんが、一冊手に取る。表紙を見せてくれる。数学の問題集だ。
「ああ。評判いいらしいな」
「桜井くんも、何か見つけた?」
「まあ、いくつか」
俺も、手に持っている参考書を見せる。集中していると、スマホが震えた。メッセージ。鈴木からだ。画面を確認する。
「桜井、今日、暇?」
メッセージを開いて、返信する。
「今、図書館。どうした?」
すぐに返信が来る。文字が画面に表示される。
「夕方、こっちバイト終わったら遊ぼうぜ」
「いいよ。何時?」
「6時くらい」
「わかった。駅前で」
「おう」
メッセージを閉じて、白松さんに言った。
「鈴木から。夕方、遊ぼうって」
「そうなんだ。じゃあ、私、先に帰るね」
「いいの?」
「うん。私も友達と約束してたから、ちょうどいい」
白松さんが微笑む。その笑顔が、柔らかい。図書館を出ると、外は日差しが温かかった。空気が、少しひんやりしている。でも、心地いい。白松さんと別れて、俺は一旦家に帰ることにした。
午後6時。約束の時間になった。俺は駅前のロータリーで鈴木を待っていた。夕暮れの空が、オレンジ色に染まっている。人通りが多い。帰宅ラッシュの時間だ。スマホで時刻を確認する。6時5分。少し遅れているけれど、鈴木はよく遅れる。気にせず待つ。周りの音が耳に入る。車の音。人の話し声。駅のアナウンス。
6時10分。まだ来ない。メッセージを送ってみる。文字を打つ。
「どこ? 待ってるけど」
送信。でも、既読がつかない。画面を見つめる。既読のマークが表示されない。おかしい。鈴木は、スマホをよく見る方だ。すぐに既読がつくはずなのに。6時15分。胸の中で、不安が膨らみ始める。電話をかけてみる。耳に、スマホを当てる。呼び出し音が鳴る。1回、2回、3回。でも、出ない。留守番電話に繋がる。鈴木の声が、録音メッセージで流れる。
「鈴木、どうした? 連絡くれ」
メッセージを残して、電話を切る。不安が、胸の中で広がっていく。何かあったのか。バイトが長引いているだけかもしれない。でも、連絡くらいできるはずだ。6時30分。冷たい風が吹いた。体が、少し震える。まだ、連絡がない。もう一度電話をかける。また、呼び出し音。そして、留守番電話。これは、おかしい。完全に、おかしい。
俺は、鈴木がバイトしているバーガーショップへ向かった。急いで歩く。靴が、アスファルトを叩く音。息が、少し荒くなる。店に着いて、中を覗く。明るい店内。客が何人か座っている。カウンターにいる店員に聞いた。
「すみません。鈴木進一郎、今日、バイトしてましたか?」
「ああ、鈴木くん? 4時に上がったよ」
店員が、笑顔で答える。
「4時……?」
「うん。早番だったから」
「そうですか。ありがとうございます」
4時。ということは、2時間前にはバイトが終わっていた。それなのに、連絡がない。会えない。何かが、間違っている。胸の中で、嫌な予感が強くなる。俺は、店を出て、スマホを取り出した。白松さんに連絡する。
「鈴木と連絡取れない。何かあったかもしれない」
送信。すぐに返信が来る。画面が光る。
「え? 大丈夫?」
「わからない。バイトは4時に終わってたらしい。でも、連絡が取れない」
「心配だね……探した方がいいんじゃない?」
「うん。探してみる」
メッセージを閉じて、俺は鈴木の家の方へ向かった。歩きながら、色々な可能性を考える。事故に遭った? でも、ニュースにもなっていない。家に帰った? でも、連絡くらいするはずだ。それとも……。嫌な予感が、胸をよぎる。竹中。まさか。いや、考えすぎだ。でも、否定できない。心臓が、激しく鳴っている。
鈴木の家に着いた。インターホンを押す。ピンポーン。少し待つ。ドアが開いて、鈴木の母親が出てきた。
「あら、桜井くん。どうしたの?」
「鈴木、家にいますか?」
「進一郎? いないわよ。バイトに行ってるはずだけど」
鈴木の母親が、首を傾げる。
「バイトは、4時に終わってるんです」
俺が言うと、鈴木の母親の表情が変わった。笑顔が消える。
「そうなの? でも、帰ってきてないわ」
「連絡も取れなくて」
「え……」
鈴木の母親の顔が、青ざめる。
「それ、おかしいわね。進一郎、いつもなら必ず連絡してくるのに」
「何か、心当たりはありますか?」
「ないわ……どこに行ったのかしら」
鈴木の母親が、不安そうに言う。手が、少し震えている。
「もう少し待ってみます。何かわかったら、連絡します」
「お願い……心配だわ」
鈴木の家を出て、俺は再びスマホを取り出した。電話をかける。呼び出し音。でも、出ない。また、留守番電話。メッセージを送る。
「鈴木、どこだ? 心配してる。連絡くれ」
送信。画面を見つめる。既読がつかない。どこへ行けばいいのか、わからない。ただ、歩く。足が、自然と動く。駅前に戻って、周りを見回す。夜が、だんだん深くなっている。街灯が、明るく光っている。鈴木の姿は、ない。人混みの中を、探す。顔を、一つ一つ確認する。でも、見つからない。時間だけが、過ぎていく。
俺は、公園のベンチに座って、スマホを見つめていた。冷たいベンチ。体温が、奪われていく。鈴木からの連絡は、ない。白松さんから、メッセージが来る。
「どう? 見つかった?」
「まだ。どこにもいない」
「心配だね……警察に連絡した方がいいんじゃない?」
「もう少し待ってみる」
電話を切って、もう一度鈴木にかけた。呼び出し音。留守番電話。
「鈴木。頼む、連絡くれ」
声が出てしまってから、周りを見た。誰もいなかった。




