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君と風の行方  作者: 月見饅頭
第六章

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72 笑顔のあとに


 春休みが始まって数日。桜が満開になった。街のあちこちで、桜の花が咲き誇っている。風が吹くたびに、花びらが舞い散る。春の訪れを、肌で感じる季節だった。


 その日、俺たち4人は、近くの公園で花見をすることにした。俺、鈴木、白松さん、宮田。午前10時、公園の入り口で待ち合わせ。空は晴れていて、風は穏やか。花見には、最高の日だった。


「よう、おはよう」

 鈴木が手を上げる。宮田が、その隣で微笑んでいる。


「おはよう」


 4人で、公園の中を歩く。桜並木が続いている。頭上には、満開の桜。ピンク色の花びらが、空を覆っている。日の光が、花びらを通して、柔らかく降り注ぐ。


「すごい、綺麗……」

 宮田が、感嘆の声を上げる。


「ああ」


 鈴木も、空を見上げている。桜の花。一つ一つは小さいけれど、無数に咲き誇っている。その光景は、圧倒的だった。風が吹くと、花びらがひらひらと舞い落ちる。まるで、桜の雪が降っているみたいだ。


 少し歩いて、空いている場所を見つけた。桜の木の下。ここなら、ゆっくりできる。鈴木がレジャーシートを広げる。4人で座る。持ってきた弁当をリュックから取り出す。おにぎり、唐揚げ、卵焼き、ウインナー。みんなで持ち寄った料理が、シートの上に並ぶ。


 風が吹くたびに桜の花びらが舞い散り、シートの上にも、コンビニの袋の上にも積もっていった。そして宮田の膝の上にも……。


「また落ちてきた」

 宮田が紙コップを両手で覆いながら言った。


「花びら入ったくらいで死なないって」

「入ったら飲みたくないでしょ」


「細かいな」

「細かくない」


 鈴木と宮田のやり取りを聞きながら、白松さんが小さく笑った。その笑い声が、光の中で柔らかく溶けていく。


「じゃあ、食べよう」

 鈴木が言う。


「いただきます」


 4人で、食べ始める。おにぎりを一つ手に取って、一口かじる。少し塩気が効いていて、美味しい。白松さんが作ってきた卵焼きも、甘くて優しい味がする。


「この卵焼き、美味しいね」

 宮田が言う。


「ありがとう」


 白松さんが、少し照れくさそうに微笑む。鈴木が、唐揚げを頬張りながら言った。


「なんか、こういうの、いいよな」

「こういうの?」

「ああ。4人で、のんびりしてるの」


 鈴木が続ける。

「学校だと、色々忙しいけど、こうやって外で過ごすと、リラックスできる」

「わかる」


 俺も頷いた。鈴木の言う通りだ。学校では、授業、テスト、色々なことがある。でも、今は何もない。ただ、桜の下で、友達と一緒に時間を過ごす。それだけで、幸せだった。

 食事を終えて、少し休憩する。白松さんが、スマホを取り出した。


「写真、撮ろう」

「いいね」


 4人で並んで、自撮りをする。背景には、満開の桜。白松さんがシャッターを切る。写真を確認すると、みんな笑顔だった。


「いい写真だね」

「うん」

 宮田が微笑む。


「送ってね」

「わかった」


 しばらく、他愛ない話をした。学校のこと。春休みの予定。進路のこと。鈴木が、法学部を目指していることを話した。宮田は、まだ決めかねているらしい。白松さんは、文学部。俺は、心理学部。それぞれの道を、それぞれのペースで考えている。


「来年、受験だもんな」

 鈴木が、少し真剣な顔になる。


「大変だけど、頑張ろうぜ」

「ああ」


 風が吹いて、花びらが舞い落ちる。一枚の花びらが、白松さんの髪に乗った。俺が、そっと取る。白松さんが、微笑んだ。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 午後、公園を散策した。桜並木を歩きながら、写真を撮ったり、話をしたり。池のほとりに着くと、水面に桜の花びらが浮かんでいた。ピンク色の花びらが、静かに揺れている。その光景は、まるで絵画のようだった。


「綺麗だね」

 白松さんが、池を見つめながら言う。


「ああ」


 俺も、同じ景色を見つめる。春の午後。穏やかで、温かい。こんな時間が、ずっと続けばいいのに。そう思った。


 夕方近く、公園を出た。駅へ向かう道を、4人で歩く。桜並木は、公園の外にも続いている。街全体が、桜に包まれているようだった。


「今日、楽しかったね」

 宮田が言う。


「ああ」

「また、やろうぜ」

 鈴木が続ける。


「次は、夏に」

「夏?」


「花火大会とか?」

「いいね」


 白松さんが微笑む。そんな話をしながら、歩いていると――


「百合子! 葵!」


 前から、声がした。俺たちが立ち止まる。声の主は、一人の女性だった。長い髪を後ろで結んでいる。目が大きくて、優しい顔立ち。


「彩乃!」


 白松さんと宮田が、同時に声を上げた。二人が、駆け寄っていく。女性と、3人で抱き合う。


「久しぶり!」

「本当に、久しぶり」


「元気だった?」


 3人が、笑い合っている。俺と鈴木は、少し離れて見守っている。白松さんが、俺たちの方を向いた。


「紹介するね。斉藤彩乃(さいとうあやの)。小学校からの友達」

「はじめまして。斉藤です」

 斉藤さんが、俺たちに挨拶する。


「桜井です」

「鈴木」

 それぞれ、挨拶する。斉藤さんが、白松さんに言った。

「百合子、彼氏?」


 その言葉に、白松さんが少し照れる。

「まあ……うん」


「良かったね。幸せそう」

「ありがとう」

 斉藤さんが、宮田の方を向く。

「葵も、彼氏?」


「うん」

 宮田が、照れくさそうに微笑む。


「そっか。二人とも、幸せそうで良かった」


 斉藤さんが、嬉しそうに微笑む。しばらく、5人で立ち話をした。斉藤さんは、今、別の高校に通っているらしい。春休みで、実家に帰ってきてるとのことだった。


「そういえば」

 斉藤さんが、ふと真剣な顔になった。


「二人に、ちょっと話したいことがあるんだけど」

「話したいこと?」

 白松さんが聞く。


「うん。ちょっと、いい?」

 斉藤さんが、俺と鈴木の方を見る。


「ごめん。ちょっと、女子だけで話したいことがあって」

「わかった」

 鈴木が頷く。


「じゃあ、俺たち、先に行ってるわ」

「ごめんね」

 白松さんが、申し訳なさそうに言う。


「気にすんな。駅で待ってる」


 俺と鈴木が、先に歩き出す。少し離れたところで、俺は振り返った。3人が、真剣な顔で話している。白松さんの表情が、だんだん硬くなっていくのが見えた。宮田も、同じように真剣な顔をしている。何を話しているんだろう。


「なあ、桜井」

 鈴木が、俺に声をかける。


「ん?」

「白松たち、何の話してるんだろうな」


「わからない」

「なんか、深刻そうだったけど」


「なんだろうな」


 俺も気になった。でも、聞くわけにはいかない。女子だけの話。そう言われたんだから。駅の近くで待っていると、しばらくして3人が歩いてきた。白松さんの顔が、少し青ざめている。宮田も、不安そうな顔をしている。


「お待たせ」

 白松さんが言う。


「大丈夫か?」

 俺が聞くと、白松さんは少し無理に微笑んだ。


「うん。大丈夫」

「じゃあ、私、そろそろ行くね」

 斉藤さんが言う。


「また連絡するね」

「うん。気をつけて」


 白松さんと宮田が答える。斉藤さんが、俺の方を向いた。


「桜井くん、百合子のこと、よろしくね」

「はい」


 俺は、頷いた。斉藤さんの目が、少し真剣だった。何かを、伝えようとしているような目。でも、それが何なのかは、わからなかった。


「じゃあ」


 斉藤さんが、手を振って去っていく。その背中を見送って、俺たちは駅へ向かった。駅で、鈴木と宮田と別れる。


「じゃあ、また」

「うん。今日は、ありがとう」


 白松さんが、微笑む。でも、その笑顔は、どこか無理をしているように見えた。白松さんを家まで送る。いつもの道。でも、今日は、白松さんがずっと黙っている。


「白松さん」

「ん?」


「大丈夫?」

「うん……ちょっと、色々考えてて」


「斉藤さんと、何話したの?」

 俺が聞くと、白松さんは少し躊躇った。


「あの……昔の話」

「昔の話?」


「うん。小学校の時の」

 白松さんが、俯く。


「桜井くんに、話したいことがある」

「話したいこと?」


「でも、今日は……疲れちゃって」

 白松さんが、申し訳なさそうに言う。


「わかった」


 俺は、それ以上聞かなかった。白松さんが話したい時に、話してくれればいい。白松さんの家の前で別れる。


「また、明日」

「うん。気をつけて帰ってね」


 白松さんが家の中に入っていくのを見送って、俺は駅へ戻った。


 電車の中、窓の外を見つめる。夕暮れの景色が、流れていく。楽しかったはずの花見。でも、最後に不穏な空気が流れた。何かが、変わろうとしている。そんな予感がした。


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