70 やっと渡せた日
2月14日。朝、目が覚めると、今日がバレンタインデーだと気づいた。胸が、少しざわつく。白松さんから、チョコをもらえるだろうか。去年は、微妙な関係で何もなかった。でも、今年は違う。そう思うと、期待と緊張が入り混じった。
学校に着くと、教室はいつもより少し賑やかだった。女子たちが、バッグから小さな箱を取り出したり、誰かに声をかけたり。男子たちも、どこかソワソワしている。俺も、その一人だった。
席に着くと、鈴木が声をかけてきた。
「よう、桜井。緊張してるだろ」
「別に」
「嘘つけ。顔に出てるぞ」
鈴木が笑う。
「俺だって緊張してる。宮田から、もらえるかな」
「お前ら、付き合ってるんだから、もらえるだろ」
「そうだけど……初めてだからさ」
鈴木が、照れくさそうに頭を掻く。その時、白松さんが教室に入ってきた。俺と目が合う。白松さんが、小さく微笑んで会釈する。俺も、頷いた。でも、特に何も言わない。周りの目もあるし、白松さんも何か考えがあるのかもしれない。
午前中の授業は、全く集中できなかった。先生の話が、右から左へ抜けていく。頭の中は、白松さんのことでいっぱいだった。チョコ、もらえるだろうか。いや、きっともらえる。でも、いつ? どこで? 色々なことを考えていると、あっという間に昼休みになった。
弁当を取り出そうとした時、白松さんが俺の席に来た。
「桜井くん」
「ん?」
「ちょっと、屋上、来てくれる?」
その言葉に、鼓動が高鳴った。
「ああ、わかった」
白松さんが先に教室を出る。俺も、少し間を置いてから立ち上がった。鈴木が、ニヤニヤしながら親指を立てる。俺は、軽く手を振って、教室を出た。
屋上へ向かう階段を登る。心臓の音が、やけに大きく聞こえる。屋上のドアを開けると、白松さんが、フェンスの近くに立っていた。風が、白松さんの髪を揺らしている。
「白松さん」
声をかけると、白松さんが振り返った。
「ごめんね。急に呼び出して」
「いや、いいよ」
白松さんが、バッグから小さな箱を取り出す。ピンク色のリボンがかかっている。
「あの……これ」
白松さんが、箱を差し出してくる。
「受け取って、くれる?」
「ありがとう」
俺は、箱を受け取った。手のひらに、ずっしりとした重みを感じる。
「手作り?」
「うん……初めて作ったから、上手くできてるかわからないけど」
「ありがとう。嬉しい」
白松さんが、ほっとしたような顔をする。
「良かった」
「去年は、渡せなかったから」
「そうだった」
去年のバレンタイン。あの頃は、付き合ったけど振られた後で、微妙な関係だった。お互いに、どう接していいかわからなかった。だから、何もなかった。
「今年は、ちゃんと渡せて良かった」
白松さんが、微笑む。
「俺も、嬉しい」
俺は、箱を大切に抱える。
「家帰ったら、食べる」
「うん」
しばらく、二人で黙って立っていた。風が、心地よい。遠くに、街の景色が見える。
「ねえ、桜井くん」
「ん?」
「去年と比べて、今年は全然違うね」
「そう?」
「去年は、こんな風に話すこともできなかった」
白松さんが、少し寂しそうに言う。
「でも、今は違う」
「どう違う?」
「一緒にいるのが、楽しい」
白松さんが、俺を見る。
「私、桜井くんと出会えて、本当に良かった」
「俺も」
俺は、素直に言った。
「白松さんと一緒にいると、楽しい」
「ありがとう」
白松さんが、嬉しそうに微笑む。その笑顔が、綺麗だった。
二人で、屋上を後にする。階段を降りながら、白松さんが小さく言った。
「ホワイトデー、楽しみにしてるね」
「任せといてよ」
教室に戻ると、鈴木が意味ありげな顔で見てきた。でも、何も聞いてこない。その代わり、宮田が鈴木に小さな袋を渡しているのが見えた。鈴木が、嬉しそうに受け取っている。良かったな、鈴木。
放課後。俺は白松さんを家まで送った。いつもの道を、並んで歩く。
「今日、ありがとう」
「こちらこそ」
白松さんが、微笑む。
「チョコ、美味しいといいな」
「絶対、美味しいよ」
「そう言ってくれると、嬉しい」
白松さんの家に着いて、別れる。
「じゃあ、また明日」
「うん。気をつけて帰ってね」
一人で駅へ戻る道、俺は白松さんからもらった箱を、バッグの中で大切に抱えていた。嬉しかった。白松さんが、俺のために作ってくれた。それだけで、幸せだった。
家に帰ると部屋に入って、白松さんからもらった箱を机の上に置く。リボンを、ゆっくりとほどく。箱を開けると、中には手作りのチョコレートが並んでいた。ハート型のチョコレート。丁寧に作られている。
一つ、口に入れてみる。甘くて、少しビターで、美味しい。
スマホを取り出して、白松さんにメッセージを送った。
「チョコ、すごく美味しかった。ありがとう」
すぐに、返信が来た。
「本当? 良かった」
「ああ。お返し、楽しみにしててね」
「うん。楽しみにしてる」
メッセージを閉じて、もう一つチョコを口に入れる。白松さんが、俺のために作ってくれた。その事実が、嬉しかった。




