放課後に訪れた訪問者
放課後の教室は夕陽に染まり、窓から差し込む光が机の上の紙を黄金色に照らしていた。俺たち4人—俺と白松さん、宮田、そして鈴木—はクラスイベントの準備に追われていた。
「だからさあ、こういうテーマのほうが絶対ウケるって!」鈴木が両手を大きく広げながら熱弁を振るう。彼の目は輝いていて、まるで世紀の大発見でもしたかのようだった。
宮田は即座に首を横に振った。「鈴木くん、それじゃテーマからズレすぎ。もっと落ち着いたアイデアを出してよ」彼女の表情は真剣そのもので、クラスの評判を懸けているかのような迫力があった。
「いやいや、発想は自由じゃねえと面白くねえだろ?」鈴木は自分のアイデアを諦める気配すらなく、むしろ声のトーンを上げた。
「何言ってるのよ……!」宮田の眉間にシワが寄る。まるでこれが人生最大の議論であるかのように。
俺と白松さんは思わず視線を交わし、小さく笑い合った。彼女の笑顔は控えめだけど、教室の隅々まで温かさを広げるようだった。この何気ないやり取りが、最近は俺たちの日常を彩っている。
そんな穏やかな時間は、ドアが開く音で唐突に途切れた。
「よっ! 桜井、久しぶり!」
鼓膜を震わせるほどの明るい声に、思わず顔を上げる。そこに立っていたのは—かつての同級生、三浦尚央だった。彼の笑顔は中学時代と変わらず、教室という空間まで明るくしてしまう。
「三浦……なんでお前がここに?」思わず素っ気ない声が出た。三浦のことは嫌いじゃない。けど、こんな場所に突然現れるなんて。
「なんでって、たまたま近くに来たから寄っただけだよ。鈴木もいるじゃん!」三浦はスッと教室に入り込み、まるでここが自分の縄張りであるかのように振る舞う。
「おー、三浦! お前元気そうだな!」鈴木が椅子から立ち上がり、両手を広げた。
「お前ら、仲良さそうだな。……って、桜井!」三浦の声のトーンが急に変わる。「お前、こんな可愛い子たちと仲良くしてんのかよ!」
その言葉と共に、三浦の目は白松さんと宮田に向けられた。まるで宝物でも見つけたかのような輝きがあった。
白松さんの頬が微かに赤く染まる。「えっ……?」
宮田は「あの、そんなことないです」と言いながら、視線を落とした。普段のハキハキした彼女からは想像できない反応だった。
「いやいや、桜井、お前って地味キャラだったのに、いい人生送ってるじゃねえか!」
三浦の言葉に、俺の中で何かが引っかかる。
「おい三浦、調子に乗るなよ」無意識に声のトーンが低くなっていた。
「何だよ、褒めてるつもりなんだけどな」三浦は肩をすくめて見せた。そして白松さんに向き直り、笑顔を浮かべる。「で、そっちの清楚な子、名前聞いてもいい?」
白松さんは少し戸惑いながらも、柔らかな声で答えた。
「え、あの、白松です」
彼女の困惑した様子を見て、俺の胸の内で何かがモヤモヤと渦巻き始めた。不快感?いや、それだけじゃない。もっと厄介な感情だ。
「白松さんね! いい名前だなあ」三浦の声は蜜のように甘かった。「桜井とはどういう関係?」
その質問に、白松さんの表情が一瞬凍りついた。「……クラスメイトです」
「へえ、そうなんだ」三浦はわざとらしく残念そうな顔をした。「じゃあ、桜井はもっとしっかりしないとな!」
三浦がケラケラ笑いながら俺の肩を叩く。叩かれた場所よりも、何故か胸の奥が痛んだ。白松さんの困惑した表情から、俺は目を離せなかった。
その時、鈴木が状況に油を注ぐかのように口を開いた。
「おい三浦、お前もっとやれよ! 桜井、こういうの苦手だからさ!」
その言葉に、俺は鈴木を睨みつけた。「お前、何言ってんだよ!」
「まあまあ、鈴木の言うとおり、桜井の反応面白いしな!」三浦は満面の笑みを浮かべながら、さらに白松さんに近づいた。
「白松さんって、桜井のどんなところがいいと思う?」
教室の空気が一瞬で張り詰める。
「えっ、あの……」白松さんが困惑した表情で言葉を探している。「別に、普通だと思いますけど……」
その瞬間、俺は思わず三浦の肩をつかんでいた。「おい、いい加減にしろよ」
俺の声には自分でも驚くほどの威圧感があった。三浦は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに元の調子に戻る。
「おっと、悪かったって。でも、桜井がマジになるとは思わなかったな」
三浦の目には、何かを見抜いたような光があった。
そのやり取りを静かに見ていた宮田が、ふっとため息をついた。「三浦さん、桜井くんをからかうのはやめたほうがいいと思います」
宮田の冷静な声が教室に響く。
「おっと、宮田さん?」三浦は意外そうな顔をした。「真剣な顔して何かと思えば、桜井をかばってくれるのか?」
「かばうとかじゃなくて……」宮田はまっすぐ三浦を見つめた。「桜井くんは、いつも頑張ってますから」
その言葉に、俺は思わず宮田の方を振り返った。いつもは厳しい彼女が、こんな風に俺のことを言ってくれるなんて。胸の奥が少し温かくなる。
三浦もようやく空気を読んだのか、「悪かったな」と軽く頭を下げた。彼の目はまだ何かを企んでいるようだったが、態度は幾分柔らかくなった。
その後も三浦は軽口を叩き続けたが、俺たちが真剣に作業に戻るのを見て、ようやく諦めたようだった。「じゃあ俺、そろそろ帰るわ」と手を振って、来た時と同じくらいの勢いで教室を後にした。
「面白いやつ! また来いよ、三浦!」鈴木が大声で手を振る。
俺はため息をつきながら言った。「面倒くさいやつだよ」
「そうかな……」白松さんが意外な言葉を口にした。「私、三浦さん、楽しい人だと思ったけど」
彼女の言葉に、また胸の奥がモヤモヤと痛む。白松さんの優しい微笑みが、今日は少しだけ遠く感じられた。
その日、家に帰った後も、白松さんが三浦と話していた場面が何度も頭をよぎった。彼女の困惑した表情、そして最後の「楽しい人」という言葉。
俺はベッドに横たわりながら天井を見つめた。
——いや、何を気にしてるんだ俺。