第48話 話の通じない相手
準決勝の相手はやはりアリーチェの父トマスだった。癖のある金髪を撫で付け、薄い茶色の瞳がこちらを睨んでいる。
「ここまでの予選ではすべて一撃で仕留めていらっしゃったとか。さすがですな」
「どうだったかな、覚えていない」
顔を見るのも腹立たしいが、この試合が終わり次第この男を捕縛するのだと思えば多少は落ち着いていられる。さっさと捕まえないのは単純に話がしてみたかったからだ。
アリーチェにとってこの男は血の繋がった親。なんでもいいから本音が聞きたいと、そう思った。
お互いに腰から剣を抜き、顔の前に掲げて見せる。利き手と逆の腕は後ろにまわして腰の真ん中で拳を握るのが決まりだ。
長方形のコートの長辺の中心に立つ審判が右手を上げた。腕を下ろすのと同時に自陣と敵陣を区切る結界が消える仕組みになっているため、開始の合図は発声によるものではなく、この右手が下りたときだ。
とは言え相手に殺気はなく、審判の手が下りても俺たちは切っ先を下げるにとどまった。
「ひとつ賭けをしませんか」
「聞こう」
「勝った方がアリーチェを得るというのはどうです」
聞く価値などなかった。
「理解ができない」
「なぜです? 閣下はアリーチェの有用性をご存じだ。だから手放さないのでしょう? こちらはミリアムの我が儘に付き合ったおかげで大損だ」
「賭けに乗るメリットがないし、彼女はモノではない」
伯爵は目を丸くした直後、腹を抱えて笑いだした。それは会場に広く響き渡り、ギャラリーもざわつき始める。
「やはり噂は噂にすぎんというわけですな、どこが冷酷非情なのだか。そうであればミリアムも最初から素直に婚約に応じただろうに」
「噂もときには役に立つものだ」
「この大会では過去に、試合の怪我がもとで死に至った事例が複数ありましたな」
「婚約を破棄しないのなら俺を殺してしまおうと? 自信があるようで何よりだ」
加護を持つ貴族である以上、戦時ともなればそれなりの働きが求められるが、彼には港の管理および河口域の治水という仕事があるためいかに腕が立とうとも騎士団に入ることはない。
だからここまでアリーチェの才能に誰も気付かなかったのだ。騎士団員として働けば彼女の強化を受けられない日も多くあっただろうに。
「今年から強化術式を無効化する結界が張られていると聞きました。つまり閣下にアリーチェの力の効果はない。勝機があると見てもおかしくないでしょう」
「念のため聞いておきたいのだが、アリーチェを得てどうする? 今までの扱いを反省してマリーノ家の次期当主とでもするつもりか?」
「そうだと言えばお返しいただけるのですかな?」
そもそもこの男にはもう未来などないのだから、返事のしようがないのだが。肯定も否定もしないまま様子を窺う。何か親らしい言葉のひとつでもあれば……。
どういった心境か、トマスは得意げに語りだした。
「アレには付与術の素質があるのでしょう? 魔道具をひとつ作らせればそれでどれだけの稼ぎになりましょう。掃除もろくにできん娘が、金の卵だったとは。あ。エリゼオ・ロヴァッティ伯爵と言ったか、若手の付与術士がいましたな。そこに嫁がせて生まれた子の半数をもらい受ければ、その中にまた付与術の才能を持つ者がいるかもしれない。ふむ、悩ましいところだな」
「くだらん」
本当にくだらない男だ。こいつがこんな風だからアリーチェは「愛してる」なんて薄っぺらい言葉ひとつに縋ってしまう。
伯爵は片方の眉をぴくりと動かし、訝しげにこちらを見た。と同時に彼はゆっくりと左手を上げて魔力を集め始める。
「閣下はずいぶん前から強力な魔石をお探しだったでしょう。だが今はそうじゃない。恐らくアリーチェがいるからだ。ではわたしと閣下で何が違う? 同じですよ、アレを便利な道具と見ていることに変わりはない」
「違う!」
違う、そうじゃない。アリーチェは道具なんかではない。感情があり、意思があり――。
「付与術の才が無くても大切にしたと? 陛下のご下命でミリアムからアリーチェに相手が変わろうと興味を示さなかった貴方が? ハッ、ご冗談を。何も違いませんよ。そもそもこの結婚自体、フォンタナ家を繋ぐことが目的でしょうに」
言いながら、彼は魔力を練った左手で剣身を撫でた。簡易付与術……ごく短時間ではあるが、斬撃に追加効果を乗せる術式だ。恐らく刃に触れれば凍傷を負うような術だろう。
「貴族の結婚とはそういうものだ」
「そうです。そして子が親や先祖に尽くすのも精霊の教えるところだ」
「だから……だから『痛い』と叫ぶアリーチェの手を強く握ったまま離さなかったのか?」
誘拐事件を解決して保護したアリーチェを、この男は無理に連れ帰ろうと腕を強く引っ張った。嫌がるアリーチェの声も聞かず、力任せに。
「ああ、そんなこともありましたか。言うことをきかせる方法はいくらでもありますが、公爵閣下の前で殴るわけにもいきますまい」
「親とは子を守るものだと思っていたが。話すだけ無駄だったな」
「ミリアムなら守りますとも。親だから守るんじゃあない。そこに愛があるから守るのです」
全身の血が沸騰したように熱くなった。こいつは一体何を言っているんだ?
「だがこんな問答も無意味だ。閣下に死んでいただかないことには、アレが手に入りませんから、なっ」
トマスが大きく一歩を踏み出し、剣を横に薙ぐ。後方へ飛んで避けはしたものの、予想した軌道より僅かに伸び、剣先の触れたジャケットの前立ての一部が凍った。なるほど、あの付与術は任意で剣身を伸ばすこともできるらしい。
深く息を吸って心を落ち着かせ、あらためて剣を構えた。
「本気で来い。俺はいま最高に気分が悪いからな、手加減できないかもしれない」




