第47話 最初から家族じゃなかった
怒りに満ちたミリアムの瞳。まるで喉の奥から呻くような、重々しい声が聞こえてきました。
「なんの嫌がらせ? ジョエル様は譲らないし目立つことも許さないってワケ?」
「譲る譲らないという話でも、許す許さないという話でもないのよ。私とジョエル様の結婚は陛下の思し召しだし、」
「だから! それはもともとあたしのものだったでしょって言ってんの!」
ミリアムの眉間に深く皺が寄って、お鼻がぷくぷく膨らみました。空気がビリビリと私の肌を刺すような気がして、扇を持つ手に力が入ります。
お義母様やミリアムの怒る顔は私を萎縮させるので。またご飯が食べられなくなっちゃう。その前にぶたれちゃう。それとも倉庫に閉じ込められるだけで済むかしらって。
思わず一歩後ろに下がったとき、胸元でチャリと音がしました。魔石のネックレスと金真珠のネックレスのチェーンがお互いにぶつかった、そんな音です。普段なら耳に届くはずのない微かな音が私に力をくれました。
「……だから、だからディエゴ卿に私を襲わせたの?」
「はぁ?」
「ディ、ディエゴ卿が言ってた、から」
ディエゴ卿が私に対してミリアムの名前を出したわけではありませんけど。
少し落ち着きを取り戻したらしいミリアムが体から力を抜いて、胸の前で腕を組みました。
「なぁんだ、知ってたの。だってお姉さまがマリーノを継げばみんな幸せになるでしょ? だから殺してはダメよって言ったのに、まさか最低限の仕事さえできないなんて。だからいつまでもうだつが上がらないんだわ」
言った! 自白、しました。少なくとも私を拉致した件についてはミリアムの指示だったのだと。
腹違いとはいえ血を分けた姉妹なのだし、って何かあるたびにそう自分に言い聞かせていたのに、ミリアムはそんな風に思ってはくれなかったのですね。
「なんてこと……。あんな悪い人とどこで知り合ったの?」
「ぷっ……、なにそれ、これでもまだ姉ヅラするの? いくら虐めても善人ぶるアンタが昔から大っ嫌いだったわ。いつどこで知り合ったかなんて覚えてないしどうでもいいでしょ」
「たくさん悪いことしたの? 貴族は人々の模範たれって、そういう責任があるって、教わったでしょ?」
私の言葉にどんどん表情が曇っていって、再びイライラし始めたのがわかります。けれど、追加の自白を誘うことは難しいかも……。
今までずっと彼女のご機嫌を損ねないようにしてばかりで、こちらの思う通りに動いてもらおうとしたことがないのでどんなアプローチをすればいいのかわかりません。
「今度は貴族ヅラ? うちじゃメイド以下の奴隷だったくせに! あ。ねぇ、本当のところはどうなの? 本当はディエゴに何か――」
「ゆっ、指一本触れさせるわけないでしょう! これから公爵家へ嫁ぐというのに、そんな」
「はぁぁあああ? なによ、男を知ってるあたしは公爵夫人になる資格がないって言いたいわけ? 純潔アピール? うっざ! さっさとイージュラ大陸に送り付けて本当の奴隷にするべきだったわ」
カウントふたつめです。
どこまで関わっているかはわかりませんが、イージュラ大陸に人々を送っていることも、送られた人々が向こうでどのように扱われているのかも知っていました。
怒りより恐怖より、悲しい気持ちになってしまいます。私と違って血の繋がったお母様も、両親からの愛情も貴族令嬢としての立場も全て持っているのに、どうして。
泣きそうになるのをこらえていると、ミリアムは口元だけで笑いました。
「でもね、アンタはもうジョエル様と結婚なんてできないのよ」
「どういう、こと?」
組んでいた腕をほどき、両のてのひらを上に向けます。
それを見て、ああ、私はきっと最初から一瞬だってミリアムの姉であったことなんてなかったのねって理解しました。ずっと信じたかった、いえ、縋っていた家族は最初からいなかった。
「ここで死ぬからよ。アンタの強化術式がなくたって、魔力制御のレベルはそこそこ高いの。魔法は相変わらず使えないんでしょ? なら鼻をふさいで気管から肺へ水をお届けするくらい、どうってことないわ」
彼女のてのひらに魔力が集まっているのがわかります。それは付与術の勉強を進める過程で少しずつ感じられるようになったものでした。
ジョエル様やロヴァッティ伯爵とは比べものにならないくらい少しだけの魔力。でも、しっかりと制御すれば確かに人を殺すことはできるでしょう。
「逃げられないわ、悪いことは言わないからやめなさい。ここでやめれば、何も無かったことにするから」
「ほんと馬鹿ね、お姉さまは。今は誰もが演武場にいるでしょ。証拠だって残さないし簡単なことよ。それにいろいろ知り過ぎたアンタを生かしておくわけないじゃない」
ミリアムのてのひらに集まった魔力が一気に膨張する気配。もう、バカな子!
ずっと表情を隠すために口元で広げていた扇を、ミリアムへ向けてパタリと倒しました。途端に溢れ出した水が大きなうねりとなってミリアムを襲います。ざばーっと、嵐の日の川のように。
「なっ……グぇッ、げほっ」
扇から湧き出た水の奔流は白昼夢のように刹那のうちに消え、いくらか押し流されたミリアムが咳き込みながら身体を起こしました。
濡れそぼった彼女の周りを、銀竜騎士団の皆さんがあっという間に取り囲んでしまいました。
「な、なに? なんなのっ? ……あ」
状況を飲み込めずにいるミリアムでしたが、こちらに視線を向けるやすべてを理解したようです。
私の背後にある彫刻の陰から出て来た人物がクスクスと笑いました。
「このファビオがぜーんぶ聞いてたよー。でもまさか殺人未遂なんてね! 自白の有無にかかわらずこれだけでそこそこの罪に問えるじゃん、聞きだすための努力が水の泡……いや水に流されたのか、アハハハハ!」
殿下の笑い声はまるで、今までのやり取りが夢だったのかと思わせるくらい朗らかです。ふふ、ホッと安心はできましたけど、なんだか締まらないですね。
「アリーチェ、こ……この馬鹿女ぁっ! 騙した! 騙したな!」
「黙れ罪人。濡れ鼠にされただけで済んだのはアリーチェ嬢の慈悲だと知れ」
静かな、でも強い怒りをはらんだファビオ殿下の声がミリアムを制し、彼女は騎士団の手によってどこかへ運ばれていきます。
すごい、一気に締まりました。




