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【電子書籍・コミカライズ】心を閉ざした公爵閣下と婚約したはずなのに、なぜか大切にされてしまってます!  作者: 伊賀海栗


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第49話 おや、ジョエル様の様子が


 エレナと共に演武場へとやって来ました。ファビオ殿下もご一緒です。なので、コートからほど近い席に通されました。それは大きめの個室のようになっていて、キアラ様がおひとりで観戦していらっしゃいました。陛下と王妃殿下は技巧部門もご覧になりたいと、どちらも良く見える席へいらっしゃるのだとか。たぶん真ん中の赤いカーテンがかかっているお席ですね。


「アリーチェ様、ご無事で安心しましたわ。ご覧になって、フォンタナ公爵の準決勝よ」


 キアラ様は私に椅子を勧めながら、コートのほうを腕で指し示します。ファビオ殿下はキアラ様を挟んで逆側へお座りになり、エレナは私が座るのを確認してから背後の簡素な椅子へと掛けたようです。


 ジョエル様の相手はお父様でした。


「決勝まで来るなと言われた本当の意味がわかった気がします」


「えっ、そんなこと言われてたのかい? あちゃー、あとで怒られちゃうな」


「いえ、黙ってついて来た私が悪いので!」


 キアラ様がおっしゃるには、ここまでジョエル様は相手に攻撃の隙を与えないまま一撃だけで勝利していらしたそうです。ただ、準決勝においては会話でもしているかのように向かい合ったままなのだとか。


 突然、お父様が剣を横に振りました。後方へ飛んだジョエル様も剣を構えます。

 でもなんだか違和感が。


「あの、勘違いだったらいいのですけど、お父様……魔石をお持ちではありませんか?」


「あ、やっぱり? 触れてもいない魔石の存在に気づけるのは付与術士くらいのものだからね、取り締まりができないんだよねぇ」


「あら。魔石だなんて高価なもの、普通使いませんもの。取り締まるだけ無駄ですわ」


 おふたりの説明によると、高価な魔石を使って仮に優勝しても採算がとれないのだそうです。中には採算度外視で持ち込む人もいるそうですけど。お父様の場合は、掃いて捨てるほど魔石を所持しているから問題ないのでしょうね。


 次の瞬間、観覧席から大きなどよめきがあがりました。キアラ様も小さく悲鳴を上げていらっしゃいます。私は驚きのあまり声が出ません。ずっと目を離していなかったはずなのに、まるでよそ見をしていたかしらと不安になるくらい一瞬のうちに、高い高い波がお父様の背後に生まれていたのです。それはまるで咆哮をあげる竜の口のよう。


 お父様は高々と上げた左手を勢いよく振り下ろしました。呼応するように、竜がジョエル様を飲み込まんとその大波を叩き付けます。


「ジョエル様……っ!」


 その水量は先ほど私がミリアムに向けて放出したものが児戯に思えるほど。こんなものをまともにくらってしまったら、いかに鍛えられた男性であってもひとたまりもありません!


 見ていられないのに目が離せない。息苦しさを感じながら見つめた先で、ジョエル様は剣を地面に突き立てました。波は剣を起点にジョエル様を避けるようにふたつに割れ……ながら動きを止めます。凍り付いてしまったのです。コートとそれを囲む障壁の中いっぱいに広がろうとしていた水がすべて。波の先端も、跳ねた飛沫も。


 軽やかに氷の上へ飛び乗ったジョエル様が、口をぽかんと開けて目を瞠ったままのお父様の目の前までゆっくりと進みました。

 手足が水と一緒に凍り付いているのか、お父様に動きはありません。ジョエル様はお父様の胸元へ手を差し入れ、魔石を引っ張り出しました。


「わぁ、ずいぶん立派な魔石だなぁ。そりゃあれだけの大技も出せるってものだよ」


 ファビオ殿下はすごいすごいと感心しきりですが、その大技さえ意に介さないジョエル様のほうは通常運行なんでしょうか?


 その大きな魔石をジョエル様が宙に放り投げると、放物線のいちばん上で砕けました。一拍置いて、コート内の氷も全て粉々に砕け散ります。障壁の中で舞い踊る氷の粒は光を反射して虹色に輝き、会場中に溜め息のような声がこぼれ落ちました。


 氷の破片が飛んだせいでしょうか、ジョエル様の髪を束ねていた紐がほどけて広がった白銀が、氷よりもさらに明るく輝いて見えます。なんて美しいのかしら!


 一方で氷の(いまし)めから解放されたお父様は脱力したようにジョエル様の足元で尻もちをついていました。

 力の差を見せつけられた上、魔石も失ったお父様に為す術はありません。足と手でじりじりと距離を取りながら威嚇射撃のように水弾を放ちますが、ジョエル様に当たる前にすべて消えていきます。


「エレナが言ったとおり、本当にけちょんけちょんね。こんなにお強いだなんて」


「あっ、その、申し訳ありません。悪気は無くて」


「わかってるわ! ジョエル様の雄姿を見られて良かっ――」


「何か様子がおかしいなぁ」


 エレナとのお喋りはファビオ殿下の独り言で中断です。様子がおかしいとは何かしら。あらためてコートを見ますが、あまり状況が変わったようには思えません。

 お父様は必死な様子で何かを言おうとしているようだけど……。あ、咳き込んだ? 水弾を撃つ合間に、苦しそうに激しく咳をしているようです。


「あー、わかった。降参させないように、発声するたびに気管を潰してるんだな。ほとんど拷問だよあれじゃ。よっぽどキレてるんだろうなぁ」


 殿下のおっしゃるとおり、次第にお父様は水弾を撃つことをやめ、ジョエル様から距離を取ろうともがく様子もなくなりました。


 この状況においてなお、剣を構えるジョエル様。

 ファビオ殿下が慌てて立ち上がり、「ジョエルを止めろ」と叫びながら外へと出て行かれました。


 殺してしまう。

 ジョエル様はお父様を殺そうとしています。


 お父様は法を犯しました。多くの民の人生をめちゃくちゃにしながら私腹を肥やしてきました。きっと死刑は免れないし、ジョエル様には即刻処断する権利があります。

 だからこの状況はきっと何も問題ないというか、咎められることはないと思うのです。いえ、衆目の中で手を下すのですから、お叱りは受けるかもしれませんけれど。


 ただ、悲しいのです。

 お父様が死んでしまうことがではなくて、ジョエル様がお父様の血で汚れることが。


「やめて……」


 立ちあがって、柵から身を乗り出します。


 ジョエル様が自ら手をくだしたら、もう二度と私と目を合わせてくれないのじゃないかって、そんな気がするのです。だってあの人は愛を知る人だから。親を愛してきた人だから。


「やめて……」


「アリーチェ様っ!」


 さらに身を乗り出した私を、エレナとキアラ様が後ろから抱きとめてくれました。ふたりの手があったかくて泣いてしまいそう。


 そのとき、ジョエル様がこちらを見上げました。

 目が合った。

 怒りに満ちた瞳が、いつもの静かな月のような色へと戻っていくのがわかります。私の大好きな優しい瞳です。





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[一言] 愛だ。
[一言] もうやめて! とっくにお父様のライフはゼロよ!(迫真)
[良い点] ジョエル氏規格外の強さ。
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