平和の表裏
ああ……また、この夢だ。
俺はこの夢を知っている。
と言うか、何度も見た事があるし、鮮明に記憶に残っている。
登下校の際の通学路。
なんの変哲もないコンクリートの道。
家を出て、15分歩けば学校。
そんな普通の道。
それが夢の中では、どこか違う。
いつもなら家を出て、このスーパーの前の交差点を右に曲がるのだが
夢の中は、そこで記憶が飛び、次の場面では工場にいる。
そして、目の前に「ぼやっとした白い何か」が現れる。
その白い何かは徐々に濃さを増していく。
その白い何かは俺に対して何もしてこない。
ただ、そこにいるだけ。
そう言う夢。
【ピピ……ピピピ……】
11月5日 AM7:45
枕元に置いている携帯電話の画面から今現在の時間、今起きなければ確実に学校に遅れるであろう時間が表示される。
「れーい!早くおきなさい!!」
ドアの向こうから姉さんの声が聞こえる、いつもそうだ。
ここで何も返事を返さなければ、最終的には部屋まで入って起こしてくる……。
特に見られたらいけない物も無いし、かと言って姉さんにここまで来てもらうのも悪いからな。
「起きてるよ!!」今用意してる所!!」
ベッドから体を起こし、カーテンを開ける。
「うう……さ、寒い……」
この季節になると、朝起きてまずする事といえば、部屋にあるストーブを点けてその日着る物をストーブの前に置く。
そうして一旦布団に潜り込んで5分程待つ。
5分後には着る時にほんのり暖かい服の出来上がりって訳。
ここで二度寝をしない様に気をつけないと、姉さんがこの部屋まで入ってくる事になる。
「姉さん、おはよ」
「おはよ、零。昨日の夜この辺に雪が降ったんですって。もうそんな季節になったのね」
姉さんは俺の4個上の大学生で、名前が『八神 美代』
俺の家には母さんがいなくて、もっぱら姉さんが家の家事全般を行っている。
父さんはと言うと……。
「そんなんだ。確かに昨日は寒かったもんね。ところで父さんから連絡は無い?」
「ええ、今日で……3ヶ月だもんね。携帯も繋がらないし捜索願いも出してるけど、警察からも何も連絡がないわ……」
そう、現在俺たちの父親は絶賛行方不明中。
職業は『暁銀行』の営業、まあ平たく言えばサラリーマン。
そんな父さんが、三ヶ月前にぱったり家に帰ってこなくなった。
事故にあったって言う情報も無いし、かといって他に女がいるような甲斐性なんてもんは無かったと思うし、結局原因が分からないまま3ヶ月を向かえてしまった。
「本当にどこいったんだろうな、親父の奴」
「先週に平さんと話したけど、父さんに似た人の目撃情報も挙がって来ていないって言ってたわ」
平さんって言うのは、父さんの昔からの知り合いで現在は暁署の警部補だったかな?
だから父さんが行方不明になった時も先ず平さんに伝えて、随分助けてもらった。
「俺からも平さんに聞いてみるよ。取り敢えず今日でも、学校帰りに暁署に行って来るね」
「ええ、ところで零。あなた、昨日の夕方何処に行ってたの?」
「え? 何の事?」
「暁港の第二倉庫であなたが喧嘩してるって阿藤さんに言われたわ。本当なの?」
やばい……昨日のアレが見つかってたとは……
俺は、バイトもしてないし毎月の生活費を姉さんに貰う訳にもいかない。かと言って、バイトをする気なんてさらさらない。じゃあどうするかって、学校の皆から依頼を受けてその報酬を貰って生活費に当てている。
まあ、便利屋って感じかな?周りからはトラブルバスターって言われてるけど。
で、昨日は同じクラスの『関塚 雷』が下校中に、肩がぶつかったって変なおっさんってか、あれだ、所謂DQNってヤツだ。そいつらに因縁をつけられて、それの加勢に行ったって訳で別に自分から進んで喧嘩をした訳じゃない。
寧ろ正当防衛だ。3対1なんて卑怯だからな。
「別に喧嘩をした訳じゃないよ。昨日は雷が街で変なおっさんらに、ちょっと肩がぶつかったって因縁つけられたから仲裁してただけ」
「そうなの?」
「そうそう、だってほら? 怪我とかもしてないでしょ? 制服も汚れてた?」
「そう言われるとそうね。でもいい? あなたの剣道は人を護る為にあるのよ。そもそも父さんが……」
始まった。姉さんのこの話しは長いんだよな。
「あ、そろそろ学校に遅刻するから行くね!」
「ちょっと零! ……もう! ちゃんとあかりちゃんを迎えに行くのよ!」
「はーい! 行ってきまーす!」
どうにか姉さんの長話から逃れて家を出た。
取り敢えず、あかりを迎えに行くとするか。
ピンポーン……ピンポーン
「はーい。宮本です」
インターホンの向こうから女性の声が聞こえる。これはあかりのお母さんだな。
「あ、零です。おばさん、あかりは?」
「零ちゃん、おはよ。ちょっと待ってね……あかりー!! 零ちゃんが迎えに来たわよ!」
今、俺が待っているのは隣の家の幼馴染の『宮本 あかり』
幼稚園の頃にあかりが隣に引っ越ししてきて、それからずっと小中高と一緒だ。
と言っても、この街には学校が一つしかなくて、全員がほぼエスカレーター式で高校まで上がる事が出来る。
あかりは幼稚園の頃からどんくさくて、そそっかしくてよく転んで怪我してたっけ。
「零ちゃん、おはよ。今日も寒いね」
そう言ってあかりは玄関から出てきた。
これはお世辞なんかじゃないが、あかりは美人の部類に入ると思う。
長く腰まで伸びた黒髪は綺麗で、目はぱっちりとして顔立ちははっきりしている。
高校に入ってから、よくラブレターを貰っている姿や下駄箱に入っているのをよく見る。
でも、あかりは全て断っていた。
「おはよ、そういえば昨日、2年の男に告白されたんだって?」
「え! 何で知ってるの!? キャ!」
「お、おい。あかり、大丈夫か?」
びっくりしたあかりは、其の拍子に右足が左足の後ろを蹴ってしまい転びそうになっていた。
あかりの腕を咄嗟に掴む。本当にどんくさい奴だ。
「う、うん。ごめん。って誰から聞いたの?」
「美琴から。昨日夜メールが来てた」
「もう、美琴ちゃん……」
『寿 美琴』は俺達と同じクラスの女の子。
髪の毛は短く性格はサバサバ。まさにボーイッシュな感じで、明るいキャラがとても印象的。裏表も無いあの笑顔で男女共に友達も多い。
確か、陸上部に入ってて短距離の選手でかなり速いんだとか。
「で、どうするの?」
「何が?」
「何がって、付き合うの?」
「付き合う訳無いじゃない。言われた時にすぐ断ったよ」
「何で?」
「何でって、別に好きじゃないし、全然知らないし」
「付き合ってから知るんじゃないの?」
「私はそう言うのは嫌なの。しかも私がもし付き合っちゃったら零ちゃん、1人になるでしょ?」
なに?俺が1人になるだと?
「何で俺が1人になるんだよ」
「だって、零ちゃん寂しがり屋さんじゃない? だから私が側にいてあげないとダメなの」
こらこら。逆だよ、逆。
しかも、そんな事言われたら、ドキッとしちゃうぞ。
「別に、寂しがり屋ではないよ、俺は。逆に俺がいなくなったらあかりが寂しくなるんじゃないの?」
「そ、そんな事ないもん」
そう言って、あかりは膨れてしまった。
こういう表情は、多分、あれだ。普通に可愛い。
「ちょっと、あかり。ごめんごめん。でも、そんな事気にしなくていいんだぞ」
「……何が?」
「いや、俺がどうなるとかじゃなくて」
「もう、とにかく私は零ちゃんが側にいればいいの。はい! この話終わり!」
え?これって逆に告白じゃね?
俺、今告白されちゃった?
「奥さん、聞きました? 今の」
「ええ、聞きましたざますよ。奥さん。『私は零ちゃんが側にいればいいの』ですって」
俺達の後ろから、2人組の男女がそう言って近づいてきた。
「……! 美琴ちゃんに、マサル君! 今の話し、聞いてたの?」
あかりの右手に美琴、俺の左手にマサルが並んだ。
『葛城 マサル』は180cmもある長身の男で、バスケ部のエース。
加えて、かなりのイケメンでこいつもまためちゃくちゃモテる。かなり告白されてるみたいだけど、あかり同様全て断っている。理由は、あかりの横にいる美琴の事が好きなんだと。物好きな奴だね。
「ごめんね、あかり。聞くつもりは無かったんだけど、マサルがね」
「あっ! 美琴、きたねぇ。お前だって興味しんしんだったじゃん」
「そうだっけ?」
「ぐぅ……」
そうそう、マサルは美琴の事が好きなんだけど、美琴は別にそんな事はなくて、マサルの事は只のお友達みたいだ。
悲しいかな、マサルよ……。これが現実だ……。
「まあとにかく、あかりは零の事が好きなんでしょ?」
「み、美琴ちゃん!」
なに?今のは俺の聞き間違いか?
まあ待て。こう言う時は、がっついちゃいけねえって偉い人が言ってた気がする。
ここは、俺のスルースキルを発動させよう。
「そうなの!? 宮本さん!」
「あんた鈍感? どっからどう見ても分かるじゃん。あかりは零の事しか見えてないって」
「……マジ?」
「ちょっと、美琴ちゃん。私は別にそう言うつもりは、なくて……」
「はいはい、そう言う事にしときましょ」
「……。」
なんて事を言わせるんだ、美琴のヤツは……。
まあ、あかりの事は10年も知っているからある程度は分かるけど。
……確かに、俺もあかりに対しては他の人にはない感情はある。
俺が剣道を始めるきっかけにもなったし……
「ん?」
「どうした? 零」
「い、いや」
……あれは、何だろ?
「あの倉庫…」
「倉庫? ああ、あそこか? 確か……俺達が高校生になった時から空いてるんじゃなかった? なあ、美琴」
「え? あの倉庫? う〜ん、確かに使われている感じはしないわね」
いや、それは俺も知っている。
そう言う事じゃなくて、あの倉庫に《何かがいる》感覚がする。
「何かいる……」
「ちょ、零! 朝からやめろよ!」
「そうよ、零!」
「……零ちゃん、何か視えるの?」
そう、俺はたまに《そういう感覚》を視る事ができる。
よくある霊感体質ってヤツだ。
只、なにか《もやっとした物》がそこに漂っているだけではっきりとは視えたりはしない。
別に危害を加えたり、座敷童の様になにか幸運をもたらしてくれる訳でもない。
「あかり……いや、いつも通りなにかもやっとしてるだけだよ」
「そうなんだ。でも、最近多いよね?零ちゃんがそう言うの」
「そうかな?」
「うん。この3ヶ月くらいは」
言われてみると、そうかもしれない。
最近はよく視える気がする。特に気はしなかったけど。
「まあ、特に何も無いから気にしないけどね」
「そうだね」
そう言って、その倉庫を通り過ぎた時にその《感覚》はいつもの様な《感覚》ではなく
はっきりとした意思を持って、俺になにかを伝えてきた。
【 ……食……すぐ…… 】
「……!?」
「どうしたの?零ちゃん?」
「い、いや」
「変だよ、今日の零ちゃん」
「そうかな?まあ最近疲れてるから……」
「そうなの?」
「大丈夫だよ、あかりは心配しすぎだって」
「でも何かあったらすぐに言ってね?」
そう言うやりとりを横で聞いていた美琴とマサルは、ニヤニヤとこちらを見ながらぼそぼそ話している。
「やだやだ、お熱い事。ねえ、奥様」
「そうね、もう11月って言うのに、こっちは真夏みたいね」
もういい。相手にするにも疲れる。
それにしても、さっきのは何だったんだろうか?
いつもは、あんなはっきりと感じる事は無かったんだけど。
もう一度倉庫を振り返って見たけど、そこにはただの倉庫で特に何も感じなくなっていた。
まあ、とりあえず気にはしとくとするか。
ーー
暁署を管轄に収めた暁軍特別治安維持部隊、通称DOR司令官の柊ミカサは、暁署内の一角でモニターを見ながらコーヒーを嗜んでいた。
「ミカサ司令官、いかがでしょうか?」
そう聞いてきた男は、柊ミカサの直近の部下で、名を『斑鳩 頼朝』
画数の多いこの男は字の通り、細かい作業を得意としていた。
その所為か、柊にはよくコーヒーを入れたり、DOR内での雑用をやらされたりと所謂、雑用係だった。
「美味しいですよ、ありがとう」
「い! いえ! ありがとうございます!!」
斑鳩は、そう言う柊の顔を見るのが何よりも好きだった。
この人の為なら、命を惜しんでもいいと思える程、柊に心頭していた。
「ところで、あの実験はどうなってますか?間宮少佐」
「は! 現在4つの地域で『奴ら』の血を含ませた高密度の霧を発生させてますが、今の所は反応ありません!」
「そうですか…では、そのまま実験を続けてください」
「は!ですが……」
「何でしょう?」
「いえ、些細な事なのですが……これを見てください。モニターに出します」
柊の前のモニターにある場所が映し出される。
それは、暁高校の近くにある空き倉庫だった。
「間宮少佐。これは?」
「これは4つの内の1つなんですが、暁高校から100m離れた場所にある、今は使われていない貸し倉庫です。まあ、その暁高校の生徒が登下校でよく前を通るのですが、ここです」
それは、ちょうど零達が倉庫の話をしている時間帯の映像だった。
「この子達?」
「はい、音声を出します」
ザザ……
『あの倉庫…』
『倉庫? ああ、あそこか? 確か……俺達が高校生になった時から空いてるんじゃなかった? なあ、美琴』
『え? あの倉庫? う〜ん、確かに使われている感じはしないわね』
『何かいる……』
『ちょ、零! 朝からやめろよ!』
『そうよ、零!』
『……零ちゃん、何か視えるの? 』
柊はコーヒーを飲む手を止め、零達の会話を聞いていた。
「この男の子は何かを感じているの?と、言うか人間に感じる事は出来る?」
「いえ、この霧は人には見えませんし、かと言って、感じる事も出来ないと思います」
「……名前は分かる?」
「少々お待ちください」
この実験自体、本当に効果があるのかどうかも分からない。
当初の予定では既に発生場所を特定し、対処している筈だった。
それが、始めて2週間で何も効果がなく、尚且つ唯一関係性があったあのバラバラ殺人事件も息を潜めてしまった。
これじゃ何の為に、暁署の警官達を解雇したか分からない。
あの平と言う警部補が最後まで抵抗していたか、自分で事件を解決するんだと。
しかしそう言う事では無くなっているのだ、この事件は。一介の人間が解決出来る事ではない。
「柊司令官、出ました。名前は『八神 零』暁高校に通う18歳の高校生です」
「他に情報は?」
「はい、高校1年の時に剣道のインターハイで全国優勝。その後、暴力事件を起こし一時退学の危機でしたが、なぜか退学は免れ、其の代償として剣道部は退部しています」
「暴力事件?」
「はい、この暁署のデータベースによりますと、彼が17歳の時に暁商店街で稲口組の当時25歳の水無月竜と言う、まあ所謂チンピラですね。それに絡まれ、逆に叩きのめしたと」
「ぶ! ははは! ヤクザ相手に!? どうして?」
柊は笑いながら、この八神と言う人間をもっと知りたいと思っていた。それは仕事ではなく、一個人としてだった。
「はい。ええっと、この水無月と言う人間、嘘の地上げをやってたみたいですね。それで八神零が昔から通っていた駄菓子屋が不当な地上げをされかけて、それに怒ってって感じです。で、水無月は現在刑務所の中です」
「よくまあ、無事で入れるね」
「ええ、そうですね。あっその後、稲口組の若頭が直々に八神の元へ謝りに行ったみたいです。水無月は自分勝手にやりすぎたと。それと商店街の人間も、署名を集めて学校と暁署に八神は悪くないと、悪いのは水無月と言う人間だと、直訴したみたいですね。その結果、退学ではなく退部と言う処置になったみたいです」
「はっはは! 強いね、その八神って男の子…ん? 八神?」
柊は、その名前は何処かで聞いた事がある様な気がしていた。
「ええ」
「その八神って子、家族は?」
「ちょっと待ってください。あ、出ました。家族構成は現在3人家族。母親は八神が10歳の時に事故で他界しています。4つ上の姉が1人。父親は暁銀行の営業です。現在は行方不明となってます」
「……やっぱり」
「やっぱりとは?」
斑鳩が、柊が飲み干したコーヒーカップを手に取り、おかわりを入れながら聞いた。
しかし、柊はその声は聞こえず見るからに古そうな手書きのファイルを見ながら、1人で考え込んでいた。
「……そうか……彼が…………あの……」
「司令官?」
そして、何かを思い立ったように、柊は席を立つ。
「司令官! ど、どちらへ!?」
斑鳩がコーヒーカップのおかわりを終え、柊の机に置きながら問いかける。
「暁公園に向かいます。間宮少佐、暁公園の周りにあと3つ霧を追加しなさい。今日は満月、もしかしたら奴らが出る可能性があります。松浦少佐、暁公園の周りに住んでいる人に避難勧告を出しなさい」
「ひ、避難勧告でありますか?」
ジャケットを羽織りながら、柊は松浦を始め、各隊員に指示を出す。
「ええ、理由は何でもあるでしょう?ここは『作られた街』なのだから」
「は!」
こうして、柊と斑鳩は暁公園に向かった。




