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第五話:仮面の下の反逆、あるいは共依存の箱庭

「……アルト。今日のガルガンシア通貨の空売り、完璧だったわ。私の所有物として、100点満点をつけてあげる」

ティナは僕の髪を指先で弄びながら、冷え切った紅茶を啜った。彼女の瞳には、僕を完全に掌握したという絶対的な自信が宿っている。僕の手元には彼女の許可を得た端末があり、僕の口座には彼女の知らない莫大なオフショア資産が眠っている。

独立しようと思えば、いつでもこの街から消え、別の国で王のように暮らせる。だが、僕はそれをしない。

「過分な評価をいただき、光栄です、ティナ様」

僕は首を垂れ、彼女の膝元に額を押し当てる。彼女はその仕草を、僕の完全なる屈服の証だと信じている。だが、僕があえてこの「檻」に残るのには理由がある。

ティナという存在は、この異世界の金融市場において最も「巨大なデコイ(囮)」だからだ。

彼女が王都の権力を盾に暴れ回るほど、世界中の強欲な投資家や、隣国の諜報機関、そしてかつて僕に敗れた伝説の相場師の残党たちが、彼女一人にヘイトを向ける。僕という「ゴースト」の存在は、彼女の影に完全に隠蔽される。

(王様は、座っているだけでいい。……僕という名の黒駒が、盤面を書き換えていることさえ知らずに)

「次の指令よ」

ティナが端末に地図を呼び出す。そこには、王国が極秘で開発を進めている『魔導大動脈』――魔素を国中に分配する巨大インフラの建設ルートが記されていた。

「これの建設費用を捻出するために、周辺の農村の土地価格を意図的に暴落させなさい。買い占めは私たちがやる。農民たちから土地を叩き売らせ、その後で大動脈の計画を発表して地価を百倍にするの」

彼女はさらりと言う。何千もの農民の生活が崩壊することなど、計算の余白に過ぎないという顔で。

「……承知しました。ただし、一つだけ懸念が」

「懸念?」

「彼らが売却に同意しない場合、少しばかり……『物理的な説得』が必要かもしれません。そのための工作費用を、別枠で計上しても?」

僕は彼女の目を見つめた。ティナの瞳が一瞬だけ細くなる。彼女は、僕が提案する「残虐な効率化」を好む。僕が冷酷であればあるほど、彼女は僕を「最高の所有物」だと確信するからだ。

「いいわ。やりなさい。……アルト、あなたは本当に良い『手』ね。私が命令するよりも先に、一番痛い場所を突いてくる」

彼女は笑った。それは、僕の人間性を奪ったことを楽しむような、残酷な笑みだった。

その夜。僕は街外れの森の中で、僕の支配下にある工作員たちへ指示を出していた。農民を追い出すための脅しではない。僕は農民たちに『匿名での援助』を行い、土地価格が暴落する前に、僕の管理するダミー会社へ「適正価格」で権利を譲渡させる手筈を整えた。

つまり、ティナが地価を暴落させて買い占めようとしても、僕の管理するダミー会社がすでに土地を抑えている状態を作る。

(ティナ様、貴女の描く絵図は、僕の口座を肥やすための踏み台に過ぎない)

彼女は僕を支配しているつもりでいる。僕もまた、彼女という巨大な権力を使って、この国の基盤そのものを僕の私有財産へと書き換えていく。

下僕という仮面を被り、彼女の耳元で甘い毒を囁き続ける。

「ティナ様、この計画が成功すれば、貴女は王国経済の真の支配者となります。誰も、貴女に逆らうことはできなくなる」

「……ええ、そうね。私のアルト。早くその景色を見せて」

彼女は僕を所有物として愛でる。僕は彼女を支配者として持ち上げる。

この歪な共依存関係こそが、僕がこの世界で生き残るための、最も効率的な戦略だ。

鏡越しに映る僕の顔は、かつての素朴な宿屋の息子のそれではない。

主の掌の上で、主の全てを奪い去ろうとする、冷徹な『市場の支配者』の顔だ。

(あと一ヶ月。この大動脈計画が完了すれば、この国の通貨発行権すら僕のコントロール下に入る)

僕は彼女の肩に手をかけ、彼女の端末にアクセスする。

画面の向こうで、僕のプログラムが静かに世界を食い荒らしていく。

「どうしたの?」

「いえ……貴女の次の勝利が楽しみで、つい手が震えてしまいまして」

「ふふ、可愛いわね」

彼女は何も知らない。

僕が彼女の檻の中で、彼女の首輪を誰よりも強く握りしめていることを。

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