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第六話:鏡の中の欲望と、裏切りの計算式

王都の夜は更け、ティナの私室には高級な魔導ランプの明かりだけが揺れていた。

彼女は執務机の上で、次なる軍事経済のシミュレーション結果に目を通している。サイドスリットから覗く彼女の白い足が、優雅に宙を揺らしている。

僕は彼女の足元に跪き、端末の処理結果を報告する役目を終えていた。

「……今回の工作費用、想定よりも2割抑えられました」

「優秀ね、アルト」

彼女が振り返る。その瞬間、僕は思わず息を呑んだ。

ランプの光に照らされた彼女の胸元が、執務の合間に緩めたドレスから微かに覗いている。腰のラインが、椅子に深く腰掛けることで扇情的な曲線を描いていた。

(……くそ、ダメだ。今すぐ、その細いウエストを掴んで、このまま抱きしめて……)

僕の視線は、無意識のうちに彼女の豊満な胸と、薄い生地越しに浮かぶ腰のくびれへと吸い寄せられた。鼓動が早鐘を打つ。彼女をただの下僕として扱いたいんじゃない。愛したい。一人の女性として、そのすべてを僕のものにしたい。

「……アルト?」

「……っ!? は、はいっ!」

視線が鋭く交差した。ティナの冷徹な瞳が、僕の濁った視線を射抜く。

あわてて視線を逸らし、僕は虚空を見つめて誤魔化す。

「い、いえ、その……明日のガルガンシアの相場変動率について、少し予測の調整が必要だと……」

心臓が口から飛び出しそうだ。彼女に悟られたら終わりだ。僕の所有物であるはずの「計算機」が、あろうことか主人の裸体を貪るように見つめているなんて知れたら、どんな罰を受けるか分からない。

「……変なことを考えているわけじゃないわよね?」

「も、もちろんです! 私は貴女の指示通り、効率的な収益を出すこと以外、何も……」

ティナはふいっと視線を戻した。「ならいいわ。……足元、冷えるから座りなさい」

彼女の足が、僕の膝のすぐ横で止まる。僕は彼女の足先が、自分の太ももに触れないように距離を保つ。もし触れたら、理性が弾け飛んで彼女を押し倒してしまいそうだったからだ。

彼女は僕を支配しているつもりでいる。

僕はいつでもこの国を破綻させ、彼女を連れてどこかへ逃げ出す準備がある。だが、そうしてしまえば、彼女の傲慢で、残酷で、たまらなく美しい「支配者としての顔」を見られなくなる。

僕にとって、彼女は最も危険な投資先であり、同時に、世界で唯一の、僕の心を奪い去った究極の資産だ。

(……この首輪は、彼女が嵌めたものじゃない。僕が自分で自分に嵌めたものだ)

彼女が時折見せる、ふとした瞬間の寂しげな横顔。

そのたびに、僕はその全てを抱きしめて、キスをして、彼女が僕の腕の中でしか息ができないようにしてしまいたい衝動に駆られる。けれど、チキンな僕は、ただその視線を彼女のヒップラインに絡ませては、慌てて数式の羅列で頭を冷やすことしかできない。

「ねえ、アルト」

「はい、ティナ様」

「……この計画が終わったら、二人で少しだけ遠出しようかしら。誰もいない、静かな海辺の別荘へ」

彼女は僕を見ないまま、ポツリと呟いた。

僕の心臓が大きく跳ねた。それは誘惑なのか、それとも僕を試すための罠か。

「……畏まりました。必要な警備体制と、資金の最適化は、今から進めておきます」

「ええ。……私の手足として、完璧な休暇を用意なさいよ?」

彼女は立ち上がり、僕の目の前まで歩み寄る。

彼女の残り香が、僕の五感を麻痺させる。彼女の指先が、僕の頬を軽く撫でた。

「あなた、いつも何かを隠している目をしてる。……でも、私の計算が狂わない限り、あなたはずっと私のものよ」

彼女は僕のすぐ近くで微笑み、部屋を出て行った。

僕を置いていかれた私室。僕は一人、彼女が座っていた椅子の冷たさを確かめる。

(彼女を愛している。所有したい。けれど、今それを口にすれば、今のこの共犯関係さえも壊れてしまう)

僕は端末を開き、彼女の「別荘での休暇」を装った、完全な逃亡経路の計算を開始する。

彼女は知らない。僕が、彼女との愛を成就させるための「最後の切り札」を、この国の通貨の裏側に刻み込んでいることを。

下僕として尽くす。愛し、欲する。

そして、彼女が僕なしでは生きていけなくなった時、僕は初めて彼女を抱きしめるだろう。

「……計算は、完璧だ」

僕は自分の震える手を握りしめ、暗闇の中で主を待つ。

この歪んだ箱庭で、僕たちの「共犯者としての愛」は、今日も少しずつ、取り返しのつかない深みへと堕ちていく。

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