2話
「本当にすみません……この子を助けていただいたのに、こんなことまで……」
少女の祖母は何度も頭を下げた。
「いえ……」
俺は首を横に振る。
「忘れるなんて無理です」
あの日のことを。
あの炎を。
あの子の泣きそうな顔を。
助からなかった二人のことを。
全部。
きっと一生忘れられない。
「傷だって、完全に癒えることはないと思います」
自然と涙が溢れた。
火事のことよりも。
倒れてきた家具のことよりも。
もっと鮮明に覚えている光景がある。
炎の向こうで立ち尽くしていた少女の姿だ。
「だからせめて……」
俺は震える声で言った。
「出来る限り幸せに生きてほしいです」
祖母は涙を流しながら何度も頷いた。
「はい……はい……」
「私も、あの子の両親の分まで幸せにします」
⸻
祖母の話によると、あの子は事件のショックで外に出られなくなってしまったらしい。
仕方ないと思う。
むしろ、よく生きていてくれたと思う。
お礼に来るべきだとか。
そんなことはどうでもいい。
生きていてくれた。
それだけで十分だった。
「……はぁ」
大きく息を吐く。
あの子のことも心配だ。
だけど。
俺にも考えなければならないことが山ほどある。
高校のこと。
受験や進路のこと。
バイトもずっと休んでいる。
家に帰れば何を言われるか分からない。
ニュースや取材だって来ていたはずだ。
考えれば考えるほど腹が立ってくる。
全身の奥から怒りが込み上げる。
漫画ならここで終わりなのかもしれない。
いじめっ子たちが後悔して。
泣いて謝って。
ざまぁで終わるのかもしれない。
だけど現実は違う。
死んだ人は帰ってこない。
あの子は一生傷を抱える。
俺だってそうだ。
もうそんな段階じゃない。
⸻
家に帰りたくない。
だけど帰るしかなかった。
入院中、一度も見舞いに来なかった家族だ。
期待なんてしていない。
それでも。
少しくらいは変わっているかもしれない。
そんな馬鹿な期待をしてしまった。
「ただいま」
返事はなかった。
リビングでは義妹がソファーに寝転がりながらテレビを見ている。
いつも通りの光景だった。
やっぱりか。
俺は苦笑する。
荷物を置こうとして財布を開いた。
そして固まる。
空だった。
五万円近く入っていたはずなのに。
「それ、私が使ったから」
義妹はテレビから目を離さない。
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「……は?」
「だから使ったの」
悪びれる様子もない。
「こっちだって大変だったんだけど」
ようやくこちらを見る。
「お兄ちゃんのせいで記者とか来るし」
「学校でも色々言われるし」
「休みの日も全然外出られなかったし」
胸の奥で何かが軋む。
だけど怒鳴る気にはなれなかった。
そんな元気もない。
「……そうか」
「何それ」
義妹が眉をひそめる。
「いつもなら言い返してくるじゃん」
俺は黙ったままだった。
「もしかして英雄扱いされて調子乗ってる?」
その瞬間。
怒りが一気に込み上げる。
だけど。
違う。
今ここで怒鳴ったら、俺はあいつらと何も変わらない。
深く息を吐く。
そして無理やり笑った。
「ごめん」
「別に無視してるわけじゃないんだ」
「ちょっと頭の中が整理できてなくてさ」
義妹はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「ふーん」
そう言って再びテレビへ視線を戻す。
俺は何も言わず、自分の部屋へ向かった。
家に帰ってきたはずなのに。
どうしてこんなに居場所がないんだろう。
そんなことだけを考えながら。
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