1話
別に俺は嫌いなクラスメイトのためじゃない。
ただ、人生で初めて勇気を出した。
もしあの時、勇気を出さなかったら。
たった二十秒の動画で、俺の人生は大きく変わっていただろう。
⸻
クラスメイトたちは、見ず知らずの他人の家に火をつける動画を撮ろうとしていた。
「やめろ!」
俺は叫んだ。
だが、連中は笑うだけだった。
「今日のお前、おもろいな」
必死に止めようとした。
後先なんて考えていなかった。
スマホを奪おうと飛びかかったが、複数人に取り押さえられてしまう。
「人が死ぬぞ! 本気で!」
「こいつ、今まで見たことないくらい焦ってるじゃん」
「チキンだからな」
笑い声が響く。
それが、たった二十秒の動画だった。
その後、体は解放された。
だが――。
家には火が放たれた。
「おい、あいつ走って行ったぞ!」
「何する気だよ!?」
後ろからそんな声が聞こえた。
だが振り返らなかった。
気が付けば俺は走っていた。
そして動画は拡散された。
⸻
病院で目を覚ました。
真っ白な天井が視界に映る。
体を動かそうとしたが、思うように動かない。
全身に力が入らなかった。
あの時、倒れてきたタンスの痛みはもう感じない。
麻酔が効いているのだろう。
だが、そんなことはどうでもよかった。
「……痛みじゃない!!」
思わず叫ぶ。
「あの時の女の子は!?」
体を起こそうとする。
だが動けない。
すると看護師が慌てて駆け寄ってきた。
「あ、目が覚めたんですね」
「あの子は!? まだ生存者が――!」
「大丈夫ですよ」
看護師は優しく答えた。
「あなたが助けた女の子は無事です。後遺症もありません」
その言葉を聞いた瞬間、全身から力が抜けた。
「よかった……」
涙が溢れる。
止まらなかった。
本当によかった。
なんとか守れた。
あの子だけは。
「あなたの勇気ある行動で、一人の命が救われました。本当によく頑張りましたね」
看護師はそう言った。
だが俺は素直に喜べなかった。
助からなかった命もあったからだ。
それでも。
守れた命があったことも事実だった。
⸻
事件が起きる前、俺は警察へ通報していた。
時間を稼げば間に合うかもしれない。
そう思っていた。
だが間に合わなかった。
火は家へ燃え移った。
だから俺は飛び込んだ。
せめて一人でも助けたかったからだ。
今でも思い出すのが辛い。
炎の向こうで立ち尽くしていた少女。
逃げようともしない。
泣き叫びもしない。
ただ、自分の両親が炎に飲み込まれていく姿を見つめ続けていた。
あの光景だけは忘れられない。
⸻
話を聞くと、俺は救助中に倒れてきた家具の下敷きになり、その衝撃で気絶したらしい。
二日間眠り続けていたそうだ。
助けた少女は無事だった。
後遺症もない。
それだけが救いだった。
だが――。
少女の両親は助からなかった。
胸が痛んだ。
悲しい事件だった。
最悪の事件だった。
そして当然、これで終わるはずもなかった。
⸻
動画は拡散された。
瞬く間に全国へ広がり、大炎上した。
当然だ。
放火未遂の様子が映った動画なのだから。
クラスメイトたちの名前も顔もネットへ広まり、世間から激しい非難を浴びていた。
『死刑にしろ』
『未成年だからで済む話じゃない』
『償わせろ』
『学校にも責任がある』
怒りの声で溢れていた。
当然だと思った。
そして同時に――。
世間は俺を英雄として扱っていた。
事件を止めようとした少年。
炎上した家へ飛び込み、少女を救った少年。
ニュースもSNSもそんな話ばかりだった。
だけど。
俺は英雄なんかじゃない。
もし本当に英雄なら。
あの両親だって助けられたはずだから。
⸻
学校は当然休校になった。
そもそも俺自身、まだ病院から出ることすらできない。
スマホを見れば、新しい情報が次々と出てくる。
クラスメイトたちの過去の問題行動。
いじめ。
暴力。
隠されていた様々な事実。
そして、その度に話題になるのは俺だった。
『こんな奴らと一緒にいたのか』
『彼がかわいそうだ』
『よく勇気を出した』
世間は俺を心配してくれる。
だが、その言葉はどこか遠く感じた。
⸻
さらにニュースを見る。
今回の主犯格だった四人は逮捕された。
未成年とはいえ放火事件だ。
しかも動画という動かぬ証拠まで残っている。
悪意があったことは明らかだった。
「……」
複雑だった。
少しだけ、スカッとしてしまった。
あいつらには一切同情できない。
いじめも酷かった。
やったことも許されることじゃない。
当然の結果だと思う。
それでも。
もし俺がもっと必死に止めていたら。
もっと早く警察を呼んでいたら。
もっと強引にでも止めていたら。
あの夫婦は助かったんじゃないか。
そんな考えだけは消えなかった。
⸻
そして一か月後。
俺は退院した。
病室を訪ねてきたクラスメイトは一人もいない。
家族も来なかった。
誰も。
本当に、誰一人として。
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