第6話 お互いの名前
少女は5分ほど笑い続けてようやく笑いが収まったのか話し始める。
「ごめんね。機械さん。笑っちゃって……私の事本気で追い掛けてくるからさ。私、殺されちゃうのかと思ったんだけど……そっか。お礼が言いたかったんだね」
そう言って少女は後ろに手を組んで、私に視線を合わせて言う。
「どういたしまして」
その言葉には何処か笑いを堪えているような節があった。
良かった。
ちゃんと誤解は解けて、そして私のお礼の言葉を受け取ってくれた。
後は2つの事を少女に聞かないといけないのだが……。
あのフラッシュバックしたあの声は、今こうして少女の声を聞いてみても少女に瓜二つの声色だった。
そして私が、少女に会うためにこの都市に来たのだと思った理由。
その2つの答えを知るためにも、私は少女に話しかけなければならないのだが……。
それを聞く資格を私は持っているのだろうか。
私は少女を恐怖させた。
これは揺るぎようのない事実だ。
私が知りたいという身勝手な理由で、これ以上少女を振り回すくらいなら――
私はここで去るべきなのかもしれない。
そう考えた私は少女に背を向ける。
そして背中の羽にエネルギーを溜めて、飛び立とうとしたその時――
「待って!」
少女の声が響く。
その声に対応して、私はエネルギーを溜めるのを中断する。
一体どうして少女は私を引き留める?
まだ何か伝えたい事でもあるのだろうか。
「ちょっとお話しない?」
お話?
私に?
一体何故?
分からない。
だが、その願いを否定する理由もない。
私は少女の方へと振り返る。
少女は私が振り返ったのを見て、少し喜びの笑みを浮かべながら、息を吸った。
「機械さんは何者なの……?」
少女は息を吐きながら、そうはっきりと口にした。
私の事を知りたい?
誤解だったとはいえ、怖がっていた私の事を知りたいというのは私には理解出来ない。
だが、その純粋な疑問に答えない理由もない。
「私ハ……」
私……は……。
何者なんだ?
私は七年間、瓦礫に押し潰されていた。
それ以外は……。
それ以外……は……。
「分からナイ……自分ガ何モノか……」
「え……?」
少女は少しびっくりしたように、手を胸に当てている。
「分からないの……?自分が何のために作られた機械生命体なのか……」
何のために作られた?
少女の言う機械生命体……つまり、私のような機械は何らかの用途があって作られるのか?
……機械なのだから、それは当然だろうとは思いつつも、あのロボットの性能を考えると私は何のために作られたのかがますます分からないのだ。
「分からナい……何も分からナイ……」
「何も……って……もしかして機械生命体の事も、この世界に何が起きたのかも……?」
「……そうダ」
機械生命体の事も、この世界に何が起きたのかも、何も分からない――
「もしかして……私……ミスしちゃった!?」
少女は少し涙目になりながら言う。
違う。そうではない。
「ごめんなさい!ほんとに……!その……謝って済む問題ではないとは分かってるんだけど……」
少女は自分のミスで私の記憶がなくなったと勘違いしている。
実際はそうではなく、理由は分からないが瓦礫の下敷きになったあの時から私の記憶はなくなっていた。
「違ウ」
「……ほんと?気遣わせてない?」
「本当ダ」
その私の言葉を聞いて、少女は笑顔を取り戻す。
「良かった〜私のせいで記憶がなくなったんならどうしようかと……」
少女はホッと胸を撫で下ろすと、改めてこちらを見つめる。
その眼差しは初めて会ったあの時と比べて恐怖心など微塵もなく、純粋な好奇心からくる目だった。
「でも……なら、どうして記憶がないの?」
「私にモ……分からナイ」
「そっか〜……分からないか〜……」
少女は少し考える素振りをする。
「なら、私の拠点に来ない?機械さん!」
「キョ点?」
「そう!拠点!私の先生がそこにいるから!先生なら機械さんの事分かるかもしれないよ!先生はね、機械生命体の事が詳しいんだよ!」
先生……。
唐突に現れた人を職業を表す言葉……この少女以外にもこの都市に人間がいたというのか。
もっとも、私はこの世界の事を何も知らないのだからそういうものなのかもしれないが……。
「あっ……機械さんが、良ければなんだけど……」
自分は何のために作られたのか。
この問いは私の中でずっと投げられていた。
その問いの答えに近付けると言うのなら。
「私ハ……キミと一緒に、その拠点へ行きたイ」
「え?いいの?やったー!」
だが少女は何のために私をその拠点とやらへ連れて行ってくれるのだろうか。
少女の今までの行動を考えるのなら完全な善意……からだろうか。
すると、少女が私に話しかける。
「ねぇ……」
「何ダ?」
「機械さんの事なんて呼べばいいかな?機械さんって呼びづらいし」
「何でもイイ」
「えっ……と、識別番号とか製造番号とか何かないの?」
「……ナイ」
識別番号に製造番号。
そんなもの知らない。
いくら思考を働かせても、いくら何かを思い出そうとしても何の数字も浮かんでこない。
「なら……私が名前を考えてもいい?」
「構わなイ」
「……ありがとう!」
名前など何だっていい。
少女が名付けようが、付けまいが何だって。
「待って……」
少女は私の首元へ手を添えて、私の首元の装甲についた汚れを手で払う。
「これ識別番号……じゃないかな?下に書いてるのは……名前かな」
名前、私の名前……。
「R……V……う〜ん駄目だね……それ以外は掠れて読めないや」
R……V……?
「※※※※※※※※※※」
――!!
今のは……またフラッシュバックか。
今度のは、少女の声ではない。
では誰の声か……。
これは声か?それともプログラム?
何なんだこれは……。
そう考えに至っていると、少女が何かを閃いたように手を片方の手でポンと叩いて話し始める。
「でも、識別番号はしっかり分かるよ!0って書いてある!だったら……ゼロ!……はどうかな?」
何故だろう。
名前なんて何だっていいはずなのに――
ゼロ。
その言葉に不思議と不快感などは沸かなかった。
「悪く……ナイ……」
「気に入ってくれたっぽくて良かった!」
少女は嬉しそうに微笑むと、まるで子供のように無邪気な笑顔を咲かせた。
やはりこの少女は――
優しい子だ。
先程まで殺される恐怖を味わっていたはずなのに、今はもう私の事を思いやってくれている。
「じゃ、今日から改めてあなたの名前はゼロ!よろしくね!」
「……キミの名前は?」
これから一緒に行動するというのなら、少女の名前は知っておかねば。
少女は後ろに手を組み直す。
「私の名前はノア!よろしくね。ゼロ」
ノア。
その言葉はただの名前なのに、何処か特別で大切なもの……そんな気がした。
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