第1話 機械と少女
私は倒れている状態から少し遠くにいる少女を見つめる。
金色の長い髪を揺らしている少女は、深緑のフード付きのマントを羽織っており、その下には白を基調としたワンピースを着ている。
ところどころ汚れている靴に、使い古されているであろう焦げ茶色のリュックを背負っていて、リュックの上部には丸められた布が括り付けられていた。
身長や見た目を見るに、年齢は恐らく十代後半といったところであろう。
そうして少女の姿をじっと見つめていた時、少女もまた私をじっと見つめていた。
その間、少女は一言も発さず、私もまた一言も発さなかった。
静寂だけがこの空間を包み込んでいる中、少女は何かを決心したのか、こちらへと歩いてきた。
その足取りは何処か重く、震えている。
何故、私に近づいてくるのか。
その答えは言葉となって返ってきた。
「機械さん……大丈夫?」
心配するように両手を膝に置き、少し前屈みになって、私に目を合わせる。
私は大丈夫だ。
そう言えば済む話なのに、呂律が回らない。
足だけでなく、発音装置もダメになってしまったのだろうか。
「……もしかして、機械さん……喋れないの?」
返答がなかったからそう思ったのだろう。
何処か声が震えながらも、私を心配してそう言ってくれた。
「……体ボロボロ……直さないと」
そう言って少女はリュックを下ろして、中から何やら特殊な道具を取り出した。
それは銃に似たような見た目で、銃口の下には手の形をした三本指の骨組みのようなものが付いている。
少女はその銃の弾倉と思われるところに特殊な形の鋭利な弾を込める。
「機械さんの事……信じてない訳じゃないけど、念の為に直した瞬間に暴れないよう、電気ショックを与えるね」
少女はそう言って私の腕をそっと持ち上げると、銃口を私の腕に当てた。
私こそ、彼女の言う事を信じていない訳ではないが、そう口では言って私を殺すつもりなのかもしれない。
少女は私を怖がっている。それなら、怖いものを排除してしまえばもう怖くない。
今は排除する絶好の機会なのだから殺す……というのは実に合理的だ。
だが、少女は同時に私を直すと言っていた。
私を騙すため、そう捉える事は出来る。
だけど、それは何の為なんだ。
分からない。
ただ1つ分かる事があるとするならば、どんな運命でも私は受け入れるという事だけだ。
瓦礫に押し潰されていた時から、もう死んでしまってもいいと考えていたのだから――
「じゃあ、撃つね」
少女の声が聞こえた次の刹那、私の意識はそこで途絶えてしまった。
私の目に光が入ってくる。
意識が戻ったのだ。
私は意識が飛んだ時、てっきり殺されたのかと思っていたのだが、そうではなかったらしい。
腕に撃っていた事も考えると、あの鋭利な弾は機械用の麻酔弾のようなものだったのだろうか。
体が麻痺しているようで、動かしにくい。
麻痺弾を撃っていたという事は、私を修理するためにあの少女は見ず知らずの機械を直した事になる。
何の為に?
そんな事私には分からない。
いや、私を殺すのに失敗した可能性はないのだろうか……。
だが、あの少女は私を直すと言っていた……。
どうしてだ?
分からない。
分からない――
「何故ダ?」
その疑問に対する答えは、言葉となって出てきた。
発音装置が直っている。
あの少女は私を直してくれていた。
麻酔弾によって麻痺しているため、今まで通りの動かない体に拍車がかかっていたと思っていたが、そうではなかった。
少し動くようになった。
それは壊れているからではない。
麻痺からだ。
少しずつ、少しずつ動かしていく。
動かしていく度に、修理された装甲が目に写る。
次第に麻痺も消えてゆき、ゆっくりと体を起こしていく。
そして――
立ち上がる事が出来た。
私は自分の体を見渡してゆく。
装甲も問題なく、手の指も1本1本ちゃんと動く。私の目は世界を写し、ちゃんと歩く事も出来る。
完全に直されている。
少女に私を殺す気なんてなかったようだ。
少女は善意から直したのだろうか。
分からない。
けれど少なくとも悪意などは感じられない。
私は彼女に対する申し訳なさに襲われる。
私はどうしてこうも捻くれた思考をしてしまったのだろうか。
すぅ〜すぅ〜
突如、謎の音が聞こえてきた。
無機質な生気のないこの都市に似合わない、柔らかな音。
この音は……人間の寝息?
一体何処から……。
私は辺りを見渡した。
――この都市はやはりと言っていい程生気を感じ取れなかった。
ヒビ割れたアスファルトの道路、その隙間から生える伸びた雑草、苔に覆われた崩れかけているビル、ガラスの割れた店であろうところ……何処を見ても生物という生物が見当たらない。
あるのは、この都市が滅びてから長い年月が経ったことを告げる伸びた植物たちばかりである。
すぅ〜すぅ〜
再び寝息に耳を傾けた時、ふと目の前の茂みの裏に何かが見えた。
私はその茂みへと近付いて行き、その裏を見る。
そこには、私を助けた少女がビルの壁にもたれ掛かって眠っていた。
少女の隣にはリュックが置かれていて、その周りには私を修理する時に使ったであろう道具がいくつか散らばっていた。
私はどうすればいいのかが分からなかった。
少女を起こして感謝の言葉を述べるというのが普通なのだろう。
だが、少女は私を怖がっていた。
少女を怖がらせてしまうと考えると、起こさずにこのまま立ち去ってしまうのが吉だろう。
そう考えていると――
ドガーーーン
突如、何かが崩落する音がした。
周囲を見渡すと、後ろの方で60mはありそうな大きなビルが崩れ落ちていくのが見えた。
そのビルを起点に近くの建物が次々と倒れていき、そしてその建物の崩落は私のいる道路の方へと向かって来ている。
「何カが、迫っテキテるのか?」
そう察した私は、咄嗟に少女の方を向く。
少女を安全なところへ避難させないと。
そう考えていた時、あの崩落の音からだろうか――
「うぅん?」
少女が目を覚ました。
少女は目を細めながら私を見つめた。
「――!!」
少女は声を押し殺したのか、声にならない声を出して、走って路地裏へと逃げて行く。
「待っ――」
待ってくれ。
そう言いかけた時、私は咄嗟にその言葉を言い終えるのを止めた。
ここで少女に話しかけるのは蛇足だと判断したからだ。
目を覚ましたら、目の前に恐れていた機械がいた。
助けたとはいえ、怖がっていたからな。
逃げるのは当然なのかもしれない。
少し寂しくもある。
だが、この際逃げてくれた方が都合がいいのかもしれない。
――後ろからの崩落音が先ほどよりも大きくなっている。
ドガーーーン
道路に隣接していた建物が崩れ、辺りに粉塵が舞う。
粉塵に隠れて大きな影が、アスファルトの地面を砕きながら歩み寄ってくる。
影が歩み寄ってくる度に空気が揺れるのを感じ取りながら、私はその影を見つめる。
影が歩みを進める内に粉塵が次第に消え始めて影の姿が見え始める。
――それは一軒家程の大きさで、後頭部から団扇のような襟飾りを生やしている四足のロボットだった。
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