3章6話・2 最高の呪いの倒し方──”かくし” 4時44分
相変わらず下手クソな十三の射撃だったが、数撃ちゃ当たるの言葉どおり、飛び回るハエが少しずつ減っていった。
「やった……!? いけるよ、ミケさんッ!」手応えを感じ、束の間の喜びにひたる十三、
「──ッ!? おいバカ、避けろッ!」
そこにミケの鋭い声が飛んだ──直後。
間一髪、身体を引いた十三の足元に、数十匹のハエが飛び込んできた。
「わッ!」
標的の十三に避けられ、地面に激突した虫たちは、バラバラに砕け散って消滅する。
たかが小さな虫数十匹の突貫を受けたホームのコンクリートには、黒く鋭利な衝突痕が残っていた。
十三は戦慄した。まるで空から散弾が降り注いできたかのような、多量の虫型特攻兵器だ。
十三が咄嗟に視線を上げると、少女の周りを漂っていた数十匹のハエたちが、大きく孤を描いてこちらに向かってきていた──二の矢が来る。
──やばい、と瞬間的に思った十三だったが、咄嗟のことに回避行動が取れずにいた。
そこに、黒澤棺の澄んだ声が響いた。
「──マイファザー。みんなを守って」
『了解、マイボーイ』
十三の前に立った棺が、スマホに”願った”。
すると──。
「──!!」
十三とミケに向かって飛来したハエの間に、虚空から現れた人間の腕が割って入った。
突如として現れた、正体不明のヒトの腕にぶつかったハエたちが、その場で砕け散る。十三やミケには、傷ひとつなかった。
仕掛け人の棺は、ほっと安堵したような顔をした。
「成功。良かった。……ミケ、シノ、飛んでくる虫はハングドマンが防いでくれる。お前たちはなんとか他のをやっつけてくれ」
「ッス! 社長、あざーっす!」
「……はい! よくわかんないですけど、頑張りまーす!」
十三が仕置銃で手近なハエを撃ち落とし、そのうちに、サブマシンガンのチャージを回復させたミケが「ッし! 準備完了!」と宣言して再び攻撃に加わった。
ミケのサブマシンガンが再び苛烈な火を吹く。
ミケの仕置銃の弾幕を浴びたハエたちは、無機質なホームを飾る緑の火花のように散っていった。
派手に撃ちまくった後、ミケは目を細め、少女をじっと見つめた。
虫を吐き出し続けた彼女に、果たして意識があるのかないのか──うつろな目で虚空を見つめ、膝をついている少女の周りには、今は数匹の虫が周囲を飛び回っているだけだった。先ほどまでの、腐乱死体のようにハエにまとわりつかれていた状況とは異なり、明らかに虫の数が減っている。
その様子を窺ったミケが、三白眼を大きく見開いて叫ぶ。
「──社長! もうその女ン中にハエいないッス! ぜんぶ吐き出しました!」
「わかった。……シノ、おれがあの女の様子を見てくる。援護頼めるか」
「はいっ! もちろんです!」
命じられた十三は、少女の近くにいるハエを優先的に撃ち落としていった。
棺は、警戒しながら少女の元に近寄った。ハエたちが少女から離れた隙を見計らって、身体を揺する。
倒れている少女は、棺に触れられると、わずかにうめき声をあげた。
「……うっ……」
苦しげだが、まだヒトとしての意識は残っているようだ。”かくし”から出られれば、命が助かる可能性は高いだろう。
少女の様子を検めた棺が、十三とミケを振り向いて指示を飛ばす。
「二人とも、この女はハングドマンに守ってもらう。ハエの”件”は、こいつの中には戻ってこられない。残党狩りに切り替えてくれ。……もう時間がない」
「わかりました!」「了解!」
ラストスパートだ。十三とミケは目を合わせ、気合を入れ直して仕置銃を構えた。
それに対し──生き残っていた十数匹のハエの、動きが、変わった。
これまでの虫じみた飛び方とは様子が異なり、舞うように円を描き、滑空している。知能のない虫から、狡猾なカラスへと変わったかのようだった。
「……?」
十三は訝しがりながらも、ハエたちの動きを注視した。
高く飛び上がったハエたちは、ホームの電光掲示板に、ビタビタと集っていた。
光に群がる虫の如く、掲示板に集った数十匹のハエたち。
何をする気なんだ、と十三が思ったそのとき、ハエたちの背後の掲示板に、ざっとノイズが走った。
電光掲示板に文字が流れる。そこに流れたのは──。
「……線、時刻出ぱ──チャンネル登録、高評価お願いします──発します」「遅延のお知らせ:次回もご視聴お願いしまーす」「運転状況はグッドよろしくー」「次回の配信予定は…人身事故により遅れが生じ……」「前の動画のリンク貼ってるんで、そっちもよろしくお願いします」
解像度が悪い掲示板にざらついて表示されるのは、配信者が作る動画の、お決まりの文句。
「……なにあれ……? もしかして、”件”が電光掲示板を……ジャックしてるのか……?」
「……」
十三の呟きに対し、隣に立つミケは黙り込んでいる。
「見て」「お願いしまーす」「見て」「見て」「次も」「見て」「見て」「見て」「見て」「チャンネル登録」「見て」「見て」「見て」「見て」「こっちみて」「見て」「頑張って作ったのに」「見て」「お願い」「見て」「閲覧伸びないよなんで」「見て」「見て」「見て」「見て」「応援してるんだったら”いいね”してよ」「見て」「見て」「見て」「見て」「見て」「見て」「見て」「見て」「アンチコメントやめろ。頑張ったんだから評価してくれよ」「見て」「見て」「見て」「見て」「見て」「見て」「見て」「見て」「俺の動画を見て」「あたしのことを見て」「見てよ」「お願い誰か」「かまって」「さびしい」「私を見て」
そんな、掲示板に流れる文字をじっと眺めていたミケは、神妙な顔になって唇を噛んでいた。
「……”件”の声……? ……こいつらの”見てほしい”って欲求が、呪いの拡散を望む”件”と繋がった、ってのか……? いや、むしろ……この”件”が生まれたのは……」
ミケが一人ごちたその時、一匹の透明なハエが、ブラウン管に羽根をぴたりとはりつけた。──それは、意図してか、あるいは偶然か、聖者の磔に似ていた。
磔になった一匹のハエの複眼に、見知らぬ人間の顔が映し出される。おそらくは、ミケも棺も知らないであろう人間。だが、映し出される人間の属性には、心当たりがあった──配信者だ。
十三の予想を裏付けるように、電光掲示板に文字が流れる。
──みなさんこんにちは、──チャンネルのお時間がやって参りましたー。本日ご紹介するのは、話題となっていますこちら。
「──!!!」
いち早く状況を察したらしいミケが、焦った様子で叫んだ。
「あいつ……! ”かくし”を渡ろうとしてる……! ネットワークに乗って、ここから次の配信者に無理やり移る気だ!」
「えっ?!」
「くそ、舐めてた……! あいつはネットワークの海で生まれた不定形の”件”だ! ”ハングドマン”すら認知できなかった、新種で未知の存在ッ! オレらの予想を超えたスピードで進化してやがる!」
「……! シノ! ミケ! 早くあのハエを撃て! ハングドマンが展開する”かくし”の境は、強度がないッ!」
倒れた少女を避難させていた棺が、鋭く命令する。
「……はいッ!」
棺の指示どおり、十三はハエを狙い撃とうとする。
しかし、電光掲示板と同化しようとしているハエを庇うように、他のハエたちが壁をつくって守った。
まるで女王蜂を守るような行動。「くそっ」と、十三は苦々しくハエを睨んだ。
「ちくしょう……! オレの銃じゃ、あいつらを全部蹴散らせるほどの威力が……! ミケさん、次の銃に切り替えるのにどれぐらい、」
言いながら十三は腕の時計を何気なく見て、
慄然とした。
──タイムリミットの五時まで、あと、二分三十秒しかない。
「うそだろ……! やッべえもうこんな時間……!!」
焦った訴えた十三が振り返った先で、
──ミケは、銃口を下ろしていた。
肩の力を抜き、呆然と虫たちを見上げるばかり。その姿はまるで、戦意喪失したかのように、十三の目には映った。
「ミケさん……!? なにやって、」
「──なあ、シノ」
十三の言葉を遮ったミケの声は、ぼんやりとすらしていた。
三池柘榴はハエと、その後ろのモニターを茫洋と見上げながら、呟く。
「……あいつらは、生存のために進化した……。でも、法則はきっと、崩れちゃいねぇ……。あのハエどもは、見てもらいたいという承認欲求によって生まれた”件”だ……。奴らが移ろうとしてるのは、女子高生の次のランキング上位者に代わりはないはず……。つまり、”映っちゃうんです”に登録してて、metubeで一番チャンネル登録者が多い配信者ってコトだ……」
ミケはぶつぶつと呟いている。
「なにッ?! 突然どうしたのッ!?」
焦りがピークに達した十三は、ほぼ怒鳴るような口調で問い返した。
しかしミケは、気を悪くするどころか、むしろ挑発するように笑っていた。
「そうだよ……簡単なことじゃねぇか。あのクソハエどもに逃げられたら、また日本のどっかにいる配信者のところに取り憑かれて、そいつが死ねばゲームオーバー……。ヤードはnowhereに賠償請求を起こされてステークホルダーをなくしたあげく、矢馬のクソ野郎には逆らった罰を受ける……ンなのよォ……最悪の結末だよなぁ……」
「そうだよッだから何ッ!?」
「──だから……これが”最適解”ってことだよ……!」
そう言い切ったミケは、決然とした顔で棺を振り返ると、
「──社長、銃、返します!」
仕置銃を棺に投げ渡した。
「──ミケ……?」
咄嗟に銃を受け取った棺にも、その行動が理解できずにいたらしく、困惑した様子だった。
構わず、ミケは一人でぶつぶつと呟きながら、自分のスマホを取り出し素早く操作している。
「やっぱりだ、いける……! 掲示板が生きてるなら、”かくし”ンなかでも、電波は届いてる! アプリの登録者のなかで、あの女子高生の次に一番チャンネル登録者が多いヤツは、二十万人だったッ! それなら……!」
ミケが自分のスマホからアプリストアにアクセスして、何かをインストールするのが十三からも見えた。
──アプリ。
ミケが何をしようとしているか、十三はようやく、察した。
だが、そんなワケはないと──心のどこかで、呑気に構えていた。
──だってミケさんだぞ? 態度も口も金遣いも悪いことで評判の三池柘榴が、そんなことするか? だってそんなことをしたら。あの女子高生みたいになって。確かに最適解かもしれないけど、無事に生きて帰れる保証もない。三池柘榴が、そんなことするワケない、と。
しかし、十三の予想を、三池柘榴は軽々と飛び越えた。
グレイブヤードのエース社員の思考回路は、凡夫の想像を超えたのだ。
「オレの休眠させてたチャンネル……! 何年も更新してねぇのに、登録者、たいして減ってなかった!! 感謝するぜ、更新待っててくれた視聴者さんよォ!」
勝ち誇るミケのスマホには、インストールしたばかりの”うつっちゃうんです”アプリのホーム画面が映っていた。
──ミケは、アプリをインストールした。
metubeの登録者が多い順に”件”が取り憑くというアプリを。
「な……」
呆然とする十三の後ろで、棺が叫ぶ。
「──ミケ、よせッ!! ただでさえ霊感が強すぎるお前が、”件”を取り込んだら身体が耐えられなくなるッ! 自殺行為だぞ!」
それは、いつも冷静な棺らしからぬ、感情的な声だった。
しかし、ミケはスマホの操作をやめなかった。
ミケの瞳には、迷いが一切なかった。それどころか、あの独特の三白眼には、昏い炎のような決意がみなぎっていた。
「上等ッスよ……! こちとら、ずっと社会の底辺這いつくばってきたクズなんだ……! 今更狂ったところで何も変わりゃしねえッ! いやむしろ、記憶消えたら借金のことも忘れてせいせいすらぁッ!」
ミケは、嗤っていた。
それは、失うものがない無敵の人間の凄絶な笑みだった。
「おい配信者登録したぞコラァ! 来やがれ、こっちだクソ虫! オレが、アプリの中でトップの配信者だッ!!」
賭けに勝利したギャンブラーのように。
三池柘榴は、高らかに宣言した。
「ざまあみやがれ! ──これがオレ様の、ケジメだッ!!」
続きは明日夜投稿します。




