3章5話・3 ”感染っちゃうんです” ──東北自動車道 午前4時2分
連日のセキュリティ問題で更新が遅くてしまって申し訳ありません。
十三の運転するヤードの社用車は、都内を縦断し、首都高から東北自動車道へ差し掛かっていた。
トラックの早朝便が多く、道路は思いのほか混んでいた。
思うように進まず、運転席でハンドルを握っている十三は、じりじりと焦りが募っていた。しょっちゅう渋滞した道路の先を見通そうとする助手席のミケも、きっと同じ気持ちなのだろう。後部座席にいる棺だけが冷静に、コーヒーを呑んで窓を見やっていた。
ミケは膝のうえに置いたタブレットで、ともはなチャンネルの動画をスクロールしてチェックしていた。
「……この女、一昨日から途切れなく、ずっと配信してるな。多い日は一日十本も……」
「……もしかしたら、再生数が少ないと死ぬってウワサを、真に受けてるのかもね」
ミケが、一つのショート動画を再生した。
少女の嗚咽が聞こえてくる。例の、女子校生配信者だ。ミケはタブレットをホルダーに設置して、動画を共有してくれた。
画面では、下着姿の少女が、泣き腫らした目でカメラを見つめ、頭を下げていた。
『お願いします。もっと拡散してください。なんでもします。どうか、あたしの動画を見てください。死にたくないんです』
ミケが画面をスクロールすると、過去動画の履歴を見ることが出来た。言葉のとおり、女子高生はこの数日の間できわどい生着替え動画まで出しているようだった。無論、アプリの運営規約には反している。
少女は、生きるためならなんでもするつもりなのだろう。
『見て。お願いだから、あたしを見て』
少女の悲痛な訴えが繰り返し続き、ミケは音声を切った。
「……直前まで悪あがきの配信するみてェだ。運営に言って、メンテってことで生配信切ってもらう」
タブレットを畳んだミケの表面上の言葉は冷たかったが、ルームミラー越しに映った顔は、痛ましいものを見るような目線だった。
──まだ、日は昇っていない。だが徐々に空が白やんできていた。ランキング更新の5時まで、もういくばくもなかった。間に合うか、と不安が十三の脳裏に満ちていく。
やがて、社用車は目的の家に着いた。
閑静な住宅街、碁盤の目のように等間隔に整地された団地のど真ん中に、女子高生の自宅はあった。
早朝に着いたのが幸いしたようだった。社用車が女子高生の自宅前についたとき、周辺住宅に人気はなかった。
周辺住民に気取られないよう、慎重に様子を見ながら、十三は自宅の塀にぴたりと車を横付けする。
車に乗ったまま、三人は最後の打ち合わせの時間を取った。
家に視線を向けたまま、棺が口を開く。
「……乗り込む、とは言っても、この時間は親がいるよな。どうしよっか」
「オレに任せてください、社長。こんなこともあろうかと、仕置銃をとらの兄さんに借りてきました」
十三は言って、後部座席に置いていた仕置銃を示した。
「玄関をピンポンして親御さんが出てきたら、速攻で撃ちます。社長もお持ちですから、二丁で騒ぎを起こさずに制圧できる。生きた人間相手なら怪我もしないし、仕置銃に撃たれた記憶も、消えるんですもんね」
「……シノお前……マジか……やるな……」
本職のはずの棺が驚愕している。
一方、ミケは気にした様子はなく、窓から家のなかをうかがっていた。
「家ンなか、人の気配ないみたいッス。行くんなら今スよ」
「……よし、わかった。──行くぞ」
棺の合図で、三人は一斉に車を出た。
素早く庭の門扉を抜け、ミケが玄関のインターホンを押した。扉の影に十三が、ミケの後ろに棺が控える。扉が開いた瞬間、即座に撃てる体制だ。
──しかし。
「出てこないですね……」
十三は小声で呟いた。
数分待っても、家人は誰も玄関に現れようとはしない。
焦れたらしいミケが、そっとドアノブに手をかけ、回した。
するとあっけなく扉が開いた。不用心にも、玄関のカギはかかっていなかった。
三人でそっと玄関の様子を覗き込む。
ポーチに置いてある靴の数が少ない。一般的なファミリー向けの二階建て住宅のように見えたが、学校指定とおぼしき革靴がひとつあるだけだった。これはおそらく、配信者の女子高生のものだろう。
そういえば、家の車庫にも車がなかったことに十三は気づいた。運よく、親は不在と見てよさそうだった。
「……ミケはおれの後ろに。シノ、二手に分かれて、家のなかを探すぞ」
「はいっ」
小声で言い交わした十三と棺は、足音を立てないように住宅に足を踏み入れた。仕置銃を持たないミケが、棺の後ろをぴったりとついている。
一階玄関、廊下、キッチン、リビング、トイレ、風呂。
あらゆる場所を探したが、人の姿はなかった。朝食の準備はおろか、布団すら敷かれている様子がない。生活感のない、モデルハウスのような住宅。
「……二階だな」
棺の声で、一行は一階部分の捜索を打ち切り、二階へと昇ることとした。
三人で慎重な足取りで階段を昇る。男三人が階段を踏みしめる、ぎしぎしという音が、否応無しに緊張感を煽った。
いち早く二階にたどり着いた、先頭の棺が、ぴたりと足を止めた。
棺の視線の先には、薄く開いた扉がある。
そこから、少女の声が漏れ聞こえていた。
「なんで……? 早く……早くメンテ終わってよお……。ランキング決まっちゃうよォ……早くしてえ……」
こちらに背を向ける形で、下着姿の女が、スマホを連打しながらすすり泣いていた。
部屋には、その少女がひとりきり。二階には他に部屋はない。
ヤードの三人は目線を合わせ、頷きあった。──この少女が、配信者に違いなかった。
十三が扉を慎重に押し開き、棺が素早く少女の後ろに迫った。ミケは出口で、他に誰かがやってこないか見張っている。言葉も交わさずにそれぞれが配置についた時、棺が口を開いた。
「……おい、こっちを向け」
銃を突きつけながら、棺は少女へ、硬い声で告げる。
「大声を出すな。困ったことになってるんだろうが、おれたちは事態を解決しにやってきた。──いいか、わかったら、ゆっくりこっちを見るんだ」
その声に反応した少女が頭をあげ、こちらをゆっくりと振り向いた。
その両眼に、米粒のような幼虫が、びっしりとたかっていた。
「───!」
ヤードの全員が絶句して驚愕するなかで、
「見、て、よぉおおお」
そう、助けを求めた少女の口から、一匹の透明なハエがぶんと羽音を立てて飛び出した。
ミジンコの標本のような、口吻の長い透明な虫の体躯に、ハエに似た羽根がついている、豆粒サイズの異形の虫だった。
虫は、宙空を飛ぶと、ヤードの面々を睨み据えるように漂った。
──即座に、棺が仕置銃を発砲する。
正確に撃ち抜かれたハエが、緑色の体液を散らしながら消滅する、が、
ぶぶぶぶぶぶぶぶ。
次の瞬間には、大量の新手のハエが、少女の口から飛び出していた。
いや──口、だけではない。
少女の、鼻や耳、全身の穴という穴から、大小様々なハエが飛び出し、棺へ襲いかかろうとしていた。
「──社長ッ!」
十三はすぐさまジャケットを脱ぎ、棺に飛びかかってきたハエを払った。
「このきたねェゴミ虫どもがァ! うちの社長に近づくんじゃねェッ!!」
怒り狂った十三がジャケットでめちゃくちゃに払うと、ハエが羽音を立てて逃げ惑う。棺までもが、「怖……」と呟いていた。
少女が、ゆっくりと立ち上がった。
うつろに開かれた口からは、絶えずハエが飛び出してきていた。
ぐ、ぶ、ぶぶぶぶ……。
少女の口から吐き出された何十匹ものハエが、周りを飛び回っている。
少女の露出した白い肌は血の気が引き、皮膚の薄い場所には青い血管が浮き出ていた。
周囲を絶えずハエが飛び交うその様は、まるで死体が歩いているかのようだった。
そのとき、一歩後ろで少女の動きを注視していたミケが、叫んだ。
「……社長! このハエ……ぜんぶ”件”ですッ! あの女のなかにも、たくさんいますっ!」
「全部……? ってことは、こいつら全滅させねぇとダメってことか?」
「たぶん、そッス!」
会話をしている合間にも、ハエはどんどんと増えていく。
少女の様子を観察していた十三は、ひとりごちた。
「……ただでさえ狭いこの部屋……! このコの身体ン中が虫の巣で、大量の”件”が潜んでるといっても……。一匹一匹を撃っている時間はないですよね……! 映画だったら、口ン中にダイナマイトとかぶち込んで一発なんでしょうけど……どうすれば……」
仕置銃の最大威力、”絶縁”形態にすれば一撃で吹きとばせるだろうが、チャージスピードが遅い。”絶縁”形態にする間に、タイムリミットの五時を迎えてしまうだろう。
しかも──。
「あっ! 逃げッ!」
部屋に満ちたハエの数匹が、十三たちの身体をすり抜けて廊下に出ていこうとする。
「任せろ」
すかさず連射し、ハエの逃走を間一髪で食い止めた棺が──やがて決断した。
「──よし、決めた。”アレ”やるぞ。お前ら」
「アレっすね! 了解ス!」すぐさま承知したミケと対照的に、
「えっ!? なにっ!? 何事ですか!?」
事情を知らない十三がうろたえる、
それにも構わず、棺が自身のスマホに向かって鋭く叫んだ。
「──マイファザー! かくして!」
棺の声に反応したハングドマンのAI音声が、告げる。
『了解、マイボーイ。かくし領域、生成。エリア1に誘導開始。3、2、1、』
AI音声特有の抑揚が告げた、直後。
十三の世界は、ブラックアウトした。
続きは明日か明後日に公開いたします。




