3章5話・1 午前1時12分 グレイブヤード本社 社長室
「……ご苦労さま。二人とも」
出社後──社長室で待っていた黒澤棺は、まず十三とミケを労ってくれた。
十三は、棺に対し深々と頭を下げる。
「……社長、報告が遅れたこと、お詫びいたします。もっと早く社長に相談していたら、こんなことには……」
「……いや。今回のはシノは関係なくて、完全にオレの独断専行ス。すいません」
隣に立つミケもまた、十三に追随して素直に頭を下げていた。
棺は、そんなミケの様子に苦笑しつつも、首を振った。
「……二人とも、いいから顔上げろ。お前たちは会社のために出来ることをやった。今回の事態は、完全に想定外だ。誰も悪くない」
「社長……」
感激する十三を余所に、棺は深刻な表情で呟いた。
「それに……このまま、事態を放っておくのもまずいからな」
「え?」
「ヒトが死にすぎた。ブレイドが動き出すかもしれない」
「……ブレイド?」
「警察のイカレた組織だよ。前、にーさんと関わりがあって、以来マークされてる」
ミケが説明してくれたことで、十三も心当たりにたどり着いた。
「あぁ……例の」
以前、社内で話題にあがっていたのを耳に挟んだことがあった。
ブレイド──”件”についての知識を持ち、仕置銃を所持しているという、警察組織。
「ブレイドについては、まだ持ってる情報が少なくて、実のところあんまりよくわかってねェ。だが、”件”絡みの事件を捜査している組織ってことは確かだ。警察である以上、マル暴とも連携する可能性は高い。これ以上、”件”の被害が出れば、連中が動きだすことはまず間違いないだろう」
棺が言い終えたちょうどその時、控えめにノックする音が聞こえた。
「あのう……」
気まずそうに顔をのぞかせたのは、”とら”だった。眉毛をハの字にして、いかにも困ってます、という顔で棺を見つめている。
「社長、矢馬さんから電話なんですけども……」
「……チッ」棺が全力で舌打ちする。「大事な会議だから折り返すって言って」
そう命じたが、”とら”はハの字眉毛のまま、
「会議だって言ったんですけども……早く繋げと言われたんですけども……」
「──……わかった。繋いで」
「……オレたち、一旦席外しますか?」
十三が気を遣って尋ねたが、棺は顔をしかめたまま頭を振った。
「いい。ここにいて。ついでにスピーカーにさせてくれ。……イヤな予感がする。このしょっぱい気持ちをお前らにも共有させてくれ」
「……わかりました」「ウス」
十三とミケが返事をした途端、”とら”が転送してきた着信が、棺の携帯を鳴らした。
棺は予告どおり、スピーカーにして電話を繋いだ。
「おれだ。立て込んでるから、後に──」
『よお、ヒナぁ。久しぶり? 元気だったか? ちゃんとメシ食ってるか?』
途端、矢馬の上機嫌な声が社長室に響く。
早速矢馬のペースに巻き込まれ、棺がこれ以上ないほど嫌そうな顔をしながら話す。
「……要件は? 忙しいんだ早くしてくれ」
棺が素っ気なく言っても、矢馬は楽しそうに喋り続けた。
『あァ、よぉ──くわかってるよ。アプリの件で忙しいんだろ? 知ってる。ぜぇんぶ把握してるぞ? 十三と柘榴がオレに内緒で動いて? 妙なアプリを売ったことも。そのアプリでエライことになってることも、ぜぇーんぶな』
「げげげっ」「マジかよ……」
顔を歪める十三と、天を仰ぐミケの様子を見て取っているように、矢馬が笑う。
「ふふふっ──後ろに十三と柘榴もいるな? お前らネズミっこの企み、オレが把握していないワケないだろ? ……あ。言っておくが、とらから聞いたんじゃないぞ? あいつは悪くない。責めるなよー。あいつをいじめていいのはオレだけだ』
「……矢馬! いいから、早く本題を話せ!」
棺がとうとう怒鳴りつける。
『おお〜怖。じゃあ結論から言おう。──まだ、事件の収拾には動くな』
──十三は、ミケと無言で目を合わせた。
一気に苛立ちを鎮めて神妙な顔になった棺が、矢馬に問う。
「……なぜだ?」
「……このまま”件”が拡散すれば、長期的に見てヤードの顧客が増えるから。そうでしょー? ヤマさん」
冷めた目つきのミケが、大胆にも話に割って入った。
矢馬はミケを邪険にはせず、むしろ上機嫌に笑って言った。
『ビンゴ。さすが柘榴、勘がいいなー。──ウチが宗教法人運営してるの、お前らに話したっけ? 脱税目的で作った小さい法人なんだけどな、そこのネット通販でお祓いの塩だの酒だの数珠だの、売るようにしたんだ。昨今の心霊ブームのせいか、今、えらく儲かっちまってなあ。原価は安いし、いい商売だよ。だから、そうだな。あと半年はこの状況、続けたいんだ。そのアプリから客がいなくなる、ギリギリまでな』
棺が、珍しく苛立ちを露にして矢馬に告げた。
「……矢馬。今回の”件”は、進化している。オレたちの手には負えない。アプリに登録した誰が死ぬかもわかってないんだ。どれだけヒトが死ぬかわからねェんだぞ……!」
『だからどうした? 別にお前のおともだちってワケじゃねえんだろう』
矢馬は悪びれない様子で笑っていた。
『儲けるだけ儲けて、あとは撤退。やばくなったら、運営に責任おっかぶせて切ればいいだけの話じゃないのか? 違うか? ヒナ。オレは間違ったことを言ってるか?』
「……そういうことじゃない! おれたちはすでにブレイドに目をつけられてる! アプリへの対処が遅れれば、連中が仕掛けてくる可能性もあるんだぞ!? それに、お前が責任をかぶせろと言った運営は、うちのステークホルダーでミケの知り合いだ! そう簡単に切れない!!」
『は───……ったく』
怒りを露にする棺とは対照的に、矢馬は心から呆れた様子だった。
『……なぁヒナ? 俺ら忘八モンが、ポリ公にビビってどうすんだよ? もし絡まれたら、そいつらの身内拉致って殺すなりバラしてトバすなり、いくらだって脅しつければいいだけのハナシだろ。運営? 柘榴の知り合い? だからどうした。ひとつふたつ会社が消えたところで、どうってことないさ。また新しいパートナーを見つければいい。簡単な話だろ?』
「──ヤードは、おれの会社だ!」
棺が、ついに激昂した。
いつも感情の薄い、淡々とした棺が、怒りを露にして電話口に叫んでいる。
「おれは、おれの会社を脅かすあらゆるリスクを排除する! このプロジェクトも! カネも! 客も、従業員も、おれには守る義務があるんだ! ……いつまでもお前の言うとおりにはしない!」
『……おおー……』
棺の言葉に圧倒されている──わけではないようだった。
『……あの小さかったヒナが、そんな大口を叩くとはなぁ……ちょっと感動しちまったよ。寂しいような、嬉しいような、複雑な感じだな。──わかった! じゃあこうしよう! 事態が解決できれば、お前らの勝ち。おれに内緒で動いたことは寂しいが、不問ってことにしてやろう。逆に解決できなかったら、十三と柘榴はオレの”ワクワクふれあいパーク”送りにする! それでいいな?』
「ふれあ……っ……勝手に決めんじゃねぇ!! あんなところに、おれの部下を送れ──」
『はははっ! 楽しくなってきたな! じゃ、頑張れよー!』
愉快そうなまま、矢馬は電話を切った。
棺は、疲労感が抑えられないようで、天井を見つめて「ふ───……」と長い溜息を吐いていた。
しばしの後、その眉間からシワが消えたとき、視線を戻した棺の目は据わっていた。
「……というワケで、話もついたし、問題解決に動くぞ。お前らにはたくさん働いてもらうからな。覚悟しろよ」
「はいっ! 社長っ、よろしくお願いします!」
「……オレも、やります。今回、オレが勇み足で進めた案件ですしー。自分のケツは自分で拭きたいッスわ」
十三、そしてミケも同じ気持ちのようだった。
力強く頷いた棺がうそぶく。
「……よし。大変な時期だが、ここを乗り切ったら、みんなでうまいメシでも食べにいこう。気張れよ」
「はい!」「うぃーす」
こうして、十三とミケ、棺の三人は、”件”うつっちゃうんですの解決に乗り出すこととなった。
ランキング更新まで、あと4時間半。
続きは明日夜投稿します。
わくわくふれあいパーク……矢馬が買い取った廃動物園の名前。熊や虎などの、飢えた猛獣が放し飼いにされている。楽叉会ではワケありで捕まえた人間をパークに解放し、動物たちに惨殺する姿を見て楽しむ催しがある。なお、趣味が悪いとして構成員からはもっぱら不評である。




