3章4話・5
部屋のなかは、たくさんのモニターとPC、スピーカーや三脚などが雑多に詰め込まれた、物置のようなところだった。
そこで、先ほど案内してくれたぽっちゃりのギーク君が、ノートPCと巨大なモニターを繋げているところだった。
ミケがギーク君に気安く声をかける。
「スガヤくん、準備どうー?」
「はい三池さん! すぐ再生できますよ! でもいいんですか? あの動画、結構グロいですよ〜〜」
「あいにくそーゆーのには慣れてるよ。シノもオレも」
「ハハッ。そうですよね〜〜! さっすが半グレ屋さん! んじゃ、ボクと社長は、隣の部屋で待ってますね!」
ムチムチとした頬肉を持ち上げるようにして笑ったスガヤ君が、軽快に部屋を出ていく。
椅子に座ったミケが、十三に告げてきた。
「──じゃ、始めるから。シノは横で見ててくれる? なんか気づいたことあったら教えて」
「……あの、ミケさん、視えるって……」
「あぁ、それ? 別に、大したもんじゃねぇんだよ。”視える”ってより、”感じる”ってぐらい、クソショボいの。ハングドマンに見てもらった方が正確だから、オレが口出す必要なくて、今までずっと黙ってたってだけ。社長と、にーさんチカさんもみんな知ってる」
「……そうなの? オレだけ仲間外れ? 早く言ってよー」
「だからいま言っただろ。……じゃあ、一件目の動画見るぞ。”さっどまっくす”っていうヤツの自殺動画から」
宣言して、ミケがマウスを操作する。
第一の事件、”さっどまっくす”の飛び降り動画が再生された。
”さっどまっくす”がビルに入り、階段を昇っていく様子がモニターに写っている。
撮影者はどうやら、アクションカメラを身体に密着させた状態で生配信していたらしい。顔が写っているシーンがない。飛び降りる寸前の、”さっどまっくす”の表情や、なにを思っていたのか、窺い知ることが出来なかった。
”さっどまっくす”は生配信の視聴者に向けて普段どおりに喋ったあと、突然ビルの柵を乗り越え、そこから飛び降りた。
身体が宙空に投げ出され、ひゅっと画面が加速する。ごおっと風を切る音。水をぶちまけたような音。少し遅れて、落下の衝撃でカメラが外れ、地面を転がる。
そこに男の死体が映し出された。
生々しい脳漿と、血と、臓器が、コンクリートにベリー色のグラデーションをつくっている。
「グロいね……」
十三は顔をしかめて呟いたが、ミケの返事はない。
ミケは頬杖をついて、眼鏡の奥の三白眼を見開き、動画をコマ送りにして見つめている。
例の過集中モードに入っているようだった。邪魔にならないよう、十三は黙って見守ることにした。
ミケはその一連の動画を、何度も何度も繰り返し再生した。動画の何かに、引っかかっているようだが、十三にはその違和感が全くわからない。
オレたちは無駄な時間を過ごしているのではないか、そう考え始めたとき──。
「……やっぱり……いるな」
ミケが、ふいにそう呟いた。
「──いる?」
「ここ。映ってる──この動画に」
ミケが一切の冗談を含めない口調で言ったが、十三にはにわかに信じられなかった。ひきつった半笑いになりながら尋ねる。
「……ミケさん、マジで言ってる?」
「マジ。こいつの目、よく見ろよ。何か”いる”だろ」
ミケに言われたとおり、十三は画面を注視した。
ミケが止めた画面は、”さっどまっくす”が飛び降りた直後の映像だ。
地面に激しく打ち付けられた頭が大写しになっている。
さらにミケは画面を操作して、大きく見開かれた男の瞳をアップして映した。男の、小さくなる瞳孔、その奥──。
しかし、十三には何も見つけられない。
かぶりを振ってミケに訴えた。
「……ダメだ、わかんない。オレには何も見えないよ、ミケさん」
「お前には見えないかもしれないけど、ここの目……確かにいるんだよ。何かが飛んでる。虫……? 透明で……教科書に載ってるミジンコの標本みたいな。でも、羽根もしっかりあって、ハエに似てる」
「……ハエ? ……じゃあ、実際にビルの近くにいたハエが写ったんじゃないの?」
「……シノ、お前そっちのPCで、首吊った四人組の動画再生してくれる?」
ミケに指示されるまま、十三は隣のPCで動画を再生した。
二つ目の事件、”ジョーズ4”の首吊り事件だ。
四人は、カメラを台か何かに固定していたらしい。四人全員が映るように高さが調整されている。
「よーし。これでいいか」
帽子を被った一人が、カメラの画角調整を終えて満足げに言った。まるで日常的な撮影のようだった。
カメラ内にキレイに収まった四人は、持参した折りたたみキャンプ椅子やペール缶を足場にして立っている。
みんな笑顔で、梁から垂れ下がった縄を、自らの首にかけた。
括り縄を首にかけたまま、四人は和やかな会話をしていた。
「いや、これまで楽しかったよなー」
「いやホントにね。美味いもの散々食ったし、彼女とかも出来たし」
「お前は別れたけどな!」
「おい! やめろよ、こんなときに!」
「いやいや、まぁ色んなことがありました、が! 楽しいことの方が多かった! これホント! ボクらを応援してくれた皆さんのおかげでーす!」
「ご視聴ありがとうございました! はい、じゃあ、いつもの挨拶で終わりましょー!」
「ばいばーい!」
手を振り、笑顔のまま、四人は一斉にそれぞれの足場を蹴った。
青年たちの身体が、宙吊りになる。
四人は揃って足をバタバタとさせて、揃って苦しそうにもがいた。
「ぐ、くぅッ、く、く、」ひとりは縄に手をかけ、なんとか呼吸を楽にしようと試みていた。
「あが、がッ、うッ、え」ひとりの目が充血して、眼窩から溢れ飛び出していく。
「……エッ、ェ……」ひとりの口角から、白い泡がごぽごぽと垂れていく。
「……」ひとりの舌が、だらりと垂れた。
全員の股から体液が漏れ、床をびちゃびちゃと濡らして汚した。
十三たちとそう年の変わらぬ若者たちは、そうして、死んでいった。
「──……キッツ……」
十三は、耐えられずに顔を歪めて呻いた。とても直視できなかった。
だが、そんな凄惨な現場を目の当たりにしながらも、ミケは真剣な表情で見つめて、こう結論づけた。
「いる──……やっぱり、こっちにもいる……こいつら全員の目だ!」
画面を見つめたまま、ミケは社用スマホを取り出し、搭載されたAIに声をかけた。
「……おい、ハングドマン!」
社用スマホのAI・ハングドマンが起動して、『はい、何の御用でしょう』と執事のような口調で質問を促した。
ミケが問う。
「この五人の目に写ってる虫、同じモノ? なんか情報ある?」
『……お待ちください……』
ミケのスマホカメラで取り込んだ画像を、ハングドマンが解析していく。
だがやけに、時間がかかっている。珍しいな、と十三は内心驚いていた。対”件”AIアプリ・ハングドマンならば、いつも即答するのに。
数分の後、ハングドマンはこう回答した。
『──この虫は、現実には存在しない架空の虫と思われます。他にも詳しい特徴があったら教えてくれますか?』
「……そんだけ? ”件”じゃねーの?」
『”件”である可能性もあるし、そうではないとも言えます。他にも詳しい特徴があったら教えてくれますか?』
「はあ? なんだよハッキリしねーな」
「……新種、ってことじゃない? ハングドマンのデータベースにない……」
十三の言葉はただの思いつきだったが、ミケははっとした顔になった。
「……新種……? いや、例えそうだとしても、今までの傾向から”件”を予測できるはずだぞ、こいつは……」
ひとりごちたミケは、さらに思考に没頭しようとしている。
言い出しっぺの十三の頭のなかでも、確信できているワケではなかった。
だが、一つだけいえるのは、ハングドマンでも答えを出せない以上、このまま二人で悩んでいても、手詰まりになる、ということだった。
先を読んだ十三は、ミケにこう提案した。
「ミケさん、いったん状況を整理しない?」
「──……あぁ、そうだな。わかった」
言って、ミケは食い入るように見つめていた画面から目を離し、眼鏡を外して目をこすった。
「ミケさんが視たところによると、飛び降り自殺をした配信者と、首を吊った四人の目のなかに、共通してハエのような虫が映り込んでいるという。その虫は、ミケさんには視えてるけど、オレには見えていない、つまり霊的なナニカと思われる。死んだ五人の人間は東京と北海道、離れた地点におり、接点もなかった。この虫は、仕入れの段階で、ハングドマンには見えていなかったが、今は視えているという。つまり……」
「つまり?」
十三は、一拍置いて、続けた。
「……つまり……不可解な五人の死は、アプリに原因があるとみて間違いない。しかし、そういう力を持っていなかったはずのアプリが、途中から力を得た。……つまり”件”ではなかったものが、途中から、”件”に進化した……?」
「……!!!」
ミケは、絶句していた。
無理もなかった。自分で推論を口にしながらも、十三は慄然としていた。
”件”──呪いの力を振りまくモノ。死者の思念、あるいは生者の怨念が物体に取り憑く、あるいはそれ事態が物体として具現化したモノと、十三は思っていた。
だから、考えたこともなかった。
生き物のように、”件”が進化するという可能性を。
「いや……でも、確かにあり得ない話じゃあない……! 心霊写真や動画で、写っていたモノが変わっていくってのはよく聞く話だ……! こいつも、そうだったってことか……!?」
ミケが、すっかり混乱しながらも結論を出そうとしている。
「……じゃあシノ、やっぱり五人は、”件”のせいで死んだってことになるのか……?! なら、”ザキさん”に説明して、それから……!」
「それだけじゃあ済まないよミケさん……! このアプリ、”うつっちゃうんです”の登録者はたくさんいるんでしょ? なぜそのなかで、この二組、四人だけが死ぬことになったのか? それを解き明かさないと、問題の根本的な解決にはならない……!」
「……クッソ、ワケわかんねー……!」
頭を抱えて苛立ちを露にするミケ。
その様子を見て、逆に冷静になってきた十三は、事態の収拾を試みることにした。
「……ミケさん、まず、この場を切り抜けることを優先しない? 一度会社にこの件を持ち帰って、社長にも相談しよう。そこから、みんなで対策を考えるんだ。……今この場で、ザキさんに説明するのは、オレに任せてもらっていい?」
「そ……それは、いいけどよ……。ホントのこと、そのまんまザキさんに話すのか? ただ話したって、マジで賠償請求されて終わりだぞ?」
「大丈夫。やってみるよ。──ミケさんは、その動画のデータをスマホに移しておいて。会社で社長に共有できるように」
「……あぁ……、わかった……」
十三はミケを残し、編集室を出た。
その間に、そっと呼吸を整える──正念場だ。
続きは明日の夜公開します。




