3章3話・6
十三とミケが”作戦”を始めて、一ヶ月が経とうとしていた。
世間は8月。もはや酷暑は限界を超え、地球全体がサウナのような様相を呈している。
「んじゃ、あらためて一ヶ月ご苦労サマ。かんぱーい」
「ういー」
そんな拷問のような天気のなか、十三とミケは、残業終わりの昼から、酒を飲み交わしていた。
今日のミーティング場所は、チカの店”サミング”だった。
売上高の確定と、あわせて十三の月次締めが終わったので、ささやかな打ち上げを兼ねていたのだ。
二人を車で送ってくれたチカは、気を遣って先に帰った。
かわりに茅絵という、以前にも会った、ママさんバレーの選手っぽいマスターがカウンターに立っている。
今回もありがたいことにチカのおごりだというので、ご好意に甘えて遠慮なく酒を頼むことにする。
「茅絵さん、ビールお願いしまーす。……ミケさんは?」
「レモンサワーで」
「はい、ビールと……レモンサワーね。それじゃあ先に、お通しどうぞ」
愛嬌の良い笑顔を浮かべた茅絵が、すぐにお通しを持ってきてくれる。今日はもやしと青菜のナムルだ。ほどなくして二人の注文した酒も到着する。
「ほいじゃ、かんぱーい」「ういー」
十三とミケは、グラスを鳴らして乾杯した。
──十三とミケの始めた小売商売は、堅調な売上があがっていた。
納得できる買い手を選び、営業をかけて、”件”を売る。決して大きな売上ではないものの、続けていけばそれなりの利益にはなる見込みだ。
そうはいっても、売上高はオークションの十%にも満たない。
それが、ミケには気に入らないらしい。
「地味じゃねー?」
持ち込んだタブレットの売上表のファイルを眺めて、頬杖をつくミケの顔には、不満がありありと映っていた。
十三はビールで喉を潤した後、ミケに釘をさす。
「でも、ミケさんグラフ見てよ。着実に右肩上がりで売上はあがってる。続けていけば、年間でそれなりの収支になるよ」
「お前は慎重すぎンだよ。こんなチマチマ稼いでても、たいして利益にはならねーだろ?」
「ミケさんが焦りすぎなんだよ。成果は出てるんだから、このままでいいでしょ。時には回り道も必要だよ」
「んなこと言って、ウチの商売パクってくる専業が出てきたらどうすんだよ。今のオレらに機動力はねぇんだから、同業に真似されたら競り負けるぞ。それに世間のトレンドだってあンだからよ。チマチマ稼いでたら、このホラーブームが終わっちまう」
「……その言い方、矢馬さんソックリ」
「うげ」
ひどく嫌そうな顔をするミケ。ミケは矢馬の名前を出すとひどく嫌がることを、十三は学習していた。かつて借金の首が回らず、矢馬組の手で海に沈められそうになったときの思い出が蘇るのだろう。
カウンターパンチを放った側の十三だったが、痛快ではなかった。ビールの泡で唇を湿らせて、ミケと同じく渋い顔になる。
「まぁ、ミケさんの気持ちもわかるけどねぇ……」
──十三も、ミケの言うことは一理あると思っていた。
十三自身も、現状に満足しているワケではない。
もっと利益を得たい。もっと手を広げて確実に稼ぎ、社長に認められたい褒められたい頼られたいと思っている。
だが、そういう状況だからこそ、バランスが大事だ、とも考えていた。
まだ十三は社会人経験の浅いヒヨッコだが、それでもビジネスというものは繊細で、恐ろしいほどにタイミングに左右されるということを、痛感していた。
しかしアクセルとブレーキをベタ踏みは出来ない。
もっと突っ走るか、現状維持でいくか、判断に悩むところだ。
十三はため息をついた。
「……ビジネスって難しいね、ミケさん」
「だな〜〜……」
二杯目のバイスサワーを煽ったミケは、天井を仰いで改めてぼやいた。
「は───……もっと稼ぎてぇなー」
「だねー……」
十三も心から同調した。だが、同調に次ぐ言葉は、どうも見つからない。
行き詰まった二人のもとに、ひとりニコニコ笑顔の茅絵が、ネギのたっぷり乗った皿とタンブラーを持ってやってきた。
「はいお二人さま、おかわりどうぞ」
頼んだ覚えのない品を見て、ミケが茅絵に尋ねた。
「茅絵さん、なんスかこれ? 頼んでないスけど」
「電気ブラン。それと、ステーキ。サービスよ。アンタたち腑抜けた顔してるから」
茅絵はゆるふわパーマを耳にかけて、にっこりと艶っぽい笑みを向けた。
この茅絵という女性、チカと同世代で同じような背丈なのに、妙に色っぽい。チカは竹を割ったような豪快な性格だが、茅絵は真逆で、気配り上手の穏やかな女性だった。俗っぽく例えるなら、人妻の色気を放っていた。
その、人妻っぽい茅絵が、おっとりと諭してくる。
「煮詰まったときは、少し頭切り替えないと。いいアイデアも浮かばないでしょう? ね? シノくん」
「ありがとうございます茅絵さん。ごちそうさまです」「……あざっす。そういうことなら、頂きます」
茅絵のご好意に甘え、十三とミケの二人はタンブラーをそれぞれ手に取った。
脳髄に染み渡るような電気ブランを呑んだ十三は、割り箸に持ち替えて皿のなかを摘んだ。
たっぷりのネギに隠れていたのは、薄切りにされた牛肉のステーキだった。青ネギと、スライスされたニンニクと一緒に食べると、コクがあって実に美味い。
「うめ〜〜。居酒屋で肉とか食うの久しぶり〜」
「こんなメニューあるんスね。知らんかった」
ステーキを噛み締めている十三とは対象的に、ミケがしきりに関心していた。茅絵がふわりと笑って答える。
「メニューっていうか、お惣菜仕入れてる業者さんが試食で持ってきたものなの。こういうの、お店で出してみませんかって」
「惣菜? 店のメニューってぜんぶ手作りなんじゃないスか?」
「ううん。結構既製品が多いのよ。そういう飲食店って多いわよね、シノくん?」
「え? まぁ、はい」
水を向けられた十三も話に混ざる。
「ぜんぶ手作りって店ももちろんあるだろうけど、サイドメニューとかは外注品使ってることも多いよ。手が回らないし、経費も抑えられるしね」
「へ───知らんかったわ……。……外注、ねぇ……」
ミケは電気ブランに口をつけながら、意味深に呟いている。
十三は、そんなミケの様子の変化を感じ取った。
ミケは普段はチンピラだが、仕事モードに切り替わると顔つきが変わる。
先ほどまでは酔っ払いモードだったミケの顔は、今は完全にお仕事モードに切り替わった。
──どうやら、何かを思いついたらしい。
ミケがどういう答えを出したか、十三は今この場では聞かないことにした。
ミケの脳内でポシャったなら誰にも言わないうちに御蔵入りにするだろうし、実行するならやり遂げるだろう。どのみち、いずれわかることだ。
──十三の予想どおり、その答えは、翌週に明らかになった。
出社した途端、ミケは「シノシノシノシノ」とタブレットを小脇に挟んで突撃してきた。その顔は、かつてないほど目が輝いて生き生きとしていた。
「ちょちょちょお前来て!」
「なになになになに! こわいこわい!」
「いいからいいから! ちょっと来いって!」
そう言って無理やり十三を屋上まで連行したミケは、タブレットを突き出して言った。
「見ろよこれ! この売上!」
誇らしげなミケが提示したのは、新規の契約書だった。
そこに書かれた契約金は、七桁万円。
十三は飛び上がって驚いた。
今までの”件”とは文字通り桁違いの金額だ。
「えっ、えっえっ?! これなに!? どうしたのなに売ったの?」
「それがさー」
得意げなミケ曰く──。
続きは明日の夜投稿します。
「哲也」の豚の生レバ、食べたいです。




