3章3話・5
社長からの信任を受けた、その日の定時終わり。
帰宅した”とら”とチカを見送ると、十三とミケはさっそく、話を詰めることにした。
打ち合わせスペースで向き合い、PCの準備をする。チカが差し入れと寄越してくれた、サンドイッチをつまみながらの会議だ。
「んじゃ、始めようか、ミケさん」
「ん」
今日の始業前、棺に提出したのは、社内用のプレゼン資料で、中身の精査はしなかった。
今回は、もっと具体的に中身を詰めていこう、とミケと方針づけた。
まず、現状の確認。
現在、ヤードで管理している商品のうち、高い価値があるものはオークションにかけられている。
この一連の売買は”上”、つまり矢馬とその部下が仕切っていた。
常連客への宣伝、会場の確保、人員配置……。
そのオペレーション全てを、矢馬組──表向き、イネイブラー・パートナーズという名のフロント企業──が管理・運営しているという。
一方、大して良い値段のつかない商品も、ヤードには在庫として多数眠っていた。
ハングドマンの見立てによると、単価にして数千円から数万円程度。”件”を売り捌くには手間と時間がかかるので、今までほとんど手つかずだったようだ。
これを、十三とミケは、こっそりと売り出すつもりでいた。
さらに、ミケが整理してくれた顧客情報を二人で精査する。オークションには出せない、”小粒”の商品の買い手を見つけるためだ。
ミケはすでに、六王子住職の知り合いの配信者から情報を得て、おおまかな顧客リストをつくっていた。
ミケはそこからさらに、顧客ひとりひとりの詳細なデータを集めていくつもりだという。
どれほど自由に動かせる資産を持ってるか、”件”収集にどれほど熱意があるか、どういう理由で欲しがっているか、口が固いか──。
この情報を元に、十三とミケは二人で、営業をかけていく相手を絞ることにした。
”件”の買い手候補は、数多いる。
占い師や、新興宗教の教祖。配信者。イタズラ目的で買いたいヤツも数多いる。
問題は、そういった候補者全てを客にするか否か、の判断──。
「うーん」
十三がメモ用紙にシャープペンを走らせ、悩んでいると、ミケが尋ねてきた。
「な、シノぉ、お前の方向性は? なんかアイデアある?」
「お前って呼ぶな。……最優先は、まず信頼できる相手か、かな」
そもそも、ヤードは裏稼業なのだ。古物商の資格は持っているし、帳簿もつけているが、叩いて埃が出ない身か、と問われれば目が泳ぐ。
目をつけられたくない相手はたくさんいる。たとえば国税庁とか、国税庁とか、国税庁とか。
そういったアングラな面まで見透かそうとする生真面目な客とは関わりたくないし、内情をリークされでもしたら厄介だ。その瞬間に、矢馬に見つかってゲームオーバーとなるだろう。
逆に、口が軽い相手、信用のできない相手も避けたい。支払いに遅れるのは論外だ。
なので商売するなら、出来るだけ物わかりがいい、誠実な相手を選びたいところだ。オカルト好きの──。
十三は顔を思いきりしかめてボヤいた。
「……いや、これ難易度高くね? そもそも、オカルト好きって時点で人間性どうなの?」
「お前それ偏見。ホラー好きは優しい人多いらしいよ。知らんけど」
他人事のような口ぶりで、ミケはグミを食べながら話し続ける。
「まぁー、常連になってくれるにこしたことはないし、カネ持ってて、コンスタントに仕入れてくれる客が一番ありがたいよな」
「となると、やっぱ配信者狙いかな?」
「だなー」
動画配信者、と十三はメモに書いた。頭のなかをまとめる時は、PCよりもアナログ派だ。
「じゃあ、具体的にどういうヤツから攻めればいいのか……」
「配信者っていってもさー、玉石混交だぜ。学生あがりでそのまま大金持っちゃったヤツもいるからさ。社会常識ないやつ結構多いんだわ。オレみたいに」
「自虐かよ。……うーん、でも確かに一理あるなぁ……」
シャープペンをぐるぐる走らせて悩む十三。
「……ねぇミケさん、そういうヒトってどう判断したらいいの? 目安とかない?」
背もたれに体重をかけたミケが「んー」と唸る。
「……配信者なら、副業でやってるヤツのがいいかなーと思ってる。本業が社会人なら、常識はあるし、生活リズム固まってるからレスポンスも早いっしょ。あとは動画が炎上したことないか、も目安になる。バッドが多めについているやつ、コメントが常に荒れてるやつはリストから外す。若すぎるヤツも外しといた方がいい」
「なるほど……。じゃあ例えば、この人はどう? 港区タワマン住まいでカネはありそうだけど」
「あぁ、有名なホラーコンテンツ運営者だな。こいつ、ベンチャー出身で人脈は広そうだけど、そのぶんリスクがあるかも」
「リスクって?」
「こいつのSNS見てみ。写真アップするたびに新しい高級時計に付け替えてる。高級車も数台持ってるって前に自慢してた。金遣いが粗すぎるし、プライド高くて見栄っ張りだろ。それに女もとっかえひっかえで遊んでるってウワサもある。人間関係のトラブルが多いヤツは、誠実さがない。そういうヤツと取引しても、いつか足引っ張られる。だろ? だから関わりは避けたい」
「うーん……。なるほど、了解……」
十三は、内心、ミケの情報収集力と分析力に舌を巻いていた。
打ち解けて話してみると、ミケは意外にも素直で、仕事熱心だった。そして、頭の回転が早い。
十三ひとりではぼんやりと雲を描くようだったスキームも、ミケのアイデアと知識でどんどんと固まり、現実味が帯びていくのがわかった。
そうして、砂の城が固まっていくように、十三とミケの二人の間で、あっという間にターゲット層と営業方針が固まっていった。
めぼしい顧客のリストが固まってきたとき、時刻は昼前になっていた。
すでに定時を、四時間超えてしまっている。お互い、頭のキレも鈍くなってきたところで、口を合わせることもなく今日の営業の終わりを意識していた。
十三は椅子に座った状態で身体をほぐしながら、ミケに提案する。
「疲れたー……。ねぇミケさん、今日はこの辺にして、そろそろ帰んない?」
「あァ、いいんじゃね? お疲れサン」
「え? ミケさんは残るの?」
「あぁ。今日出たアイデア、忘れないうちにまとめたいし。もう少しだけ残ってくわ」
「ええー社畜かよー」
「お前が言うなし」
ミケが呆れたように言って、さっさとタブレットを片付けて自席に戻っていった。十三もそれに倣う。
ついでに打ち合わせ卓を片付け、除菌タオルで拭いてキレイにして掃除機で吸ってお掃除完了だ。
共有部の片付けを終えてから、十三自身の片付け支度を始める。通勤カバンに荷物をまとめ、自席でエナドリを呑みながら集中モードに入ろうとしているミケに挨拶した。
「じゃね、ミケさん。お言葉に甘えまして、お先に失礼するねー」
「んー」
ミケからのそっけない挨拶を背に、十三は事務所を後にした。
──仕事中は、スムーズに会話できるんだけどな。
階段を下りながら、十三はぼんやりと思った。
打ち合わせ中は言葉のキャッチボールが上手くいっているが、オフになった途端に、ミケはそっけなくなる。
単に仕事以外のことに興味がないのか、それとも十三に興味がないのか。寂しいワケではないが、なにかモヤモヤする十三だった。
あれこれ考えているうちにビルを出ると、外はすっかりランチタイムの風景になっていた。
むせ返るような盛夏のもと、顔を真っ赤にして暑そうにしたサラリーマンや、日傘を差したOLが、道路沿いの飲食店に足早に向かっていた。よくもまぁ、こんな暑いのに外に出て食うもんだ。これもサラリーマンの悲しき性か。
──オレも昼、食ってこ。
会社から十三の家までは、電車を乗り継ぎして一時間以上かかる。乗り継ぎの間に空腹の限界が来そうだ。
迷った末、十三は会社の近くのカレー屋に入ることにした。ごはんどき、この店はいつも行列が出来ていると、以前チカに聞いたことがあったのだ。
一番人気だという牛すじの入ったカレーを食べる。チカから聞いたとおり、カレーはスパイスが利いていて絶品だった。
会社にこんなに近くて美味しい店があるなら、いつか社長ともぜひ食べに来たいな、と思ったとき、
──ふと、十三は思いたち、帰り際にテイクアウトのカレーをふたつ頼んだ。
ミケとも、ようやく打ち解けてきたところだ。
会社で残って仕事をしているミケ、それと棺のために、差し入れをしようと思った。
テイクアウトのカレー二つ入った袋をぶら下げ、十三は会社に戻った。
ビルの階段を登り、事務所の扉を開ける。
しかしそこに、さっきまでいたはずのミケの姿がなかった。
「あれ? ミケさーん」
帰ったのか、と思ったが、机のうえには開きっぱなしのPCがあった。エアコンも点いたままだ。まだ、ミケは会社のどこかにいるらしい。
十三はミケを探して、まず喫煙スペースがある屋上へ行ってみた。そこにも姿がないことを確認して、次は三階と下っていく。
三階は、休憩室やシャワー室などがあるスペースになっている。
といっても、社員たちは滅多に立ち寄らない。自宅にたまにしか帰らないという棺の、実質的な居住スペースになっているようで、社員たちは遠慮していた。
そこに、ミケが何故かいた。
「……まぁ、順調。なんとかなりそうじゃない?」
「ふゥん。そうなんだ」
「なんで? 心配してんの?」
「いや、そういうワケじゃないけど。一応。ヒアリング。社長だし」
テーブルに座って、動画をBGMがわりにかけて談笑しながら、カップラーメンを食べている。
棺と、一緒に。
「……社長、ミケさん……」
呆然としながら扉を開けた十三を見て、まず、ミケが目を丸くしていた。
「あれ? お前、帰ったんじゃねーの?」
「いや、差し入れ……」
袋を提げて答えつつ、ちらと棺に視線を送る十三。
「……」
棺はラーメンを食べながら、驚いた顔で十三を見つめ返していた。
「……?」
ミケは十三を見て、なぜそこに立ち尽くしているのかわからない、という顔をする。
「……」
棺は黙りこくる十三を見て、気まずそうに口を閉ざしている。
「……」
十三は、二人の間にあるカップラーメンと、麦茶と、間に流れる空気を感じ取って、言葉が出なかった。
三人の間に、不思議な沈黙が落ちて、巡って、循環した。
誰もが次の手を決めあぐねるなか、十三が選択したのは、撤退、いや逃亡の二文字だった。
「……じゃ、お疲れサマでーす」
扉を閉めて、そのままオフィスから出ていく十三。
「……」
今度は寄り道せず、まっすぐ駅に向かい電車に乗り込んだ。一時間の道のり。乗り換えは一回。快速列車は平日昼間なのに、身動きが取れないほどに混んでいた。
そのときになってようやく、せっかく買ったカレーを、渡しそびれてしまったことに気づいた。
カレーは、冷凍して三日かけて食べた。
炎天下のなか一時間以上も持ち歩いたせいか、少し、腹を下した。
続きは明日の夜投稿します。⇨少し修正を加えるので、12日夜に投稿します。




