3章3話・2 飲みニケーション
ほとんど電車通勤のヤードの面々のなかで、チカだけは会社の近くに駐車場を借りて、自家用車で通勤していた。
そのチカの帰り足に乗っかる形で、十三とミケは、中央線沿線の飲み屋街までやってきていた。
都内でも有数の、多くの飲み屋が集まる町だ。それでも、朝6時まで開いている店は珍しいだろう。
多くの店がのれんを下げているなかで、その店は、灯りをつけて客を出迎えていた。
カフェ兼ダイニングバー、”サミング”。
カウンターとテーブル席が十席ほどの、小さな店だ。十三の実家の小料理屋よりは広いが、小上がりや座敷はなく、宴会などが出来るほどの広さはない。
店内には赤ちょうちんが提がり、「お酒は楽しく」「呑んだら飲むな呑んだら絡むな」「仏の顔も三度まで ツケ払いは一度まで」と手書きの標語が壁に飾られている。
並んでいるメニューは多国籍であり無国籍。するめやエイヒレ、サムギョプサルに生春巻き、おでんや麻辣湯などが並んでいる。
つまみはカオスだったが、酒類は豊富で、ビール、焼酎、サワー、ワインに日本酒、フグのヒレ酒にハブ酒まで、一通り揃っている。個性的な店主の顔が見える店だと十三は思った。
その、店主らしき女性が、客のいない店内でひとり、カウンターでグラスを磨いていた。
妙齢の穏やかな女性は、チカを見るなり、「おかえり」と微笑んだ。チカと同世代の、ゆるふわパーマをした色っぽい女性。早朝の居酒屋よりも、昼間の花屋か、キッチンが似合う雰囲気の女性だった。
「智絵、あがっていいよ」店に入るなり、チカが店主に言う。店主は安心したという顔で頷いた。
「そうさせてもらう。冷蔵庫にポテトサラダ残ってたから、よかったら食べちゃって」
そう言って、智絵と呼ばれた女性はチカにエプロンを手渡した。
そのとき、智絵はチカの後ろにいた十三とミケの存在に気づいたようで、にっこりと笑って会釈をしてくる。
「あらいらっしゃい、ミケちゃん。ごゆっくりね」
「ッス」
ミケは智絵とどうやら顔見知りらしかった。十三が会社に来ても挨拶一つしないのに、智絵には会釈している。そうかキミはそういうことをするんだな、と十三は思ったが、十三は心が広い男なのでわざわざ口に出さない。
智絵がバックルームに去っていったあと、チカがエプロンを着けて、グラスを並べながら十三たちに言った。
「ミケちゃん、いつもの炭酸みかんサワーでいいよね?」
「ういーッス。それでオナシャース」
「シノくんは何がいい? 好きなの呑みな。あたしのおごり」
「えっ? いいですか?」
「いいんだよ。ここ、チカさんがオーナーやってる店だから」
メニュー表を裏返して見ていたミケがそっけなく言う。
じゃあ、と十三は壁にかかっているメニューを見て、目についたものを咄嗟に頼んだ。
「ハイボールでお願いします」
「了解。じゃ、これでも食べて待ってな」
そう言って、チカは冷蔵庫から山盛りのキャベツの乗った皿を取り出し、四人用テーブルの真ん中に置いた。ここに座れ、と言外に告げている。
同じく察したミケが、四人がけの上座にどっかりと腰を下ろしたので、十三はその斜め向かいに座った。
──同じテーブルに着席したものの、ミケは何も喋らないつもりらしい。
席につくなり電子タバコで一服すると、それきり黙る。十三と決して目をあわせず、ピアスをいじったり落ち着かない様子だった。
それは十三も同様だった。
紙タバコに火を点けて一服中、ミケの様子をちらちらと窺いはするが、会話のキッカケが見つけられない。
──嫌われてるのか、あるいは興味がないのか。
いずれにしても、ミケが十三とのコミュニケーションを拒絶しているのは、明白だった。まだ、おっかない顔をしておっとりした性格の”とら”の方が、話しやすい。
「はい、みかん炭酸サワーとハイボールお待ち」
そのタイミングで、二つのドリンクを持ったチカがテーブルにやってきた。十三とミケの分のドリンクを置くが、チカのぶんは持ってきていない。それどころか、テーブルに着席しようともしなかった。
不思議に思った十三は、チカに尋ねる。
「あれ? チカさんは?」
「あたしはカウンターで飲む。あんたらの邪魔できないからさ」
「はあああ〜〜〜? 誘っといてそれスか」
「ブーたれないのミケちゃん。……ま、アンタらも呑んで酔えば、そのうち腹を割って話せるでしょ! 今日は好きなだけ呑んで!」
激励したチカは、宣言どおりカウンターに座って、グラスに並々注がれた焼酎を煽っている。卓にはポテトサラダやおつまみが置かれていた。
こちらに背を向けて、完全に一人酒を楽しむ姿勢だ。呆れた十三は、観念してミケに聞いた。
「……だってさ、ミケさん。どうする?」
「……出された酒は飲む。そんで速攻帰る。それでいいだろ」
盛大なため息をつき、ミケはサワーの入ったジョッキを煽っている。
どこまでもそっけないミケの様子を見て、十三も会話を諦めることにした。
相手が乗り気じゃないのに、無理やり打ち解けようとするのもバカバカしい話だ。お互い大人なんだから、我慢我慢だ。
心を決めた十三は、ハイボールを胃に流し込んだ。──今日一日、本当に色々なことがあったが、酒を飲めば大体のことは忘れられるのが十三の長所だった。しばし、酒とつまみに集中することにする。
夏の暑い日、仕事終わりの朝から飲むハイボールは、実に最高だった。
爽やかな喉越し、ほんのり酔えるアルコール、チタンタンブラーでキンキンに冷えた温度感。時折、何かの気まぐれでビールに飽きたとき、そんな日はハイボールだ。濃いめ、薄め、いろんな調整が効くのが良い。コークハイや緑茶ハイなど、カジュアルにアレンジを利かせられるのも良い。
目の前でクソを踏んづけたようにぶすっとした顔をした同僚がいても、キンキンに冷えた夏の一杯は格別だった。
そうしているうちに一杯目を飲みきった十三は、空になったタンブラーを傾けてチカに声をかけた。
「チカさん、おかわりくださーい」
「ペース早ッ」
一方、サワーをちびちび呑んでいたミケが、十三の飲みっぷりに驚愕している。
十三はタンブラーの氷をカラカラ鳴らして、ちんたら呑んでるミケを煽った。
「呑まないとやってらんないよ。ほらミケさん、キャベツ。キャベツの固いとこ食べな」
「……食うけどよぉ……。チカさーん、他にもっと、腹に溜まるもんないんスかー?」
「んー? ハムステーキでも焼いたろうかー?」
「お願いしま〜す。からしも一緒に。あとエイヒレも」
チカがキッチンに入った頃、十三は首を傾げてミケに尋ねた。
「エイヒレ、好きなの」
「あ? 別にいいだろ」
「別にいいよ。別にいいけど? みかんサワーとエイヒレは、食べ合わせとしてどうなんだって話だよ」
「うっせーな。好みなんだからどうでもいいだろ。絡んでくんな」
「好みじゃなくてポリシーの問題だよ。酒飲みとしてのポリシー」
「うッぜ。つうかなんでお前タメ口なの? シノよりオレの方が先輩なんですけど」
「いやいや……ミケさん、ミケさんよ、オレの方が年上。ね、と・し・う・え」
「は〜〜〜? 職歴長い方がエライに決まってんじゃん。……チカさん! どう思います〜?」
「おいチカさんに振るのはナシだろ」
「あ〜〜? なんかわかんないけど仲良くしろーい!」
「もう出来上がってるよこのヒト……」
「んじゃチカさん、仲良くするんでドリンクおかわりお願いしま〜す。〜〜ええと、焼酎ロックで!」
「あ、オレも。みかんサワーおかわりくださーい」
「あいよ〜待ってな〜」
ミケが二杯目、十三が三杯目のグラスを空にした頃。
ずっと受け身だったミケが、ここで攻勢に出た。
「……つうかシノ、お前さ、新入りのクセにバタバタ動きすぎじゃね? もっと大人しくしてろよ」
まさかのダメ出しの先制パンチ。
だが、酒の力でブーストされた十三が、黙っていられるはずがなく、すかさずカウンターをお見舞いする。
「大人しくできるんならしたいっつーの。ミケさん、オレがどんだけ仕事抱えてるか知ってる?」
「知ってるよ。知ってっけど、オレから言わせると無駄が多すぎ。やらなくていい仕事まで抱えてアタフタしてるだけ。お前ぜったい、自分仕事できると思ってるでしょ?」
「思ってねぇよ!? ……いやちょっとは思ってるよ!? だって社長にも褒められてるし!」
「だからお前はしゃちょーしゃちょー気持ちわりぃんだって。マジ引くわ」
「気持ち悪いのは知ってますぅー。でもいいんですうー。オレもうこのキャラ通すって決めたから」
「開き直んな! 改善しろ! ッぜーんだよ!」
「いやだね! 社長に拒否られるまでは続けるから!」
「きんも。言っとくけど、お前絶対社長にもウザがられてるからね、内心」
「はあああ! お前が社長のなに知ってんだよ! おい表出ろっ!」
「こいつバッカじゃねーの! チンピラムーブやめろ!」
「だってチンピラだし! 反社の手先だし!」
カウンターでチカがゲラゲラ笑ってる。
「おもしれ〜こいつら。いいぞぉもっとやれーっ! 殴り合えー! キスしろ抱き合え堀りあえーっ!」
「最低だよこのヒト!」「最低だなチカさん」
十三とミケが異口同音、チカに不満を漏らす。
それを聞いたチカが、また高々と声を挙げて笑っている。
次は明日の夜掲載予定です。




