3章3話・1
職場とは不思議なモノで──。
何もない時は凪いだように静かで平穏無事に一日を終えるのだが、何かが起こる時は怒涛のようにトラブルが起こるのである。
「──社長、こんなんおかしくないスか!!? 納得いかないッスよ!」
早朝、五時。
十三が矢馬との謁見を終え、”とら”と共にオフィスに戻ると、ミケが棺に詰め寄っていたところだった。
いつも苛ついているミケだが、今の剣幕はいつも以上に苛烈で、オフィス内に漂う空気が張り詰めているように見えた。
詰められている側の棺は黙りこくっている。遠巻きに眺めていたチカは呆れ顔をしていたが、口を挟む様子はなかった。
一方、遅ればせながら現着した十三は、二人の間にすぐさま割って入った。
いつもなら日和見を決め込んでいただろうが、棺が糾弾されている状況で、黙ってはいられなかった。
「お疲れ様でーす! 東雲十三、ただいま戻りましたー! 何かあったんですかぁ!!?」
「……あぁ、二人ともおかえり」
労う棺とは対照的に、ミケは邪魔が入った、と言わんばかりに舌打ちしている。
その、あんまりな程度にムッとする十三だったが、棺が、落ち着け、と目配せしてきたので、一旦怒りを呑み込んだ。
棺がミケの説得をはじめる。
「……ミケ、お前の話はわかった。検討してみるから、今は仕事に戻ってくれないか。シノととらも戻ってきたし、そろそろ──」
「いや、検討って段階じゃねーんスわ。こいつらだって関係してる話でしょ?」
「こいつらぁ?」あまりの言い様に再び眉尻を跳ね上げる十三。
”とら”が「まぁまぁ……」ととりなしてくるが、十三は流石に黙ってはいられなかった。
「黙って聞いてりゃオレらがなんだって言うんですかねェ! こちとら疲れてんスよ! 因縁吹っ掛けられて黙ってらんないでしょお!?」
しかし、ミケも大人しく引き下がらなかった。十三を真っ直ぐに睨みつけたと思えば、口汚く罵倒してくる。
「テメーの都合なんて知らねーよタコ!」
「タコォ!? テンメ〜〜!!! 黙って聞いてればよォ!!」
「こっわ……」「シノ落ち着け、キレんな……」
カタギ二人の剣幕に、背中に入れ墨のある二人が怯え出している。
しかし一度火のついた十三は止まらず、さらにミケに詰め寄った。
「こっちはなあ! 舌引っこ抜かれるトコだったんだぞ! やっと会社に帰ってきて慰め──ゆっくり休もうと思ったのによォ! 社内がゴタついてればそりゃキレたくもなるだろうが!」
「はあっ……こいつマジめんど。んじゃあ見ろよ、これ」
ミケは面倒そうに言って、自身のPCを示した。
ミケのデスクトップには、ヤードの月次会計資料が載っていた。
それを見た瞬間、十三は目玉が飛び出しそうになった。
財務諸表は経理担当、つまり十三と、社長の棺、”上”と連絡を取り合っている”とら”だけが閲覧できるものだ。
零細企業の悪い性で、ファイル自体にアクセス制限などはかけていなかった。だが他の社員が読めないよう、別のフォルダにしまい込んでいた。無論、ミケは閲覧できないはずの資料だった。
「なななななんでそれえ! ミケさんが見れてんの?! 閲覧権限ないでしょ!」
「ああ〜〜それね〜〜〜」
ずっと様子を窺っていたチカが、そのとき口を挟んだ。
「”とら”ちゃんがね〜〜ファイルの保存先、共有フォルダにしちゃったみたいでね。営業資料探してたミケちゃんが、たまたま見ちゃったんだって!」
「? ……俺、また何かやらかしちゃいました?」
全ての元凶となった男は、異世界転生の主人公みたいなことをのたまっていてまるで自覚がない。
「ゴラァ! 兄さぁん! 何やってんスかあ! やっていいことと悪いことあるでしょうがよォ!」
四方八方にキレ散らかす十三と、騒動の原因が自分だと知って「……すまん……」と小さくなる”とら”、部下のやらかしに頭を抱えている棺で、現場はカオスになっていた。
そんななか、ひとりノーダメージのチカが場を仕切った。
「あー、もうハイハイ、みんな一旦静かにしましょう。まぁそんなワケで、ミケちゃんが親会社にマージン払いすぎじゃね? って怒ってるってワケ。そうよね? ミケちゃん」
「ッス。なんでオレが持ってきた情報で稼いだうちの会社の利益が、こんなごっそり親に取られてんのか? ってハナシ。ありえなくないスか? チカさんだって、おかしいと思いますよね?」
「まぁ、ミケちゃんの気持ちはわかるけどさ〜〜。商品仕入れたって、お客さんがいなかったら意味ないじゃん? ヤードのお客さんを集めてんのは、矢馬クンと、その傘下組織のパートナーズ。オカルトマニアとかヒトの不幸を見たい変態とか、金払いのいい叩けば誇りの出る太客をね、矢馬クンの人脈で集めてるワケじゃん。だから、多少高いマージン払うのも仕方ないのよ」
「……いやだからってこの割合はおかしくないッスか!? うちの売上の何パー取られてっと思ってるんスか!」
「まぁ、実質上納金みたいなモンだからね〜〜仕方ないよね〜〜」
ミケとチカの話を黙っていた棺が、そのとき口を開いた。
「……ミケ、お前が納得いかない気持ちは、よくわかる。けど」
一瞬、棺が歯がゆそうな顔をしたのを、十三は見逃さなかった。
「……うちの組織の仕組み上、どうしようもないんだ。うちは──」
そこで、棺はまた言い淀みかけたが、やがて部下たちを前に、はっきりと告げた。
「親がいなければ、何も出来ないんだ」
気まずい沈黙が、社内を包む。
「……社長……」
十三はもとより。
”とら”も、チカも、棺になんと言うべきか、答えを出しあぐねているようだった。
「……だからって──」
唯一、なおも追求しようとするミケの腕を、十三が強引に引っ張った。
「まぁまぁまぁまぁ! ミケさん! もうすぐ定時ですし、帰りましょう! ねっねっ」
「はァ!? 勝手に決めんじゃねーよ!」
「わかった、じゃあこうしよう!」
再びケンカになりそうなタイミングで、チカが話に割って入ってきた。
「ここで話してても、誰も納得しないしケンカになっちゃう。ありがたいことにもうすぐ定時。しかも明日はお休み。こういうときは、酒の力を借りて解決だ! さぁみんなで飲みにいくよ!」
「え」「はあ……?」十三とミケが揃ってキョトンとする。
「はい! 今日は解散! お疲れさまでした! 社長も行きましょ?」
強引にまとめたチカが提案するが、棺は首を振った。
「……いかない。お前らで行ってこいよ」
「あらそ。じゃ、またの機会にね! 先帰りまーすお疲れさまっしたー。はいはいシノくんミケちゃん、帰るよー」
「いてて」「チカさん痛ッてェスよ!」
大の男二人が、有無もいえぬままチカに出口の階段まで無理やり押し込まれる。女とは思えない、ものすごい腕力だった。
一方、物言いたげに見つめてくる”とら”に、チカは告げた。
「とらちゃんも行きたそうだけど、今日は外してね。理由はわかってるでしょ?」
「承知してます……。土産話、期待してますね……。パソコンの電源、落としときますんで……」
「ありがと。あと、タイムカードも三人分切っといてくれる? ついでにそこの荷物も取って。……ほい、ありがとー」
チカが”とら”にあれこれと指示を出している間。
十三は、横に立つミケに、ちらと視線を移した。
ミケも十三を見ていることに気づく。
目が合い、気まずくなってそらす十三。
──ろくに話したことないのに、一緒に飲み会か。
正直、憂鬱だった。
不安を覚える十三をよそに。
「よぉっし、いくぞ! 野郎ども!」
ひとりハイテンションのチカに連れられ、十三とミケは会社を後にするのだった。
次は明日の夜に投稿予定です。読んでくださると嬉しいです。




