3章2話・1
都内有数の、品の良い街として知られる某私鉄駅沿線の駅前。
バスロータリーから歩いてすぐ、個人営業の飲食店が軒を連ねる、小さな飲み屋街がある。
その一角にあるビルの地下に、ヤードの社外相談役・矢馬が待つというクラブ『ホテル・ケイオス』はあった。
内部に足を踏み入れた瞬間、十三は圧倒された。
「うわ、すげ……!」
薄暗い店内は、「クラブ」という名前から想像されるようなけばけばしい照明はなく、かわりに金剛石の輝きのような鈍色のシャンデリアが薄暗い店内を照らしていた。
天井から吊るされているいくつもの大きな鳥籠。各テーブルの仕切りには濃紫色のビロードのカーテンが垂れかかり、妖艶な雰囲気を演出している。
半個室のようなテーブルでは、服にも髪にも美容にもカネを惜しんでいない、いかにもカネを持っていそうな女性客が、まだ年端もいかない美少年たちをはべらせて、グラスを傾けていた。テーブルに置かれているのは高級シャンパンやビンテージワインのボトルばかりだ。
「シノ、こっちだ……」
「あ、すみません」
”とら”の案内で店内を奥へ向かっていくと、通りかかったホールスタッフらしき少年の一人が、十三と”とら”を見て、アイドルのように可憐な笑顔を向けてくる。
そのはだけた胸元に、べっとりと色つきのキスマークがついているのを見てとったとき、十三は遅まきながらここがどういうスタイルの店か察した。
「ご無沙汰しております、仙菊さん」
”とら”は店の奥のバーカウンターで酒を作っている、一人の人物に声をかけた。
「ああ、とらたろうクン。待ってたよ。いらっしゃい」
その人の性別は、果たして知れなかった。
エキゾチックな肌色をした、線の細い若いバーテンダー。おそらく、十三よりいくつか年上の二十代半ばから後半だろうか。
──何より目を引くのは、目元に真一文字に引かれた切り傷だった。
それがどれほど深いものか、直視を避けた十三には測り知ることが出来ない。痛々しい傷を負った瞼は固く閉ざされたまま、しかし確かに客たちに意識を向けていた。
中性的な顔は美しく整っているぶん、傷の悲壮さを印象づけた。
仙菊、と呼ばれたその人物は、目を閉じたまま口元に優しい笑みを浮かべて、”とら”にカードキーを差し出してきた。
「ヤマさん、いつものところで待ってるよ。404号室」
「ありがとうございます……。お借りします……。シノ、行くぞ」
十三は”とら”についていくまま、カウンター隣の扉へ向かう。”とら”がカードキーを認証させると、扉のロックが外れた。
扉の先にある長い廊下には、いくつかの扉が見えた。いずれも両開きの、純金の金具や彫刻が施された、豪華な扉だ。いかにも城の王族の寝室といった風情。
どこかの部屋の扉がうっすらと開いているのか、ベッドの軋む音や、鎖の音や、女の嬌声が聞こえてきた。
──本当にここが待ち合わせ場所でいいのか、げんなりとする十三とは反対に、”とら”は全くの無反応でズンズンと奥へ歩いていく。おそらく、”とら”は場馴れしているんだろう。
十三はつとめて冷静に振る舞っていたが、ここはどういった場所なのか、ここで何が起こっているか”とら”に聞きたい気持ちでいっぱいになっていた。
そのうち、廊下の突き当りの404号室にたどり着く。プレートと扉の豪華さから、VIPルームであることが窺えた。
”とら”はその扉をノックして、珍しく大声を張った。
「ヤマさん、とらです」
「入れ」
中から、男の低い声が短く返ってきた。
”とら”がドアノブを回し、扉を開いたが、中に入ろうとはしなかった。「シノ」と顎をしゃくって入るよう指示されたので、単騎で行けということだと察する。
そんな御冗談を兄さんも来てくださいヨオとすがりつきたい気持ちを必死でこらえ、十三は「失礼します……」と心から”おそるおそる”、404号室へ足を踏み出した。
そこはエスニック風の王朝の、豪華な家具が備えられた広い部屋だった。壁にかかった金刺繍のタペストリーや床に敷かれたペルシャ絨毯、チェストに飾られた金のガネーシャの置物と、神話の神々の絵。部屋全体にかかったアロマミストのせいだろうか、甘いムスクの匂いが漂っていた。中央アジアの王者の寝室、といった具合。
部屋の中央には、天蓋の垂れ下がったキングサイズのどでかいベッドがある。
そこに、一人の男が寝そべっていた。隣には、半裸の美少年が一人、寄り添うように座っている。
「よぉ──十三。会いたかったぞ、ここに座れ」
愛嬌の良い笑顔を浮かべたその人物は、ベッドの縁を叩き、隣に座るよう示した。
次回は10月3日の遅い時間に投稿します。よろしくお願いします。




