2・5章 応援上映いこうぜ! 後編
そして、応援上映当日。
夕刻の映画館。約束の時間どおり、コンセッション前にやってきた”とら”を見て、十三は度肝を抜かれた。
「兄さんどうしたんですかそのカッコ」
「なにって、サラリーマンだろ……」
”とら”は、いつもの開襟シャツのヤカラっぽいスーツスタイルではなかった。
長めの髪をピッタリと後ろになでつけたオールバック。紳士服店によくありそうな落ち着いた柄のネクタイ。ボタンを首元まで締めて着た、無地の白シャツ。なぜか休日のパパさんがつけていそうなボディバックまで肩がけしている。
”とら”のいうとおり、確かにサラリーマンらしい服装だった。ジム通いが趣味の不動産営業マンか、繁華街の黒服か、SPのように見えなくもない。ただ、色味がリクルートスーツっぽいことを除けば。
「兄さん、それは見ればわかるんです。じゃなくてオレが言いたいのは、なぜ休日に、サラリーマンっぽい格好をして、応援上映に来たのか、ってことです」
「まぁまぁ、慌てるな……。変装しているのは格好だけじゃあないんだ。よく聞いて覚えてくれ……。今日の俺の”設定”だ」
「はい。え?」
二度聞きする十三に構わず、”とら”は一息に告げる。
「俺は新宿の建築会社に務める32歳のサラリーマンでシングルファザーなんだ。一年前に嫁に三行半を叩きつけられて離婚した。二歳の娘がいて娘のために『ノラたま』のグッズを集めてる。娘には三ヶ月に一度会えるからそのときにプレゼントを渡すというテイでグッズを集めていてアニメも娘に話をあわせるために録画して見て」
「待って兄さん覚えられない覚えられない」慌てて止める十三。「突然なんスかそれ?」
「なにって、俺のここでの”設定”だよ……」
十三は一瞬黙り、
「……兄さんもしかして」
”とら”の言った言葉を咀嚼したうえで、こう聞いた。
「擬態、しようとしてるんですか……? 一般人に……?」
”とら”の広い肩がびくっと震えた。図星のようだった。
十三は流石に呆れて息を吐いた。
「そんな兄さん、どうして擬態なんか。堂々と生きましょうよ」
「そうはいかねぇんだよ……!」
しかし”とら”は必死だった。
「前……勇気を出してノラのグリーディングに行ったんだ……。そしたら周りの女子たちに『嘘だろ』って目で見られた……ッ!」
「なァるほど。それが兄さんのトラウマになったってワケですね」
「そうだ……ッ! 反社の締め出しが強くなった昨今……応援上映にこんなのが居たらダメだろ……ッ! 治安が悪いジャンルとみなされ……! 界隈大炎上だ……ッ! もし原作先生の迷惑にまでなったら、SNS封鎖、連載中止の危機にも……ッ!」
”とら”は忌まわしい記憶を振り払うように険しい顔で首を振った。
1ミリも理解できなかったが、”とら”には”とら”の事情があるらしいと、十三は理解を示した。
「わかりました。兄さんの事情はわかりました。じゃあ、目立たないようにするんですね?」
「あぁ。オマエは先輩に付き合ったノリの良い後輩というテイで頼む……」
「なるほど、そのままの設定ですね。了解です。付き合いますよ」
「オマエは頼もしいカタギだよ……。じゃあこれ、渡しておくな……」
”とら”はそう言って、ペンライト二本を渡してきた。ライト部分には『ノラ』の頭部がデザインされている限定デザインだ。
十三はそれを受け取り、ライトを点けたり消したりいじくり回した。
「へえ〜〜すげ〜〜。あっ、ここのボタンで色が変わるンすね。ライトを消すのは長押しですか?」
「そうだ。常にビカビカ光らせてりゃいいってもんじゃないんだぞ……。登場してるキャラクターの対応色をタイミングよく光らせることが肝心なんだ……」
「へえ〜〜〜ふぅ〜〜〜ん」
十三は感心しきりでぶんぶんとペンライトを振った。某スペースオペラの武器みたいだな、と思った。
”とら”から各キャラクターの対応カラーの説明を受けながら、二人で開場したシアター内に足を踏み入れた。
満席の劇場内では、先に座席についていた客たちが、賑やかに話をしていた。ぬいぐるみを着けたバッグを持っていたり、うちわなどの応援グッズを持参したり、コスプレをしている人もたくさんいた。どうやら生粋のファンたちが、応援上映には集っているらしい。
客の9割は女性のようだった。客同士でもずいぶんと交流があるようで、お土産を渡したり、連絡先を交換している人もいる。この中では、確かに”とら”の存在は浮いてしまうだろう。
「お客さん、いっぱいですね」
「あぁ、さすがノラだな……みんなの人気者だ……」
”とら”が取った座席は、一番うしろの席だった。あまり目立たないように配慮したのだという。
シアターの階段を登りきって座席に座り、予告編を眺めている頃、ひとりの女性がやってきて、「あのう」と遠慮がちに声をかけてきた。
女性は愛嬌の良い笑顔を浮かべながら、両腕にかけたタンバリンを持ち上げて、十三たちに尋ねてきた。
「タンバリン、貸し出ししてるんですけど、よかったら使いますか?」
少しふっくらとした顔の、髪をビビットなピンクに染めている若い女性だった。キレイに切りそろえた髪に、ノラのヘアピンをつけている、いかにもサブカル通のオシャレな女性。
通路側に座っていた十三は、”とら”が小さく頷いたのを視線の端で見て取った。使いたい、という”とら”の意思を感じた十三は、「はい。ありがとうございます」とお姉さんにお礼をし、タンバリンを二つ受け取る。
「ありがとうございます。はい、兄さんの分」
「あ、あぁ……ありがとうよ」
「おニイさんたち、初参加ですよね?」
女性に声をかけられた”とら”は、地蔵のように固まって黙っている。
十三は代わりに答えることにした。
「はい。そうなんですよ」
「わ〜初見さんだ。いらっしゃ〜い。お兄さんたちはおなじ職場の方ですか?」
「えぇ、まぁ。お姉さんは、スタッフの方ですか?」
「いいえ、ただの『ノラたま』好きの一般人です。応援上映に毎回通ってたら、スタッフさんから手伝いしてくれないかって声をかけられまして……。団長なんて呼ばれちゃって、こうやって色々やってるんですよ」
「へェ〜そんなこともあるんですね〜」
「おニイさんたちは『ノラたま』のファン? 男の人って珍しいですよね」
十三がなんと答えるべきか悩んでいると、”とら”がここぞとばかりに口を開いた。
「ええ私は普通のサラリーマンなんですが娘がいまして娘の代わりにきた次第です」
いつもおっとりボソボソと話す”とら”が、早口に語った。
”団長”は動じる様子もなく、すんなり理解を示した。
「なるほど娘さんが。今日は連れてきてないんですか?」
「ええ娘はまだ二歳なもので家で留守番させているんです」
「それは残念ですね……今日で応援上映は最後なのに」
”団長”はしんみりと呟いた。
さすがに聞き逃がせなかったらしい”とら”が前のめりになった。
「さ、──さささ、最後?」
「えぇ、もう一年間も応援上映続いてましたから。劇場側も潮時だろうと……」
ちょうどそのとき、予告編が終わった。劇場からの広告で、「応援上映のマナー講座」が流れはじめている。
”団長”が「楽しんでくださいねっ」と頭を下げて自席に戻っていった。
「そ、そんな……。今日は様子見で、これから応援上映のコールに慣れようと思ったのに……」
”とら”はこの世の終わりのような顔をしていた。よほどショックだったらしい。
「残念ですね。でも、最後の回に間に合って良かったんじゃないですか」
「……そ、そうだな……悔いが残らないよう、応援しないとな……」
十三がとりなすと、呆然としていた”とら”もなんとか気持ちを切り替えたようだった。
そのうち、映画が始まる。
映画『ノラたま』のストーリーは、ノラが仲間たちと突然異世界に召喚されるという展開だった。
圧政と暴力で世界を支配するボス・ナ王を倒すため、異世界の仲間たちと力をあわせる、という子供向けアニメ映画によくあるストーリーだ。
「がんばれー!」「ノラ、いけー!」
ナ王の配下・にゃんこ極悪六聖に立ち向かうノラと仲間たちに、観客たちが応援をしている。
サイリウムを振り、タンバリンを鳴らして、倒れそうなときは「立ってー!」「まだいけるー! 負けるな!」などと声をかけている。
みんな真剣だなぁ、と十三は思った。ニワカで初見の十三は、口を挟むことはせず、拍手をするに留まった。
十三は映画ならどんなものでも楽しく観られる映画ジャンキーなので、作画や声優の演技のレベルの高さを楽しめていた。
だが、ファンのはずの”とら”はむっつりと黙りこくって、動こうともしない。
十三はこっそり囁いた。
「どうしたんですか、兄さん。せっかくの応援上映なのに何もしないで……」
「いいんだよ……」
「でも、今日で終わりなのに。──もしかして、恥ずかしくなったんですか? 応援」
「っ……!」図星を突かれた、という顔をする”とら”。「…………あぁ……そうだよ……」
やっぱり、と十三は納得した。
「そんなことだろうと思った。ほら、あっち見てくださいよ」
十三はこっそりと前方の観客を示した。
最前列の女性たちが、ノラの攻撃のタイミングに合わせて見事なペンライト捌きを見せている。
「あの見事なペンライト捌き。あれはもはや一芸ですよ。ほら、あっちのヒトだって」
次に十三は斜め前に座る五十代ぐらいの男性を示した。ノラの仲間内で一番弱虫のランが倒れるシーンで、泣きながら声援を送っている。
「ワアア───!! 頑張れっ! ラン───!!!」
「な、泣いてる……ッ!」
「ソロで来てるのに、堂々としたもんじゃないですか。見てください、周りのみんなも笑ったりなんかしてませんよ。応援に集中してるんだから」
「ううう……」
「兄さん、応援しなくていいんですか? それでいいんですか? 後悔しませんか?」
十三の怒涛の煽りラッシュに打ちのめされている”とら”。
そのとき、内気な”とら”を励ます絶妙なタイミングで、スクリーン上のノラが叫んでいた。
『諦めちゃダメっ! 人生はみんなが主役なんだよ!』
「ほら、ノラもああ言ってますよ?」
「……! ノラ……!」
小さな猫を心の師匠としているという”とら”の顔つきが、ようやく変わった。
ボディバッグにしまい込んでいたサイリウムを勢いよく振り抜くと、スクリーン上で戦うノラにエールを飛ばす。
「が、がんばれ……!」
「声が小さいですよ〜」
「が、がんば……ッ……」
「そんなんじゃ聞こえませんよーノラが負けちゃいますよー」
「がッ……がんばれェ───! ノラっ! 負けるなあー!」
劇場内に”とら”の見事なバリトンが響いた。中田とらたろう、一世一代の大音声である。
観客の女性までもが「おお〜!」とどよめいている。こちらを振り向いて拍手する人までいる始末だった。号泣していたおじさんまでもが、「いい声だ……ッ!」と褒め讃えているのが聞こえてきた。
”とら”は顔を真っ赤にして俯き、賛辞へのお礼がわりにサイリウムをぶんぶん振っている。
「は、恥ずかしい……っ! シノ、忘れてくれ……っ」
「いや一生忘れられませんわな」
煽るだけ煽って満足した十三はポップコーンをむしゃむしゃと食べた。
こうして、映画『ノラたま』応援上映は、大盛況のうちに、文字通り幕を閉じたのだった。
エンドロールが終わり、客たちが感想を言い合っている。
「楽しかったねー!」「いやー、いい応援上映だったわ」「最後なの悲しいですー。またオフ会行きましょうね」
十三は、未だに顔を赤くしている”とら”に声をかけた。
「楽しかったですか? 兄さん」
「……あ、あぁ……。すげえ……恥ずかしい……。でも、いい思い出になったよ……。もっと早く、来るんだったな……」
”とら”はすっかり燃え尽きたようだったが、満足そうだった。
それを見た十三も満足した。せっついた甲斐があったというものである。
そのとき、まだ興奮冷めやらぬ劇場の前方のステージに、劇場Tシャツを着たスタッフがやってきた。手にマイクを持ち、アナウンスを始めようとしている。
「みなさーん! 応援上映は楽しかったでしょうか?」
「楽しかったー!」
観客たちが声を揃えて応える。
「ありがとーございます! 皆さんのおかげで、本日は満席となりました! ここで、劇場からみなさんにお知らせがあります!」
観客のざわめきが収まった頃、スタッフは告げた。
「みなさんのご愛顧に感謝し、映画『ノラたま』の応援上映が、一年延期となりました!」
「うそ!」「わあー!」「ありがてぇ〜!」
思わぬサプライズに、客たちが歓声をあげている。”とら”も目を丸くしていた。
「え、延期……!」
「良かったですね、兄さん。これでまた応援上映に来られますよ」
「あぁ……」”とら”は目頭を抑えていた。嬉し泣きしている!
「ありがとうな、シノ……なにもかにも、お前のおかげだ……」
「それはどうも。お役に立てて何よりです」
「あの……」
そのとき”とら”の隣に座っていた人物が、十三たちにこわごわと声をかけてきた。
チューリップハットを目深に被った、人相の伺えない人物だった。小柄で、地味な服装をしていて、声も細く小さい。男か女かもよくわからなかった。
「あの……、応援、お見事でした。とても良い声援でしたよ……」
その人物の表情は、十三の席からはよく見えない。しかし声ははっきりと嬉しそうで、”とら”にパチパチと拍手を送っている。
「は、はぁ……どうも……」
”とら”は顔を真っ赤にしている。丁寧に褒められたのがよほど恥ずかしいのか、顔から火が吹き出しそうになっていた。
「あの……、ペンライト、貸していただけますか」
「……え? はぁ、どうぞ……」
その人物はサインペンをバッグから取り出すと、”とら”のペンライトにスラスラと何か描いている。
それはサインだった。
「これからも『ノラたま』をよろしくお願いしますね」
その人物はペンライトを”とら”に返すと、そそくさと劇場を後にしていった。
ぼーっとしている”とら”に、十三は慌てて声をかける。
「兄さん、それ、作者のサインじゃ……。あの人、まさか……」
「えっ……? えっえっ……?」
混乱する”とら”を十三はけしかける。
「兄さん! 追っかけて!」
「あ、あああああ、わかった!」
”とら”は大慌てで追いかけたが、すでに遅かったらしい。
戻ってきた”とら”は、「いなくなってた……」と肩を落とした。
「でも、すごいですね、兄さん。作者公認のファンってことですよ」
「認知……? された……? 先生に……」
感激した様子の”とら”は、ペンライトを眺めて、しみじみと呟く。
「……これもう……悪いこと出来ねぇな……」
「いや、悪いことしてくれなかったらヤードの仕事になんないでしょ」
最後までズレていることをのたまう”とら”に、ツッコむ十三だった。
後日談。
あれから、”とら”は応援上映にひとりで行くようになった。
毎月欠かさず、フル参加で通っているのだという。
なんでも、SNSで”団長”と相互フォロワーになり、『ノラたま』好きの仲間たちとも、少しずつ馴染んでいっているそうだ。
応援上映後に出勤してくる”とら”はいつもより元気で、社長などは「テンション高」と引いている。
しかし、あの日以来、サインを書いてくれた先生の姿は見つからないという。
もう一度会えたらきちんとお礼を言いたい、と”とら”は語っている。
読んでいただいてありがとうございました。応援上映は楽しいのでぜひ行ってみてください。
次は三章となります。7月〜8月には公開できるよう頑張っていきます。応援よろしくお願いします。




