特異災害調査団体・通称”バタリオン” 日本拠点関東第一中隊 ☓☓村における異界調査最終報告
三章の始まりとなります。続きは8月中には公開できるよう頑張って参ります。
06030815
関東中部☓☓県☓☓村にて、村民大量失踪事件発生と所轄警察により報告。
”バタリオン”日本拠点関東支部に協力要請あり。
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現地調査に赴いた”先遣蟲”により、かくし領域発生を確認。深度2と推定。
06031000
関東支部にて非常呼集。
関東第二、第三、第五部隊による村民救助チーム一個中隊を編成。
局地災害用探索装甲車・クリスティーン三機と共に現地へ急行。
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中隊、☓☓村かくし領域突入開始。
06040213
巫蟲の大量発生、および中型のイクサ頭を複数確認。
同刻、エリア3発生を確認。
山崎中隊長判断により、現戦力でのエリア3突入は危険と判断。
エリア1、2の生存者救助を第一目標とする。
06051700
作戦終了。
中隊に負傷者および失踪者なし。全員の帰投を無事確認。
クリスティーン、三機とも異常なし。格納庫にて整備のうえ待機とする。
以下、最終報告。
エリア1、村民の生存者発見できず。死者多数発見。遺体回収不可能。
一部、巫蟲への変異を確認。その場で礼銃による処置完了。
同エリア1、寺境内にて、破損したケージを発見。
以前、警視庁特異災害捜査局より情報共有された、”件”輸送用の箱に特徴が酷似していることから、回収し捜査局に調査を依頼。
エリア2、生存者一名発見。地上に送還する。
都内某所:”バタリオン”日本拠点 関東第三基地:隔離エリア
片波見刹螺は、村唯一の生存者を、ガラス越しにじっと見つめていた。
その人物は、隔離室のベッドの上で拘束されている。
衰弱しているものの、大きな負傷箇所はなし。バイタルは安定。発見当初は錯乱状態にあり激しく暴れたが、今は落ち着いて、天井を濁った虚ろな目で見上げていた。
──6月上旬、関東中部の山間・某県某村で発生した異界領域、通称”かくし”。
失踪した村の生存者の救助、ならびに”かくし”領域の拡散を防ぐべく、一個中隊が”かくし”に投入された。
刹螺率いる関東第三部隊もまた、他部隊と共に”かくし”内部に突入。72時間を上限とした、救助作戦が組まれた。
結果、深部エリア2にて村人と思われる一人の人間を保護することに成功。
生存者発見は絶望的と見込まれたなか、一人でも救助できたことは、誇れる戦果といえる。
──だが、あの状態。
ベッドの老女をじっと見つめて、刹螺は眉根を寄せた。
ベッドに横たわる生存者の女性──その頭部は禿げ上がり、糸のように細く、今にも切れそうな毛髪が残っているのみだった。
顔の肉はごっそりとなくなり、骨と皮だけの状態となっている。
乳房は長く萎んで垂れ、黄ばんだ歯は数本しか残っていない。長く伸びた爪は茶色く変色してカタツムリのように丸まっている。目は落ちくぼみ、緩んだ口元から、唾液と呻き声が漏れていた。
その姿は、誰に問いても、衰弱した老女と答えるに違いない。
「──全く、つくづく異界とは恐ろしい世界だなッ! キミもそう思うだろう、白藤クンッ!」
同じくベッド上の人物を見つめていた、傍らに立つ部下の白藤夏妃子が、口を開いた。
「片波見隊長、突然大きな声を出さないでください。そして苛立ちを顔に出さないでください。医療スタッフが怯えています」
「ボクは苛立ってはいないッ! これは地顔だッ!」
「知っています」
いつも怒っていると誤解されやすい顔の刹螺は、両の眉尻を指で下げ降ろした。少しでも柔和に見えるための努力だ。
「これでどうだろうかッ!?」
「ところで隊長、本題に戻りますが、そちらの写真は回収いたします。もう、同一人物との裏付けは取れたのでしょう」
「あぁ、そうだなッ! ボクが持っているとうっかり洗濯に巻き込んでしまいそうだッ!」
刹螺は、二枚の写真を持っていた。
一枚目は、衛生班が撮影した証拠写真。
生存者の老女が発見当初、身体に巻きつけていたというボロボロの衣類が写っていた。
風化と汚れでボロボロになっていたが、衛生班が慎重に調べたところ、スモッグと呼ばれる、保育施設の制服として用いられる衣類であることが判明した。
そこには、「やましろ ここな」という名札が縫い付けられていた。
そして、二枚目の写真。
今年、村近隣の保育園で撮影された集合写真だ。
そこに写っているのは、「山城心菜」という名の四歳の少女。
2021年生まれの、この村の住人だった。
様々な検査の結果、目の前の老女と、写真に映る四歳の少女は、同一人物であることが判明した。
四歳の少女は、異界に囚われ、わずか三日の間で100年老いた──。
「検査が終わるまで、全く信じられなかったがなッ! げに恐ろしきは山の怪異、ということだなッ!」
「それが異界というものです」写真を受け取った夏妃子は、写っている少女を一瞥して、そっと目を伏せた。「……気の毒ですが、致し方ない」
異界考──というものがある。
平成中期の東北の民俗学者・政岡は、現界と異なる裏の世界・異界には、複数の種類があると考察した。
異界はおおよそ、<平地>、<海>、<山>に大別できる───というものだ。
各異界は、「現界の人をさらう」ことに関して、それぞれ異なる性質を持つという。
<平地>は土地に住まう人物の影響を受けて変容し、<海>にかくされることは死と同義、とする一方で、<山>のかくしは、人を惑わす力を強く持っているとされている。
山に迷い込んだヒトを、異界の奥深くへと導き彷徨わせ、元の現界に戻ることを困難にするとされる力だ。
若干17歳ながら、異界考に詳しい白藤は、朗々と唱えた。
「深山幽谷白影の長き手に招かれし者、時狂い、二たび人里に姿を現し時、様相老いて崩れたり。里の者、これ神隠しと呼びならわす……。”かくし”領域は、到底人智の及ぶ世界ではありません」
「無論、ボクのような一介の軍人が理解出来るとは思ってはいないさッ! 問題は、なぜあの村で”かくし”が発生したか、だッ!」
「それこそ、私たちが判断することではないでしょう。”軍勢”たる我らが考えるのは、異界の侵攻をどう防ぐかのみ。捜査は、彼らの本領でしょう」
言って、白藤は通路の奥を細い顎で示した。
そのとき、薄暗い廊下の奥からやってくる人物を見て、刹螺は「おおお……ッ!」と感嘆の声をあげた。
靴底を鳴らし、颯爽とこちらへ向かってくるスーツの男が一人。
後ろに撫でつけたツーブロックは蜂蜜色、森の澄みきった湖畔のような瞳は翠。ツンと通った高い鼻筋、やや垂れ目がちな眼を縁取る長いまつ毛。
顔が小さく、手足はすらりと長く伸びて、全身筋肉質ではないものの引き締まった肉体をしている。身につけているのは刑事らしくシャツにサスペンダー、それにデューティーベルトだが、そこに差しているのは拳銃だけでなく、一振りの太刀だった。
極めて美しい容姿をしている彼は、純粋なるアングロサクソン人だった。この、東の果ての国の地下施設よりも、ブロードウェイの舞台が似合う男だった。
そして彼自身、己の魅力をとくと自覚し、その魅力と自信を周囲に振りまく余裕と豪胆さを兼ね備えた男だった。その男の名こそ──。
「報告は聞いたぞ、刹。後はこの禅舞影幸に任せてくれたまえ」
禅舞影幸──警察庁特異災害捜査局、通称”ブレイド”の若き捜査員だ。
「おおおおおッ! ユキッ! 久しいなあッ! 元気だったかッ? いつぶりだろう、お互い多忙で──」
「我が友よ、会えて嬉しい。ゆっくり話したいところだが、私はとても仕事が立て込んでいて忙しい。もちろん、キミもだろう? ”かくし”で見つけたという、例のハコを、この禅舞に見せてくれるか?」
「もちろんだッ! キミの頼みならなんでも聞こうともッ! さぁ行こうッ! 白藤クン、後は任せたッ!」
「了解しました」
白藤にこの場を任せ、刹螺は禅舞を隔離エリア内の物品保管室に意気揚々と案内した。
「さぁユキ、これだ! 存分に調べてくれ!」
「うむ、感謝する」
刹螺たちのチームは、保管室内に、”かくし”内で発見した取得物を仮置きしていた。
頑丈なカギのついた、檻のような大きなハコだ。巫蟲たちに破壊され半壊状態であったが、かねてより禅舞より情報共有を受けていた刹螺たちは、ハコを持ち帰って保管していた。
禅舞はそれを検め、スマホの資料と見比べて頷いた。
「──間違いない。六本木のオークション会場で発見されたハコと同じ特殊な材質だ」
「オークション……”件”を運搬する際に使ってたとみられる、例のハコだなッ?!」
「あぁ、アダムが解析してくれた。”件”が撒き散らす巫蝕を、周囲に漏らさないように、非常によく造られているそうだ」
”件”はそこにあるだけで、巫蝕──呪いの力を撒き散らす、ウイルスの触媒としての性質も持っている。
巫蝕耐性の弱い者がうかつに触れれば、体力や精神に深刻な悪影響を及ぼす。そのため、慎重な取り扱いが必要となる。
ハコを作った者たちは、”件”と、”件”の及ぼす影響について熟知しているとみていいだろう。
そのハコが、関東における”件”絡みの二つの事件で見つかった──。
「偶然とは思えないなッ! 村とオークション会場の失踪事件には、共通する人物、ないし組織の関与があるということかッ?!」
禅舞が意味深に刹螺を一瞥し、口元に端正な笑みを浮かべた。ビンゴ、ということだろう。
「すでに裏は取れている。例の、”件”を集めていたというインチキオカルト住職──彼もまた、今回失踪しているが──彼奴の複数の口座を洗ったところ、怪しい取引がいくつもあった。住職に定期的に送金していた口座は、ここ数年、闇市場で売買されていたモノばかりだった。反社が未成年や多重債務者に作らせた取引口座で、警察からもマークされていたらしい」
「反社の口座から、オカルト住職の口座に振込があったということは……ッ! 住職と、その取引相手の反社勢力が今回の騒動の発端かッ!?」
「そう思っていいだろう。近隣の人々からも、村の住民たちの羽振りが急に良くなったとタレコミがあった。おそらく、住職が主導し、”件”絡みで金儲けをしていたか」
「”件”絡みの金儲け……ッ! ここも、オークション会場と一致しているというワケだなッ!」
「そのとおりだ、勇ましい友よ。それと、地元警察が村近辺の防犯カメラ情報も提供してくれた。近くのファミレスの駐車場に、何度も出入りしていた不審な車と怪しい男たちが映っていたよ」
言って、禅舞はスマホの動画を刹螺に見せてくれた。
田舎の、広々としたファミレス駐車場を見下ろす防犯カメラの映像だ。
深夜、東京方面からやってきた黒い車が駐車場に停まると、大柄な男と中背の男が降りてくる。
いずれも人相までもはっきりと見えないが、禅舞は片方の大男に見覚えがあるらしい。怜悧な目元を爛々と輝かせ、嗜虐的な笑みを浮かべていた。──禅舞影幸はいつも冷静沈着な男ではあるが、少々ムラっ気があり、テンションが上がると立ち居振る舞いを構わなくなるクセがあった。
「フッフフフ……! トラタロー……! 私の勘は正しかった……! やはり、”件”に関わっていたか……!」
「トラタロー? 例のメルヘンヤクザか? ではこっちはッ?!」
刹螺は残る中背の男を指し示した。
ムラムラとしていた禅舞の顔が、すっと冷静さを取り戻す。
「こいつは知らん。わりとどうでもいい。二課のリストにもいないそうだ。だが、六本木のオークション会場に出入りした人物が、地下鉄のカメラや周辺のコンビニの防犯カメラに映っていて、やっと人物の特定ができたところだ。背格好からしてこの男と予想される。……地味すぎて特定が遅れたがな」
「なるほどッ! 脅威はッ?!」
「ないな」
「そうかッ! しかしコイツも運が悪いッ! キミに目をつけられるとはッ!」
「全くだ」
そこで禅舞はまた、端正な顔に嗜虐的な笑みを浮かべた。
「ようやく尻尾を掴めた……! 奴らの動きを封じられれば、やがて来る”おおかくし”の発生も遅らせることが出来るかもしれん。父たちにも、ようやく良い報告ができそうだ……」
「おうともッ! そうなれば、ボクたちの大願も果たせるやもしれないなッ! 共に頑張ろうな、ユキッ!」
「……あぁ、そうだな」
言って、刹螺は禅舞と手を合わせた。
バタリオンとブレイド。同期である二人は別々の道を歩んだ。
しかし、志は一つだ。
この日本国に蔓延した呪いの力──かくし領域と、そこから生まれ、世に拡がり続ける怪異。
相次ぐ怪異絡みの失踪者と、事件。
それらを悪用しようとする権力とカネに餓えた鬼たち。
それらと、命と人生の青春を賭して戦うこと。
片波見刹螺と禅舞影幸は、訓練生時代に誓い合った。
親たちから受けた恩義に報いるべく。
「互いに精進しよう、我が友よ。では、またな」
多忙だという禅舞が、そう別れを告げてきたとき──刹螺は名残惜しさのまま、去っていこうとする友の背中に声をかけた。
「──なぁユキ、何かあったらすぐボクを頼ってくれよっ!」
振り返る禅舞に、刹螺は続ける。
「キミのお父さんには大恩がある。報いたいんだ。ボクはキミのように優秀ではないかもしれんが……」
禅舞は、ふっと、引き結んだ唇を緩めて笑顔を見せた。
「──わかってるとも。頼りにしているよ」
「……あぁ、約束だッ! 落ち着いたら、二人でゆっくり呑もうッ!」
「あぁ、またな」
言って、禅舞は颯爽と去っていく。
──またな、か。
その約束が果たされる日は来るのだろうか。そう、刹螺は考える。
互いに、いつ命果てるとも知れない危険な職務だというのに。
「あれ? 禅舞サン、一緒だって聞いたけど、もう帰ったのか?」
そのとき、後ろから部下の山田村雲が声をかけてきた。高校帰りらしく、学ランを着たままだ。
「おう、山田クンッ! 早かったなッ! 残念だが今帰ったところだッ!」
「ふぅん。なんだ。小遣いもらおうかと思ったのに」
禅舞と同郷で昔なじみの山田は、悪びれずに言う。大人びているが、まだまだ子供じみたところがある男だった。
「ところで山田クン、ひとつ頼みがあるんだが聞いてくれるかッ?!」
「ん?」
「ユキが動き出したッ!! 大捕物が始まるようだッ! ……ユキに見つからないように、こっそりとブレイドの様子を探っていてくれないかッ?!」
「……それはいいけど。なんで?」
問われ、刹螺は、自身としてはかなり慎重に口を開いた。
「……うまくはいえんッ! 視鬼としての勘だッ! もうすぐ、事態が大きく動き出す予感がするッ!」
「……視鬼として、ねぇ」
いまいち信用ならない、といった様子の山田だったが、それはわずかのことだった。
不服そうな顔を切り替え、わかった、と意を告げてくる。
「上官にそう言われちゃ、しょうがないな。先遣蟲と綾糸を使って張り込んどく。準備が必要だから、すぐってワケにはいかないぜ」
「あぁ、承知しているッ! ボクも、呼ばれればすぐ出動できるように待機している。キミは逐一報告を頼むぞッ!」
去っていく山田の背中を見送ったあと、ひとり残った刹螺は、呟いた。
「……ようやく、仇の在り処が掴めそうなんだ……。不義理を許せよ、ユキ……」




