2話・13 ”パレード”
区切りのよいところまで書いたら結構長くなってしまったかもしれません! 分けて欲しいとかリクエストあれば応じます!
「マジかよ……」
仏像の後ろに控えている、たくさんの人形。
くすんだ市松人形、首の取れた雛人形、目玉のない西洋のビスクドール、蓬髪になった南米の少女人形、片腕のもげかけたクマのぬいぐるみ、ソフビと呼ばれる汚れたヒーローのフィギュア、電池のないブリキのロボット……。
この村の大事な商材にして、呪いの人形──”件”。
それらが、カタカタと、小刻みに動いていた。
肩を揺らし頭を振り、口も開かずとも、あるいは口そのものがなくとも、幼児の如く楽しそうに笑っている。
ぎはっ ぎゃはははッ ひはははッ イヒヒッ ひゃははっ
「まずいな」
”とら”が、珍しく焦った様子で呟く。
「シノ、”件”にかくされた。注意しろ」
「かくっ!? 何っ!? 知らないですなんですッ!?」
「ええと、なんて言ったらいいかなぁ……」
「お、お前らは、もう終わりってコトだ……!」
”とら”がのんびりと説明を考えている間に、六王子が肩を揺らして笑っている。
「お前らは人形たちの妖力で閉じ込められた! ザマァ見ろ! もう助からんぞ! ここで人形たちと、一生遊んでやがれ!」
「だってよ、シノ。坊さん、解説どうも……」
「えェーッ!? そっ、そんでオレはどうすればいいんですかァ!?」
十三が大騒ぎしている間に、ギシッ、と小さな足音が聞こえた。
人形の一体が動きだし、本堂の木床を踏み出したのだ。
動いている。
先ほどまで置物でしかなかった西洋人形は、六王子の経文によって、自律行動を取っていた。
一歩、歩み出した人形は、がらんどうになった丸い目で、十三と”とら”を、じっと見つめている。
「き き き きぃいいいいいるゆー?」
存在しない喉元から絞り出されたのは──疑わしげな、殺意。
「こうすりゃいいんだよ」
だが、”とら”は、迷わなかった。
即座にハンドガン形態の仕置銃を構えると、動き出した西洋人形に向け──容赦なく引き金を引いた。
「ぎゃっ」と叫び声があがった。それは人間の断末魔と一分も相違ない声音だった。
”とら”に撃たれた西洋人形は、陶の破片を撒き散らして吹っ飛び、それきり動かなくなる。
容赦のない早撃ちで人形を倒した”とら”は十三に説く。
「悩んだときには、まず暴力。そうすりゃ大抵のことは片付くから……」
「はっ、はいッ! 肝に銘じますッ!」
助言を受けた十三もまた、仕置銃をもたつきながらも構え、これからの事態に備えた。
グリップを握ると、中のカセットリールが回転していく。
仕置銃に、弾丸やバッテリーは存在しないらしい。かわりに、大気中にある何らかのエネルギー──その”何らか”についてぜひとも知りたいところだが、”とら”は考えたことがないそうだ──をチャージし、それを弾丸として射出するのだという。
”かくし”──という状況の影響を受けたためか、仕置銃のチャージスピードが、先程よりずっと早くなっていた。だが、一発撃つまでには、まだ時間が足りていない。
一方──。
「ン〜〜?」
仕置銃で撃たれ、完全に壊れた西洋人形の周囲を、他の人形たちが取り囲んでいた。
もう動かなくなった同胞を眺めて、人形たちはこそこそと相談している。
「キル?」「キル!」「きるゆー?」「きりゅ〜〜……」
人形たちが同音異句で悩ましげな声をあげた、その同じタイミングで、
バンッ!
本堂の床板が、下から突き上げられた。
「!?」
突然の振動に、十三はその場でたたらを踏む。
まるで地震のように、本堂の床が縦に揺れていた。
ガンッ! バンっ! バキッ!
下から何度も突き上げられた床板が、あっという間に木片を撒き散らして破壊されていった。
破られた床板の隙間から現れたのは──新たな人形たち。
その数、本堂にいる人形の比ではなかった。
「何体いンだよ!!」
「ハハハァ……! 売るほどあるって言ってんだろバカめッ! 地下倉庫にここの倍、いやもっとおるわッ!」
勝ち誇る六王子の太い指が、十三と”とら”を指した。
「さァてお前ら仕事だッ! 偉大なる主からの命令だよく聞けッ! そこのチンピラどもの身体を、引き裂いてやれぃ!」
六王子が高らかに命令した──が、人形たちの反応は鈍かった。
それぞれが周囲を見回し、”とら”を見て、「きる?」と顔を傾げている。
やがて、人形の一体がぐるりと顔を傾げ、六王子をじっと見つめだすと、他の人形もそれに倣う。
人形たちの視線が、六王子に集中した──意味ありげに。
「──おい! お前ら、なにをやってるんだ! 早くしろッ!」
「きるゆー?」「キルユー!」「きぃるるるるゆ──ッ!」
「きるっ、」一体のブリキ人形が、六王子の袈裟に飛びついて、裾を引っ張りだした。
「おいっ! 何しやがるやめろッ! こっちじゃねェ!」
六王子は慌ててブリキ人形を手で払う。
が、次から次へとやってきた人形たちが、六王子にアリのように群がりだした。
「やめろッ! 違う! こっちじゃねぇって言ってんだろ! バカども! そっちだ! そっちのチンピラに……ッ! おい!」
人形たちは、六王子の話に、一切耳を傾ける様子はなかった。
むしろ小馬鹿にするように、六王子の身体にますます纏わりついていく。
まるでアスレチックを楽しむかのように、人形たちは六王子の身体に昇ったり、ジャンプしたり、ぶらさがったりして、どこかを探している。
「KILLYOU!」「KILLYOU!」「KILLYOU!」「KILLYOU!」「KILLYOU!」「KILLYOU!」
声を揃えて歌う人形たちは、ハイキングのよう。
いや真実、人形たちは、宝探しをしているのだ。
気に入った”部位”を、探すために。
「やめろ! オレじゃねええ!!! 悪霊どもがあ! 拙僧の話を聞けぃ!」
六王子は腕をバタバタと振って、必死に人形たちを振り落とそうとするが、それは叶わなかった。
六王子の露出した肌には、引っかかれたとおぼしき赤い筋や、血の滲んだ痕が見えていた。あの人形たちは、想像以上の握力をもって、六王子にしがみついている。
犬猫か、おそらくそれ以上の力をもった者たちに一度に纏わりつかれた六王子は、膝をつき、必死で抵抗を試みていた。
きゃははっ きゃはははははっ ひはははは。
きゃらきゃらとした、まるで幼児のような笑い声をバックミュージックにして。
人形たちの、凄惨かつ邪悪なお遊戯会が、始まった。
六王子の両腕に、絡みついていた複数の人形たち。その小さく細い腕が、六王子の太い腕に食い込み、ギリギリと引っ張っている。
「やめろぉっ! 痛ェッ! おい誰かァ! 離せ! 離しやがれ!」
ギリギリギリ……。
人形たちの理屈を越えた力に引っ張られた六王子の指が、関節から離れて伸びていく。
「あぁああアアッ!?」六王子が痛みと恐怖にまみれた叫び声をあげるが、人形たちはむしろ、その声を聞いて楽しげに笑うばかりだった。
六王子の手から血が溢れ、皮が破れて筋が露出する。指の細い骨と、関節の節骨が露になったとき、人形たちはようやく手には飽きて、また次の獲物を探そうと六王子の身体を登っていった。
人形たちが次に狙いをつけたのは、耳らしかった。六王子の両耳にぶらさがる小さな人形たち。まるで仏陀のように長く伸びた耳たぶが、裂かれ、血の筋を描いてちぎれていく。
耳を切り離した”功労者”の人形は、ちぎった耳を掲げて「きるゆー♪」と誇らしげにステップを踏む。同胞たちはそれを見て拍手をし、我こそはとさらなる獲物を求める。
このときすでに六王子の足の指は、全て爪を剥がされ、あらぬ方向に曲がってしまっていた。肩を到達点としていたブリキの兵隊の人形は、どうしても目玉が欲しかったのか、頭によじのぼってヤリを伸ばし、どうにか目玉をつこうと画策している。中にはとんでもない悪さを思いつく奴もいて、裾から侵入した一体が、足の付け根にまで登っていった。──そこから先は、十三はとても想像したくない。
「やめろッ! 離れろッ! 誰かぁ! 助けてくれえええッ!」
苦悶の叫びをあげて、血だらけの六王子は逃げ惑い、必死に抵抗していた。足の指が折れ、もはや立ち上がることも出来ず、横倒しになっていた。急所の目玉を守ろうとする手の指は、すでに伸びきって防御の役には立っておらず、無防備なまま鋭利な槍で突かれる──坊主の絶叫が本堂に響いた。
叫び声をあげ、血のあぶくを吹き出した口のなかに、また別の人形が侵入している。一体が口のなかから引きずり出した舌を、「セーノ!」と数体の人形が引っ張り出そうとしていた。
六王子の断末魔が再び響いた。
汚れた舌が、びちゃりと音を立てて本堂に落ちる。
全身を裂かれ、もぎ取られ、血の海に沈んだ六王子は、ビクビクと痙攣していたが、やがて動かなくなった。
「うえああああグロ……」
「シノッ! 油断するな!」
血に染まった数体が、六王子で遊ぶのに飽きたのか──今度は十三めがけて飛びかかってきた。
後ろにいた”とら”が、すかさず仕置銃を連射した。
正確無比な射撃は飛びかかってきた人形たちを撃ち落とし、人形はバラバラの破片となって地面に転がる。
そうしてる間にも、新手の人形たちがやってくる。
”とら”は短く舌打ちして銃口を下げた。
人形の数が多すぎて、仕置銃のチャージが間に合っていないのだ。
「”破門”なら話は早ェんだがな……。あの形態になるより、人形どもに八つ裂きにされる方が早いな」
「ど、どうしましょうッ!」
そんなことを話している間に。
「ン、ン、ン〜〜?」
ぬいぐるみたちは、仕置銃に撃たれ、骸になった同胞を、再度囲んで見下ろしていた。
「キル」「キル?」「キル〜〜〜……」
また、何やらコソコソと話し合っていた人形たちは、やがて、うん、と頷きあうと、
「キャァッハー!!!」
奇声をあげて、四方八方に散っていった。逃げたのだ。
勢い余ってふすまにぶつかり昏倒するものもいれば、障子戸を突き破って出ていく者もいた。だが大部分は逃走に成功し、外の世界──すなわち、本堂を抜け出し、寺の境内へ飛び出していった。
もはや、十三たちが追い回せるスピードではなかった。
十三はパニクりながら”とら”に問う。
「どうします、とらさん……! ”件”、あちこちに散らばっちゃいましたよ! ぜんぶ撃つんですか撃って回収すればいいんですか!? もうぶっちゃけ回収とか無理だと思うんですけど! なんか解決方法とかありますかねェ?!」
十三の問いには答えず、”とら”は本堂から顔を出して周囲の様子を窺うと、スマホに向けて声をかけた。
「よォハングドマン、ざっとでいい……。この”かくし”の中にいる全ての”件”を、俺たち二人の仕置銃でやっつけるのに、どれぐらいの時間がかかりそうだ?」
『回答します。二人のチャージ速度から想定するに、およそ78時間後、殲滅可能です。ただし、現在の侵度と、二人の蝕値耐性、体力、および精神力、腹持ち具合を考慮すると、継戦時間はおよそ2時間が限界とみられます』
「なるほどね……じゃあ答えは出たな」
「あのー、それは、どういう……」
「回収はもとより不可能。ここの”件”を殲滅するのも無理……。となったら、出来る手段はただ一つだ……」
「なッるほどわかりました! 撤収! 撤収の準備をします!」
「そのとおりだ……! オマエは慌てん坊だが話が早くて助かるよ……!」
言うが早いが、二人は寺の敷地内からの脱出を試みた。
まず目指すは、山門に突っ込んで放置したトラックだ。
小さな身体を持ち、どこにでも潜める人形の襲撃から逃れるには、徒歩のままでは困難。逃走と籠城を見越した車に戻るのが手っ取り早い、と二人の意見が一致した。
本堂から出口の参道方面へ向かう途中、”とら”は簡潔に、今の状況の説明をしてくれた。
ここは、先週のオークション会場と同じ、”かくし”と呼ばれる状態にあること。
”かくし”とは、その名のとおり、現実の世界から隔離されている空間を呼ぶこと。
普通に出ようとしていても、道が変わったり、何度も同じ道に出たりして、出ることは困難であること。
”かくし”のなかは、滞在しているだけで体力と精神力を消耗するということ。
あの人形たちは、”かくし”のなかで活発に動くことが出来るが、現実世界では無力になるということ。
ハングドマンが脱出ルートを調べてくれるまで、無駄な動きは避けるべきだということ。
そして、ハングドマンが教えてくれた、今回の”かくし”の範囲は──。
村、全て。
「──ってことは……この村にいる限り、どこにいてもあの人形たちは襲ってくる可能性があるってことですね?」
「そういうことになるな……」
身体の芯から震える十三。六王子の最期を思い出し、あんな風には絶対になりたくないと強く思った。
だが、その願いは、参道で広がる光景を目にしたとき、あえなく崩れ去った。
「──助けてェエエエエ!」
「うわあっ、やめろ、こっちに来るなア!!!」
住民たちの悲鳴が、道行く先から聞こえてくる。
少し前、十三が住民たちを集めた、開けた参道。
そこで、人形たちが、住人を手当たり次第に襲っていた。
肉食の幼獣が草食獣を集団で狩るように、人形は住民たちを集団で追い回している。
きゃはははっ! ぎゃはははは!
人形たちは笑い、逃げ惑う住民たちをそれはそれは楽しそうに追い立てていた。
どこかで拾いでもしたのか、人形たちはハサミや包丁などの刃物を手に、住人たちに向けデタラメに振る。逃げ切れなかった住人たちは、容赦なくその凶刃に裂かれた。血の霧が降り、散った肉の破片が飛ぶ。
すでに、境内には血に染まって倒れ伏した遺体がごろごろとあった。失血死したのか、血の気は失せて肌は真っ白になり、目は見開かれたまま硬直していた。
複数の人形に捕まれば、弄ばれるように生きたまま引きちぎられるのを、住人は目の当たりにしたのだろう。
それを恐れ、怯える人々の姿に、また笑い声をあげながら人形たちは襲いかかっていた。
腰の曲がった老人だろうが泣きわめく子供だろうが、人形たちには一切関係がなかった。無慈悲に無差別に、人形は人間をいたぶっていた。
「なんつーことだ……」
あまりに凄惨な状況に、一歩踏み出すことすら出来なかった十三。
──その脚が、突然掴まれた。
「──!?」
「た、助けて……」
すわ人形かと思えば、脚を掴んだのは見知らぬ老婆だった。顔の半分が血に染まっている。その片耳は、乱雑にちぎられていた。軒先に半分身体を隠し、涙を流しながら十三に助けを求めている。
「……ッ!」
十三は、その手を取りかけた、が、
「……シノ、行くぞ」
”とら”に言われ、手を引っ込めた。
「……ッ。はい……ッ!」
「待って……置いていかないで……」
老婆の震える声を無視して、十三は歩き続ける。
──これでよかった。こうするしかなかった。
誰か一人助ければ、十三の身も危うくなる。十三が危険になれば、”とら”にも迷惑をかける──そう、自分に言い聞かせる。
そもそも、ここまで村を追い込んだのは十三たちだ。どのツラ下げて今更人助けができるのか──そう、十三は自分に言い聞かせる。
言い聞かせたが、心のモヤは晴れなかった。
「あー、クッソ胃がモヤモヤすんぜ……。徹夜開けの空きっ腹でスルメ食ったみてぇによぉ……」
「俺もだ……だが、がんばって耐えろ。俺たちが無事帰らなければ、社長のただでさえ貧弱な胃に穴が空くことになるぞ……」
「……ハイッ! 耐えます!!」
そう話し、十三と”とら”は歩み続ける。
寺中、いや村中あちこちから、住民の悲鳴が聞こえていた。
おそらく人形たちの何体は、すでに寺から抜け出し、村の民家に残った人々を襲っているのだろう。建物のなかに隠れても、おそらくは意味がない。”かくされた”村のなかにいる限り、完璧な逃げ場はなさそうだ。
「おいシノ、止まれ。あれ見ろ……」
そう言って、”とら”が指さす方向を、十三も追った。
見覚えのあるズタ袋が、参道の中央で屹立していた。
”とら”が持ってきた、駐在警官が詰められた袋だ。
だが、様子がおかしい。
駐在は、身体半分をズタ袋に埋めたまま、立っていた。
白目を向いて、口の端には泡がついて、明らかに気絶している状態なのに、駐在は二本の足ですっくと立ち上がっている。
顎が外れているのか、大きく開かれたその口腔内に──青々しい月代をした、福助人形が埋まっていた。
「えっ──……」
「きッ、きゆゆーきぃるゆー」
駐在のしゃがれた声が、漏れ聞こえている。いや、喉が塞がれて、本来なら喋れるはずがないのに、声が漏れている。
その声は、聞き覚えのある、幼児のような声だった。
「つお、つおい? あたらしい器 つおいぞ かっこいい、ぞオ」
口のなかの福助人形が、誇らしげに宣言する。
──同時に、駐在が、凄まじいスピードで駆け出してきた。
事態が理解できず呆然と立ち尽くした、十三のもとへ。
あまりに速い動きに、十三の反応が一瞬、遅れた。
その横から、”とら”の長い脚が伸びて、駐在の腹を思い切り蹴り飛ばした。
「ぎッ!?」
吹っ飛ばされた駐在の身体が、仰向けに倒れる。
”とら”はその腹部を脚で押さえ、動けないようにすると、
「いい子にな」
散弾銃形態に変化させた仕置銃で、駐在の口内へ発砲した。
ドン、と重い発砲音が響き、周囲の地面を揺らす。
至近距離から撃たれた人形は、見事に粉砕されて破片だけになっていた。
駐在の口元に、福助人形の死骸である白い陶器のかけらが散らばっている。その奥から、ごほっ、と軽く咳き込む声が聞こえてきた。奇跡的なことに、あれだけ至近距離で撃たれたのにも関わらず、駐在に大きな怪我はなかった。
”とら”のおかげで辛くも窮地を逃れた十三は、ハングドマンに問う。
「い、いまの何!? ハングドマンッ!?」
『人形のなかにあった悪霊の魂が、仕置銃によって空いた人間の意識のなかに侵入。肉体を操っていたと見られます』
「あーなるりょ! 憑依したのね『エクソシスト』っつうことね!」
「憑依……人形のままでいるより、耐久性も速度も膂力もあがってるってことか……。しかも、今のだけじゃねぇってことだな……」
”とら”が吐き捨てる。
十三は、その鋭い視線の先を追った。
参道の石畳。鐘楼の下。屋根の上。軒下。
ありとあらゆるところに”いる”、四つん這いの人間──憑依体。
そして、その元凶となっている人形たちが、境内のなかを縦横無尽に動いて、新しい獲物を探している。
出口である山門に至る道まで、見えるその数、およそ数十。
いくら”とら”が戦い慣れているとはいえ、全員を相手にするには、あまりにも分が悪い。十三は充分な戦力とは言いがたい。それどころか、今のところ足を引っ張ってばかりだ。
──十三は、視線だけを動かして周囲の様子を伺った。
山門に突っ込んでいたトラックが、なくなっていた。多くの人を閉じ込めた蔵の扉も開いていることから、外にいた誰かがトラックを奪って脱出を試みたのかもしれなかった。
十三は人形を刺激しないよう、小声で”とら”に訴えた。
「とらさん、なんとかここを突破して、社用車まで戻りましょう。オレが乗ってきた車は、境内隣にある駐車場にあります。そこまで走れば……」
「……そうだな……」
”とら”は、少し沈黙したのち、こう言った。
「……二人揃って突破は無理だ。隙を見て、お前が先に逃げろ……。俺は仕置銃のチャージが溜まって、何体か倒してからお前に追いつくよ……」
「……いいんですか? それじゃ、まるでとらさんを囮にするみたいに……」
「囮でいいんだよ……。俺は図体がデカくて目立つから、見つからずに逃げるのは難しい……。それなら、派手にドンパチやってからのんびり追いつくさ……」
”とら”は笑いながらそう語るが、十三には、即判断ができなかった。
十三は迷いつつ──それでも、踏み出す決断をした。
「……わかりました。お先に失礼します! どうかご無事で!」
「おう、お前もな……」
”とら”にことわりを入れて、十三は走り出した。
身体を屈めて、庭園の植木や花に紛れるようにして山門を抜ける。人形と鉢合わせないかヒヤヒヤしたが、日頃の行いのせいか、運よく何とも遭遇することなく切り抜けられた。
山門の向こうの石段を降りて、砂利の敷かれた駐車場にたどり着く。
社用車はそこにある。付近には、あの憑依体も人形もいない。
十三はほっと安堵の息をついた。
車のなかにさえ逃げてしまえば、一旦は落ち着く。ハングドマンが逃走ルートを見つけてくれるまで、耐えるだけだ。”とら”と合流できれば、一安心といえるだろう。
安堵しかけた十三の耳に──「やめてよッ!」と声が届いた。
十三は声のした方へ視線を向ける。
泣いている小学生ぐらいの男児が、女に捕まり、腕を引っ張られていた。
その女が正気ではないのが、遠目にもわかった。
下着姿で、血走った目を少年に向けている。口角に泡が付着し、大きく開かれた口の中にはこけしが入っていた──憑依体だ。
「おかあさん! やめてッ! 痛いよぉ!」
泣きわめいている少年の顔に、十三は見覚えがあった。
昨日、十三に石を投げてきた、あの子供だった。




