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バッドランズ・グレイアウト/モブ社畜、呪物を売る裏社会企業に転職し社長(♂)に恋をした結果、屍人転生する  作者: 梅屋凹州
一章

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1章6話・7

 棺の、大きな花弁の瞳が、目の前で見開かれていくのがわかった。


 棺にとっての”それ”は、よほど予想外の事態だっただろう。まるで猫がビックリしたかのように、小さな身体が緊張して、全身固まっているのが見て取れた。


 それでも、十三は唇を離すことはなかった。


 棺の柔らかな唇を優しく吸い、わずかに開いたその隙間から、舌を潜ませ、棺のそれと絡ませた。


 ビックリして逃げようと引っ込もうとする棺の舌を執拗に追いかけた。歯列をなぞって、唾液を絡ませた。電子タバコのメンソールの味がした。脳髄が痺れるような、甘い味だった。


 ようやく唇を離したとき、黒澤棺の身体は、ぐらりとよろめいた。後ろにのけぞり、信じられないものを見るような目で十三を見上げている。


「お……おま、おまえ……なに……」


 棺は、案の定、激しく動揺していた。頬が真っ赤に染まって、震えている。とても背中に彫り物がある男に見えない。


 可愛くて、愛おしいと、初めて十三は、他人に対して思った。


 人生の最期に、こんな人に出会えて幸福だと、心の底から思えた。


「──社長……黒澤棺、アンタが好きだ。ホントは、アンタに魂全て捧げて尽くしたい。……でも、もう、叶いそうにないから……オレの23年分の人生全ての想いを、ぜんぶアンタの前途に捧げるよ」


 言って、十三はゆっくりと、身体を起こす。


「……シノ……?」


 十三は、棺の肩越しに、”そちら”を見た。


 ブチブチと、繊維質のものを引き切ろうとする音がしている。


 目の前で、人瘤ダルマがついに、黒い腕の拘束から完全に逃れようとしていた。


 ダルマを抑え込んでいた黒い腕が、力づくで引っ張られ、ひとつ、またひとつと、諦めるかのように巨大な頭から離れていった。赤ん坊どもがびゃあびゃあとやかましく喚いている。


 十三は、そちらを睨み、立ち上がった。──立ち上がろうとした。いつもどおりにはいかなかった。なぜなら十三の足は、すでに失われようとしていたからだ。


 両足が、炎を纏って燃えている。皮膚や肉だけではない、おそらく骨までも焼けていると思われた。


 足の感覚はとうになくなり、寒いのか熱いのか、それすらわからなくなっていた。

 全身に明滅した痛みは心臓を揺らし、十三に宣告する。

 足だけではない、オマエはもう、()()()()()と。


 ──それで良い。

 十三は思い、歩みを進めた。


 瞬間、膝から下がボロっと砕けて、横に倒れて落ちた。焚き火に放られた枝が折れるように、東雲十三の膝から下は、骨ごと折れて身体から別れていた。


 左足も同じようになるだろう、そのわずかな時間で、十三は人瘤ダルマの巨大な身体に飛びついた。


『やめろッ! 依存するなっ! いい加減子ども部屋からは出ろ!』


 そうわめく人瘤ダルマの、カエルのような長い腕に、十三は両腕で捕まった。


 振りほどこうとする腕に、十三は爪を立て腕の全力を込め、必死でしがみついた。

 すぐさまダルマの巨腕が薙がれ、十三の身体がコンクリの壁に打ちつけられる。

 背中をしたたかに打ち、頭がぶつかる。

 額から流れる血で視界が赤く染まった。

 身体だけでなく、喉までが灼けようとしていた。

 足元から昇った炎は、ついに内臓にまで達しようとしていた。

 炎は、十三の口腔内まで燃えていた。


 喉か、脳みそか、目玉か、どこまで焼けているのか、十三にはもうわからない。

 腕は黒く焦げて、炭化しようとしていた。燃えて、朽ちようとしている。


 それでも十三は、人瘤ダルマにしがみつき、離れなかった。


 全身を蝕む痛みも苦しみも死への恐怖も、全てが目の前の”件”への怨念と化していた。


 己の命を奪おうとする者への強烈な恨みと憎しみは、十三の非力な腕に、万力の力を宿していた。


 ダルマの肥大した腕に、十三は文字通りの全身全霊の力を込め、爪、指、拳を食い込ませた。


 十三の灼けた喉元から、咆哮がほとばしる。


「テメェッ! このクソ野郎! よくもオレを殺しやがったな! なめやがってクソが! テメェぶッ殺す! 道連れにしてやるッ!」


 そして十三は、いまだ放心する棺を、振り返った。


「社長ッ! こぃつ、ぉ、ブッ殺してぐれえ! オレの仇を、撃ってくれ!」


 棺が、戸惑っていたのは、ほんのわずかな間だった。


「──任せろ」


 立ち上がった黒澤棺は、例の”カメラ銃”を、”件”、そして十三へと向けた。


 構えた銃口の先に、白い光が灯った。カメラのレンズのような銃口が、ゆっくりと光の螺旋を描いた。


 あの重苦しい銃を構えた社長は、やはり美しかった。

 神々しいとすら感じた。

 人生の最期に見る景色にしては、あまりにも上等だと、十三は笑った。


 棺の、決然とした目には、眩しいほどの決意が灯っていた。

 かすかに潤んでみえたのは、きっと十三が最期に見た、思い込みのせいだろうか。


 銃のリールがぎゅるぎゅると激しく音を立てて回転する。リール中央が、『捨参』の文字を刻んでいるのを、十三は見た。


「ムカついた……最高火力でぶっ飛ばしてやる」


 棺が、”件”にそう宣言する。


 重厚な”カメラ銃”の銃身が、ぶるぶると振動している。集まったエネルギーが、先程よりも数倍の力を蓄えているせいだ。


 棺は小さな両手で暴れ狂う銃口を制御し、”件”に狙いを定め、こう宣言した。


「──”絶縁”だ、クソ野郎」


 瞬間。


 銃口に螺旋を描いた青白い光が、”カメラ銃”から放たれた。


 ──轟音。そして、光と、白。


『ぎッ─────』


 それが、村田マサオの喉を震わせた最後の声となった。


 十三の視界の全てが、一瞬だけ、揺れた。


 そして、世界は白く塗り潰された。


 音と光の奔流が目の前に迫った、十三がそれを視認した次の瞬間には、醜悪なダルマは消え失せて、チリひとつ残さずこの世界から抹消された。


 東雲十三と共に。

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