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バッドランズ・グレイアウト/モブ社畜、呪物を売る裏社会企業に転職し社長(♂)に恋をした結果、屍人転生する  作者: 梅屋凹州
一章

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1章6話・6

 性別不詳のハスキーボイス。


 それは、もっとも昏い夜明け前に差す曙光のように、燦然と十三の耳に届いた。


 十三は、声が聞こえた方に、ゆっくりと視線を送る。


 上等なダークスーツを纏った、少女と少年の狭間にある容姿の、小柄な人物。色素の薄いオールバックは少し乱れ、なんの感情も宿さない大きな瞳は、真っ直ぐに人瘤ダルマを見据えていた。


 ”社長”。


 黒澤棺が、トイレの入口に立っていた。


 背筋を伸ばし、凛と佇む黒澤棺の小さな両手には、重苦しい、フィルムカメラが握られていた。


 そのレンズは、真っ直ぐにダルマの方を向けられている。


「エンコヅメ」

『了解。マイボーイ』


 一人と一機の声を合図に、レンズに螺旋の閃きが灯った。


 閃きは時計回りに螺旋を描き、一周回って輪をつくると、チカっと一瞬だけ瞬いた、


 次の瞬間、


 ドンッ、という凄まじい破壊音と同時に、人瘤ダルマの頭部に、野球ボール大の大穴が空いていた。


『───ぎゃああああああああああああああああああああ───』


 風穴を開けられた人瘤ダルマの巨体が、激しくのたうち回っている。


「うるせェ。……ハングドマン、シメて」


『了解。マイボーイ』


 AI音声の返事、ののち、血の気のない無数の腕が影から宙へ躍り出た。


 腕たちはまっすぐにダルマへと向かい、その巨体を幾重にも締め上げた。


 チャーシューのように縛られたダルマが、苦しげに呻く。ビタビタと腕を床に叩きつけて拘束から逃れようとするが、強固な縄のように絡みついた影の腕たちはそれを許さない。


 ”社長”はその隙を見計らい、十三の元へやってきた。


「シノ──無事、じゃないな。腕、変な方向に曲がってるし。ちょっと燃えてるし。……生きてる? 水、飲めるか?」


「しゃ、ちょう……──なんで……」


「親分は、子分を心配するモンだろ?」

 十三は、しばしその言葉の意味がわからず、呆然と”社長”を見上げた。


 だが、社長が単身、カメラのような銃──武器を持ってここまでやってきた、と察したとき、十三の鼻頭は、ツンと痛くなった。


 ”社長”は、十三を助けるために、ここに来たのだ。


「……ハハ……」


 十三は、なんとか自由の利く指をほんの少し動かして、目元に滲んだ涙を拭った。


「……アンタ、さぁ……。ヤクザなんじゃ、ねぇのかよ……。良い人すぎだよ……」


 十三の言葉に、”社長”は、少し面食らったようだった。


 ただ、気を悪くした様子はなく、唇をモゴモゴと動かして「……そう、かな。そうかもな」と、ばつが悪そうな、照れたような表情を浮かべている。


 ”社長”は、瓦礫に膝をつき、持ってきたアタッシュケースから荷物を取り出した。そこから出した包帯を、十三の足首にくるくると巻きつける。包帯にはネクタイと同じ、赤い刺繍があった。


「応急処置だ。これで、巫蝕(ふしょく)──そのヤケドの広がりは、ある程度抑えられるはずだ。ここから出られたら、助かるかもしれねぇ──」


 ──ぎりぎりぎり。


 そう説明する社長の背中越しに、ぎりぎりと繊維質のものを無理やり引っ張る音がした。


 影の腕に縛りつけられた人瘤ダルマが、拘束から逃れようとしているのが見えた。

 巨大な両手で身体を支え、頭を無理に引き伸ばし、拘束する腕を力づくで引きちぎろうとしている。


 力づくで脱しようとする行動とは裏腹に、ダルマは目から血を流していた。


『いかがないでよぉおおおおお……』


 と幼児のように泣きわめている。本体に同調して、頭部の赤ん坊もぎゃああぎゃああと激しく泣いた。


 ”社長”が鋭く舌打ちする。


「マズったな……一撃で仕留められなかった。カッコつけてねぇでとらも連れてくるんだったな」


 悔いる”社長”に、十三は声をかけた。


「しゃ、社長、社長……。ダメだ、間に合わない……。はやく、ここから逃げて、ください……。間に合わない……オレは、たぶんもう、ダメだから……」


「黙ってろ」


「わ、かるん、です……この包帯しても、オレはもう、間に合わない……。も……もう少し、したら、オレも他の人、と、同じ……頭吹き飛ぶ、か、全身、火だるまに、なってぇ……社長、巻き込んじまう……かも、しれ……。それは、絶対、イヤだ、から……」


「大丈夫だ。なんとかしてやる。絶対に、助けてやる」


 ”社長”の声は、いくぶん早口になっていた。


 十三の視界が、歪んでいた。


 霞む瞳には、涙が滲んでいた。他人の目の前で泣くのは初めてだった。


「なんで、そこまでして……助けてくれるんですか……会ったばっかりじゃないスか……」


 ”社長”の白い肌には、珠のような汗が浮かんでいた。その人形のような顔に、隠しきれない疲労と焦りが滲んでいた。


 ”社長”は銀糸のような長い前髪の奥から、十三を見つめ、こう言った。


「言ったろ? おれのこと、心配してくれて、嬉しかったって」


 言い終えたあと、照れくさそうに視線をそらした”社長”は、もう一度、繰り返した。


「……本当に、嬉しかったんだ。……誰かに心配されるの、初めてだったから」


 それを聞いた、東雲十三は、


「……───」


 自分のなかで、”何か”が、広がっていくのがわかった。


 ”社長”はなおも応急処置を続けながら、語り続けた。


「諦める、な、シノ。オマエの人生はこれからだ」


 焦りと疲労で、言葉を噛みそうになっている。


「頑張って生き残って、この地獄みたいな世の中を生きてこうぜ」


 少女のように可愛い顔立ちが、ニヒルな笑みを浮かべている。


「生き残れたら、今度こそちゃんと採用してやる。正社員だ。たくさん稼がせてやる。マンションだろうが、車だろうがブランド物だろうが、いくらだって買えるぞ」


 そのくせ、語る夢は、少年のように単純で眩しい。


「そうだ、普通のサラリーマンが手に出来ないモンだって用意してやる。ヤクだって、女だって、好き放題だ」


 小悪党のような夢を、冗談めかして語る”社長”の言葉に、十三は反応した。


「……おん、な……?」


「あぁ。遊んでみてぇだろ? モデルだろうが芸能人だろうが、オマエ好みの女、集めてやる。外国人だっていいぞ。どんな女だって選び放題だ。いくらだって遊ばせてやる。あと……あとは、なにかな。なにが欲しい?」


「……ハハ」


 十三は、自嘲気味に笑った。


「……もう……何もいらねぇや……」


 十三の言葉に、社長が怪訝そうに顔をあげた、


 次の、一瞬。


 数秒にも満たない一時(いっとき)は、東雲十三の人生の餞となる、一瞬にして永遠の春となった。


 十三は残された力を使って、腕に力を込めて身体をゆっくり持ち上げると、


 黒澤棺の唇に、口づけた。

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