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バッドランズ・グレイアウト  作者: 梅屋凹州
二章

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25/26

2話・10

次は4/21〜4/24ぐらいまでに投稿します!

【午後16:52】


 田舎に、田舎の夜が迫ってきている。

 東雲十三が厭う田舎の夜が。


 国道沿いのファミレスの、煌々と光る看板に、群れて飛び回る蛾、羽虫、また蛾。田んぼからか山からか、絶え間なく聞こえてくるは鈴虫の音とカエルの声。どこか生臭い土と風の匂い。


 あぁ素晴らしき里山。日本の原風景。部屋に侵入してくる蛾にいちいち悲鳴をあげ、靴底に平たく”くっついて”いた小さなカエルを見つけて青ざめていた学生時代が懐かしい。虫もカエルも田んぼも畑もジジババも、ぜんぶ火炎放射器で焼きロードローラーで轢いてしまいたいと思っていたあの頃も今や昔。


 高校生の俺、見てるか、と十三は過去の自分に訴える。大人の俺は東京で立派に社畜サラリーマンやってるよ。なぜか故郷に似た田舎にやって来て、見ず知らずのジジババたちを襲撃する準備してるけど。


 ーーまったく、人生、何があるかわからないものだ。

 学生時代と大して変わらない自分の顔を鏡で見ながら、十三はつくづくそう思う。


 ”とら”と別れ、再びファミレス隣の漫画喫茶でシャワーを借りていた十三は、あらためて身なりを確認していた。


 シャツにシワがないか、ジャケットに毛玉や埃はついていないか、髪はハネたりしていないか、頭から靴の先まで入念にチェックをする。


 清潔感は大事だ。だらしない見た目は、他人に不快感と警戒心を与える。キッチリとした身なりでいることは、人の警戒心を下げるための、もっとも効率的で手頃な手段だ。


 今回の仕事。東雲十三は、社長に大見得きって”やる”と宣言した。

 絶対に、しくじるワケにはいかない。


「ーーよし」

 鏡に向かい、ネクタイを締める。

 少し不安げな面持ちのサラリーマンが、そこに立っていた。


 作戦実行まで、あと1時間と5分。


【17:02】


 ファミレスで一旦別れ、別行動を取っていた”とら”が、社用車と共に駐車場に戻ってきていた。


「ガソリン、満タンで入れてきた。あと後ろに差し入れ……。オマエがやる気出るように……」

 言って、”とら”は運転席に乗ったまま後部座席を示す。差し入れ。好きな言葉だ。十三はワクワクしながら後ろを覗き込む。

「わぁ。なんでしょう……」


 そこには、見慣れないズタ袋が横たえてあった。


 長さは後部座席にジャストで収まるぐらい。どうしてか、本当にどうしてか、十三には全く見当がつかないが、人間が収まっているかのような膨らみがあった。


 まるで人間のようだが、まさか人間ではないと思うが、念のためもしかしてまさかと十三は「コレなんですか?」と聞くと、

「人間に決まってるだろ?」

 ”とら”が今更何を聞いているのか、というように答えるので、「ハェ〜〜」と喉が詰まったような相槌しか打てない十三であった。


「駐在の爺さん、邪魔になるかなと思って、念のため先に行って仕置銃で撃ってきた……。外に誘導してから撃ったから、カメラには俺の姿写ってないはずだ……」

「あッ〜〜用意周到〜〜。……さっすが、とらさんは、本当に有能ですね〜〜〜」

 適当なおべんちゃらでこの場を流す十三。


 しかし、”とら”は少し悩んでいる様子だった。

「でも、やっぱりズタ袋、目立つかな……。これじゃ、人間を積んでますって言ってるようなモンだもんな。トランクには、色々道具積んでて入れられねェし、ドラレコ積んでる対向車に出くわさないといいんだが……」

「あ、じゃあさっきの”ノラ”で隠したらどうですか?」

「お。天才の発想……」


 かくして、ズタ袋の上に、『ノラ』のぬいぐるみが置かれることとなった。

 少しスピードを出しただけでズリ落ちてしまいそうなやっつけ仕事であったが、ミラーを確認した”とら”は、満足げに頷いている。


「よし。これでいいだろう……。どこから見ても、『ノラ』好きなサラリーマンが夜の営業に向かってるようにしか見えないぜ……」

「社用車にデッカイぬいぐるみ乗せてるの結構ヤベーサラリーマンですけどね」

「……。オマエ……言うようになったな……」

「それを買われてヤードに来たんスよ」


 作戦実行まで、あと50分。



【17:15】


 ファミレス駐車場に、2トン車と、それに同行した黒塗りの乗用車が到着する。


 これは”とら”が手配したものだった。

 トラックはいわゆるハコ車と呼ばれるもので、荷台の中は完全に見えない。村にある”件”を収容するために、急ぎ本部に用意してもらったのだという。乗用車はトラックの運転手を回収するためについてきたものだ。


 トラックから、一人の若い男が降りてくる。

 おそらく十三より若い、20歳前後の青年だ。年齢と身の丈に合わない、高級なスーツを着ているのがいかにもそのスジの人種らしい。

 身長もさほど高くなく身体も鍛えすぎているほどではない、運転部あがりの青年、といった容姿だった。抜いたのか剃ったのか、両方の眉頭から先の眉毛が消えてなくなっている。


 柴犬を思い出させる容姿の青年は、駐車場の”とら”を見つけるなり「とらの兄さん! お疲れ様です!」と駆け寄ってきた。


 ”とら”は青年を労う。

降星(こうせい)。ご苦労サン……悪いな、非番の日に無理言ってここまで来てもらって……」

「いえっ! ヤードのことは全面的に支援しろと、末吉(すえきち)親父(おやっ)サンから常々言われてますから!」

 そう言って、降星と呼ばれた青年は、慇懃に頭を下げた。


 ”とら”はその降星なる青年を、十三に紹介する。

「シノ、こっちは寿降星。寿(ことぶき)組の若頭補佐だ」

「はーーはじめまして。東雲です」

 若頭という単語に内心ビビる十三。だが降星なる本人は、爽やかに応じた。


「あっ、こちらが東雲サン。話には聞いてます。黒澤社長のお気に入りの伝説の男だと」

「おおおおお気に入りってそんな! いやもう誰ですかそんな! とらさんでしょお! やだなーもうっ!」「こらこら落ち着け、叩くなって……。見られてるぞ」

 我を忘れてはしゃいだ十三だったが、降星に「テンション高いんですね」と言われたことで冷静になる。推定年下に、元気だと言われることほど恥ずかしいことはない。顔が熱っぽくなっているのを自覚して恥じる十三であった。

「……誠に申し訳ございません。取り乱しました」


「いえっ、ジブンのことはどうか気にせずっ。……あの、ジブン、ここに来る前、黒澤社長から荷物預かってきまして」

「荷物……?」

「ハイ。……あの方に話しかけられたのは初めてで、ビックリしてロクに礼もいえませんでした……っ。気分を害してないといいんですが……」


 そう言って、降星は銀色のアタッシュケースを差し出してきた。

 ーー仕置銃の入ったケースだ。


「……社長……」

 ”とら”はすでに仕置銃を持っている。

 ということは、これは十三が使うために社長が用意してくれたのだ。


 降星から荷をすぐに受け取ることはせず、”とら”は十三とアタッシュケースを、交互に見比べた。

「……シノ、どうする?」

「どうする、って……?」

「これは、れっきとした銃だ……。人に危害を与えるモンだ。カタギのオマエが持つには……覚悟がいるぞ」

「……それは……」


「……村の奴らは、もともと俺がやるつもりだった。お前は”件”の回収だけでもいい。……どうする?」

 ”とら”に問われる十三。

 だが、逡巡はごくわずかだった。


「ーーいえ、やります」

 十三は、”とら”を真っ直ぐに見つめて、はっきりと言った。


「オレは、社長に給料もらってる身です。とらさんに嫌なことだけ押し付けたら、オレはヤードの社員失格になっちゃいます。……やります。やらせてください」


 それを聞いた”とら”は、にっと口角をあげて実に嬉しそうに笑った。

(おとこ)だねぇ!」

 十三はぎこちなく笑い返し、降星からアタッシュケースを受け取った。


 当然のことながら、ずっしりと重い。責任と、銃を撃つという行為に比例しているのかもしれない、ふと、そんなことを思った。


 最後にトラックのキーを”とら”に渡した降星は、足先をキッチリ揃えて、再び頭を下げた。

「それじゃ、ジブンらはこれで失礼します。兄さん方のご武運をお祈りしますっ」

「おう。お前らも、帰りは気をつけてな。夜間運転は危ねぇから、ラジオとかつけるんだぞ……寝落ちしないようにな……」

「はいっ肝に命じます!」

 ”とら”にキッチリと返事をした降星は、次に十三に身体を向けて言った。


「東雲さん、今度ゆっくりお話しましょう。幹部会の時にでも、改めて」

「あ、はい。ーー……幹部会?」

 聞き逃がせないワードを言い残し、降星は「ではっ! 失礼します!」と言ってキビキビと乗用車に乗り込んでいった。


「かん……幹部会? いま幹部会って言いました? あのヒト」

「まだ先の話だ……それよりも、まず先にこの仕事を無事に終えることを考えろ……」

「う、うス……」


 幹部? 幹部ってなんだ? 大事な作戦実行前だというのに、猛烈に嫌な予感に頭を支配される十三だった。


 作戦実行まで、あと30分。


【17:42】


「……そう。ここまでメーターがあがったら、一発発砲できる。こっちまであがったら、形態変化だ。……だが、オマエはこの拳銃タイプの、初期状態を使っていった方がいいと思う。重い銃にしても狙いがつけられないだろうし、反動で腕を痛める……。社長みたいにな」

「……なるほど。大体わかりました」


 作戦実行、直前。


 社用車のなかで、十三は”とら”に、仕置銃の基本的な撃ち方を習っていた。

 ごくごく初歩的なことだったが、モデルガンすら触ったことのない十三には馴染みのない世界だ。


 教わったばかりの撃ち方を必死に反芻していた時、”とら”が尋ねてきた。


「……緊張するか?」


 十三は否定することが出来ず、薄ら笑いを浮かべた。


「しない……って言ったら大嘘になりますね。……頭ン中ごまかすために、昔みた日本映画のこと、思い出してました」

「どんな話……?」

「室町時代ぐらいの話だったかな。落ち武者に村を襲われるから助けてほしいって、百姓たちはわずかな米を対価に、武士に助けを求めるんです。哀れに思った七人の武士たちは、百姓たちのために命がけて村を守った。でも、百姓たちは、村に酒や食糧をふんだんに隠していた。弱者のフリをして、ずるいことを平気でする。……それが、あの映画のオチだったと思います」

「なるほど……にほん昔話みたいな話だな」

「まぁ……日本の昔話ですからね」


「でも、今はまさに、そういう状況だと思うぞ。今回に関しては、躊躇う理由がねェ……。あいつらはな、配慮が必要ないたいけな田舎の年寄りじゃねえ……。俺らの商品に手を出そうとした、盗人だ」

「……そう、ですね」

 そう言い切る”とら”は、すでに迷いがないようだった。


「……迷う必要なんて、ないんですよね。あの住職も村の奴らも、悪人なんだから……」

 十三は、自分に言い聞かせるように呟く。


 でもな、と”とら”は口を開いた。

「……俺も時々は、迷うことはあるんだ……。この暴力が正しいのかどうか。ここまでする必要があるのかどうか。頭ンなかの優等生が騒ぎ出す。とらたろう学級会だ」

「とらたろう学級会」

「そんときはよ……とにかく、立ち止まらないようにしてる。俺らみててぇなヤクザ稼業、いつかバチはあたるんだろうから、そんときにまとめてケジメをつけよう。今は最善を尽くそう、ってな……」

「因果応報、ですか……」

「おう、それよ」


 東雲十三は、考える。

 もし自分に、いつか悪因が巡ってくるなら、それはどんな風にやってくるのだろうか。


 頭を巡らせても考えても、今の十三にわかるはずもなく。


 そのうちに、スマホのアラームが鳴った。

 ()()だ。

「さてーー時間だな」

「えぇ。時間ですね」


 十三は、乗用車に残り、

 ”とら”は2トン車に、乗り込む。


「はじめましょう」

「おう」


 東雲十三と宗谷寅。互いに二人は声をかけあって、


 ーーそして、仕事は、始まった。

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