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バッドランズ・グレイアウト  作者: 梅屋凹州
二章

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2話・11 ”城門突破”

 「ーー先日は突然の訪問、失礼いたしました」


 そう言って、東雲十三は多くの住民たちを前に、深々と頭を下げた。


 十三に視線を注ぐ住民たちの表情は一様に固い。


 当然だろう。昨日強面の男に連れられて乗り込んできたひ弱なサラリーマンが、今日は単身で訪れ、スーツを着込み丁重に挨拶をしているのだ。怪しまない方がどうかしている。


 それと知ってなお、十三は住民たちのなかにひとり飛び込んでいた。


 庫裏(くり)の客間を繋げて置かれた赤樫のテーブルの上には、刺身やビール、寿司やオードブルが、所狭しと並んでいる。

 これら会食の品は全て、今日のうちに十三が手配したものだ。


 村の住人たちを、この場に集めるために。


 客間には、村の中心である老人と、その一回り若い世代、さらにそれよりもう一回り若い中年世代が、顔を揃えていた。各家の代表とおぼしき男性が中心だが、中には夫婦で来ている家族、赤ん坊や子供を連れている家庭もあった。

 上座には六王子(ろくおうじ)住職がいて、十三の一挙手一投足に睨みを聞かせている。


 十三は頭の中で計算を終えると、口火を切った。


「皆様、本日は急なお呼び出しにも関わらずお集まり頂き、ありがとうございます。改めましてグレイブヤード、営業部主査の東雲と申します。以後お見知りおきをよろしくお願いします」


 再び慇懃に頭を下げる十三。住民たちは返事もせず、ただ十三に厳しい視線を注いでいる。住人たちの無言の圧力を感じつつ、十三はつとめて冷静に話を続けた。


「この度は、皆様が所持されている人形、通称”(くだん)”に関しまして、ご相談があってやって参りました次第です」

「相談だと? おこがましい!」「そうですよ! あの人形は、うちの村の財産なんだから! 何も話しなんてありませんよ!」「お前らヤクザにくれてやる義理はねぇぞ!」

 早速、野次が方々から飛んでくる。十三は反論せず、ひたすら詫び続ける。


「はい、もちろん承知しております。この村にある全ての”件”の所有権は六王子住職にあり、弊社は一切の権利を有しておりません。……これまで我々は、皆様の善意につけこみ、非常に安い単価で”件”を仕入れさせていただいておりました。これまでの不誠実な対応、誠に申し訳ございませんでした。弊社社長、黒澤に代わりまして、お詫び申し上げます」


 言って、再び深々と頭を下げる十三。

 住人たちが黙りこくる。まさか謝罪一辺倒だとは予想していなかったのだろう。住民たちが困惑しているのが頭上から感じ取れた。


「この村にある”件”が、皆様のものであるものは事実。しかし、弊社が”件”を確保したいことに変わりないのも、また事実です。そこで私は、村のみなさまと改めて商談をするために、こうして会社の代表として参りました。村の皆様にお詫びを入れて関係の改善をしたうえで、契約の更改ーーつまり、ビジネスパートナーとして、皆様とあらためて提携させていただきたく思い、席を設けた次第であります」


 住民たちがざわつく。

 後ろの方にいた、エプロンを着けた中年の女が、おずおずと手を挙げて発言した。


「ビジネスパートナー……ってことは、なに? 私たちが、仕事を手伝うってこと?」

「えぇ。より正確に申し上げますと、我々が、皆様方にお仕事をご依頼する、ということになります。我々を元請けとして、皆様を下請けとしたい。その説明のために、本日は資料を用意いたしました」


 言って、十三は急ごしらえで作った紙の資料を全員に回し渡した。

 急ごしらえで作ったプレゼン資料だが、それをパラパラと眺めた村の住人達は、困惑しつつも、さっきまでの強行な姿勢をいくぶん和らげた。


「住職、こう言ってますけど、どうするんですか?」「そんな上手い話が本当にあるの?」「でも、仕事だってんなら、そっちの方が良いんじゃ」「自分もそう思います。ヤクザから仕事を盗るよりよっぽどいいですよ」「おい! 口を慎めよ! 盗るなんて人聞きが悪い……!」「でも、事実じゃないですか。現に昨日、怖がってる人だって多かったんだ。あんなおっかないヤクザに楯突くなんて、やばいって、絶対報復されるって……」「そうですよ! 安全に商売が続けられるなら、願ってもない話じゃないですか」「そうだ! あんたら、小さい子供がいないからわかんないんですよ!」


 盛んに意見を交わす住民たちと違い、六王子住職だけは腕を組み、じっと考え込むような仕草を見せている。

 ーーまだ本丸は崩せないか。

 当然ながら、このスキームの要にいるのは六王子だ。ここを落とせなければ、計画は失敗に終わる。


 ここでたじろぐ訳にはいかない。十三はさらに、住人たちに追い打ちをかけた。

「もちろん、我々が元請けとして依頼する以上は、効率的な運用ができるよう、責任をもって管理させていただきます。マニュアルも作成しますし、バックオフィス業務は全てこちらが受け持ちます。皆様には余計なお手間は一切取らせません。もちろん、業務委託契約ですから、皆様には相応の報酬をお支払いいたします」


 言って、十三はノートPCを操作し、壁にかけて準備しておいたプロジェクターに資料を投影する。

 流通のマニュアル、仕入れからの段取り、作業人数など、具体的な手順をフローにした。


 さらに”件”の仕入れに対する報酬単価、稼働日数に対しての見込み収益、など報酬に対する具体的な数字も並べた。


 これには、おお、と唸る声があがる。

 強欲な村人たちだけあって、カネの話には食いつきがいい。具体的な数字の提示は、さらに住民たちの興味を引くことが出来た。この辺りは、十三の前職の営業経験が活きている。たった一ヶ月程度だが、先輩にくっついて資料作成を頑張った甲斐があったものだ。


「このほか、成果報酬としてインセンティブもお支払いいたします。稼働時間と稼働日数を考慮しますと、おそらくみなさんにお支払いできる金額はこれほどーー」


 数字を見た住民たちから、歓声を上げる。「いい話なんじゃないの?」「そうだよ、よっぽどいいよ」と弾む声も聞こえてきた。好感触だ。


 十三は最後の関門である六王子に視線を送った。

「どうでしょうか、住職」

「ふン」

 住職は憮然とした顔のまま、手前に置かれたマグロの刺身を一気に数枚箸で掴み、口に入れた。


「ずいぶん上手い話があったもんだな。裏があるんじゃアないのか」

「信じられないのも無理はありません。ですが悪い話ではないはずです」

 断言して、十三は六王子住職を見つめた。 


「住職もよくご存知でしょう。我々の()の組織、楽叉会(らくさかい)は下の人間が減り、人手が足りません。”件”で儲け続けるには、どうしたって人の手がいる。今までは我々の不義理があり、信頼関係がありませんでしたが、実際問題、我々は猫の手でも借りたい。みなさんのお力をお借りしたいんです」


 住民たちを見回して十三は続ける。


「昨日、みなさんの手際を実際に拝見しまして、感服いたしました。大変で繊細な作業にも関わらず、みなさんとても手慣れていらっしゃる。連携もよく出来ておりますし、段取りもいい。我々の提携先としてはもってこいです。昨日のことはお互い水に流しまして、ぜひ手を結びたいと考えています」

「ふん。……おい、誰か。酒。いいのを持ってこい」

 六王子の一声で、十三の前にグラスが置かれた。おそらく村でも若手であろう中年女が、日本酒を注いでくれる。新潟の有名な酒だ。


「東雲って言ったか。アンタ、下っ端の割には話がわかるな。ったく、ヤードもさっさとアンタみたいなヤツを寄越せばいいんだよ」

「では……」

「ふン。まぁいいだろう。話ぐらいは聞いてやる」

「ありがとうございます! 光栄です」

「まぁ、いい。まず呑め」


 言って、六王子は盃を持ち上げた。十三はビールの入ったグラスを持ち、下の方で軽く合わせた。


 酒を豪快に煽った六王子は、立ち上がって住人たちに告げる。

「おい! みんなも好きに飲め! 遠慮するな! 留守番させてきたカカァも子供も、みぃんな呼んでこい! ぜぇんぶ、こちらのヤクザさんのおごりだとよ!」

「ハハハ……」

 住職の許可を得た村の住人たちも、各々グラスを手に取った。完全に警戒心を解いた様子で、食事や酒に手をつけ始めている。


 強い酒を煽った六王子は、見る間に上機嫌になった。十三の用意したオードブルや寿司をつまみながら、高級な日本酒や焼酎のボトルをどんどん開けはじめている。給仕をしにきた若い人妻の尻を触り、女を囲って、商売とはなにか、説法とはなにかを若手に語りだしている。


 ほどなくして、六王子の号令によって集められた住民たちが、ぞくぞくと村に集ってきた。

 タダメシを食えると思ってやってきたのか、それともお祭り気分なのか、みな足取り軽くサンダル履きでやってきた。

 組合長以下、若手世代、それに連れられた嫁、子供までやってきた。おそらく住民の、約六割が寺に集まってきただろう。


 住民たちが集まってきたことで、商談の席はもはやただの宴席へと変わろうとしていた。

 小一時間ほど呑み続けた頃には、六王子から威厳あるボウズの面影は、欠片もなくなっていた。


 頃合いを見て、十三は六王子にコッソリ声をかけた。

「あのぅ、住職。そろそろよろしいですか?」

「あ? なんだよ」

「ビジネスの話の続きです。寺の向かいの集会所をお借りして、すでに説明会の準備を進めておりました。そちらで、皆さんともっと話を詰めたいと……」

「あぁあぁ、そうか。ビジネス、ビジネスな。ハハ、忘れちまってたよ。……おーい、みんな。集会所に集合、集合だ。これ以上酔っ払わねぇうちに、お仕事の話だとよ」

 上機嫌になった六王子は、立ち上がって手を鳴らした。


 食事と酒ですっかり出来上がった様子の住人たちも、住職の声には従うようだった。のっそりと立ち上がり、つっかけサンダルを履いた人々は、ひとり、またひとりと、庫裏から境内に姿を見せた。


 ーー今だ。


 東雲十三は、この時を待っていた。


 こっそりと”とら”に合図を送る。通話アプリにスタンプを押すと、すぐに”とら”から返事が返ってきた。 

 『ノラ』がサムズアップしているスタンプ。「了解です!」だそうだ。まったくもって、TPOと人相に全く合ってないスタンプである。


「では、みなさん。準備はよろしいでしょうか?」


 十三は境内にいる住人たちを見回した。

 すっかり十三への警戒を解いた様子の住人たちは、「おー」となどと緩んだ返事をする。


 その様を見た十三は、ーー心から、純粋な笑顔を浮かべた。


 ーーあぁ、本当に。


 なんて愚かな人々なんだろう。場の空気に流され、即興で作った適当なパワポ資料に騙され、毒が入っているかもしれない酒や食事に手をつけ、嫁子供まで連れてくる。どいつもこいつも本当に間抜け、大間抜けだ。もう少し世間を知り、もう少し疑っていたら、なんとかなったのかもしれないのに。

 そうしたら、十三はほんのちょっとだけでも、罪悪感を抱けたのかもしれないのに。


 無知は、罪だ。

 愚かさは、罪だ。

 シノギの盗みは、大罪人だ。

 社長を邪魔する者は、極大罪人だ。


 だから、こいつらに同情してやる価値など、ない。


「ーーおい、なんだ、この音?」

 シラフに近い男が、ふいに、そう呟いた。


 境内に、エンジン音が聞こえていた。大型車の重苦しいエンジン音。それはどんどんとこちらに近づいてくる。ーー全く、スピードを緩めないまま。むしろ加速して。


「お?」

 住職が、きょとんと目を丸くしたが、それだけだった。酒に酔っ払った住人たちは、哀れにもその気配に鈍感だった。ーー正常性バイアスだ。昨日あれだけ怖い人が来たというのに。そしてその怖い人は、今日まだ一度も姿を見せていないというのに。


 境内を守る、寺の山門。

 固く閉ざされた、歴史ある門の直前まで、エンジン音はやってきて、ヴゥウウウンと唸っている。


 唸ったまま、山門に突っ込んでくる。


「ーーー!!!!」

 それを間近にした住民たちは、息を呑んだ。


 声にならない悲鳴をあげて、半歩後退り、だが、逃げることは出来ないでいた。


 バキバキメキメキと木の砕ける音。トラックはエンジン音を唸らせ、無理やり境内に突っ込んでくる。「あ、あ、あ」住人の誰かが、トラックを指さして、呆けた様子で、それだけを口にした。


 その直後、門は木の破片となって、境内に転がり、飛び散った。


 撒き散らされた木くず。舞う埃。唖然として立ち尽くす村の住民。その様を見て、ひとり微笑んでいる東雲十三。


 その前に、トラックの運転手が姿を表す。


 宗谷寅だ。


「盛況だね」


 そう言って、ニヒルな笑みを浮かべる反社会の男の両腕にはーーミニガンが吊るされていた。

次は週末更新予定です。おりゃおりゃおりゃおりゃどかん!

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