2話・9 『死亡フラグ』
トワイライト・ウォリアーズ大好き! 次は4/19〜4/20あたりに投稿できればと思います!
同日、16時。
東雲十三はまだ、ファミレスのリモートルームにいた。
ほぼ徹夜作業の甲斐あって、まもなく資料は完成しようとしていた。
スクリプト、プレゼン資料、印刷物。酒、オードブル、寿司など、各種デリバリーの手配。もっとも肝心な、先方へのアポ取りもどうにかクリアした。
この資料さえ完成すれば、十三と宗谷寅の、”共同作戦”に必要なものは、全て揃ったことになる。
作戦決行まで、あと2時間。現在は、最後のチェック作業の最中である。
十三がノートPCのディスプレイをひたすら凝視していたとき、そっと個室の扉が開いた。
身だしなみを丁寧に整え、ぐっすり眠ったであろうピカピカの”とら”である。十三の様子を見るなり、珍しく仰天していた。
「シノ、お前……っ! まさかずっと、ここにいたのか……?」
「おはようございますとらさんずっとじゃないですよ隣の漫画喫茶でシャワー浴びて仮眠しました三時間ぐらいですけど……。今の漫喫って下着も買えるから便利ですねシャワーもあるしコインランドリーもあるから洗濯もできるしナイトウェアも借りられるから靴下までちゃんと全部洗えましたよアハハ……。ところでとらさんは、ぐっすり休めましたか……?」
なにせほぼ徹夜だったのである。東雲十三は若干、いやだいぶ、ハイであった。
うらぶれた十三の様子を見て、”とら”は申し訳なさそうにしていた。よもや、自分だけスヤスヤ寝ているとは思わなかったのだろう。
「あァ……たくさん……寝た……。快眠だったよ……。枕を選べるサービスがあるって言うもんだから、普段使ったことのない枕試してな……」
「そうですかそれは良きことですねハハ」
「……悪かった。流石にだいぶ感じてるよ……罪悪感……。だから、」
瞬間、あの気配を察した十三は、タブレットへと伸びかけた”とら”の手を上から押し止めた。
「!?」
”とら”は驚愕に目を見開いている。
「シノ、お前……! そんなナリのクセにどこにそんな力が……!? うちの実家の猫たちより速かったぞ……!」
”とら”はタブレットから手を引きたがっているが、十三はそれを上からグググと抑えて止める。
13時間に及ぶぶっ続け労働は、十三を無謀にさせていた。
”とら”が引け目を感じている、今こそ好機だ。
クマの浮き出た目をガン開きにさせて”とら”を見つめた東雲十三は、執拗に問う。
「とらさん、オレ頑張ってますか……? 頑張ってますよね?」
「……。あぁ、頑張ってると、思うよ……。だから、料理をおご、」
「違うんですよとらさん。オレが言いたいのはそうじゃあない」
十三はとらの目を真っ直ぐに見つめ、ゆっくりと首を振った。
まさかカタギの後輩に圧をかけられるとは思っていなかったのだろう。”とら”の心が大きく動揺しているのがわかった。
「頑張ったご褒美に、そろそろ答えてくださいよ……。いくらなんでも不自然ですよねコラボメニューこんなに頼んで……。アクリルキーホルダーはなんのために集めてるんですか? お子さんがいるんじゃないなら、なんなんですか……? どう、して、なん、です、か」
スプーンで皿をコンコン叩いて威圧する十三。
本気になった”とら”の圧には及ばないが、睡眠不足の十三にも、飢えた野犬ぐらいの迫力は出せた。
観念したのか、”とら”は手を軽くあげて降参の意を示した。
「わかった、わかったって。話すから……落ち着け。コーヒーでも呑もうや……。な?」
「あい」
説得され、素直にタブレットを明け渡す十三。
”とら”は、『ノラ魂』のコラボメニュー『まぁ茶でも飲め夜明けのホットコーヒー』を二つ頼む。
そして、名刺入れから、紙切れを出した。
すわ家族写真かと十三は思ったが、出てきたのはこのファミレスチェーンのスタンプカードだった。
スタンプカードを指で示しながら、”とら”はぽつりと説明した。
「……これ……コラボメニューを注文ごとに……スタンプが貰える……。あと二つ頼めば、コラボ限定のレストラン衣装のぬいぐるみが貰えるんだ……。こーんなに、おっきいやつ……」
と言って”とら”は、自身の腕のなかに抱えられそうなほどの大きさを宙に描いた。
「……それ目当てで?」
「そうだよ」
「ノラのぬいぐるみを?」
「そう……」
十三はパチパチと瞬く。
”とら”はバツが悪そうにしていた。
「……誰のために?」
「……誰って、そりゃあ……」
”とら”は黙り込む。
十三は、長く細いため息をついた。
「……やっぱり……いるんですね。お子さん」
「……」
”とら”は、しばらく口を閉ざしていたが、やがて首を横に振った。
「子供は、いない……。決まった女も持たないようにしてる。……俺の家は、代々こっちだからな……。ガキだの女房だのがいると、苦労をかける……」
そう言って、とらは頬にあてた指を下に引いてみせた。古典的な、キズあり、の意。今どきその表現するんだ、と十三は内心たまげていた。
そのタイミングで、個室のドアが開いた。店員さんが、『ノラ魂』のキャラのモナカが乗ったウインナーコーヒーを運んできたのだ。
店員さんが去り、コーヒーを一口飲んで喉を湿らせた頃、”とら”が再び、口を開いた。
「……うちのお母さんもな、ずいぶん悩んだそうだ……」
”とら”は、コーヒーカップに刺さった猫型のモナカを見つめながら、訥々と語り始めた。
「自分の代で、先祖代々の商いも、血筋も、終わらせるつもりだったらしいんだが……お父さんに泣きつかれて、結婚した……」
「……とらさんのお母さんが、その、こっちの」十三は頬に指をあてて下に向けてなぞり、「世界の、人なんですか」
「あぁ……。お父さんは、不良上がりの末端の構成員でな……。組じゃ成り上がれなかったが、恋で下剋上成功したって自慢してる……。今じゃ結婚40数年、楽叉会きってのおしどり夫婦で有名……」
「へえ〜〜。……」
感心した十三は、そこでコーヒーを一口飲んで、ソーサーにそっと置いた。
ーー”とら”のことは、ずいぶんとおっとりしてる人だと思った。そういう事情があったワケだ。
ーーお母さんに、お父さん、か。
親への敬意が込められた丁寧な呼び方。思えば、完璧な箸の持ち方や、年下に対する物腰にも、その片鱗は見えていた気がする。
育ちの良い人特有の、精神的余裕。自分軸のある人ならではのおおらかさ。
それが、”とら”からにじみ出ているのだ。
それ故に、十三は心配になった。
真っ直ぐであることは、この掃き溜めのような世のなかで、欠点になる。
余計なお世話になることは承知で、十三は”とら”に聞いた。
「……良かったんですか? 俺に、ご家族のこと話して……」
「なんで?」
「だって、……とらさんたちみたいな人は、肉親の話とか、軽率に話さないモンなんじゃないんですか? 何があるかわからないし……。もし、オレが誰かに口割ったりしたら……」
「? 問題ない……。お前のことは、信頼してるし、仲良くなりたいと思ってる……」
「……!」
あまりに呆気なく言い放つ”とら”に、衝撃を受ける十三。
しんらいーーなかよくーーー信頼ーーーナカヨクーー。
今日び滅多に聞かない単語の羅列。あまりの衝撃に宇宙に意識が飛んでいった十三は、”とら”に食い下がり気味に質問をしていた。
「そーーそれは……オレがカタギだから、ですか……?」
「それもある……。けど一番は、お前が一生懸命仕事をしてるからかな……」
「しごと……? で、でも、社会人なら、当たり前のことなんじゃ……」
「そうかな。案外、そうでもないと思うぜ……」
そう言って、”とら”は視線を落とした。
”とら”の視線の先には、猫型のモナカがある。親もなく、仲間たちだけでサバイバルをして過酷な世界を生き抜いているという、気高い子猫のキャラクターを。
「……うちのお母さんが常々言ってる。人間の魅力を一番感じられるのは、働いてるときの姿なんだと……」
宗谷寅ーーいや、中田とらたろうは、そう口火を切りだした。
「俺も、そう思う。……安い給料でも、真面目に働くヤツ。カネだけ貰えればいいと影で手を抜くヤツ。人に仕事をぶん投げてサボるヤツ。人を助けて自分が潰れるヤツ。……社会にはいろんな奴がいるが……、俺が一番カッコいいと思うのは、カネでも自分のためでもなく、仕事のために仕事してるヤツだ」
言い切って、”とら”は十三を真っ直ぐに見つめた。
「シノ、お前は……大学を出て、営業を選べるだけの体力とコミュニケーション能力がある。……人より、多くの選択肢があったはずだ。少なくとも、小学校を出てから大陸の貧民窟に紛れて暮らし、勉強もせず身体を鍛えるしかなかった俺よりも、はるかにな。なのに……、お前は立派な学歴と、一度きりの人生の貴重な時間と体力を使って、責任と埃をもって仕事をしている……。それは尊敬すべきことだと思うし、誰にも出来ることじゃないと思うよ」
それを聞いた十三は。
東雲十三は。
「そんな……とらさん……そんな……」
”とら”の、圧倒的な神々しさを前に、二の句が継げなくなっていた。
後輩の目を真っ直ぐに見て、褒める。
そんな人間が、この東京にいったい何人いるだろうか。
光ーー。
圧倒的光属性。
光のヤクザ。
それが、中田とらたろうという男の、本性だったのだ。
あまりの眩さに顔を上げられなくなった十三は、呻く。
「なんかオレ……自分という存在が恥ずかしくなってきました……」
「え……? 突然どうした……?」
しかも本人、まるで自覚なしという始末である。
「とらさん、心が……優しいというか眩しいというか……真っ直ぐすぎますよ……。なんで……ヤクザなんかやってんスか……」
「それは……よく言われる……。元いた組の親父さんや舎弟たちにも心配されて、だからヤードに移ってくることになったんだ……。サラリーマンなんて向いてねェのによ……」
納得がいってない、という顔でコーヒーを呑む”とら”。
それを聞いた十三は、思わず「……ふふ」と笑っていた。
肩の力が抜けた、自然な笑みが浮かんでいた。自分がこんな風に笑ったのは、いつだったろう。
故郷で”たま”といたときは、いつもこんな風だった。
体罰教師の下足箱にイタズラを仕掛けた帰り道。マズイマズイと笑いながら十三の手料理をなんとか完食したとき。とんでもないタイトルのAVを借りてきて二人で見終わったとき。
本音で会話できることは、春の晴天の風が吹き抜けるように、こんなにも心地がよいことだったのだ。
それを、本当に久しぶりに、思い出せた。
だからーー冷めかけたコーヒーを呑んだ十三は、”とら”の目を真っ直ぐに見つめて、こう言った。
「ーーオレもとらさんのこと、すごく魅力的だと思いましたよ。もっと仲良くなりたいと思いました」
「なんだよ、突然。よせよ……」
「照れてます?」
「よせって……」
”とら”は照れくさそうに目をそらすが、十三は逃すまいと視線で追いかけた。
「あれ? 人のことは褒めておいて、自分が言われたら照れるっておかしいですよね? 矛盾してません? ねぇとらさんねぇねぇねぇ」
「くっ……大卒め……! 難しい言葉を使って惑わそうとしやがって……! もういい、会計だ……!」
「あっ逃げた」
”とら”はタブレットを掴むと、それを持ってそそくさと会計に向かってしまった。十三も、広げた仕事道具をまとめた後、その背中を追いかける。
レジで会計を終えていた”とら”は、店員にスタンプカードを渡していた。例のコラボメニューのスタンプだ。
スタンプが全て溜まり、”とら”が交換を申し出ると、店員さんが景品のぬいぐるみを持ってきてくれた。赤ん坊ほどの大きさの、レストラン衣装を着た『ノラ』である。
「おお……!」
”とら”は、それを受け取って、嬉しそうに掲げている。
その様子を目ざとく見ていた十三は、にっこり笑って言った。
「そういえばとらさん、さっきの質問、ちゃんと答えてもらってないですよね。教えてくださいよ。お子さんがいないなら、なんでノラのグッズを集めてるんですか?」
「……それは……今度話すよ」
「イヤいま話してくださいよ。なんでですか。そういう流れじゃないですか」
ついに根負けした様子の”とら”は、「わかったよ」と苦笑してため息をついた。
「この仕事が終わったら、話す……。それでいいな……?」
「わかりました。約束ですよ。ぜったいですよ」
「あぁ、絶対な……」
こうして、無事約束を交わした十三だったが。
ーーあれ、これって死亡フラグだったんじゃね? と気づいたのは、作戦実行直前、シャワーを浴びている最中だった。
時すでに遅し、というヤツである。




