2話・8
『話は聞いた。二人とも、ご苦労だったな』
ノートPCの画面向こうで、黒澤棺がそう労った。
PC画面には、社内に残っている三人ーー棺、ミケ、チカの姿が表示されていた。チャットツールを用いた、オンライン会議が開始されたのだ。
ファミレスに着く直前、十三は棺を初めとする社員全員に経緯を説明していた。
今後は、重徳寺による”件”の仕入れがなくなること。
六王子住職はヤードとの信頼関係に不満があり、さらにグレイブヤード並びに楽叉会のシノギを奪おうと画策していると思われること。
報告を聞いた棺は、定時近くだったが、ただちに社内会議を決断。
社員全員を、こうしてリモート会議に招集したのである。
十三と”とら”の現地組が今いるのは、早朝に訪れたファミレスのリモートワーク対応の個室だ。これは利便性と、”とら”の個人的な強い希望によるものである。
二人は、持参したノートPCでビデオ通話を繋ぎ、ファミレスから会議に参加していた。
『まず、この件に関してミケから報告がある。ミケ』
棺に名前を呼ばれたミケが、短いオレンジ色の前髪をくるくるいじりながら発言した。
『うぃーす。にーさんたちの報告さっき聞いて、さっそくオカルト界隈の知り合いに聞いてみましたわー。そしたら、あの六王子って坊さん、顔見知りのオカルト系動画配信者に、”件”を買わないかって話を持ちかけたらしいス』
「……配信者に?」
十三が疑問の声をあげると、ミケは案外あっさりと答えてくれる。
『そ。基本的に動画配信者って、再生数と人気を安定させるために、毎日更新が原則なんだわ。でも、それじゃどうしたってネタ切れになるし、競合とネタ被りした日にゃあ再生数が期待できない。そういう奴らにとっちゃ、坊さんが新鮮な”件”を売ってくれるのは、良い話ってワケ』
「なるほど……あの住職、配信者のツテはたくさんいるだろうから、売り手には困らないんですね」
『そーゆーこと。坊さんには安定して買ってくれる客がいる、買う方もネタになる。win-winってことだな』
「はぁ。なるほどね〜〜」
心から感心する十三。
そのとき、それまで黙っていたチカが、”とら”に静かに告げた。
『とらちゃん、わかってると思うけど、このままにはしておけないよ。坊さん、ウチの会にケンカ売ってきたんだ。落とし前、すぐにつけてもらわないと』
「もちろんわかってます、チカさん……」
”とら”とチカ、二人の会話で、重い約束が交わされたのを十三は感じ取っていた。
両指のない女と、背中に入れ墨を背負う男たちの約束は、軽々しいものではないことぐらい、十三にも理解できた。
黒社会は、何よりもメンツを重んじるという。
あの坊さんは、ヤードと、その上の楽叉会を舐めきっている。相応の制裁が必要になるのだろう。
重苦しい沈黙を打ち破るように、棺がキーボードを叩いた。
通話画面のログに、『タスク1・件の回収 2・ボウズと村人にわからせる』と文字が表示された。
『よし。シノ、とら。いま書きだしたとおり、現地にいるお前たちに頼みたい仕事は二つある。一つ。村にある”件”を、全て回収して会社まで持ち帰ること。もうひとつは、勘違いした田舎モンに、世間の怖さを教えてやるってことだ』
「承知しました……」
「わ、わかりましたっ」
”とら”に続き、および腰ながら十三も了承する。
頷いた棺は話を続けた。
『1つ目の”件”の回収。これは、そう難しいことじゃねぇ。ハングドマンがすでに場所を把握してるから、時間はかかるが一個一個回収すればいいだけの話だ。……問題は、2つ目。村の奴らが、二度とウチのシノギに手を出せねぇようにする。これが問題だ』
ふつう、黒社会のシノギと呼ばれる商売に、素人は中途半端に手を出さない。痛い目に遭うのがわかりきっているからだ。日本社会の人間なら、子供でも心得ている常識だろう。
だが、今回、それを厭わない田舎モノが手を出してきた。そういうときはーー。
『ウチの組織の流儀だ。坊さんには、身をもってわからせてやるしかない。素人が黒社会のシノギに手を出したらどうなるかをな』
「身をもって、ですか……」
さすがに愛想笑いを浮かべることが出来ず、十三の顔が引きつった。
紙タバコに火を点けながら、チカが言う。
『ウチの組織ーー楽叉会の掟でね。相手がカタギだろうが、組織の商売に手を出そうとするヤツがいたら、徹底的に潰すって決め事があんのよ。六王子って坊さんはもう、完全にアウト』
『肝心なのは、誰を、どこまで、どのように、何人ぐらい、”やるか”ってことだ。ボウズ一人か、村人数人か、はたまた女子供含めた全員に手を出すかーー』
棺は悩ましげに顔を歪めている。
『まずーー坊さんは確実に連れ出して、本部に引き渡すことになるな。おそらく、坊さんの命の保証はないだろうが、仕方ねェな。それ以上に厄介なのは、村の住人のことだ。オマエらの話を聞くかぎり、抵抗してくるだろうし、反撃して襲いかかってくる可能性が高い。もちろんたいした連中じゃあないが、何人かは逃げ出してサツを呼ぶかもしれねェ。……田舎の警察は俺等のことを残念ながらご存知でないだろうからな。サツと揉めると、後が面倒くせえ』
棺の話に追随する形で、チカが前髪をかきあげて面倒くさそうに言う。
『数が多いのが厄介よねー。……昔だったら、夜に寝込み襲う形で襲撃して? 電話線切ったり、車壊したり……ある程度孤立させてから、同時に襲撃したモンだけど。今はスマホがあるからなー。警察呼ばれたら、その時点で”件”の回収も難しくなるワケだし。ウチの誰かがパクられでもしたら、ヤードの商売が滞るのは確実よね。社長がコミュ障で社員増やしたがらないモンだから』
『悪かったな。ってかコミュ障って言うな人見知りなだけだ」
『じゃ、本部の応援頼むのはー? 大人数で、一気に襲撃したらいいんじゃないスか?』
ミケが提案するが、これには”とら”が首を振った。
「無理だ……。たぶん、矢馬さんが許可しねぇだろう」
『はー? 意味わかんねッス。あのヒト、ヤードの顧問でしょ? そんぐらいやってくれてもいいんじゃないスか?』
『矢馬クンはそのあたりドライって言うか、ビジネスライクな考えだからねぇ。たかが田舎の村ひとつ、自分たちでなんとかしろって言うと思うよ。本部の人間動かす手間と時間がもったいないって』
『なにそれ。超ドケチじゃねぇスか。守銭奴?』
「ミケお前やめろ……。あのヒト地獄耳だからどこで聞いてるかわかんねぇんだぞ……。また海に沈められてぇのか……? 岸壁のフジツボと『こんにちは』したんだろ……?」
『スミマセンにーさんマジスミマセンやめてトラウマ思い出させないで』
一網打尽、か……。
同僚たちの話を黙って聞いていた十三は、おずおずと手をあげた。
「あの……、オレに考えが」
全員の視線が、いっせいに十三に集まる。棺が尋ねた。
『どうした?』
「村の住人全員取りこぼしなく、ってのは難しいですけど……。7……いや、6割、5割ぐらいの住人は、一箇所に集められるかもしれないです」
『それ、ホントか?』
棺の言葉に、十三はこわごわと頷いた。
「はい……。こんな感じで」
そう口火を切って、十三は思いついたアイデアを口にした。
ミケやチカは懐疑的だったが、棺は承認してくれた。
『そうか……なるほどな。やってみる価値はありそうだ』
「ありがとうございます、社長。そのために、多少の経費がかかりますが……」
『いくらかかってもいい。やってみて。事前準備するのに、時間どれぐらいかかる?』
「えーと、残業はしますが、今日中にはできるかと」
『仕事早いね〜。さすが伝説の男』
チカが楽しそうに言う。伝説……? と十三の頭に小さな疑問が浮かんだが、棺がさっさと話を進めてしまう。
『じゃあそれで行こう。これ以上、六王子たちに”件”売買の手を広げさせるのは避けたい。今日の夜に決行しよう。とら、シノ、連日の出張で大変だろうが、頼むぞ』
「わかりました!」「了解です……」
『で、次が肝心だ。シノの作戦で集まった住民たちへの対処だけど』
「それなら、俺が引き受けますよ……」
”とら”が迷いなく言った。
棺がすかさず確認する。
『とら、いくら素人でもあっちは数が多いぞ。確実にこなせる見込みはあるのか?』
「社長、俺はね、コピー機もろくに扱えやしませんが……。得意なんですよ、暴力だけは……」
『でもとらちゃん、実際問題どうやってやるのー? シノくんの案で大勢を一箇所に集めたとして、一人一人しばくの時間かかるよ? 銃乱射して皆殺しにするワケにもいかないんでしょ?』
物騒なことを平然と言うチカに対し、”とら”は頷いてみせる。
「ハイ……。コイツを使ってみようと思います……」
言って、”とら”が画面にかざしたのは、アルミ製のアタッシュケースだった。
「それ、って……仕置銃、ってヤツですか?」
ーー十三も、事前に話を聞いていた。
先週、棺がオークション会場で使っていた、ビデオカメラのような形をした可変銃。ヤード社員が、『仕置銃』と呼んでいる銃だ。
”件”相手に覿面に効くという話だが、あくまでも”件”に対して使うものであると聞いていた。
”とら”はアタッシュケースを開き、仕置銃を取り出しながら言った。
「あァ。どういう原理かは不明なんだがな……こいつを生きた人間にブチこむと、ショック状態を引き起こして気絶する。まぁ、テーザー銃みてぇなもんだ。そんで……そん時のショックから、記憶障害を引き起こすらしい」
「記憶障害……」
「一番威力の低い……6ミリから9ミリ程度の弾を発射する、この拳銃型の初期状態で、撃たれる前後、数分間の記憶が欠落する。その次の第二形態……こいつはおおよそスラッグ弾に匹敵する威力を持ってるんだが、一日程度の記憶の欠落を起こす……らしい。今回は、9mm弾を連射する第三形態を使うつもりだ」
「へえー便利なモンっすね〜〜」
全くイメージがわかず、初期状態の仕置銃をボンヤリと眺める十三。棺が補足説明をしてくれる。
『一度、仕置銃を本部に貸し出して、実証実験をしたことがあってな。仕置銃に撃たれたヤツは、意識を失って倒れたあと、撃たれたコトすら覚えてなかった。今回、村の住人に撃っても、同様の効果が見込まれる。数発ブチ込めば、連中は”とら”とシノが村に来たことすら覚えちゃいないだろうな』
『なるほど〜。あの第三フォームなら連射スピード早いでしょうし、確かに実弾で痛めつけるよりコスト低いし話も早そうッスね。さすがにーさん、暴力IQは高いッスわ。デスクワークもそんぐらい出来るといいんですけどね』と、ミケ。
「よせって、照れるだろ……」本気で照れてる様子の”とら”である。
そのやり取りをチベットスナギツネに似た顔で聞いていた棺が、持ち直して続けた。
『……そんで、撃たれた住民たちが目を覚ました頃には、”件”売買の指揮を取ってた坊さんと”件”がキレイさっぱり姿を消してるってワケだ。まァ、普通のオツム持ってるヤツなら、それで手を引こうと考えるだろうな。命を奪うまではいかないが、制裁としては充分だ。……チカ、どうだ?』
『……甘い気もするけど、シロウト相手じゃそれで充分かもねー。……社長、あたしはそれでいいと思います。”上”がなんか言ってきたら、しらばっくれましょう」
『わかった。オマエがそう言うなら、信じるよ』
そして、決断した様子の棺は、画面の向こうにいる十三と”とら”に向き直った。
『よし。これで作戦は決まったな。簡単な仕事じゃないと思うが、思いっきりやってみてくれ。失敗してもおれが責任を持つ』
「社長〜〜! 一生ついていきます」
東雲十三は心から感激していた。これぞ理想の上司。理想の経営者だ。棺のような社長は東京中、日本中のどこを探してもいないだろう。女のように華奢なのに男前なことを言ってのける社長に、十三は一生ついていこうと誓った。
『ついていくってさ。良かったねェ社長。良い部下ができて』
チカに冷やかされた棺は、なにか言いたそうにモゴモゴしていたが、『……もう終わり。終了。お疲れサン』と急いで通話を切ってごまかした。
『照れてんだね〜。可愛いね〜〜』
「チカさん、あんまりからかっちゃダメですよ」十三が言うと、ちっとも悪びれない様子のチカが『へへへ。ごめんね』と笑った。
『じゃ、定時だからあたしとミケちゃんも帰るわ。シノくん、怪我には気をつけんだよ』
「ありがとうございます、チカさん。ミケさんもお疲れさ、」
十三はミケにも挨拶をしようとしたが、向こうはすでに通話を切っていた。相変わらずの塩対応。『ごめんね、後でしばいておくから』苦笑したチカが通話を切って、それでヤードの会議は終了した。
十三は腕を伸ばし、凝り固まっていた身体をほぐした。
「よっし、会議終了〜〜! お疲れっした〜!」
「web会議っていっても、結構肩凝るよな……」
向かい側の席に座った”とら”も、首や肩を回して力を抜いている。
十三はあらためて”とら”に向きなおりお礼を言った。
「とらさんも、今日一日お疲れさまでした。色々ありがとうございました」
「あァ。……ところでお前、さっき会議で色々言ってたけど……今から作るのか? 資料……」
「ハイ。社長相手に大見得切っちゃいましたから。このファミレスで残ってやろうと思います。ここは電源タップもドリンクバーもあって快適ですし、ビジホだと寝ちゃいそうですから」
「そうか……。侠だな……。感心感心……」
ひとしきり感心した”とら”は、注文用タブレットをごく自然に手を伸ばした。
ーーなぜだろう。嫌な予感がする。
十三の予想どおり、”とら”はタブレットを手に取り、ドヤ顔でこう言い放った。
「そんな東雲十三に敬意を表し、俺がおごってやる……! なぁに遠慮するな……!」
「えっ、いやとらさん別に、オレ腹減ってな……」
しかし”とら”は素早かった。
注文用のタブレットに指を滑らせると、目にも止まらぬ速さで数品カートにぶち込んだ。
十三の意見はガン無視で注文を終えた”とら”は、広げていた自身のノートPCを畳むと、小脇に抱えて立ち上がった。
「さて、定時だ……! 俺は先にビジホに行ってるな。会計はしておくから、お前は遠慮なく思う存分食べてくれ……! じゃあな、シノ……! 無理はせず休むんだぞ! じゃお疲れさん!」
言いたいことだけ言った”とら”は、つむじ風のように颯爽と帰っていった。
その後。
”とら”のおごりだという料理とドリンクが、怒涛のように運ばれてきた。
無論、全て『ノラ魂』のコラボメニューであった。




