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バッドランズ・グレイアウト  作者: 梅屋凹州
二章

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22/25

2話・7

 その声がした途端、人垣がさっと割れた。後方から現れた何者かのために、村の住人たちが整然と道を作ったのだ。


 奥から現れたのは、袈裟を羽織った坊主頭の老爺。


 その顔に、十三は見覚えがあった。

 年齢は60代ほど。禿頭ではあるが、個性と、それ以上の頑固さを象徴するように、白髪交じりのもみあげが深く残っていた。薄いが上にも下にも大きい特徴的な唇。目元には、深いシワが刻み込まれていたが、額やほうれい線は薄い。動画配信サイトで見たよりも若く見える住職は、厳しい視線を十三たちに向けていた。


 ーー六王子(ろくおうじ)住職だ。


「みんな、聞いたとおりだ。仕事に戻りなさい」


 六王子が手を叩いて促すと、村人たちが方々に散っていく。最初に中心にいた中年男だけは、まだ”とら”を警戒していたようだったが、不承不承といった様子で寺から去っていった。


 ーーたった一言で殺気立っていた村人を黙らせ散らせた。この六王子という住職、坊主とは思えないほど、統率力があるようだった。


 六王子は悠然と笑みを作る。

「申し訳ありませんな、お客人。みんな、村への愛情が強いばかりにこうしたことをするのです。どうか無礼をお許しを……」

「刃物を向けてくるぐらいにか?」

「えぇ、そうですよ」

 飄々と住職は答える。


 ーーこの坊さん、肝据わってんな。

 十三は内心、六王子住職への警戒を強めた。

 威圧的な”とら”の風貌にも、まるで臆するところがない。間抜けな住人たちより、数段手ごわそうだ。


 すべての住人たちの姿が境内から消えた頃、”とら”は改めて住職に尋ねた。


「住職……理由を聞かせてもらっていいですか? ”件”の納品が滞ってること、それとこの、物騒な()()()()()の理由も」

「はははは、そンなもん聞かなくてもわかるでしょう。ーーテメェらに、うちの財産に差し出す気はねぇって言ってんだよ」

 坊主とは思えない、粗暴な言葉遣いで六王子は言い放った。


 それを聞いた”とら”の周囲に、あの上から押さえつけられるような圧が拡がるのを、十三は敏感に感じ取っていた。

 ビリビリとした空気が辺りを漂う。静電気に似た痛烈な空気が皮膚を泡立たせる。帰りたい。猛烈に帰りたいと十三は思うばかりだった。


「そりゃああんまりじゃないですか、御坊……。今まで、ウチと仲良くやってきたのに。なにか事情でも……?」

「フン、白々しい。知ってるぜ。オタクらがウチから仕入れてる人形……”(くだん)”って呼んでたんだったが、あいつ、売れば数万円から数十万単位の値がつくんだって?」

「……。どこから、その話を……?」

「どこだっていいじゃあねぇか。……ずいぶんな話だよなァ。俺たちがご厚意で寄付してる人形に、まさかそんな高値をつけて転売してるなんてよぉ? 知ってたら、ハナからオタクらには預けなかった。これは信用の問題だぜ。なあ?」

「……何が言いてェんだ?」

 ”とら”が低い声で唸るが、六王子住職は飄々と交わし、うすら笑いを浮かべる。


「簡単だよ。ーー今後、ウチからオタクらへの仕送りは、一切ナシにさせてもらう」


 それを聞き届けた瞬間ーー”とら”の例の圧力が、ずしりと増した。

 殺気とでも言うべき物騒な圧を纏いながら、とらは口元を歪ませて笑った。


「フフ……」

 温厚な”とら”から、ドス黒い圧力が漏れ出すのを十三は察していた。皮膚が泡立つどころではない、全身の生皮を剥がされて電流が這っているかのような恐怖と絶望。十三は東京で待つ棺にテレパシーで訴える。ーー社長違いますこの人クマの剥製なんかじゃありませんクマです人食いクマです。めちゃくちゃ怖いです今すぐ助けて会いたいです。


「なるほどねェ……坊さんアンタ、うちのシノギを掠めとろうって……? そりゃあ、ずいぶんと身体に悪いこと企むモンだな……。アンタの寿命、縮めるだけだと思うぜ……」

「吹かしやがって。知ってるぜ。テメェらのバックについているのは楽叉会(らくさかい)だろう」

 そのとき、”とら”の眉間が寄るのを、十三は見逃さなかった。


 ーー楽叉会。


 十三は初めて、その名を耳にした。

 おそらく、ヤードのバックについている黒社会の組織の名前。会社のバックにそういった団体があるのは承知していたが、十三がその名前を聞くのは初めてだった。


 不敵に笑う六王子は続ける。

「二十年前だったか……今の女会長に替わって以来、ずいぶん”下”が離れたらしいな。シノギもだいぶ減ったって聞いたが、噂は本当だったらしいな。こんな、オカルト界隈の怪しい商売に手を出すなんて、そうとう困窮してる証拠だろうが」


 黙って話を聞いている”とら”に、六王子は挑発的な笑みを向けた。


「アンタのこともよォく知ってるぜ。アンタ、宗谷(そうや)家のモンだろう。宗谷ーーいやさ、中田とらたろう」

「とらたろう?」思わず十三が口を挟むと、とらがすかさず、

「俺の本名……。ひらがなでとらたろうだ」と生真面目に答えてくれるので、「本名可愛いんですね……」とつい本音を漏らしてしまう十三だった。


「名門の宗谷家の跡取りが、サラリーマンの真似ごとたぁ泣かせるぜ。親組織が暇なんじゃあ、ご自慢の解体屋も閑古鳥か?」

 六王子は挑発的な笑みを浮かべたが、”とら”に動じる様子はなかった。鼻を鳴らし、六王子を冷めた目で見つめた。


「坊さん、こっちの本名まで知ってるワリには、的外れな読みだな……? 坊主よりもシノギの横取りに忙しいからか……?」

「言ってな。テメェら反社のフカシになんて動じねぇよ」

 対する六王子も堂々としたものだった。


 それを聞いた”とら”は、「ふー」と一呼吸。

 肩の力を抜いた、ように見えた。


「じゃあ、カッコつける必要はねぇな……。情報通の坊さんに教えてやるよ……。ひとつ。組織の人員が減ったのは、”下”が自分から離れたせいじゃねぇ。会長が全員、消すように指示したからだ。女になんてついていけねェ、やってられねェ、そうぬかしたヤツの家族、嫁から子供までみんな揃ってな。……あのときの宗谷家は、そりゃあ商売繁盛、忙しかったそうだぜ。バラす遺体が多すぎて、冷凍室をいくつも借りなきゃならなかった、ってな」


 それまで堂々としていた六王子の顔が、さっと険しくなる。


 ”とら”は続けた。

「もうひとつ、教えといてやる……。この村の一件は、すぐに”会長”の耳に入る。半端な覚悟で手を出すのはやめておきな。でないと……アンタも、この村の住民も……石和温泉の高級老人ホームに入居してるっていうアンタのご両親も、来週には墓の下になる……」

「……! ーーてめぇ、ウチの親の場所、なんで……」

 六王子の顔が、初めて強張った。


 ”とら”は構わず話を続けた。

「そうなると、アンタの見立てによれば閑古鳥の鳴いてるらしいウチの実家も、忙しくなるねェ……。なにせ、明日から取り掛からなきゃならねえ仕事が、増えるからな」


「ぐっ……この、クソヤクザが……!」


「言葉遣いの悪い坊主だなぁ、シノ」

「はあ。……はい。そうですねェ」

 置いてきぼりになっていた十三がやっと水を向けられて、なんとか頷いた。


「じゃあ、出ていけということで、御暇しようか。また今度、来ますよ、御坊。答えはそのときに返してくれりゃいい。うちの会長への言葉、聞かなかったことにもできるんでね」


 十三と”とら”は踵を返し、境内の外へと向かった。

 六王子の厳しい視線を後頭部に感じながら、十三は隣を歩く”とら”にコソコソと尋ねた。


「……あの脅し、聞いたと思いますか?」

「どうかな……。まず、社長に相談しようか」

「はいっ」


 ”とら”の指示に従い、車に乗り込んだ十三は、早速スマホを手に取った。

 東京で待つ社長の棺に、今までの経緯を説明をしなければーーその時、十三は気づいた。


 社用携帯に、通知が届いている。

 見慣れないアイコンの通知。


 ーーハングドマンからの通知だった。


「とらさん、ちょっと待ってもらっていいですか……!」


 十三はスマホを取り出し、ハングドマンからの通知にあったリンクを開いた。


 そこには、いま十三たちの立っている場所から周囲十数キロメートルの地図が表示されていた。おそらく、この村全体が収まっているのだろう。村と周辺の境界にラインまで引かれている。


 その村の地図のなかに、いくつもの光点があった。


 対”件”特化AI、通称ハングドマンーーヤード社員の社用携帯にインストールされているというアプリ。いつの間にか十三のスマホにもインストールされていたそれが、この光点を通知している。その意味とはーー。


「……なんでしょう。村のあちこちに、いくつもある……」

「ハングドマンのこの表示は……”件”の位置だな」

「……”件”……? 六王子のトコに、全国から集まってたってヤツですかね……?」

「だろうな……。この数、十や二十じゃあすまねぇな」

「でも……村のあちこちにバラけて点在しているのは、なんででしょう……? 管理するなら、一箇所にまとめといた方が効率的だと思うんですが」

 しばし、”とら”と目をあわせる十三。


 逡巡の時はわずかだった。

 決意を固めた十三は、”とら”に告げる。


「……とらさん、オレ、ちょっと調べてきていいですか」

「構わねぇが……一人で行く気か……?」

「ハイ。とらさんは大柄で目立ちますから、オレだけで。とらさんはここにいてください。……村の連中が、車に何しでかすかわからないですから」

「……わかった。気をつけてな」

「はい!」


 ”とら”と別れ、車を降りた十三は、こそこそと行動を開始した。

 ”件”の反応がある一軒の民家に近づく。

 中から、人の気配がした。つま先を立て、そっと中を覗き込む。


 家壁のブロック塀の奥には、草が伸びた庭が見えた。錆びついた洗濯干しがあって、いかにも年寄りのものらしいくたびれたシャツがかかっている。


 そこからさらに奥の縁側に、何人かの老婆の姿があった。前掛け姿の老女たちは談笑がてら、手ぬぐいでなにかを磨いていた。

 ーー古ぼけた日本人形。

 ”件”だ。


 そのとき、奥の障子戸がそっと開き、別の壮年の女が顔を出した。笑顔で縁側にいた老女たちを手招いている。どうやら、休憩に誘っているようだった。縁側の老女たちは人形を磨く手を止め、腰をあげる。

 居間に続く障子戸が開け放たれ、部屋の奥が露になった。


 障子戸の奥、和室の中では、数人の女がテレビを見てお菓子を食べながら作業にあたっていた。


 ひとりの女は段ボールを組み立て、また別の女は、ぬいぐるみを緩衝材に包んでいる。一人の老女が、ボールペンで一生懸命なにかを書いているのは、おそらく宅急便の送り状だろう。


 十三は耳をそばだてた。かすかに、家の中の女たちの会話が聞こえてくる。

「……この前、隣の奥さん、車買ったんだってぇ」「あの新車でしょう? すごいねぇー」「住職のおかげよォ。ありがたいことねぇ」「そりゃそうよ。こいつ一つで、キノコ一年採るより儲かるんだもん!」アハハハハ。


「マジかよ……」

 驚愕した十三は、思わず呟いていた。


 内職よろしく、”件”の出荷を行う女たち。

 そして、憶測は連鎖するーー凶器を持ち出してまでヤードを拒んだ村人。高圧的な住職。

 おそらく、この家だけではない。”件”は村中あちこちにあった。村のいたるところで、同じような作業が行われているはずだ。


 この状況から結論づける。

 どうやら、”件”のシノギは、この村の一大産業になっているようだった。”件”は田舎にとって貴重な収入源になろうとしているのだ。


 こうなると、全ての”件”の回収は現実的ではない。村人は、全力で抵抗するだろう。

 想像よりも、かなり厄介な事態になるのは明らかだった。


「まいったな……どうすんだ、これ……」

 十三がひとり悩んでいたとき、突然、背中に衝撃があった。

「痛っ!」

「おい! お前、そこでなにやってる!」


 もう一発、今度は肩に衝撃が走る。

 石だ。十三の背後から、ひとりの少年が石を投げつけてきたのだ。


 六歳ぐらいの少年だった。顔が大きく、吊り上がった目は小さく細い。眉のところに、キズがあった。

 お世辞にも可愛い子供とは言えない少年は、十三に向かってさらに声を張り上げた。


「おまえ、さっきのヤクザの手下だろお! 出てけ!」

「おい、ちょっと待てやめろーーいって!」

 子供は容赦がない。今度はさらに大きな石を投げてきた。腕にあたり、ごつ、と鈍く音がする。さすがにキレる十三。


「おいコラガキ! やりすぎだろ! 石投げんな! やめろ! 血ィ出てんぞ血!」

「うるせー! 出てけチンピラ! 出てけ!」

「うわうわうわ」

 冷静に考えれば子供が脅しに応じるワケがなく、むしろエスカレートする一方だった。ますますツブテが増え、砂までかけられる始末。


 あげく、先ほどまで観察していた家屋のなかから、異変を察した女たちの声まで聞こえてきた。


「なになに!」「どうしたのなんの騒ぎ!?」

 老女たちが家屋から飛び出してくる。ここで進退窮まったことを察した十三は、逃げの一手を取るほかなかった。

「覚えとけよ! クソガキ!」

 チンピラのような捨てセリフを吐いて逃げ出す十三であった。


 這々の体で社用車まで逃げてきたところで、車のドアが開いた。運転席にいた”とら”が、開けてくれたのだ。

 十三は滑り込むように助手席に着くなり”とら”に訴えた。

「とらさん〜〜この村、マジでやべえっすよ! ガキが石投げてきやがった!」

「石……? 怪我は? 見せてみろ」

「ここです〜……痛ェ〜〜あのクソガキぃ〜〜」

 十三は痛みある箇所を見せようと、スーツをまくり”とら”に腕を見せた。


 十三の腕を上や横から見た”とら”は、冷静に一言。

「……ないな、キズ……」

「ええ〜? マジすか?」

 十三は自分でも腕を眺めて見たが、確かにキズはなかった。十三は首を傾げた。


「あれ〜おかしいな。『ゴッ』とか聞こえた気がしたんですけど……血が染みてる感じもしたんですけど」

「鬱血した後もキズもねェな……。いわゆるところの幻覚痛か……?」

「ええ〜〜? 結構痛かったのにぃ」

「……まぁいい。とりあえず、早く村からずらかろうぜ。厄介なことになる前に……」

 言って、”とら”は窓の外を顎で示した。

 十三はゲッと呻く。


 鍬を持って、こちらまで走ってくる村人たちの姿が見えた。騒ぎを聞きつけて追いかけてきているのだ。


 ”とら”がすぐさま車を発進させる。向かってくる人々を押しのけ、急ハンドルを切って村を脱出した。


 たちまち村人たちの姿は見えなくなったが、追いかけられた恐怖はデカかった。十三の心臓はまだドキドキと脈打っている。

「こ、この村、想像以上にやべぇスよ……! どうします、とらさん……」

「そうだな……。まずは、住職のこと含め社長たちに報告だな……」

「じゃあ、」

「ああ……」

 ”とら”は力強く頷き、こう言った。


「いくぞ、ファミレス……!」

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