1章4話・1
時刻は、深夜二時を過ぎた頃。
東雲十三は、まだ、バイト・ア・ダストに残っていた。
せっかく得た仕事を、このままフイにしていいか、決断できなかったこともある。あの村田マサオ──鷲鼻の男の言葉が気になったこともある。
だが一番の気がかりは、”社長”の言葉だった。
──本当に、このまま帰宅して良いのだろうか。
十三は迷いを晴らせないまま、オークション会場の客席部分に戻っていた。
ちょうどオークションは、休憩時間に入っていたようだった。そのおかげで、十三は運よく人の流れにのってオークション会場の客席に紛れ込む事ができた。
ビルの入口で”社長”に着けてもらった”ヤード”の社員証がわりというネクタイのおかげか、警備員らしきインカムをつけた男たちは、十三を見ても何も言ってはこなかった。
とはいえ、十三の今いる客席から、上の階層にあるVIPルームの様子を窺うことはできなかった。高さの問題だけでなく、おそらく防犯上の理由で、ガラスにスモークか何か、特殊な加工をしているのだろう。
この客席にいる、セレブ揃いの客たちよりも、さらに高みに”社長”はいる。この狂ったオークションを、取り仕切る側として。
──さっきまであんなに近くにいたのが、嘘のようだ。
自分のなかに寂しさに似た感情が浮かんでいるのを、十三は感じていた。今更、なんの意味もないというのに。
「さぁ皆様、再開のお時間となりました! 次が、本日最後の出品にしてメインイベントでございます!」
そうしている間に、ステージ上に進行役のガスマスクの男が再び姿を現していた。
どうやら、次が”ヤード”の最後の出品であるらしい。
本物の”件”を提供するというヤードの、大トリの商品。
期待感のせいか、会場は、沈黙に包まれていた。ただ静かなだけではない。今までにない、重苦しい緊張感だった。
「それでは早速ご紹介いたしましょう! 目録番号665、赤子のミイラ”クマントーン”でございます!」
進行役の声を合図に、例の双子のような二人の係員が、ステージに台車が運んでくる。その上には、例の”社長”にしか解錠できないというジュラルミンケース──”キャビン”が乗っていた。
今回のケースは、先ほど十三が見たものより、横幅も長さも奥行きもある、水槽ぐらいの大きさのケースだった。つまり、”件”もそれほどの大きさがあるのだろう。今はまだ、例の如くロックがかかって、中身の全容までは見えない。
進行役のガスマスクが説明を加える。
「本日最後の商品であるこちらは、東南アジアのとある半島で見つけられた、赤子のミイラ・クマントーンでございます。クマントーンといえば、一般的には赤子の形をした容れ物に遺灰をいれた幸運のお守りのことを示しますが、これはまじないの力を強めるために、本物の赤ん坊の遺体が用いられた一品となっております!」
会場がざわざわとざわめき出す。この反応をむしろ楽しんでいるとでもいうように、ガスマスクが喜々として続けた。
「こちらのクマントーンを供物として神に捧げたある部族は、そのあまりに強い力によって逆に神霊の怒りをかい、一夜にして滅びてしまったと言われております! その呪の力が如何ほどか、ただいまから皆様に、ご覧に入れましょう!」
前口上を終えたガスマスクが、客たちの拍手を浴びた。
それと同時に、柿色のつなぎを着た男が、舞台袖からのっそりと現れた。
「あっ」
十三は思わず声をあげた。
──あいつ。
あの鷲鼻の男。
間違いない。
さっき十三が、トイレで会ったばかりの男──村田マサオが、そこに立っていた。
次回は10月3日(木)更新予定です。




