2話・5
次は明後日更新、したい、です。
十三は、ボックス席の向かい側に座る”とら”を見つめた。
”とら”はメニュー表を真剣な眼差しで眺めている。時折眉間にシワを寄せ、手を顎にあてて悩んだり、「……いや、攻めすぎかな……」と呟いたり、ずいぶんと悩んでいる様子だった。
いったいファミレスの注文で、何をそこまで悩む必要があるのか。宗谷寅について、謎は深まるばかりであった。
「あのぅ、とらさん、そろそろ注文……」
「ん? んん……」”とら”は決めきれていない様子だったが、メニュー表をコツコツと指さして言った。
「俺はこの……コラボプレートってヤツにするよ」
「……これ、アニメのコラボメニューですよ?」
”とら”が示したメニューは、とあるアニメとコラボしたセットメニューだった。
アニメ『ノラ魂』。キッズ世代を中心に、爆発的な人気を誇る朝アニメだ。
確か、小さいが喧嘩っ早い子猫『ノラ』と、その仲間たちのサバイバルな日常を描いたコメディアニメだったように思うーー十三はアニメに興味がないので、詳しくは知らない。
ただ、『ノラ魂』が子供だけでなく大人をも巻き込んだ超人気コンテンツとなっていることは確かで、年中企業コラボやタイアップをしていた。
現在、このファミレスチェーン全体でも、『ノラ魂』とタイアップをしているようだった。コラボメニューを頼むと、ランダムで『ノラ魂』のキャラクターが描かれたアクリルのキーホルダーがついてくるらしい。
ただし、こうした商品の例にもれず、コラボメニューはかなり割高だった。メニューもハンバーグやオムライスなど子供向けで、”とら”が好むようなメニューだとは思えない。
しかし”とら”は譲らない。
「いいんだ……サラダもドリンクバーもついててお得だろ……?」
「それは、いいんですが、……子供向けアニメのコラボメニューですよ……?」
十三は親切心から念を押す。
しかし”とら”は意見を変えることなく、タブレットをこつこつ指で差した。
「オマエも、これにすればいい……。この『朝まで生き残れるか!? サバイバルミニパフェ』ってヤツもつけてやるから……」
「いえ、夜ですし、太りますから。オレはコーヒーだけで」
「遠慮するな……。な?」
”とら”が謎の圧力をかけてくる。
「……わ、わかりました」
完全に圧に屈した十三は、押し切られる形でコラボメニューのワンプレートと、ミニパフェを注文することになった。
ほどなくして注文した料理が届く。
店員さんも、「あれ……? え?」と不安げな様子で料理と伝票を二度見している。店員さん、大丈夫、間違ってないよ。十三は引きつった笑みを浮かべ、心のなかで大学生のアルバイトらしき青年に訴えた。
かくして、深夜に子供向けアニメのコラボメニューを並べる半グレ二人のテーブルが爆誕した。
謎のオレンジ色のソースがかかったエビフライ。『ノラ』の頭を形どられた小さなライス。『ノラ』の武器だという槍がささったハンバーグがプレートに収まっている。ミニパフェは真っ赤ないちごソースが生クリームにかかっていた。美味しそうではあるが、どう考えても夜に食べるものではなかった。
「いただきます」
「いただきます……」
”とら”といっしょに手をあわせてから、十三はプレートの料理に手をつけはじめる。
予想通り、味は特別に美味しいというワケではなかった。そのくせ、値段は普通のメニューの倍。資本主義の手のひらの上で踊らされている自分を垣間見る十三。
ーーまぁ、たぶんコレのせいだろうな、と十三は料理と一緒に店員から渡された小さな銀袋を見つめた。
銀袋の中に入っているのは、ランダムのアクリルキーホルダーだ。興味のない人間にとっては玩具程度の価値しかないが、ファンにとっては大事なものらしい。モノによってはーーいわゆるレートの高いキャラを引けることが出来ればーー驚くような値段がつくこともあるという。
「開封、しないのか……?」
”とら”が尋ねてくる。十三は銀袋をつまみあげて苦笑してみせた。
「あぁ、オレ『ノラ魂』知らないし興味もないんで……フリマサイトにでも出品しまっ」
途端、”とら”の周囲に、圧がばっと散った。
「ヒッ」
十三は震え上がった。
いつも温厚な”とら”の周囲から、ドス黒い圧力が拡がっていた。
身体全体にのしかかって来るような圧。これが噂に聞く殺気というものなのか。十三の全身の皮膚が粟立っていた。まさか職場の先輩から殺気を向けられる日が来るとは思わず、ただただ恐れおののくばかりの十三であった。
いつもののんびりとした空気から一変させて、ドス黒いオーラをむき出しにした”とら”が、地を這うほど低い声で言った。
「俺はよぉ……フリマサイトだの転売ヤーだのってヤツが、好きじゃあねェ……。欲しいものは自分で手に入れるもんだ……。男ならよぉ……自分の力で掴んでなんぼ、だろ……?」
「は、はい……」
「東雲十三、お前は……転売ヤーか……? 俺たちの”敵”……か?」
「いっ、いえっ!? そんなことは断じてッ! 断じてありません申し訳ありませんッ!! 愚かなことを言ってしまい申し訳ありませんでしたッ!」
「おう……」
”とら”は言って、どうにか殺気を沈めた。
そして、”とら”は自身が受け取ったランダムキーホルダーの袋をおもむろにつまみあげると、どこかから取り出したプチプチ袋に、大事そうに包みだした。
「ーーーー!!!!!」
一連の流れを見守っていた十三は仰天した。
ーーこのプチプチ袋、いわゆる緩衝材と呼ばれるもので、アクリルスタンドや缶バッジといったグッズの保護に使用するアイテムだ。オタ活する人間には馴染みの品だが、逆にいえばグッズを買わない一般人は、ほぼ必要としないものである。
一介の映画好きの十三は、無論、買ったことなどない。ただ映画館でこの手の袋を取り出し、入場特典を大事そうにしまっているマニアを目撃したことが何度もあり、世にはこういったグッズもあることを認知したのだ。
それをこの”とら”という男、実に当然のように取り出してみせたのである。
これは大きなヒントだ。まさかのタイミングで、十三は”とら”の秘密に迫る重要な手がかりを得ようとしていた。
「ーーとらさん、そ、そ、その袋って……」
「これか……? せっかく貰ったグッズがキズついたり、割れたりしないように、な……」
それを聞いた十三の頭にビビッと電撃が走った。
この、コレクターばりの神経の使いよう。
定時退社へのこだわり。
子供程度の語彙力。
そして、『ノラ魂』。
『ノラ魂』は子どもに大人気のアニメだ。大人の”とら”が欲しがる道理はない。つまり。
ーーもしかして、とらさん、お子さんとかいらっしゃる……?
「あああっ、あの、とらさん……」
「ん……?」
「お子さんとかいます?」
「……なんで……」
「あっ、いや、なんとなくそう思っただけです! もしかしてー、とか、なんとなくー、とか、そのレベルで……ハハハ……」
「……」
無言になる”とら”。その眉間に深いシワが刻まれた瞬間、十三は頭を下げていた。
「いえっ! なんでもありませんッ! あの、良かったらオレのぶんも、とらさんに差し上げますッ」
「そうか? なんか悪いな……」
言葉とは裏腹に、とらは少しだけ嬉しそうにして受け取った。それもまた、プチプチのなかに大事そうに収めている。
ーー十三は確信を得た。
社長! やりましたよ!と心のなかでガッツポーズを取る。
前途多難な”とら”との出張であったが、社長からのミッションは一つ達成できそうだった。あとは現地に行き、坊さんに事情を聞くだけ。こちらは”とら”に任せれば、そう難しくはないだろう。
東雲十三、ヤード入社以来での初めての出張は、成果をあげられそうだ。ほっと安堵して胸をなでおろす十三だった。




