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バッドランズ・グレイアウト  作者: 梅屋凹州
二章

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17/26

2話・2

三話は4/7掲載予定です。

 ヤードの就業時間は、夜22時から翌朝7時まで。休憩時間は深夜2時からと一応決まっているが、がっちりと制限されているワケではない。


 みな思い思いの時間に休憩を取り、タバコ休憩もコンビニに買いに出かけるも自由だ。少し休憩時間をオーバーしようが姿をくらまそうが誰も気にしない。その点は、ヤードは気楽な職場だった。


 おまけに、ありがたいことに会社の近辺には飲み屋街があり、朝まで営業している飲食店も多かった。おかげでランチの場所には不自由しない。


 十三は棺に連れられ、オフィス近くにある、カフェ&バーにやってきていた。


 カウンターとテーブル席が数席あるだけの、こじんまりとしたお店だ。店内に流れるジャズの定番曲が、『もう五分だけ休ませて』と流れるようなテンポで訴えている。


 アンティークランプに照らされた窓沿いのテーブル席に向かい合って座ると、棺は十三にメニュー表を差し出して言った。


「好きなモン食っていいぞ。会議費で落とすから」

「ありがとうございます。じゃあ遠慮なく……この、ハンバーグプレートお願いします。飲み物は烏龍茶で。社長は?」

「いつも同じ。チーズトーストとアイスコーヒーのセット」

「それだけで足りるんですか?」

「うん」


 店員を呼んで注文したあと、メニュー表を立てかけた棺が、口を開いた。

「調子どう?」

「え?」

「お前の身体の調子。一週間前ーーオークション会場のあとから」

「あぁ。ーーもうなんとも」

「そっか」

 納得した様子の棺を見て、十三はざわざわと罪悪感が湧き上がるのを感じた。


 ーー闇オークション会場”バイト・ア・ダスト”で起きた事件。 


 そこで、()()()()()()()()()()()()()()()


 全身の骨が折れ、”件”の呪いの血を浴び、身体が炎で焼け焦げる寸前までになった。

 自分の血の味も、骨が砕ける音も、信号が明滅するような痛みも、肉が焦げる匂いも、十三ははっきりと覚えている。


 ”死んだ”十三は、仄暗い坂道を下っていった。おそらく、あの場所で共に死んだ人々といっしょに。


 その途中で、誰かに助けられたことだけは、はっきりと記憶している。


 目が覚めたとき、十三は、誰もいないオークション会場で横たわっていた。

 怪我もなく、全くの無傷で。あちこち破れた服や傷ついた安物の時計だけが、夢ではないことを物語っていた。


 そして、東雲十三は、今こうして生きている。

 身体はすこぶる元気だし、脳も活発に働いている。食欲も性欲もある。夜もぐっすり眠れている。


 なぜ生きているかなんて、わかるはずもない。大丈夫かと聞かれても、自分は死んでると思いますなどと言えるはずもない。ーーそして。


 何よりも強烈な変化は、男である棺に、恋をしていることだった。


 それまで十三が好きになるのは女で、性嗜好の対象も女だった。


 なのに、棺とオークション会場で交わした言葉から、十三の心は変わっていた。


 棺の声を聞くだけで心が浮ついた。毎日数時間の残業も、社長のためだと思うと苦ではなかった。かったるかった通勤電車も、長いと感じなかった。


 しかし、どうしてここまで棺に惹かれるのか。それだけがわからない。

 愛情にはほど遠い恋情で、渇望に近い欲望。なぜ自分にそんな劇的な変化が起こったのか、理解ができずにいた。


 心のうちに昏く淀んだ疑念を抱えたまま、十三は悶々と、日々を過ごしていた。


 十三の悩みなどわかるはずもなく、棺が気遣う。

「あんだけボロボロでも、”かくし”から出られたらなんとかなるのかな。あんまりピンとこねぇけど、ま、いいや。そのうち、産業医的な存在、会社に呼ぶから。なんかあったらそん時に相談して」

「はい」

 棺には内心をさらすことなく、十三は営業で作り慣れた笑顔でごまかした。

 心配してもらえるのは嬉しい。だが、それ以上に、棺に弱みを見せたくなかった。


 話をしている間に、飲み物が届いた。十三はアイスコーヒーを棺のもとへ、自分の手元に烏龍茶を置く。


 アイスコーヒーにガムシロップとミルクを注ぎながら棺が言う。


「そういや、シノ、会社の奴らと話とかしてる?」

「ーーえぇ、まぁ……。なんというか、あんまり個性的で」

「ぶっ飛んだヤツばっかだろ」

 あまりに率直な物言いに、十三は吹き出した。棺は、いつも無表情な顔を少し緩めて、尋ねてくる。


「うまくやれそう?」

「そうですねえ……。チカさんとは、よく話しますけど。ミケさんやとらさんとはまだ、あんまり。とらさんは物静かな方だし、ミケさんとは一言も喋ったことないですね」

 ”とら”はともかく、十三はミケに嫌われているような気がしていた。初日に挨拶をして以来、目も合わせてくれないのだ。

 仕事上の付き合いなので、悲しいとか寂しいということはないが、心当たりがないので正直モヤっとはしている。


「チカは……まぁ、いいや」

 気になる口ぶりをする棺は、アイスコーヒーを一口含んだあと、話を続けた。


「ミケはな、あいつはああ見えてやるヤツなんだぞ。性格と口と態度が悪いだけで」

「それは全部ダメなのでは……?」

「そうかもな。あと、金遣いが悪い。あいつには絶対、金貸すな。貸したら最後、二度と返ってこないものと思え」

「はぁ」

 マイナス面しか聞いていない気がするが、棺は”ミケ”を褒めているつもりらしい。


「ミケはな、もともとはオカルト系の動画配信者やってたんだ。界隈では結構有名でな。再生数もチャンネル登録者数も多くて、結構稼いでた。ワケあって今はやめて、ウチで働いてる」

「やめちゃったんですか? なんででしょう? 動画配信者って、会社員よりずっと稼げそうなイメージですけど」

「配信者をやめた理由は、まだ聞いてない。ただ、そん時に金使い込みすぎたことが原因で、借金重ねて支払い逃げ回ったあげく、うちの”親”に捕まった。そんな今に至ってるってワケだ。いまもアーカイブ動画の収益はぜんぶそっちに回収されてる」

「あぁ……」

 苦笑いを浮かべる十三に対し、棺は「な? 面白いヤツだろ?」といくぶん楽しんでるような口ぶりで言った。


「社長、じゃあ、とらさんは?」

「とらか……」

 棺の小さな眉間にシワがよる。

「あいつはな……こっちがサッカーの話してんのに縄跳びの話だと思ってる、そんなやつだな」

「はぁ。それはなんとなく、わかります」

 秀逸な例えだと思った。”とら”はたまに、いや、よく、話が通じていないときがある。


「でもな、とらはうちの会社じゃ一番温厚なんだぞ」

「…………。すみません、いま何て……?」

「あの見た目にビビらなくていいってこと。あいつはクマの剥製みたいなもんだ。おっかなく見えても怒らねぇよ。カタギには特に、な」

「はぁ……そういえば、ミケさんに怒られている姿を何度も目撃してますけど、言い返したりキレてるところは見たことありませんね。しゅんって小さくなってるだけで」

「あぁ。本人曰く、怒りのポイントカードがあるらしくてな。溜まるまでは我慢してるんだってよ」

「……それは……何ポイント制なんでしょう」

「さぁ。あと三つでミケはポイント満タンになるって言ってたから、そろそろかもな」

「手が出たら……どうなるんでしょう……」

「さぁ。骨折られるぐらいで済めばいいけどな」

 棺は淡々と言う。

 絶対巻き込まれたくない、と心から思う十三だった。


 少しして、注文した料理が届いた。熱々の鉄板が十三の前に、トーストの乗った朝食のようなプレートが棺の前に置かれる。

「いただきます」

 十三は早速ハンバーグを切り分けて食べた。ソースがないかわり、香辛料がたっぷりかかったジューシーなハンバーグだった。ニンニクが少し気になるが、クセになる味わいだ。後できっちり歯を磨かねばと思う。


 セットのコンソメスープを一口飲んだところで、十三は棺に尋ねた。


「といっても、オレは管理部門なんで、もっと社員の皆さんとはコミュニケーション取りたいんですけどね。なかなか会話のキッカケがなくて」

「うーん」

 棺は細い腕を組んでひとしきり悩むと、


「そうだなあ……。仲良くなるんだったら、やっぱりとらが一番安牌かもな」

「マジですか……」

 一番やばそうな人だと思っていたのに。


 発言した棺だったが、自信なさげに小首を傾げている。

「でも確かに、あいつとは話、盛り上がらねぇよな……」

「会話のキッカケがないんですよね。せめて、趣味でも分かればいいんですけど」

「とらの趣味か……おれもよく知らねぇな」

「社長も、ご存知ないんですか?」

「あぁ。あいつあのとおりリアクション薄いし、あんまり雑談とかもしないだろ。何が好きとか、今まで聞いたことない。そのくせ毎日定時で帰るから気になって、前に『早く帰って何してんの』って聞いたんだ。そしたら『ふふ、内緒ですよ』とか鼻で笑いやがった。ムカついて二度と聞かねぇと心に誓った」

 憮然とした顔でコーヒーを棺は飲み干す。


 しばし、二人で顔をつき合わせて悩んでいたが、やがて棺がこう口を開いた。


「ーーよし、シノ。ひと仕事頼む」

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